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0170話 ニームの力

 金属でできた門が大きく歪み、一部が崩れ落ちてしまっている。視界が悪くなっているのは、破壊されたときの粉塵だな。あの壊れ方は爆発物でなく、力任せに開門しようとしたからか。


 地面には警備員が倒れ、制止しようとする従人(じゅうじん)のパンチを、マツリカは強引に受け流す。技術もへったくれもない、力任せの防御だぞ、あれは。



「手芸のギフト持ちに、あんな真似は絶対に出来ん。脳のリミッターが外れてるのか?」


「あの人おかしいです。マナを変換せず、直接使ってますね。今も塔から放たれた魔法が、周囲のマナに押し流されて霧散しました」



 陽炎のように見えているのは、可視化されたマナのようだ。魔法障壁も兼ねてるとは厄介な……



「あれは人の体でマナを直接燃やす、禁忌の秘術じゃ。このままではあの娘さん、長くは持たんぞ」


「一体なにが起きておるのじゃ。今すぐそんな事はやめるのじゃ!」


「危ないから窓から顔を出すな!」


「あっ、こっちに気づいたね」



 シトラスの言葉を聞き、慌ててベルガモットを窓際から引きはがす。そしてマジックバッグから大きな魔晶核(ましょうかく)を取り出し、ベルガモットに握らせる。



「絶対にそこから動くなよ」


「マツリカを止めてほしいのじゃ。あやつは、あのようなこと絶対にやらぬ。なにか訳があるはずなのじゃ」


「わかっている。できるだけ無傷で捕縛したいのは、俺も同じだ」



 ベルガモットと学園長は、部屋の隅で身を守ってもらおう。この部屋は結界の適応範囲外なので、学園長も魔法を使える。下手に避難するより安全性は高いはず。それと念のため、ユーカリとジャスミンをサポートに付けておくか。



「見ツケマシタ、べるがもっと様」


「……飛んできた」


「シナモンじゃないんだから、三階までジャンプできるとか反則じゃん」



 恐らく塀を足場にしたんだろうが、ここまで身体能力が強化されているとは……



「二人とも武器はなしだ。なんとか素手で取り押さえてくれ」


「サアべるがもっと様、私ト一緒ニ来テ下サイ」


「……行かせない」



 窓から飛び込んできたマツリカの前に、シナモンが躍り出る。しかしマツリカは、まったくひるまない。まるでシナモンなど見えていないかのように、真っ直ぐベルガモットへ向かう。弾き飛ばされたシナモンは、クルリと回転して本棚へ垂直に着地。棚板に亀裂は走ったが、シナモンにダメージは無いようだな。


 伸ばした腕をベルガモットへ差し出し、マツリカが部屋の奥へ進む。しかし術で発生した結界に阻まれ、その動きが止まった。力任せにガンガン叩くものの、ベルガモットの結界はびくともしない。シトラスの全力攻撃に耐えられる強度だ、それは簡単に破れないぞ。



「やめるのじゃマツリカ。そのままでは、お主の体が壊れてしまうのじゃ」


「妹ヲ……くみんヲ助ケルタメ、べるがもっと様ガ必要ナンデス。ダカラ私ハ……私ハ……」



 妹を人質にでも取られたのか?

 しかしマツリカのやつ、完全に理性を失ってるな。ベルガモットの言葉に全く耳を貸さず、自分の目的しか話さない。あれは狂戦士(バーサーカー)状態って感じだ。



「もう叩くのはやめなって、血が出てるじゃんか。上人(じょうじん)の体って、そんな力が出せるほど、強くないんだからさ」


「早クシナイト間ニ合イマセン。ダカラ一緒ニィィィィィーーーッ」


「ちょっ!? なんて力を出してるんだよ」



 冗談だろ。シトラスは一等級換算でレベル六百二十四(624)なんだぞ。それを力づくで振り切りやがった。



「このままではいかん。やはり儂が……」


「待ってくれ学園長。マナ障壁を弾き飛ばすほどの魔法をぶつけたら、マツリカが消し飛んでしまう」


「うぅ、マツリカ……お願いじゃ。(わらわ)に出来ることは何でもする。だから……ヒック……話を聞いて、欲しいのじゃ」



 まったく、マツリカのバカタレが。主人を泣かせてどうするんだよ。



「シトラス。後でミントになんとかしてもらうから、全力でマツリカを止めてくれ」


「ちょっと痛いけど、我慢しなよっ!」



 シトラスがマツリカを蹴り飛ばし、うつ伏せにして拘束する。しかしマツリカの動きは止まらない。関節が外れようがお構い無しに、ベルガモットへ近づこうともがく。これは時間をかけられないな。


 とにかくマツリカの目に映っているのはベルガモットだけ。こっちが何をやっても、反撃される心配はないだろう。そう判断した俺は、ニームに話しかける。



「アレをなんとかできないか?」


「周囲を流れるマナの勢いが強すぎて、私の魔力では押し流されてしまいます」


「仕方ない。俺の魔力を〝魔眼(まがん)〟で操作しろ」


「確かに兄さんの魔力量なら……」


「タクト君とニーム君は、なんの話をしておるんじゃ」


「学園長に頼みがある」


「タクト君が改めて言うからには、かなりの難題じゃな」


「ニームはダブルギフト持ちだ。これを誰かに知られてしまうと、必ず紛争の火種になる。特にスタイーン国は、どんな手を使ってくるかわからん。だからニームのことを守ってやって欲しい」



 恐らく俺の魔力制御を模倣する練習で、眠っていた力が目覚めてしまったのだろう。魔力の流れを正確にトレースしているとき、ニームに二つ目のギフトが発現した。


 ――その名は魔眼。


 これは魔素やマナといった魔法物質に干渉できる、伝説級のギフトだ。魔法で誘導弾を作り出せるのも、この力があるから。


 複数のギフトが発現するなど、数兆人に一人いるかいないかと言われるほど。そしてダブルギフト持ちは、不幸になるケースが多い。過去には迫害されたり、研究目的の実験体にされた事件。他にも国に幽閉され、ひたすら任務をこなすだけの駒にされた事例も……


 ニームをそんな目に合わせるわけにはいかん。だからなるべく秘密にしておきたかった。しかし現状を打破できるのはニームの力だけ。



「なんともはや。ダブルというだけでも稀有(けう)なのじゃが、よもや神話に登場するギフトとは……」


「妾も協力するのじゃ。だからマツリカを救って欲しいのじゃ」


「そうじゃな、儂も協力しよう。メドーセージ・ゴルゴンゾーラの名にかけてニーム君を守ると、ここに宣言する」


「よし、やるぞニーム」


「わかりました、兄さん」



 正面から向き合い、お互いの両手を取る。ニームは目を閉じ、一呼吸おいて再び開く。するとブルーグレーの瞳が、金色に変わっていた。それを確認した俺は、自分の魔力を全力で開放。ニームの瞳が淡く光り、引っ張られるような感覚とともに、俺の魔力が抜けていく。


 魔法物質に干渉できるといっても、決して万能ではない。魔力を媒介させるのが必須条件だ。周囲のマナを無理やり取り込んでいるような状態だと、その消費量を超える魔力が無いと弾かれる。



「いけそうか?」


「マナの流れは完全に抑え込めました。今からマナが流れ込んでいる穴を潰します」



 魔法物質の動きを()られるという力、本当に凄いな。そして他人に自分の魔力を操られる違和感とでも言えばいいのか、なんど体験しても不思議な感覚だ。まるで同化するような感じがするのは、気のせいだろうか?


 俺はそんなことを思いながら、再び集中しはじめたニームをそっと見守る。



「完全に気を失ったけど、もう離して平気かな?」


「しっかりするのじゃ、マツリカ。妾を残して、死なないでほしいのじゃ」


「ミントが治療するですよ」



 ニームの瞳が元に戻っているので、もう終わったのだろう。清浄魔法できれいにしたあと、ミントが治癒術を発動。裂けてしまった皮膚や、骨折までみるみる治っていく。レベルが上っているせいだろうか、以前よりスピードが速いぞ。それに外れた関節まで元に戻るのは、治療というより巻き戻しに近い。術にはまだまだ不明な部分が多すぎるな……



「学園長は校門の方を頼む。治療が必要な者は、研究室の方まで連れてきてくれ」


「マツリカ君はどうするのじゃ?」


「襲われた職員には申し訳ないが、事情聴取できるまで口止めしてもらえないか?」


「そちらは問題ないとして、目撃した生徒たちをどうするかじゃな」


「わたくしの妖術で、マツリカ様だと特定できなくしております。犯人はメドーセージ様が処罰したことにすれば、よろしいかと」


「校門が破られた直後に発動しているから、学園長の魔法で消し炭になったと言っておけば、大丈夫じゃないか?」


「タクトー。本棚と窓の修理が終わったわ」


「よし、これで証拠は一つもないな」


「手際が良すぎるのぉ……」



 犯人蔵匿(はんにんぞうとく)の片棒を担がせるのは、非常に心苦しい。しかし皇女の付き人が学園を襲撃したとなれば、ベルガモットの頑張りは全て水泡に帰してしまう。それは何としても避けねばならん。


 こうなったら早急に黒幕を叩き、すべての責任を負わせてやる。覚悟しておけ。


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― 新着の感想 ―
[一言] なんか妹がメインヒロインムーブを始めましたが。 向き合って両手を取り合ってのコンビネーションとか。
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