0167話 トロピカルな聖域
出国の手続きをすませ、詰め所から外に出る。要人警護をやっているため、待ち時間ゼロなのがありがたい。それに今の俺を警備隊に誘おうって奴はいないしな。
「おーい、ベルガモット。これから向かうのは、そっちじゃないぞ」
「どうしてなのじゃ。ワカイネトコはこの方向であろ?」
「まずは森へ向かう。少し奥まで行くことになるから、ついでにレベル上げもしてしまおう」
「何を考えているのですか。スケジュールに遅れが出た時の約束、忘れたとは言わせませんよ」
「もちろんちゃんと覚えているぞ。これも作戦だ。今は黙ってついてこい」
「しかし森は危険すぎます。ベルガモット様の御身に何かあったとき、どう責任を取るつもりなんですか」
「かすり傷でも負うようなことがあれば、皇帝の前で土下座でもなんでもしてやる。それにもしもの時は、俺が盾になって守ると誓おう。そんな事態はまずおきないがな」
怖いのは異常湧きくらいだが、コハクがいれば事前に察知できる。それなら入り口で引き返せばいいだけ。
もっとも冒険者ギルドで聞いた限り、そんな異変は起きてないって話だ。つまり森を管理している霊獣が健康な証。通常の状態なら、冷静に対処すれば危険は少ない。
「レベル上げは妾だけなのか?」
「用意しているのがパートナー用の分配器だからな。マツリカのレベル上げは、またの機会にしてくれ」
「あなたに寄生するくらいなら、魔物の群れに突っ込んだほうがマシです」
そう言うと思ったよ。だから二人用を借りたんだ。とにかくベルガモットのレベルを上げれば、結界術の強度や範囲が上昇する。何かあった時のため、こっちを優先して上げておきたい。ついでに強い魔物の魔晶核も補充しておこう。
「マツリカとタクトは、なかなか打ち解けられぬのぉ……」
「別に悪いことばかりじゃないぞ。異議を唱えることによって、こちらの意図や目的が明確になる。そうすれば、間違いにも気づきやすくなるからな」
「(そういう懐の見せ方が、嫌いなんです)」
俺にだけ届く声でつぶやきやがって。そんな態度だから、コハクじゃなくても悪意がないと、わかってしまうんだぞ。
とにかく先へ進もう。事前に登録しておいたベルガモットの指輪を預かり、ディストリビューターの中にセットする。そして起動用のキーワードを……
「「エンゲージ」」
そういえばニームが、この仕様に文句を言ってたっけ。変な誤解を生んだら、責任を取れと睨まれたやり取り、ずいぶん昔のように感じる。とりあえず、ここで教えるのはやめておくか。本当に嫌だったら、本人の口から伝えられるだろう。
「前と同じで、分配率はベルガモットを九割にしておいた。森の攻略が終わるまで、よろしく頼む」
「妾は従人を使役できぬのに、申し訳ないのじゃ」
「ずっと狩りに行けなくて、ストレスが溜まってたんだ。ガンガン倒してやるから、数さえこなせば問題なしさ」
「ミント、索敵頑張るです!」
「守りの方は、お任せください」
「……美味しいご飯、捕まえる」
「道案内は私とコハクちゃんに任せてね」
「キューイッ!」
さて。この森はどんなモフモフが管理しているのか、非常に楽しみだ。規模的にはそこまで大きくないから、すぐにたどり着けるだろう。なにせ脇目もふらず、一直線に進めるからな。
シトラスを先頭、シナモンを殿にして、どんどん奥へ進んでいく。時々魔物や魔獣に遭遇するが、全く相手にならない。シトラスが大部分の敵をさばき、取りこぼしは俺の魔法とユーカリの魔術で対処。飛行型が来ても、シナモンがすべて撃ち落とす。
「さて、そろそろいいだろう。どうだ、ミント」
「足音は奥の方へ消えていったです」
「そっちに行くと鬱蒼とした場所に出るから、迷うかもしれないわね」
「上人だけのパーティーだ。どこでくたばろうが、知ったこっちゃない」
「なんじゃ。タクトはまた悪巧みをしとったのか?」
「尾行してきた連中を妖術で撒いてやっただけだぞ」
ユーカリのスキルで、俺たちの姿を全く別の場所へ映してやった。障害物との衝突判定が無いため不自然な部分ができるが、早朝に発生する霧のおかげで騙されてくれたようだ。
ゴナンクに巣食っていた裏ギルドが潰れたとはいえ、黒幕をあぶり出すまで手は抜けん。警戒を緩めたら、相手に余裕を与えてしまう。なにせここからは、こっちが狩るフェーズだ。一気に追い詰めてやるから、覚悟しておけ。
「タクトを敵に回すのは、恐ろしすぎるのじゃ……」
「相変わらず私たちになんの相談もなく、姑息な手段を使いますね」
「予防線をいくつも張って、保険をかけているだけだ。そんな細かいこと、逐一報告しなくても構わないだろ」
それに情報はある程度、こちらでコントロールする必要がある。想定外の事態を連続で味わって貰うため、相手の裏をかいて先手を打ちたいからな。だから全員で共有している情報、俺しか知らないこと、シトラスたちにだけ伝えている計画、ベルガモットとマツリカに渡したフェイク。そんな感じに細分化した。
とにかくベルガモットとマツリカに伏せている、聖域渡りが今の切り札だ。追っ手も撒いたことだし、このまま一気に森の奥を目指そう。
◇◆◇
コハクの案内でたどり着いたのは、巨大な崖の下。ここからだと、上の方は全く見えん。断面に地層のようなものが刻まれているから、地殻変動で隆起した場所だろうか。
「行き止まりになっておるのじゃ」
「いい加減、意味のないことをせず戻りましょう。もう尾行はされていないのですよね? このままでは今日一日、無駄にしてしまいますよ」
「無駄なことなどしていないぞ。ここが目的地だからな」
「こんな場所に一体何があるというのですか……」
「まあ黙って見ていろ。そんなわけでよろしく頼む、コハク」
「キュゥーイィーーーン!」
――ゴゴゴゴゴゴゴ
コハクがいつもと違う鳴き声を上げると、岩の一部がスライドしていく。出てきたのは高さ三メートル、幅二メートルほどのトンネルだ。
「なっ!?」
「なにが起きたのじゃ!?」
「この奥が聖域になっていて、森を守る霊獣の住処だ。普通の方法では入っていけないが、場所をバラしたりするなよ」
唖然としてしまった二人を連れ、洞窟の奥へ進む。トンネルはすぐ終わり、熱帯のジャングルみたいな場所へ出た。空が見えていないのに明るいし、外より気温も高い。シナモンがほっと一息ついている。寒いの苦手だもんな、猫だけに。
「ウキッ!」
木の上から現れたのは、真っ白のサル。他の霊獣と異なり、体は小さめ。丸い顔をして尻尾が長く、地球にいたリスザルを彷彿とさせる。
全身ボーナス付きのモフモフとか、実に素晴らしいぞッ!
時間のある時に、心ゆくまでモフりたい……
「突然入り込んでしまって申し訳ない。協力してほしいことがあって来たんだ」
「キュー」
ジャスミンが飛んでいき、事情を伝えてくれる。枝の上でピョンピョン跳ねてるのは、喜びの表現? あるいは怒りの抗議か……
「やっぱり霊獣だから? 変わった種類のサルだね」
「お目々がまん丸で可愛いのです」
「尻尾を木に巻き付けて、木の枝にぶら下がりましたよ。気持ちよさそうにブラブラ揺れてます」
「……あれ、やってみたい」
小型の動物だからできるのであって、人の姿をしたお前では無理だと思うぞ。いくら体重が軽いといっても、三十キロは軽く超えてるし……
「タクトと一緒だと驚くことばかりで、気の休まる暇がないのじゃ」
「まったく、予定にないことを次から次へと。何のために打ち合わせをして、スケジュールを作ったと思ってるんですか」
予定表といっても、ゴナンクを出発する日しか書いてなかっただろ。ルートや移動方法はおろか、到着日も空白にしていたのを忘れたのか?
まあ旅にトラブルはつきものだと無理やり納得させたので、文句を言いたくなるのは仕方ないと思うが……
タウポートンからゴナンクへ向かうときも似たことを吹き込み、途中で海苔を作ったりしたしな!
「すごく歓迎してくれてるわ。ここに人が来たのは、千年ぶりくらいなんだって」
「キキィー」
ジャスミンが肩へ戻ってきたのと同時に、霊獣が俺の頭に着地した。うぉー、モフモフに抱きしめられて幸せだ。コハクより少し硬い毛だが、サラサラとした肌触りが気持ち良すぎる。柔軟性のある体をしているため、ぬいぐるみ感はコハクより高い。
極上の感触を堪能していると、鳴き声を上げながら前方を指さす。
「霊木に案内してくれるんだな」
「ウキッ!」
導かれるまま進んでいくと、背の高い木が見えてくる。頂上部分から大きな葉っぱが何枚も伸び、多数の房をつけた果実がぶら下がっていた。この世界にもバナナがあったのか!
「ねぇ、あの黄色いのって果物?」
「曲がった棒がいくつも付いてるです」
「黒い斑点が出たものもありますね」
「キキー」
「食べられる果物だから、持って帰ってもいいって言ってるわ」
「……採ってくる」
「かなり重いと思うから、シトラスも手伝ってやれ」
「オッケー」
地球のバナナは丸くなった葉が、幾重にも重なったような茎をしていたはず。しかしここにあるものは、太い幹をした立派な木だ。似たような実をつけていても、違う世界の異なる植物なんだな。
シナモンが足場のない幹をスルスルと登っていき、房の一つを短剣で切り落とす。タイミングを合わせてジャンプしたシトラスが、キャッチしたバナナを抱えて地面に降り立つ。黒い斑点の出ている果実をいくつか切り分け、みんなに配る。
「へー、そんなふうにすれば皮が剥けるんだ」
「甘くて美味しいのです」
「ねっとりとした食感が面白いですね」
「上から溶かしたチョコをかけても旨いぞ」
「……あるじ様、今度やって」
「これ、お汁でベタベタしないから、食べやすいわ」
「こんな果物、初めて食べたのじゃ」
「これ、妹にも食べさせてあげたい……」
ワカイネトコへ着いたら会いに行くと言っていたし、何本か渡してやろう。通常の移動だと熟れすぎて痛むが、俺たちと一緒なら問題ない。バナナは栄養豊富で消化の良い、最高の果物だからな。地球だと主食にしている地域があるくらいだ。妹もきっと喜んでくるはず。
かなりの量を分けてもらえたし、オレガノさんや学園長にもおすそ分けするか。残りはチョコバナナを作ったり、ムームーのミルクを加えてジュースにしたり、バナナチップもいいな。
俺の魔力を食べている、コハクとサルの霊獣も嬉しそうだ。ここの聖域にお邪魔できて、本当に良かった。