表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/286

0171話 地元民の人脈

 気を失ったマツリカは、研究室にあるソファーで眠らせておく。簡易ベッドにもなるシェーズロング付きの、カウチソファーにしておいて良かった。


 隣りに座ったベルガモットは心配そうな顔で、マツリカの手を握ったまま離さない。こんなにいい主人を裏切るような真似しやがって。後できっちり反省させてやる。



「あっ、タクト君だ。久しぶりだね」


「ご無沙汰しております、タクト室長。そちらに寝ていらっしゃる方は、ご病気なのですか?」



 どうやら教室待機が解除されたようだ。ベニバナとローズマリーが研究室へ入ってきた。今日のドリルツインテールも、見事な弾性力を誇っているぞ。



「久しぶりだな、二人とも。さっき校門で騒動があっただろ?」


「危ないから教室を出るなって、言われちゃったよ」


(わたくし)の教室からは少しだけしか見えませんでしたが、黒いローブのようなものを着た人影が暴れていましたわね」



 よしよし、ユーカリの幻影はうまく効果を発揮してるな。



「彼女はたまたま校門の近くにいて、巻き込まれてしまったんだ。投げ飛ばされたときのショックで気を失っているだけだから、心配しなくてもいいぞ」


「犯人はどうなりましたの?」


「学園長室に侵入してきたところを、メドーセージ学園長が取り押さえてくれた」


「よりにもよって学園長室に行くとか、捕まえてくれって言ってるようなものだよね」



 警備員たちも打撲や、不全骨折程度だった。理性を失っていたとはいえ、どこかで手加減していたんだろう。一人残らず口止めの上、ミントの治癒術で治療は終わらせている。とにかく死人が出なくて何よりだ。



「それより、そっちの子は誰? ニームちゃんが呼び出されたのと関係してるの?」


「よく見るとタクト室長の付けてらっしゃる星章って、アインパエ帝国のものですわよね。ということは……」


「妾はアインパエ帝国第三皇女、ベルガモット・スコヴィルじゃ。この学園にしばらく通わせてもらうことになっておるので、よろしく頼むのじゃ」



 自己紹介や俺が任命された守護者(ガーディアン)について、軽く説明しておく。さすがプロシュット家の長女。その辺りのことは、しっかり学んでいた。ジギタリスのやつに爪の垢を(せん)じて飲ませてやりたい……


 さて、そろそろ本題を切り出そう。



「ベニバナに頼みがあるんだが、構わないか?」


「うん、いいよ。変なことじゃないよね?」


「頼みたいのは人探しだ。ここに寝ているマツリカはワカイネトコ出身なんだが、クミンという妹がいるらしい。姉の容態を知らせたいから、どこにいるか調べてもらえないか?」


「あっ、そういうのは得意だから任せて。うちの組合員に聞いたら、大抵の人はわかるから」



 さすが地元でも最大規模を誇る、穀物卸組合の関係者だ。この街に関してのことなら、一番頼りになるな。


 ベニバナから指示を受けたマロウが部屋を飛び出す。こらこら、廊下を走ったらダメじゃないか。


 人質にされているのか、なにかの弱みを握られているのかは、わからない。しかしマツリカが失敗したと相手に知られれば、クミンに危害が及ぶ可能性がある。まずは情報を集めて、なるべく迅速に保護しなければならん。


 ここからは時間との勝負だ。



◇◆◇



 ワカイネトコを()ってからの事をニームたちに話していたら、マロウが帰ってきた。まだ一時間も経過してないぞ。早すぎるだろ……



「わかりました、お嬢! クミンって女の子は十六番地区にある保養所(サナトリウム)で暮らしているようです」


「病気なのか?」


「なんか昔から体が弱かったみたいですよ。親御さんは早く死んじゃって、姉の仕送りで生活してるって話でした」



 どうやらかなり重い病気らしく、薬で症状を抑えるのが精一杯らしい。ワカイネトコの治療院では手の施しようがないから、マハラガタカへの転院を勧められているんだとか。マツリカの態度や多額の金が必要な件、色々と合致するな。



「とにかく会いに行ってみよう」


「私も行きます。兄さんだけだと、相手の子が怖がってしまいますからね」


「あの辺りはちょっと道が入り組んでるから、道案内は私がするよ」



 今日の授業は途中で切り上げだし、研究室の活動も無しということで、ローズマリーは寮に帰ってもらう。コハクをベルガモットに預け、ミントを連れて部屋を出る。


 ベニバナの案内で進んでいくが、確かに路地が多くて迷いそうな地区だ。そして細い道を抜けると開けた場所があり、白い壁の建物が見えてきた。窓の数からすると、あまり部屋は多くないな。



「こんにちはー。デュラムセモリナ穀物生産卸売協同組合の、ベニバナ・モッツァレラです」



 応対してくれた職員に自己紹介すると驚かれてしまう。街で話題のコーサカ研究室が、なにをしに来たのかと。被験体とか探してるわけじゃないぞ。


 とにかくクミンに面会をしたいと伝える。しかし夕方前に熱が上がり、話ができるかわからないらしい。誰かに狙われているとか言えないし、とりあえず顔だけ見せてもらうことに。



「ミントとマロウは、ここで待っていてくれ。なにかあったら呼びに来る」


「わかったのです」


「わかりました、親方」


「ステビアもここで待機です」


「はい、ニーム様」



 衛生面に気を使う施設だけあり、従人(じゅうじん)の入室に神経質なんだよな。三人とも、そこらの上人(じょうじん)より清潔にしているが……


 まあいい、今はクミンの無事だけでも確認しておこう。



「こちらです」



 案内された部屋に入ると、荒い呼吸でベッドに横たわる小柄な少女。細くて柔らかそうな髪は、マツリカより明るい色だ。頬は紅潮し(ひたい)や首筋に、汗がにじみ出ている。



「重い病気だと聞いたが、どんな診断が出てるんだ?」


「ありとあらゆる検査をしてみたのですが、クミンさんの体は健康そのものなんです。しかしご覧のように、熱を出したり咳き込んだりと、体調を崩してしまいます」


「兄さん。この子、胸のあたりに魔力の淀みができています。この乱れ方はベニバナさんと似ているかも……」


「えっ!? もしかして私と同じ陰陽(いんよう)のギフトを持ってるの?」


「クミンのギフトについて、なにか聞いてないか?」


「彼女はまだ十四歳なので、ギフトは発現していませんね」



 ニームのようにギフトとの親和性が高く、発現前から自覚症状が出ているんだろうか。あるいは絶滅したはずの魔毒症(まどくしょう)



「俺の研究室が取り組んでいるテーマは、魔力の淀みが身体に及ぼす影響についてだ。魔導士(まどうし)のギフトを持ったニームは、魔力の流れを()ることができる。そして薬師(くすし)のギフトを持つローズマリーが、緩和剤の調薬に取り組んでいる」


「どんどん効き目が上がってて、今はちょっと我慢すればいいくらいになった」


「ベニバナさんのことは、ワカイネトコで知らない人はいないというくらい有名です。もしクミンさんの病気が同じなら、その薬で……」


「塗り薬なので、ひどい副作用はおきないはず。万が一のときは室長の俺が責任を取る。クミンに投与しても構わないだろうか」



 俺たちがそんな話をしていたら、ベッドの方で動きがあった。



「ガハッ……ゴフッ!」


「発作です! お願いします、すぐ薬を」


「ニームちゃん、これ」


「服を脱がせますから、兄さんは外に」



 職員は緊急対応の準備をするため退出し、俺は部屋の前で待機する。もしこれでクミンの容態が改善できたなら、マツリカの問題はほぼ解決するはず。本人に説明して、学園の治療施設に入ってもらおう。そのあたりは室長の権限で、どうとでも可能だ。それに学園の敷地内でかくまえば、容易に手出しできまい……



「入っても大丈夫だよ、タクト君」



 ベニバナに声をかけられ、思考を中断して部屋に入る。ベッドの上を見ると、先程の様子とは打って変わり、穏やかな表情で眠るクミンの姿が。


 ここまで効能が上がっているとは、さすが伸び盛りのローズマリーだな。彼女の才能があれば、いずれ根治できるかもしれん。



「淀みの方はどうだ?」


「大幅に改善しています。体質なのでしょうか、ベニバナさんより効果が高いみたいですね」


「薬の効き方は個人差があるからな。体格や代謝によって大きく変わってしまう。クミンは長い闘病生活の影響で、年齢の割にかなり小柄だ。その辺りで違いが出ているのかもしれない」



 駆けつけた救命救急スタッフに説明すると、拝み倒すような勢いで感謝されてしまった。女性スタッフの中には、涙ぐんでる人までいるぞ。クミンはここの職員たちから、大切にされていたってことか。



「んっ、……あ……れ? 新しい……治癒師の人?」


「気分はどうだ?」


「はい、すごく調子がいいです。なんだか体も軽いですし、胸のあたりのモヤモヤも消えました。こんなにスッキリしたのって、生まれて初めてかもしれません」



 体調に問題がなさそうなので、クミンが抱えている病気について。そして学園の施設で、本格的な治療をしたい旨を伝える。



「私がそこへ行けば、お姉ちゃんの負担を減らせますか?」


「調薬や滞在にかかる費用は、コーサカ研究室がすべて負担する。生活費はある程度出してもらわねばならないが、今よりずっと少なくなるはずだ」


「お願いします。私を実験台にしてもいいですから、学園へ連れて行ってください。もうお姉ちゃんにばかり、苦労はかけたくないんです」


「実験台になどしないから安心しろ。普通の患者と同じように、薬の処方をするだけだ。問診だって世間話程度しかしないぞ」



 よし。本人の意志確認もできたので、早速手続きを始めよう。療養所(サナトリウム)の職員と一緒に、退所の書類や同意書を作っていく。とりあえず一時的な転所ということにして、すぐクミンを連れて行くことに。あとはメドーセージ学園長と、マツリカのサインをもらえば、正式な手続きが完了だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ