0165話 ロブスター商会の子供たち
諸々の手続きを終わらせ、詰め所を出て街へ向かう。滞在先としてロブスター商会が管理する、宿泊施設を使わせてもらうことになった。同一敷地内に従人たちが暮らす集合住宅もあるので、レアなケモミミに会えるかもしれん。超楽しみだ!
「以前暮らしていた家は海岸沿いで、セキュリティーに不安があったんだ。商会の施設を使わせてもらえるなんて助かるよ」
「そこは私兵や訓練を受けた従人が、昼夜を問わず巡回しているからね。安心して過ごしてくれたまえ」
ロブスター商会はレア種の取引量が世界一だから、良からぬことを考える連中に狙われたりするんだろう。それを防いできた警備体制なら、まず間違いがない。
「なにから何まで、世話になりっぱなしなのじゃ」
「そんなことは気になさらないで下さい。こちらとしては、タクト君が使役する従人に会えて、感極まっている最中ですから。ワカイネトコの支店から連絡を受け、どれだけこの日を待ち焦がれたことか。あちらを本店にして、移動しようかと考えたくらいなんですよ。幹部に全力で止められましたが……」
それは止めるだろ。ローゼルさんがこの街にいないと、毎年のコンテストや従人の育成に大きな影響が出る。
「そういえば私とは初対面だったわね。名前はジャスミン、見ての通り有翼種よ。あなたのことはタクトから聞いてるわ。これからよろしくね」
「会えて光栄です、ジャスミンさん。まさか有翼種とこうして話ができるなんて、今日は実に良き日だ。そして世界で一人だけの毛色を持った従人たちに囲まれると、私も頑張らねばという気持ちになれるね」
「この子は霊獣のコハクだ。従人ではないが、よろしく頼む」
「キュイッ!」
「いやはや従人だけでなく、霊獣にまで懐かれるとは。タクト君は本当に素晴らしい。今日のことは、同業者たちに自慢できるよ」
それが目的で、俺たちを泊めてくれるのか?
まあ嘱託職員の俺がいるから、エスコート役に選ばれたんだろう。
他者を出し抜いて、なんて可能性は……あるな。この人だって一流の商売人だ、慈善事業で従人を取り扱っているわけじゃない。チャンスを掴み取れないようでは脱落する。
「そうそう。今年の運動会に関して、少し相談があるんだ」
「なにかな?」
「できれば全員で出たいと思うのだが、色々と問題が発生しそうでな」
「タクト君の従人は観客たちにも大人気だったし、今の姿を見たいと思う者は多いはずだよ。なにが問題なんだい?」
「身体能力が物を言う競技だと、俺の従人が上位を独占してしまう。なにせ飛んで移動できたら、障害物や追手などは意味をなさないだろ? それにシナモンが本気を出せば、トラック競技は無敵だ」
俺の腕に抱かれたシナモンが、三白眼のまま胸を反らす。そんな態度を取られたら、撫でてやるのが礼儀というもの。
「……うにゃー」
旅の途中でレベルも上がり、今は六十八になった。去年のシトラスがレベル三十八だったので、単純計算でも八割増し。特にスピードに関してなら、ステータス以上の補正がかかる。マトリカリアが去年の三倍にレベルアップしていたとしても、余裕でぶっちぎりかねん。
「その姿を見ていると信じられないが、タクト君が言うのだからよっぽどなんだろうね」
「シトラスは去年の夏から四十もレベルアップしてるし、ミントやユーカリはそれ以上だ。夏が来る頃までには、間違いなくもっと上がってるからな」
「なんとまぁ、たった数ヶ月でそこまでとは……」
「キミならいつもの悪知恵で、なにかいい案を思いつくんじゃないの? 運動会に出るの凄く楽しみにしてるんだから、ボクたちのために考えてよ」
「悪知恵とか言うな、失礼な奴め。とにかく去年やったようなスピード競技は、本戦と別枠のイベントを用意したほうが良いだろう。走りに自信のある者だけを集め、俺の従人やマトリカリアに挑戦する、エキシビジョンマッチとかな」
「なるほど、それはいい案かもしれないね」
「あとは、団体戦を新設するとかだな。うまくメンバーを振り分けてやれば、全員に得点のチャンスが回ってくる」
「ふむ……団体戦か。検討してみよう」
「ロブスター商会から巣立っていった、白い虎種のステビアも結構レベルが上っている。出場の打診をしてみようか?」
「それはいいね、是非お願いするよ」
そんな事を話しながら歩いていると、大きな建物が見えてきた。手前の本店に入ったことはあるが、敷地の奥に行くのは初めてだ。さて、どんなレア従人たちがいるのだろう。
◇◆◇
敷地の警備をする者たちに引き合わせると、体育館のような建物がある場所へ案内された。開けた場所で従人が走っていたり、建物の中から気合の入った声も聞こえる。さしずめ訓練施設ってところか。
入口前には、数人の上人と従人が整列していた。そこに見知った男が……
身長が二メートルほどあり、鍛え上げられた体のいたる所に刻まれている、古い傷跡。あれは地下酒場で俺たちを襲ってきたタンジーじゃないか。相変わらずモフりがいのありそうな、太くて長いしっぽだ。
「久しぶりだな、タンジー」
「名前、覚えてくれていたのですね」
「当然だ。この俺が従人や野人の名前を忘れるなどありえん」
「久しぶりだね。ここで働いてるの?」
「ああ。更生先として、ロブスター商会に受け入れてもらえた。社会奉仕活動をしながら、鍛え直してもらっているところだ」
契約解除になる前、カンスト間際のレベルまで上がっていた。そこまでの力を持っていたら、再レベリングでも有利になる。超優良な人材をしっかり確保するあたり、さすがはローゼルさん。
「……前、助けてくれたって聞いた。ありがとう」
「元気そうで何よりだ。いい主人に出会えてよかったな」
「……うん。あるじ様と契約できて、幸せ」
「ねぇねぇ、よかったら手合わせしない? パンチの打ち方とか、教えてよ」
「……一緒に走ってみたい、ダメ?」
コテンと首を傾けながら、無言で見つめるんじゃない。なんでも言うことを聞いてやりたくなるだろ。
ローゼルさんに視線を向けると、首を縦に振ってくれた。それならシナモンとシトラスは、ここで体を動かしていてもらおう。
別れた俺たちは、繁殖部門と呼ばれる区画へ。同じ建物がいくつも立ち並び、住宅団地を彷彿とさせるのような場所から、子供たちの声が聞こえてくる。
「あっ!?」
「「「「「こんにちは、しはいにん様」」」」」
敷地へ入ってきたローゼルさんに気づき、遊んでいた子供たちが集まってきた。下は幼稚園の年少あたりで、上は小学校の低学年くらいだろうか。もう少し上の子たちは、習い事や訓練をしてるのかもしれない。
並んでいる子供たちの中には、見覚えのある者がチラホラいる。クリーム色の猫種や、オレンジ色の狸種は初対面だ。レアな色や種族以外にも大勢の子供がいて、目移りしてしまうな!
「今日はなんのご用ですか?」
「紹介したい人がいるから、連れてきたんだよ」
一番年上っぽい子供の質問に、ローゼルさんが優しい声色で答えを返す。まだ小さいのに礼儀正しい子ばかりで、感心してしまう。普通はこの年齢の子供なんて、糸の切れた凧みたいなもんだろ。よくもこれだけ躾ができるものだ。こうした部分が、大手商会の持つ育成ノウハウってとこか……
ひとまずローゼルさんから紹介され、子供たちの前に立つ。するとダークブラウンで癖っ毛の子が近づいてきた。相変わらず物怖じしない男の子だ。
「前に海で遊んでくれた人だよね」
「久しぶりだな、元気だったか?」
「うん!」
しゃがんで目線を合わせ、頭を撫でてやる。うーん、やっぱり癖のある毛は、撫でたときの感触が素晴らしい。きっとトイプードルとか、こんな手触りだったんだろうな……
「うさぎのおねーちゃん、おみみがフワフワになってる」
「タクト様に毎日ブラッシングしてもらってるからなのです」
「きつねのお姉さんも、毛がすごくきれい」
「旦那様のおかげで、私は生まれ変わることができました」
ミントとユーカリも大人気だ。特に同じ兎種や狐種の子供は、モフ値八十×二のうさ耳とモフ値二百二十のしっぽに、興味があるらしい。自分の耳やしっぽと比べたり、触って感触を確かめている。
「肩に乗ってるのって、お人形さん?」
「違うわよ、私は有翼種のジャスミン。ここにいるお兄ちゃんの従人なの。よろしくね」
「「「「「しゃべったーーー!!!!!」」」」」
おぉぉ、一気に囲まれてしまった。モフモフたちに視界が埋め尽くされ、幸せ指数が加速していくッ!!
「そっちの白い子は?」
「この子はコハクというんだ」
「キュッ!」
「かわいー! さわってもいい?」
「優しく撫でてやると、凄く喜ぶぞ」
コハクを肩から下ろすと、女の子たちが代わる代わる抱っこしたり、頭を撫でたりしながら楽しそうにはしゃぐ。ああして黙って触られているのは、あの子たちが俺に好意を持っているから。そうでなければ、相手が子供だろうと、指一本触れさせん。やはりロブスター商会は素晴らしい、みんな純粋無垢で良い子ぞろいだ。
この光景をマツリカにも見せてやりたいところだが、ベルガモットと一緒に宿泊場所へ引きこもってしまっている。きっと心配事が無くなって、一気に疲れが出たんだろう。今夜は早めの夕食にしてやるか。
「ねぇねぇ、丸いので遊んで」
「いいぞ。フライングディスクを投げるのは得意だ」
「あのね。また大きなお城、作って」
「ここは砂場もあるのか。よし、任せておけ」
「……だっこ」
「わかった、わかった。みんな集まれ、遊ぶ順番を決めるぞ」
こんな時間が過ごせるなんて、夢のようだ。やばいな、ここで暮らしてくなってきた。そうすれば、毎日モフモフたちと……って、いかんいかん。自ら定めたライフワークと今の使命を忘れるなんて、モフモフパワー恐るべし!
とりあえず今日だけは、思う存分モフモフを堪能しよう。
◇◆◇
自由時間が終わりらしく、子供たちが建物の中へ引き上げていく。明日も来てと言われてしまったが、すまんな。目録の引き渡しと感謝状の贈答式があるから、明日はベルガモットに付き合わねばならん。
「タクト君を見ていると、昔のことを思い出すよ」
「どういうことなんだ?」
「私が子供の頃、年配の女性飼育員がいてね。彼女の姿とタクト君が、重なってしまった」
「なにか変わった特技でも、持っていたのか?」
「道端の動物や植物に話しかけるような、とても不思議な女性だったんだ」
前世でもいたな、そういう人。というか、俺も観葉植物に話しかけてたぞ。動物を飼えなかった悲しみが、少し癒やされたりしたものだ。
「きっと優しくて、おおらかな人だったんだろう」
「タクト君の言う通り、めったに怒らない人だった。子供たちを叱るときも、諭すような言い方をしていたかな。そんな人柄だったからだろう。子供たちと遊ぶのがとても上手くて、従人たちにも好かれていたよ」
「もしかしてローゼルさんがコンテストを開いているのも、その人に影響されたからなのか?」
「ああ、その通りだ。先程のように元気よくはしゃぐ姿が、私の記憶に刻まれているんだよ」
この人が従人を大切に扱う源流は、そこにあったのか。
ローゼルさんは当時のことを、語ってくれる。名前はアサツキといい、みんなアサお婆ちゃんと呼び、慕っていた。この名前、どう考えても日本人だろ。オレガノさんの祖父もそうだが、どこかのタイミングで集団転移とか発生したのかもしれん。
そして話は自分が商会のトップに立ってからのことへ。
昔のコンテストは、男女それぞれやっていた。しかし男性の方は人気が出ず、中止になったらしい。場外乱闘が多く、競技中も体育会系のノリで、暑苦しかったそうだ。
「どうすればタクト君のようになれるのか、教えてもらえないだろうか」
「そうだな……まずは子供たちと目線を合わせることだ。話すときはしゃがんで、相手の顔をまっすぐ見ながら聞いてやる。褒めるときも、叱るときもそうしてやった方がいい」
ここに来たとき、ローゼルさんは立ったまま話をしていた。あれでは子どもたちが萎縮してしまう。ただでさえ、商会の支配人なんだから……
「あと、俺が大切にしているのは、スキンシップだな。抱っこしたり撫でてやることで、お前たちの味方だぞとアピールしている」
「それって単にキミの趣味じゃん」
「おっ、訓練時間はもう終わりか?」
「……座学の時間って、言ってた」
しっぽが下を向いているのは、もう少し一緒にやりたかったというサインか。腕を伸ばしてやると、ヒシっと抱きついてきた。そのまま抱っこして、頭を撫でてやる。するとしっぽの角度が復活し、気持ちよさそうに甘えだす。相変わらず、ういやつめ。
「なるほど、それがスキンシップの効果というものなのか」
「子供と仲良くしたいなら、育成に取り入れてみたらどうだ?」
「甘やかしすぎると、わがままに育っちゃうんじゃないかな」
「確かにシトラスの言うことも一理ある。礼儀作法や行儀の良さと相反する部分に、繋がりかねないからな。商会のブランドイメージを毀損しないよう、メリハリを付けてやるのが大切だと思う」
このあたりは釈迦に説法だろう。なにせこれまで数多くの従人を、世に送りだしてきた人だ。契約者と良好な関係を作るコツを叩き込んだり、商会と売却先の待遇差で心が壊れたりしないよう、細心の注意を払ってるはず。育成に関する知見は、業界でもトップクラスなのだから。
「やはりタクト君の話は興味深い。さっき君は〝この商会から巣立って行ったステビア〟と言っただろう? その言い方、アサツキさんと同じなんだ。少し驚いてしまったよ」
さっきの話によると、アサツキという女性が勤めだしてから、商会の評判が一気に上がっている。しかし彼女が持っていたノウハウは、誰にも受け継がれなかった。それは神の手によって植え付けられた、精神汚染が立ちはだかったせいだろう。なにせ普通の上人は、獣人種に親愛の情を抱けない。そんな感情に気づけない何かがあったと、ニームも言っていたしな。
だからこそ、俺に教えを請うたのだ。在りし日の商会を取り戻すために。もし俺がきっかけになって心の壁が壊れるなら、いくらでも協力してやろうではないか!