0168話 なんとか太郎
残ったバナナは野菜の保管庫に入れず、別の容器でマジックバッグへ収納しておく。こいつもエチレンガスを出すからな。個別に保管しておくほうがいい。
「貴重な果物を分けてくれてありがとう、また遊びに来るよ」
「キュキュキュキュ、キュー」
「ウッキウッキ、ウキー」
「二人とも、すっかり仲良しね」
寡黙だったタウポートンのヘビと違い、ゴナンクにいるサルの霊獣はやたら社交的だ。すっかりみんなと仲良しになっている。俺の頭から離れようとはしないが、愛想を振りまいたり触られたり、ベルガモットやシトラスたちにも心を開いた。
ただ、やはり例外はマツリカなんだよな……
コハクと同じく、微妙に距離を開けられてしまう。悪いやつじゃないんだが、どうしても壁を感じるらしい。ワカイネトコに着いたら、そっちの問題も解決できるよう動いてみるか。
「みんな、霊木に手を当ててくれ」
「タクトよ、それはなにか意味があるのか?」
「聖域の力を貸してもらう儀式みたいなものだ。今は理由を聞かずに従ってくれ」
「うむ、わかったのじゃ」
ベルガモットとマツリカが霊木へ触れたのを確認し、コハクに目配せする。
「キュゥイー!」
「ウッキィー!」
二人の霊獣が同時に鳴き声を上げると、わずかに視界がぶれた。その瞬間、目の前の光景が一変し、気温や匂い、そして空気までもが異なるものに。
「クゥゥゥーン」
「キュキュキュー!」
「久しぶりだな、ハク。元気だったか?」
近づいてきたハクが、頭をこすり付けてくる。ワシャワシャ撫でてやると、体重をかけて甘えだす。よしよし、相変わらず愛い奴め。
「ここは何処なのじゃ? 妾たちはどうして違う場所に立っておるのじゃ……」
「さっきと同じ聖域内だから、なにも心配いらないぞ」
「ベルガモット様を混乱させておきながら、ろくな説明もなしですか? いい度胸ですね」
「落ち着けマツリカ、こんな場所で剣に手をかけるな。ここはワカイネトコに一番近い森だ。初代皇帝の逸話にも、一晩でまったく違う場所へ現れたってのがあるだろ。その力を使って移動した」
今まで秘密にしていた聖域渡りの力を、二人に説明する。まさか初代皇帝の伝承が、本物だったとは思ってなかったらしく、ベルガモットが異常に興奮しはじめた。
「貴重な体験ができて、妾は感激なのじゃ!」
「あんな約束をしたのは、これがあったからですか……」
「俺は勝てる喧嘩しかしない」
「負けない手段があったから、余裕だったのですね。有利な力を隠しておくなんて、本当に性格が悪すぎます」
「この力を使うには、森を管理する霊獣の協力が必要不可欠。いくらコハクがいるとはいえ、聖域に入れてもらえるかなんて、霊獣の気分次第だ。悪感情を持った奴がいたりすると、話すら聞いてもらえないからな」
チラッとマツリカの方を見ると、わずかに視線をそらす。きっと思い当たるフシが、あるに違いない。ゴナンクの森にいた霊獣も、マツリカとは微妙に距離を取っていた。もしそんな状態で、聖域渡りなんか使いたくないと強く願えば、霊獣に察知されてしまう。
やはりこのままでは、互いのストレスになっていかん。妹への支援も含め、どこかでキッチリ話をせねば……
「とにかくこれでスケジュールの問題は解決だ。ここからならちょうど昼くらいに、街へたどり着く。まずはメドーセージ学園長に挨拶して、その後の方針を決めよう」
名残惜しそうなハクをモフりまくり、俺たちは聖域をあとにする。魔物をサクサク狩りながら移動したので、経験値が一割の俺もレベルアップしてしまった。使えそうな力が手に入ったから、今度の満月にでも試してみるか。
◇◆◇
妹の所に行きたいというマツリカに、バナナを数本渡しておく。きっといい土産になるだろう。ベルガモットのことが落ち着いたら、俺たちも会ってみたい。
すっかり通い慣れてしまった道を進み、警備担当の職員に事情を説明して敷地へ入る。特に騒がれなかったのは何故だ。オレガノさんのお抱え冒険者をやってるくらいだから、皇女の護衛をしてもおかしくないって感じか?
――コンコン
『入って構わぬぞ』
扉を開けると目に入るのは、席を立って出迎えてくれる学園長の姿。今日は紅白の縦縞と横縞を組み合わせた、少し大きめのシャツとズボンだ。どこかの女神じゃあるまいし、上腕の辺りで一周している青い布はなんだ。道頓堀の町並みが、俺の脳裏を横切っていくではないか……
同じ柄のとんがり帽子を、頭に乗せたくてウズウズする。そして背中にバスドラム、前にマーチングスネアを持たせ、飲食店の前で叩かせたい!
「久しぶりなのじゃ、メド爺。息災であったか?」
「よう来たの、ベル嬢ちゃん。そちらも元気そうで何よりじゃ。スケジュールに変更があったと連絡が来て、心配したぞ」
「色々トラブルに巻き込まれたが、全てタクトが解決してくれたのじゃ」
ベルガモットの祖父とメドーセージ学園長が懇意にしており、時々家庭教師みたいな感じで息子や孫の勉強を見ていたそうだ。お互い愛称で呼び合ってるということは、家族ぐるみの付き合いだったんだろう。
「タクト君を守護者に任命するとは、なかなか見る目があるの」
「そうじゃろ、そうじゃろ。まさに運命の出会いだったのじゃ」
「どのようにして知り合ったのじゃ?」
「妾たちは港で襲撃を受けたのじゃが、そこにさっそうと現れて撃退してくれたのじゃ。そのあと冒険者ギルドまで付き添ってくれたり、妾たちの不手際をカバーしてくれたりしたのじゃよ。他にも――」
盛り上がるのはいいが、適当な所で切り上げろよ。色々と報告しなければ、いけないのだぞ。それに滞在場所も確保せねばならん。やるべきことが多すぎて、時間が足りなくなってしまう。
「ベニバナ君のギフトに続き、ベル嬢ちゃんの体質まで改善してしまうとは。さすがタクト室長じゃ」
「緩和できるだけで、完治したわけじゃないぞ。たとえ普通の体質に戻せたとしても、発現した術を捨てなければならない。メリットとデメリットがある以上、慎重に判断しないと後悔するに決まってる」
「タクトが守護者として支えてくれるのなら、妾は今のままで構わんのじゃ」
「あのベル嬢ちゃんにここまで言わせるとは、やはりタクト君には不思議な魅力があるとみえる」
「目つきと言葉遣いは怖いが、頭の切れる人物じゃからな」
「一言余計だぞ、ベルガモット」
「もう少し上人に優しければ、満点なんじゃがな……」
「今のところ全面的に力を貸すのは、ニームとベルガモットくらいしかいない。その他諸々は、ついでみたいなものだ」
俺たちのやり取りを、学園長はニコニコしながら眺めている。さっきの言葉が少し引っかかるが、いま追求するのはやめておこう。
「タクトの言っておった学園生じゃな。どんな人物なのじゃ?」
「ニーム君なら、もうじきここに来るぞ。同じクラスに編入してもらう予定じゃからな」
ニームと同じクラスになるなら安心だ。あの子がいれば、俺の足りない部分を補ってもらえる。それに魔法でなにか仕掛けようとしても、完封することだって可能なのだから。
――コンコン
「失礼します、学園長先生。第三百八十四期生ニーム・サーロインです」
「急に呼び出してすまなんだの」
「いえ、それは問題ないのですが……どうして兄さんが、ここにいるのですか?」
「仕事をしているだけだ」
疑問符を浮かべるニームに、軽く経緯を説明しておく。ちょっと待て、ニーム。どうして話しが進むたびに、不機嫌になっていくんだよ。俺は依頼をこなしてるだけだぞ。
「いくらギルドからの指名といっても、兄さんが上人のためにそこまでするなんて、考えられません」
「なんだかんだで、ベルガモットのことは気に入ってるからな。お前にも同じことを言ったが、力になると決めただけだぞ」
「ははーん、わかりました。ここにいる兄さんは偽物ですね。どうしてそんな事をしているのか知りませんが、私を騙そうなんて百年早いです。さあユーカリ、いますぐ術をときなさい」
「あの……ニーム様。わたくしは、なにもしておりません」
「モフモフ狂いの兄さんが、妹以外の上人に心を許すなんて、ありえません。まさか皇女殿下に耳やしっぽがあって、そちらを妖術で隠しているのですか?」
おぉぅ、かなり核心に迫ってきやがった。満月の夜限定だが、パンダになったベルガモットは、とてつもなく愛らしいからな!
びくりと反応したベルガモットが、俺の服をきゅっと掴む。そんな態度を見せると、ますます疑われるぞ。ほら見ろ、ニームが目を細めながら睨んでるだろ。ちょっと上人と仲良くしてるからって、そんな目で見るなよ。珍しい光景なのは理解できるが……
魔導士のギフトを持つニームは、いずれベルガモットが魔力を持たないことに、気づいてしまうだろう。しかし動物の姿になることまでは知らない。秘密を共有しても問題ないと思うが、まだ保留だな。
「いい加減にしろ、ニーム。ベルガモットは俺の従人に対しても、敬意を持って接してくれている。それがどういうことなのか、お前にはわかるだろ? だから――」
「キシュゥゥゥーーー!!」
――ドガァァァーーーン!!
コハクが声を上げた直後、部屋の外から大きな音が聞こえてきた。窓ガラスがビリビリ震えていたくらいだから、相当な衝撃音だぞ。戦車でも突っ込んできたんじゃあるまいな……
そんな事を考えながら窓際に行くと、校門付近が騒がしいことに気づく。爆発物でも使ったのか、煙で視界が悪い。
「んー、あのシルエットは……マツリカちゃんね」
あのバカ、なにやってるんだ。妹のところに行ったんじゃなかったのか?
とにかく確実に尋常じゃない事態が起きている。臨戦態勢を取ろう。