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0164話 再びゴナンクへ

 湿地(しっち)乾地(かんち)を隔てる、長大な壁が見えてきた。夏に来たときと違い、観光客っぽい上人(じょうじん)はいない。門に並んでいるのは、大きな荷物を従人(じゅうじん)に持たせた冒険者や、護衛を引き連れた商売人。家紋入りの馬車は、避寒に来た金持ち連中か。



「とうとうゴナンクに、着いてしまったのじゃ……」


「どうした、怖いのか?」



 ゴナンクが近づくにつれ、ベルガモットの足取りが重くなってきた。そして門が見えはじめた所で、とうとう止まってしまう。顔色は悪いし、ちょっと震えてるみたいだ。



「密航した無法者たちが流れ着き、この街には多大な迷惑をかけてしまったのじゃ。元老院から損害額の試算を渡されたのじゃが、とてもではないが払いきれん額だったのじゃ。その責任を追求されたら、(わらわ)は……」


「そういう話は実務者レベルでやることだ。お前は目録を渡しに来ただけだろ。(いわ)れのない糾弾からは俺が守ってやる。だから心配するな」



 抱っこしていたシナモンを降ろし、ベルガモットの方に腕を伸ばす。ヒシっと抱きついてきたので、そのまま持ち上げ門の方へ向かう。



「……悪者はあるじ様と、シトラスが倒した」


「前の旅で変な喋り方しながら襲ってきた野盗を、六組ほど潰してきたしね」


「アジトも三つ、お掃除してきたですよ」


「警備隊に来ないかと、熱心に勧誘を受けたくらいです。旦那様がいればきっと大丈夫ですから、安心してください」



 まだ十四歳の子供に、これだけ大きな責務を負わせるとは。アインパエの人材不足は、早急になんとかしないとダメだな。とにかくこの街にも頼れる人はいる。多少迷惑をかける事になっても、うまく乗り切ってやろう。



「ベルガモットちゃんをいじめる子は、私が倒してあげるわ」


「下手に刺激すると、海水浴に来られなくなるぞ」


「あら、それは困るわね。すごく楽しみにしてるんだから」



 やいのやいのと盛り上がっていたら、ベルガモットの緊張もほぐれてきたみたいだ。これなら問題ないだろうと街道を外れ、警備隊の詰め所へ進む。するとそこには見知った顔がいた。



「よぉ! 久しぶりだな」


「あぁ、久しぶり。そういえば隊長になったとか聞いたぞ、凄いじゃないか」


従人(じゅうじん)の育成が順調だからな。半分はお前のおかげだ。それよりそっちのほうが凄いだろ。とんでもない冒険者になりやがって。ほんと、あの時にしっかり捕まえとくんだった」



 俺たちを出迎えてくれたのは、ここで何度か言葉をかわした警備兵。なんでも小隊長に昇進したらしい。従人育成がうまくいってると言っていたが、衣食住(いしょくじゅう)心技体(しんぎたい)の成果が出ているようで何よりだ。



「それより……例の要人ってのは、そっちのお嬢さんか?」


「いや、俺が抱っこしている方だ」


「ちょっ!? そんな事していいのかよ。不敬罪(ふけいざい)で捕まるんじゃないか?」


「妾が頼んでおるので、問題ないのじゃ」


「本当にお前、凄いやつだな。とにかくこっちに来てくれ、中で話がある」



 詰め所の中に案内され、応接室へ通される。調度品は最低限だが、こんな部屋があったとは驚いた。討伐の報告をする部屋とは、大違いじゃないか。あそこは長机と、粗末な椅子しか無いからな。


 ソファーに座ったベルガモットが、深々と頭を下げる。



「妾はアインパエ帝国第三皇女ベルガモット・スコヴィル。我が国から逃げ出した無法者たちが密入国し、街の治安を守る兵士たちにも、迷惑をかけてしまったのじゃ」


「一兵卒の俺に頭を下げるのは、やめてください。その点に関しては、上層部もあまり問題視してませんので。なにせ海沿いの野盗は彼がほとんど討伐してくれましたし、街道沿いはタラバ商会が片付けてくれましたから」



 その話、初めて聞いたぞ。きっとマトリカリアも活躍したんだろう。なにせ夏の時点では、シトラスに匹敵する強さだったからな。



「この街で幅を利かせていた犯罪組織にとどめを刺したのも、彼とそこにいる従人なんですよ。貴女はそれだけ実績のある人物を、守護者(ガーディアン)として任命された。アインパエ帝国は、これからも犯罪者の撲滅に力を入れていく、そうした決意の現れだと上層部は判断しています」



 少々楽観的な解釈だが、そう思っているなら好都合だ。俺としては使命云々より経験値として、これからも討伐していくつもりだし。



「さらに彼のおかげで、裏ギルドの一つを摘発できました。逆に感謝の声が上がってましてね」


「マーカーをつけた奴が、見つかったのか?」


「三人ほど網に引っかかった。その中に裏ギルドの幹部がいたんだ。そこから貿易商との繋がりが割れてな。調べてみると、出るわ出るわ。違法な取引と裏の仕事で、大儲けしてやがった。あくどい事をやってた所が潰れたおかげで、商会の連中も大喜びしてるぞ」


「それなら商業活動に与えたダメージも、かなり相殺できそうだ」


「そっちも心配するな。ロブスター商会が動いてくれている。そろそろ迎えが来るはずだ」



 とか言っていたら、応接室にノックの音が響く。扉の向こうにいたのはローゼルさんだ。皇族の出迎えということで、商会のトップが来てくれたか。話やすい人なので、ありがたい。



「お会いできて光栄です、ベルガモット皇女殿下。私はロブスター商会の代表を務めております、ローゼル・ロブスターと申します。このたびはゴナンクまで足をお運びいただき、誠にありがとうございました」


「お初にお目にかかるのじゃ、ロブスター殿。妾はアインパエ帝国第三皇女、ベルガモット・スコヴィルじゃ。有名な商会の代表者に会うことができて、妾も嬉しいのじゃ」



 ローゼルさんとベルガモットが、握手を交わす。さっきまでの姿は鳴りを潜め、すっかり公務の顔になってるな。この頑張りが(むく)われると良いのだが……



「タクト君も久しぶりだね。会えるのを楽しみにしていたよ」


「俺も会ってお礼がしたかった。ローゼルさんが授けてくれた肩書と権限には、何度助けられたかわからない。感謝してるよ」


「やはりタクト君にお願いしたのは正解だったね。キミは地位や道具を、正しいことに使ってくれている。特に今回の件は、ゴナンクが長年抱えてきた問題を、一気に解決へ導いたのだよ。そこでゴナンク商工会からベルガモット皇女殿下に、感謝状を贈ることが決まった」


「ちょっと待って欲しいのじゃ。妾にそんな物を受け取る資格は……」


「これも政治だ、ベルガモット。黙って受け取ってやれ」


「しかし一連の成果は、タクトが成したことなのじゃぞ」


「これはベルガモットが居たからこそ、出せた結果だからな。それに俺はお前の守護者(ガーディアン)なんだぞ。成果に対する報酬は、(あるじ)であるお前が受け取るべきだ。そして感謝の気持を、お前から俺に伝えてくれればいい。それが俺への報酬になる」


「理屈ではそうかも知れぬが、損害を与えてしまった相手から感謝されるのは、納得できんのじゃ」



 こんな部分はまだまだ潔癖だな。

 それがベルガモットの良いところでもあるが、今は俺の方から具申してやる時だろう。



「要はこれで手打ちにして、新しい政権と改めて関係を作っていきましょう、ということだ。お互い対等の立場で交渉したほうが、話はスムーズに進むだろ?」


「う、うむ。確かにそうじゃな」


「この街には数多くの富裕層が(きょ)を構えている。そんな物件を狙った窃盗団が暗躍していてな。そこがアインパエから流れてきた無法者の受け皿になって、大きく勢力を伸ばしていた」


「そんな事になっておったのか……」



 俺とシトラスで潰したコンフリーの組織から、多額の現金が見つかったらしい。金庫の中にあった大量のケースがそうだったんだろう。一生あっても使いきれないほどの現金、どうするつもりだったのやら。コインタワーを作ったり、ドミノ倒しでもやりたかったのか?



「金持ちが所有している家には、流通量の少ない高価な魔道具が多い。賠償や保険で金が戻ってきても、魔道具はすでに売り払われてしまったあと。そうなると持ち主は、無くなってしまった魔道具を、なるべく早く買い直したいんだよ。いちど便利な生活に慣れてしまうと、元には戻れないからな」


「つまりどういうことなのじゃ?」


「ゴナンクはアインパエ帝国との関係を強化して、魔道具を潤沢(じゅんたく)に流通させたい。そんな時にベルガモットを襲おうとしたせいで、裏ギルドと悪徳貿易商が壊滅した。ゴナンクへ償いをしたいアインパエ。新政権との関係を強化して、優先的に魔道具を供給してほしいゴナンク。利害が一致した今回の成果は、渡りに船だったってことだ」


「いやはや、タクト君は参謀としても優秀だね。彼の言うとおりですよ、ベルガモット皇女殿下。我々としては過去の出来事に囚われず、新しい関係を作っていきたいと考えております。それがお互いのためになるでしょうから。その第一歩として、感謝状を贈呈したいのです。受け取っていただけますか?」


「そういうことであれば、ありがたく受け取らせてもらうのじゃ」



 よし、これでゴナンクの方も片が付きそうだ。これもローゼルさんが色々と手を回してくれたおかげだろう。本当にこの人には頭が上がらない。


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