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0166話 ジャスミンとデート

 コハクをベルガモットに預け、ジャスミンを肩に乗せて敷地の外へ出る。今日はちょっと風が強いな。いくら温暖な南部地域でも、海からの風は容赦なく体温を奪っていく。



「今日の風は冷たいが平気か?」


「新しい服のおかげで、耐えられないほどじゃないわ。でも、そうね……せっかくのデートなんだし、甘えさせてもらおうかしら」



 フワリと飛び立ったジャスミンが、俺の胸元にもぐり込んでくる。

 こら、服の中で羽根を広げるんじゃない。敏感な所に当たってしまうだろ。



「はぁーーー。温かくて落ち着くわぁー」


「なんか風呂に入ったときのオヤジみたいだぞ、今の」


「失礼ね。有翼種(ゆうよくしゅ)百二十八(128)歳は、まだまだ青年って呼べる歳よ。私はレベルアップの恩恵があるから、あと三十年くらいはこの姿でいられると思うし」


「それは凄いな。俺の場合、三十年経てば四十六歳。立派な中年だ」


「タクトなら、かっこいいオジサンになってると思うわ」



 その頃のどんな生活をしているのか、今の時点ではあまり想像ができない。冒険者を続けてるかもしれないし、いま付き合いのある商会で働いている可能性もある。あるいは学園に勤めていたり?


 ただ一つだけ言えるのは、いくら歳を重ねたとしても、モフモフを愛しているということだ!



「今のペースで活動していれば、恐らく数年でみんなのレベルがカンストする。最高のパフォーマンスで動ける時間が、誰よりも長くなるはず」


「そういえばユーカリちゃんとシトラスちゃんなんて、かなり背が伸びたわよね」


「二人とも三センチほど大きくなってるぞ。シトラスはまだ若いから当然としても、二十四歳になってから成長し続けているユーカリは特に凄い。レベルアップというのは、年齢や性別に関係なく、身体に影響を及ぼすからな」


「タクトたちはレベルアップの恩恵って、なにかあるの?」


上人(じょうじん)の場合、レベルアップしても容姿や体型への影響は少ない。しかし寿命は大きく伸びる。レベル二百超えのセイボリーさんは七十歳近いし、カンスト(256)しているメドーセージ学園長は八十二歳だ。二人ともすごく元気だからな。俺もレベルの上限を目指して、頑張るとしよう」


「できるだけ長生きしてちょうだいね。私の人生は、あなたに捧げちゃってるんだから」



 クルリと反転したジャスミンが、俺の首に頬をすり寄せてきた。服越しに背中の羽をモフりながら、頭をそっと撫でてやる。みんなのためにも、できるだけ長く生きてやらねば。七十年、八十年と、モフり続けるために!



「そういえばジャスミンはどうなんだ? 出会った頃から、身長はあまり変わっていないと思うが……」


「あら、いつも見てるのに気づいてなかったのね。よければ触って確かめてみる?」


「わかったから、往来の真ん中で、そんなことを言うな。つまりミントと同じタイプってことか」



 ジャスミンの場合、比較対象がないから判りづらい。そもそも風呂場では羽根やしっぽにばかり、目が行ってるんだぞ。体型が突然変化したとかじゃないと、気づかないのは当たり前だろ。



「だけど私がこんなに強くなれるなんて、夢みたいだわ。この間、子供たちと一緒に遊んだじゃない。手加減の苦手な子もいたんだけど、全然痛くなかったもの」


「レベル六十六(66)というのは、一等級換算で五百二十八(528)だからな。レベルがゼロの従人や野人(やじん)には、傷ひとつ付けられないだろう」


「仮にもっと強くなったとしても、タクト以外の上人には近づきたくない。だからこれからも私のこと守ってね」


「任せておけ。みんなが穏やかに暮らしていくためなら、俺はなんだってやってみせる」



 気配を感じてジャスミンから視線を外すと、俺たちを取り囲む大勢の人たちと目が合う。どうやら胸元でニコニコしているジャスミンに、通行人たちが気づいたようだ。もし誰も気づかなかったら、俺は独り言を喋る痛い人に見られたってことか。


 二人っきりで出かけたのは初めてなので、ついつい油断していた。さっきからずっと真下しか見てなかったからな。渋滞がおきる前に、この場から離れよう。



◇◆◇



 人の間をすり抜けて、海岸へ避難することにした。なんだかんだで俺もかなり身体能力が上がっている。特に体力と魔力の上昇が顕著だ。今も追いかけてくる奴のスタミナが切れるまで、砂浜を走ってやったからな。



「やれやれ、やっと落ち着いて座ることが出来る」


「うふふ。二人っきりの逃避行みたいで、ちょっと楽しかったわ」


「俺も飛べたら、もっと楽に逃げられたのだが……」


「もし大きくなることができたら、タクトを連れて飛んであげる」


「空の散歩か。この世界には飛行船がないから、是非体験してみたいな」



 砂浜に腰を下ろし、波打ち際を眺めながら一息つく。冒険者ギルドへは夕方までに着けば問題ない。しばらくここでゆっくりしよう。



「二人きりで海を眺めていると、デートしてるって実感が湧いてくるわ」


「大図書館で読んでいた恋愛小説に、そんなシーンがあったな」


「物語に出てくるようなシチュエーションに憧れてたの。初めて好きになった人と、こんな時間を過ごすことができて、とても幸せよ」


「それだけ可愛いのに、今まで恋人とかいなかったのか……」



 有翼種が理想としている異性のタイプは知らんが、俺の基準で判断すればアイドルに匹敵する美人だ。見た目は二十歳くらいなのに、あどけなさも感じられ、時折ちょっと妖艶な顔も覗かせる。緑色の瞳は反射率が高く、宝石のような輝きを放つ。


 百年以上の(とき)を生きてきた貫禄に、マスコット的な可愛さが加わるのは、はっきり言って反則だ。他の誰にも真似できない。



「森で暮らしていたときの私は、異性に興味が持てなかったのよ。誰かにときめいた事はなかったし、同族がささやく情熱的な言葉は、薄っぺらく感じちゃってた」


「やっぱりモテてはいたんだな」


「いちおう適齢期だし、それなりにはね。もしかして嫉妬した?」


「目の前で口説かれたら、相手が誰であろうと許さん。だが過去のことはどうでもいい。こうして俺の従人になってくれた、それがすべてだ。なにより八等級のジャスミンを幸せにできるのは、俺以外に存在しない。だからどんな事があろうとも、手放したりしないからな」


「うーん。同じようなことを何度も言われたけど、やっぱりタクトの口から聞くとキュンキュンしちゃう。なんだかその言葉だけで、卵を産めそうな気がするわ」


「ちょっと待て。有翼種って、卵から生まれるのか?」


「そうよ、知らなかったの?」



 酒に酔った連中の定番ネタだったり、与太話で語られることはあった。しかし、その実態を確かめた研究者は、誰ひとりいない。今まで謎とされてきた生態が、こんな所で判明してしまうとは……



「恐らくワカイネトコ大図書館にも、そのことが記載された書物はないと思うぞ」


「まあ私たちの種族って人前で卵を産むことはないし、孵化するまで誰にも会ってはいけない掟があるの。だから知られていないのかもしれないわね」


「どんな場所で卵を育てるんだ?」


「妊娠してることがわかると、狭くて薄暗い場所に閉じ込められちゃうのよ。まあ卵自体はすぐ産まれるんだけどね。孵化するまでに十六日くらいかかるから、卵を抱いたまま水と木の実だけで過ごすの。ほんと、酷い掟だわ」


「もしジャスミンに子供ができたら、みんなで育てるからな。毎日体をきれいにして、しっかり栄養を()ってもらう。一人だけに苦労を背負わせるような真似は、なにがあっても却下だ」


「やっぱりあなたと一緒になってよかった。里のみんなに今の言葉を聞かせたいわ。そして言ってやるの。私が好きになったのは、こんなに素敵な人だって」



 気を良くしたジャスミンが、生まれ故郷のことを色々語ってくれる。やはり外部とほとんど交流がないからだろう、かなり封建的な社会制度のようだ。特に女性の立場があまり良くない。


 ビット(bit)汚染で羽根が黒くなり、森贄(もりにえ)と認定されてからは特にひどかった。それまで何度も口説かれた連中から汚物のように扱われ、森の奥に捨てられてしまう。そんなことがあったら、戻ろうなんて気はなくなるよな。まったく胸糞悪い話だ。



「あー、すっきりした!」


「ジャスミンのことを色々知ることが出来てよかったよ。話をすることでストレス発散になるのなら、また聞かせてくれ」


「じゃあまたこうして、二人だけのデートをしてね」


「ああ、もちろん構わないぞ。今度はどんなシチュエーションにする?」


「明日ワカイネトコに出発するのよね?」


「ゴナンクで出来ることはもう無いから、ここらでスケジュールの遅れを取り戻したい」


「また大図書館で恋愛小説を読んでから決めるわ」



 目録の引き渡しも、始終なごやかな雰囲気で終了した。むしろ、ここまで気を使わなくていいと、心配されたくらいだ。あの様子なら、新たな協定もスムーズに締結されるだろう。


 となると、問題は旧体制派の動向のみ。ベルガモットが魔法を使えないこと、それを知っているのはごく一部の人間だけ。それが〝なんでも屋〟に漏れている以上、黒幕はおのずと絞られる。そんな手がかりを残す辺り、頭の悪さは父親譲りかもしれん。



「なにか悩みごと?」


「ああ、すまん。まだデートの途中なのにな」


「いいわよ。タクトの考えてること、なんとなく分かるから。理由が知りたいんでしょ?」


「裏でコソコソ動かれるのは不愉快だ。きっちり落とし前をつけさせてやる」


「今度はどんな行動に出るかしら」


「それはわからん。しかし一つだけハッキリしていることがある。相手は先回りして準備を整えるつもりだろう。しかし俺たちが持っている切り札の前では、なんの役にも立たんということだ」


「聖域渡りを知ってるのは、まだ私たちだけだしね」


「相手に情報が漏れる法則もわかってきた。次で一泡吹かせてやるさ」



 不測の事態に陥ったら、きっとボロを出すはず。そこで必ずあぶり出してやる。たいした実力もない連中の相手をするのは、いい加減うんざりだ。



「そろそろデートの続きをしよう。ゴナンクの見どころを、片っ端から回る約束だしな」


「そうね。初めて来た場所だし、楽しみだわ」



 砂を払いながら立ち上がり、中心街の方へ足を向ける。みんなへのお土産を買いながらあちこち回り、最後に冒険者ギルドへ。今後の予定を共有したあと、相手を追い詰めるための仕込みもしておく。あとは現地に行ってから、直接協力を要請しよう。


 みてろよ、今度こそ俺たちの前に引きずり出し、これまでの行いに利息をつけて支払わせてやる。


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