0161話 非道な仕打ち
プライベートハウスの返却をセイボリーさんにしたあと、全員で街の外へ向かって歩く。厨房が立派で暖炉まであり、かなり静かな環境で暮らすことができた。もしどこかに拠点を作るなら、あんな感じの家がいい。恐ろしく高額になると思うが……
しかし最大の問題は、誰に管理させるかってことなんだよな。頻繁に家を空ける俺たちが、屋敷の維持管理をするのは無理だ。誰かを雇うにしても、従人の扱い方や水麦を使うレシピといった、秘密にしたい部分が多すぎる。こちらの方針に一切口を挟まず、なにがあっても決して口を割らない人物。そんな都合のよい者がいるとは思えん。
まあ家を持つなんて、まだまだ先の話だ。のんびり考えよう。
「ところで、本当に馬車の移動でなくていいのか?」
「どちらの道を使っても、時間はあまり変わらんのじゃろ? それなら湿地の中を長時間揺られ続けるより、海でも眺めながら歩くほうがマシなのじゃ」
「しかし、どこかの商隊と一緒に行動したほうが、安全ではありませんか?」
「悪いがマツリカ、その案だけは却下だ」
「どうしてなのですか。ベルガモット様の御身を考えれば、より多くの者に守らせるほうが、良いに決まっています」
「この街で襲ってきた三人からは、依頼主の手がかりすら掴めなかったんだぞ。となれば、どこに間者が潜んでいるかわからん。俺たち以外は全て敵と、思っておくほうがいい」
裏の仕事だけでは食えなかったのか、あるいは隠れ蓑のつもりだったのか、倉庫街で捕縛した三人には表の顔もあった。マジックバッグを持っていた長身の男は、フリーの配送員。長髪のチャラいやつが、倉庫街の警備員。ジギタリスを騙した巨乳女は、酒場の従業員。
そのあたりも街の地理や、噂話に詳しかった理由だろう。精霊たちに撃退されたとはいえ、プライベートハウスの近くまで、忍び込んできやがったしな。
商隊なんてものは一部の私兵や従業員以外、素性の分からない寄せ集め集団だ。そんな連中と行動を共にするのはリスキーすぎる。まあタラバ商会クラスになると、全員の身分はしっかりしているが、あいにくどこも移動予定はない。
「タクトに任せておけば、安心なのじゃ」
「ベルガモット様は、この男のことを信用しすぎです。血筋以外、何ひとつ取り柄がないというのに」
「料理でちゃんと貢献してるだろ」
「妾、毎日赤根を食べさせられとる気がするのじゃが……」
「好き嫌いしてると、大きくなれないからな」
「頭を撫でないで欲しいのじゃ」
「モッツァレラ家にもらった、野菜を貯蔵する魔道具があるから、旅の間も欠かさず食わせてやれるぞ」
「最高級の魔道具を使って妾を苦しめるとは、この世は世知辛すぎるのじゃー」
ベニバナのギフトを解明してくれたお礼にと贈られた魔道具だが、これが恐ろしいほど高性能だった。冷蔵庫の野菜室なんか目じゃないほど、中に入れたものが日持ちする。これさえあれば、多少の長旅程度は怖くない。
「とにかく海岸沿いの道は、俺たちも移動したことがある。地理はバッチリ頭に入っているから、不測の事態にも対処しやすい。事前に行程表を渡しているが、極端にずれることはないはず。安全第一で行くぞ」
「また水スライム、いるかなー」
「ミントは周囲の警戒、頑張るです!」
「今回は日差しも柔らかいので、移動しやすいですね」
「……みんなと一緒の旅、楽しみ」
「うふふ。海の近くなら、自由に飛び回れそうだわ」
「キュッ、キュー!」
コハクの号令で外壁の門を目指す。警備兵の詰め所で全員のチョーカーを外し、納税の確認をしてもらう。流星ランクに上がったおかげで、首の従印が少し違う程度は、なにも言わず見逃してくれる。
軽く挨拶を交わしてから、街の外へ。
「街の外もアインパエとは、ずいぶん違うのじゃ」
「そっちはどんな感じなんだ?」
「湿地の様子はあまり変わらぬが、アインパエはいたるところに高い山が見えるのじゃ」
「スタイーン国やマハラガタカの方に行けばあるが、この辺には見えたとしても低い山だな」
「……あるじ様。大聖堂、登りたい」
「この依頼が終わってアインパエから帰ってきたら、マハラガタカに行ってみるか」
「……うん、うれしい」
腕を伸ばしてきたシナモンを抱き上げ、脇往還へ繋がるあぜ道を進む。それなりに踏み固められた道とはいえ、街道に比べると路面状態は悪い。しかしベルガモットとマツリカの歩調は、しっかりしている。二人ともレベル二十を超えているという自己申告、間違いではないようだ。
「そういえばベルガモットって、どうやってレベルを上げたんだ? 体質的に、かなり難しいよな」
「妾たち皇族は生まれてすぐに、経験値の譲渡をされるのじゃよ。すまぬがその方法については秘密なのじゃ」
「方法はなんとなく想像できるから、別に構わない。聞きたいのはベルガモットが譲り受けた経験値で、他の家族と同じ上がり方をしたかだ」
「特に変わったことはなかったと聞いておるのじゃ」
つまり支配値が二百五十五あるベルガモットも、俺たちと同じように初項が百二十八で公差は二百五十六ってことか。要は四等級のちょうど半分だな。
しかし、この成長システムだけは、仕組みがよくわからん。
八等級になったシトラスたちの場合は、必要経験値も上がっているっぽい。一ビットを基準にした場合、四ビットだと二百五十六倍。それが八ビットになると、驚くなかれ千六百七十七万七千二百十六倍だ。昔シトラスに説明したが、二十四ビットフルカラーと同じということは、四等級をカンストさせるだけの数値になる。
八等級のレベルを一にするだけでその経験値とか、ビット操作ができなければとてもじゃないがやってられん。そんな絶望的な数値が必要にもかかわらず、ステータスの伸びに四等級以上は影響しない。一等級でプラス二、二等級でプラス四、三等級でプラス八、四等級でプラス十六されるんだから、八等級はプラス二百五十六でないと、おかしいだろ。バグってるんじゃないか? この世界。
「……あるじ様、考えごと?」
「旅の途中にボクたちをどうやってモフろうか、妄想してるだけじゃない?」
「理不尽な仕様に怒りを燃やしていただけで、妄想などしとらんわ。ブラッシングはいつもどおりだから心配するな。それよりシトラス、寒い時期は肌がカサつきやすくなるので、今夜は全身に美容液を塗ってやろう。嬉しいだろ」
「自分で出来るからいらないよーだ」
ワカイネトコで暮らし始めた頃から、シトラスもスキンケアを気にするようになってるんだよな。実にいい傾向じゃないか。学園の密かな人気者になってるのも、ある意味当然といえよう。
俺がそんなことを考えていると、服の袖をクイクイと引っ張られる。
「どうかしたか?」
「(湿地の方から、息遣いみたいな音が聞こえるです)」
ミントが小声で話しかけてきたので、ギフトを発動しながら視線を動かす。湿地の少し奥に見えるのは、十六という数字。上人が泥の中に埋まって、俺たちを監視してるのか? どうやら筒っぽいのを水面に出して、呼吸してるらしい。忍者かよ!
あんな場所に潜んで、いつ来るかわからないターゲットを待つとか、実に非効率なことをやってやがる。背後から狙うつもりなのか、ただ監視員かはわからん。コハクが警戒してないし、後者の可能性が高いだろう。それなら俺たちの非道さを知らせる、連絡要員になってもらおうじゃないか。
俺はマジックバッグから、小さな包みを取り出した。
「(シナモン。向こうに三角の葉っぱがあるだろ)」
「(……うん)」
「(その横に筒が飛び出してるな)」
「(……隣の葉っぱ、ちょっと揺れてる)」
「(その筒にこれを放り込んでやれ)」
「(……わかった)」
俺に抱っこされたまま、シナモンが包みを投げる。相変わらず投擲スキルは素晴らしい。放物線をえがきながら、包みが筒へ吸い込まれていく。
――ゴパァ!! ビターン! ビターン!
「よし、先へ進もう」
「……いったい何をやったのじゃ?」
「赤粉を吸わせてやっただけだ。しばらくまともに息もできんだろ。ただの上人だし、放置して行くぞ」
「そんな凶器を使うとは、秘密警察の拷問より恐ろしいのじゃ」
しかし街を出てあまり時間が経ってないのに、この有様とは……
本気で対策を考えたほうが良さそうだ。
次回、以前邂逅した野人たちと再び……
「0162話 野人たちと再会」をお楽しみに。