0162話 野人たちと再会
化学兵器が効いたのか、湿地に不審者は出なくなった。あいつらも独自のネットワークを持っているから、先日の惨劇は共有されてるはず。下手に倒すと次々襲ってくるだろうし、当面は二度と関わりたくないと思わせる方向で行こう。
とにかく今日から状況が変わる。
こちらからも仕掛けてみるか。
「やった! やっと海岸に出たー」
「……アシナガ、探す」
「食用になる大きなのは、深い海でしか捕れませんよ、シナモンさん」
「前に来たときより、波の音が大きいのです」
「冬は海が荒れることも多い。あまり近づきすぎるんじゃないぞ」
「私はちょっと上の方から見てくるわ」
初めて目にする光景が珍しいのか、コハクが頭の上に登ってきた。鳴き声をあげないってことは、見入ってるのかも。岩にぶち当たる波って白く濁るから、親近感を覚えてたりして。
「ねえ、また海の方に行ってみてもいい?」
「別に構わんが、自分の役目を忘れるなよ」
「ちゃんと覚えてるから平気だって! じゃあ行ってくるねー」
「本当にシトラスは元気じゃな」
「護衛を放棄して単独行動をとるなど、躾がなってない証拠です」
秘密警察が皇女を狙っているとか、浄罪機関と呼ばれるダエモン教の特殊部隊が暗躍してるなら、気を引き締めなくてはならん。しかしそんな連中が動けば、流星ランクの俺には必ず連絡が来る。利害関係がかち合ったりすると、双方にとって大ダメージになるからな。
とにかく慢心は良くないが、気を張りすぎるのはもっとダメだ。そんなことを続けていれば、必ず途中で息切れしてしまう。
「ぶっちゃけ、こんな見通しのよい場所で〝なんでも屋〟が襲ってくる程度なら、ユーカリとミントだけでも対処できる。周囲を取り囲んで一日中警戒されたりすれば、ベルガモットも落ち着かないだろ?」
「さすがにそれは、息が詰まりそうなのじゃ」
「ミント頑張るです」
「皆さまのことは、必ずお守りします」
「そんなわけで、適度に景色を楽しみながら進むくらいが、ちょうどいい。向こうでシトラスが手を振っているし、行ってみよう」
また水スライムでも見つけたんだろうか?
そんなことを考えながら岩場の方に行くと、見覚えのある野人と子供たちがいた。以前の旅で黒藻を一緒に拾った集団じゃないか。
「なーなー。にーちゃんって、いつ女になったんだ?」
「前に見たときと毛の色が違うのは、女になったからか?」
「ボクは前から女だよ! 毛の色が変わっちゃったのは、あいつがブラッシングしまくるせいさ」
正直に話すわけにはいかんが、俺のせいにするんじゃない。まあ変に希望を持たせて従人になりたがったりすると、ここにいる親たちが悲しむだろう。だがシトラス。この恨みはブラッシングで返してやるから、覚えておけよ!
「あの……干し黒藻の使い方を教えていただき、本当にありがとうございました」
「ちゃんと役に立ってるか?」
「はい。水麦が美味しく食べられるようになって、集落のみなが喜んでます」
子供たちは昆布だしがうまいとか、そのままおやつにしてるとか、俺に教えてくれる。乾燥昆布一つで食生活が改善しているようで何よりだ。
「ところで、今日はなんでこの場所まで来た。夏に会ったのはもっと先だったよな」
「この辺りは冬になると、岩藻が採れるんです。私たちはそれを集めに来ました」
「あーなるほど、確かに岩が真っ黒になってる」
どこかで見つけられればと思っていたが、こんな場所にあったのか。街道からは完全な死角だし、俺たちだけでは見落としてたかもしれん。ここで再会できたのは、幸運だったとしか言いようがない。
「すまないが、ここにある岩藻。俺たちも採っていいか?」
「はい、構いませんよ。私たちだけでは食べきれませんので」
「よし。じゃあ今日は予定変更だ。俺はここで板海苔を作るから、シトラスとシナモンは好きに動いていいぞ。ジャスミンを見つけたら、自由行動だと伝えておいてくれ」
「……アシナガ、探してくる」
シナモンは、まだ諦めてなかったのか。まあ小さいカニでも食べられるやつはあるし、から揚げにでもしてやるか。
「また水スライム探しに行こうぜ!」
「うん、いいよ。今度も競争しよっか」
「危ない所へ行かないように、ちゃんと見てやるんだぞ、シトラス」
「任せといて!」
前回もちゃんと子供を誘導してたみたいだから、問題ないだろう。母親たちも笑顔で子供たちを見送っている。
「ミントとユーカリは、俺を手伝ってくれるか?」
「はいです、頑張るです」
「お任せください、旦那様」
って、こっちを睨むなよ、マツリカ。そんな怖い顔をしてたら、野人たちが怯えるだろ。
「事前に話しておいたが、今日がその日だ。お前たちは、なるべく俺から離れないようにするんだぞ」
「いったい何を考えているのですか。こんな所で遊んでいる場合ではないでしょ。このままではワカイネトコに着くのが、遅れてしまいます。ただでさえスケジュールに余裕がないというのに……」
「あー、それは心配しなくていいぞ。万が一到着が遅れたら、それ以降お前の言いなりになってやる」
「その言葉、忘れないでくださいよ」
はっはっはっ。ゴナンクで森を攻略すれば、遅れなんて一瞬で取り戻せるんだよ。今度こそ「くっ、悔しい」と言わせてみせるからな!
「(それとよく聞け。板海苔を作ると、おにぎりが更に旨くなる)」
「(それは、まことなのか!?)」
「(食に関して、嘘は言わん)」
「(妾も手伝うのじゃ)」
耳元でコッソリ告げてやると、ベルガモットのやる気が急上昇した。こうなってはマツリカも口出しできまい。
野人の女性たちと協力しながら、岩藻を集める。数多くのしっぽがフリフリと揺れる光景、実に素晴らしいではないか。あー、全員ブラッシングしてやりたいぞ。
収穫した岩藻を水でよく洗い、ゴミや砂を取り除く。それを魔法の刃で細かく粉砕し、巻きすの上に薄く伸ばす。
「あの……そんなに細かくしてしまうと、食べづらくなるのでは」
「それに、どうしてそんなに薄くするのでしょう」
「これは生じゃなくて、乾燥させてから食べる方法なんだ。試しに魔法で作ってみるから、少し待っていろ」
魔法で岩藻を乾燥させながら、岩のくぼみで焚き火をする。巻きすから剥ぎ取って軽く炙ると、焼きのり特有の香りがあたりに漂う。
「なんか、いい匂いがします」
「よし、これくらいでいいだろう。みんなで食ってみろ」
焼き上がった海苔を手渡すと、全員が少しずつ千切って口に運ぶ。乾燥昆布を伝授したおかげだろう、今度は躊躇なく試食してくれたな。
「あっ! パリッとして食べやすいです」
「なにも付けてないのに、すごく美味しい」
「前に教えた乾燥黒藻と一緒だ。軽く焼くことで、岩藻の旨味成分が引き立つ」
「私たちにも作れるでしょうか?」
「今は魔法を併用しているが、きれいに洗って刃物で刻むだけだから、難しいことはなにもない。それにこの巻きすという道具は、藁を編めば簡単に作ることができる。この場所を教えてもらったお礼に、巻きすもいくつかやろう。集落に戻ったら、同じものを作ってみるといい」
「夏にお会いしたときといい、本当にありがとうございます! あなたのおかげで、子供たちがどれほど救われているか……」
「お前たちの生活が少しでも向上するなら、俺としては大満足だ。巻きすは大量にあるから、どんどん作っていくぞ」
「「「「「はいっ!!!!!」」」」」
錬金術で作ってもらった巻きすを、マジックバッグから次々取り出し、全員で板海苔を量産していく。そのうちのいくつかは温風魔法で乾燥させ、野人たちに巻きすごと渡す。ここから集落まではかなり距離があるから、早めに帰したほうが良いだろう。
◇◆◇
自分たちだけでもう少し板海苔を作り、乾燥させる時間でお昼をすませる。海苔を食べたいとシトラスは騒いだが、天日干しが終わるまではダメだ。夜にはおにぎりを作ってやるから、それまで我慢しろ。
「今日は水スライムがあまりいなくて、残念だったよ」
「それでもシナモンのレベルが一上がってるから、百匹くらいは倒しているはずだぞ」
「前の半分ってとこかー」
いくら今夜が満月の日とはいえ、海岸の規模や場所も違うから仕方あるまい。加えて今の時期は波が荒くて危ないしな。そんな条件にもかかわらず、結構倒したほうだと思う。
「それより、そっちはどうだった?」
「特に異常はなかったよ。誰からも見られたりしなかったと思う」
「シナモンは?」
「……ウロウロしてるの、二人いた。こっちには気づいてない」
「私の方で見つけたのは、街道沿いでたむろしてた三組五人ね。野人の子たちとは鉢合わせしてないから安心して」
ちょうどいいタイミングで、帰すことができたようだ。もし目をつけられでもすれば、口封じせねばならないところだった。
「タクトたちは、なんの話をしておるのじゃ?」
「俺たちを襲ってきそうな不審者の情報だ。湿地で狙いにくいとなれば、海岸沿いで待ち構えようとするものだろ?」
「三人には、そんな事をさせておったのか……」
「シトラスは野人の子供たちを護衛しつつ、周囲の警戒。シナモンは自由に動き回りながら、不審者の探索。そしてジャスミンは、高高度からの監視を担当してもらった」
寒い時期なのでアシナガは、いなかったっぽい。元気のないしっぽをモフりながら、顎の下を撫でてやる。
「……うにゃー」
「くっ……遊んでいただけではなかったなんて」
「岩藻を採っていた場所だって、周囲を岩に囲まれている。もし狙おうとすれば、上まで登ってこなければならない。そんな事をしていたら、ミントやコハクに気づかれるだろう。つまり安全地帯ってことだ」
「さすがタクトなのじゃ」
「さて、ここからは俺たちのターン。まとめて狩りに行くぞ!」
今日は板海苔を大量に作ることができたし、野人たちと一緒に楽しく作業ができた。そんな良き日の締めくくりに、不審者どもを締め上げてやろう。そして二度と狙おうなんて思わないくらい、徹底的にわからせてやる。
海苔ができたなら作るしかない。
次回「0163話 海苔の力」をお楽しみに!