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0160話 タクトの思惑

誤字報告、いつもありがとうございます。


この話で第10章の終了です。

 あぐらをかいた足の上に、横を向いたユーカリがそっと腰を下ろす。そのまま上半身をひねり、両腕を背中に回してきた。俺は目の前にある頭を抱き寄せ、キツネ耳をふにふにとモフってやる。



「すごく幸せです、旦那様」


「今日のユーカリは、シナモンのようなのじゃ」


「……ユーカリ頑張った。だから今日のあるじ様、ユーカリのもの」


(わらわ)も頑張ったのじゃがなぁ……」



 そんな顔をするなよ、ベルガモット。お前の頑張りは、よくわかってるぞ。経済界の重鎮たちを相手にして、一歩も引くことなく役目を果たしたのだからな。まだ十四歳の少女が、そんな重責に耐えられただけでも、奇跡に近い。



「今日は髪の乾燥とブラッシングに加えて、頭皮マッサージと指圧もしてやろう。それから隣に寝てもいいぞ。だから早く風呂に入ってこい」


「今日のタクトは大盤振る舞いなのじゃ! わかったのじゃ。すぐ入ってくるのじゃ」



 勢いよく立ち上がったベルガモットは、暖炉の前にある小上(こあ)がりから()り、マツリカを連れて部屋を出ていく。しかしマツリカのやつ、園遊会が終わってからもずっと元気がないな。ベルガモットを危険にさらしてしまったこと、まだ引きずってるのだろうか。



「それにしても、こんな作戦よく思いついたよね。あのタイミングでなにかあるって、キミはわかってたのかい?」


「屋敷の警備計画を見たが、かなり厳重だった。あれを突破するには、従人だとマトリカリアか、地下酒場にいたタンジーくらいの猛者が必要だ」


「その二人ならボクとシナモンだけでも、止められるね」


「魔法だったらそうだな。風神や雷神に代表される、範囲攻撃が得意な神系統のギフト。あとは高火力が持ち味の、炎帝や雷帝といった帝系統。他には遠距離攻撃に特化した水姫(すいき)石姫(せっき)、連続発動で他を圧倒する火鬼(かき)氷鬼(ひょうき)。そんな連中が集団で襲ってこないと、簡単に制圧されただろう」


「サーロイン家にもいらっしゃいましたけど、レアギフトばかりなのです」



 元親父のエゴマが雷神だし、長男のボリジは炎帝。他家に嫁いでいった、長女のクレソンが水姫だ。そういえば三男のチャービルも、すでにギフトを授かってるはず。風魔法が得意だったし、それに由来したギフトが発現したんだろうな。まあ、今さらどうでもいいが。



「そのようなギフトをお持ちなら、犯罪に手を染めたりしませんよね?」


「もちろんだ、ユーカリ。その手のギフトを持っていたら、スタイーン国にある戦術科の学園が、必ずスカウトに来る。そこに入れば将来は約束されたようなものだから、わざわざリスクを犯す意味がない」


「つまり、もしなにかするなら警備が一番手薄になる、着替えの時を狙うだろうってこと?」



 支部長の情報によれば、あの屋敷には隠密系のギフトに反応する、古代遺物の防犯装置があるらしい。きっと爵位を持っていた頃から、そうした連中に狙われ続けていたんだろう。


 そして薬物に関しても対策済みだ。従人(じゅうじん)を毒見役にしているそうだが、希望者が後を絶たないのだとか。上人(じょうじん)と同じものが食べられる役目に、人気が出るのはわかる。個人的に思うところがあるとはいえ、他家の伝統に文句を言っても仕方ない。



「あの状況でなにか起きるなら、内部犯行の可能性が一番高いと踏んでいた。もっとも、ジギタリスが手引するなんて、予想外だったがな」


「そういえば屋根から見張ってる時、遠くの方でピンク色の影をチラッと見た気がするわ。建物の影だったし、あんな所と繋がってるなんて思わなかったから、報告しなかったの。ごめんなさい」


「出口の場所は、外部に一切公開されてない。そこにジギタリスが出てくるなんて、わかるわけ無いだろ。ジャスミンに落ち度はないから気にするな」



 なにせ冒険者ギルドと警備隊も、完全にノーマークだった。そもそもアンキモ家ですら、見落としていたくらいだ。俺はシュンとしてしまったジャスミンの頭を撫でたあと、話を続ける。



「ゴナンクへ移動する前に、一度決着を付けようと思っていた。だからベルガモットたちが孤立するように仕向け、精霊に護衛も頼まなかったんだ。そのせいでユーカリに負担をかけてしまったが……」


「わたくしのことは、気になさらないで下さい。旦那様のお役に立てて、とても嬉しいです。それに大規模魔術の実践ができましたし、妖術の効果的な使い方が見つかったのですから」


「……あの火、すごかった」



 確かに大阪の丸いビルを彷彿とさせる、炎でできた塔は迫力があった。屋上に回る電光掲示板を再現できないか、一緒に挑戦してみたい。胸にもたれかかり、気持ちよさそうにくつろいでいるユーカリの耳をモフりながら、俺はそんなことを考える。


 そういえばジギタリスのやつ、ユーカリがオークションで競り負けた従人だと、まったく気づいてなかったな。まあ今の姿を見て、当時のユーカリと結びつけるのは難しいか。レベル上昇でスタイルに磨きがかかり、肌のハリやツヤ、そしてきめ細かさは十代のそれだ。


 そして進化してからも、しっぽのモフ値は向上中。その数値たるや、堂々の二百二十!!

 単純な比較であれば、全身ボーナスが付くコハクの三百には及ばない。しかし片方で五十あるキツネ耳を加えると、合計で三百二十に達する。


 この大きな耳を触っているだけで、オレの心は癒やされていく……



「優しく触っていただけると、嫌な記憶が薄れていきます」


「他に触って欲しいところはないか? 今ならなんでもリクエストを聞くぞ」


「あの……では、シナモンさんと同じように、(あご)の下をお願いします」



 それくらいお安い御用だ。ユーカリの顎を少し持ち上げ、三本の指をクニクニ動かす。おっ? これは狐種(きつねしゅ)にも効くらしい。ユーカリの頬が上気して、目がトロンとしてきた。



「ほれほれ、どうだ?」


「らんなさまぁ……きもちいいれふぅ」


「みんないるんだから、こんなところで(さか)らないでよ」


「ユーカリさん、とても色っぽいのです!」


「キュキューイ」


「コハクちゃんも顎の下を触ってもらうの、好きなんだって。私もやってもらおうかしら」


「……顎の下なでてもらうと、力抜ける」



 シナモンはいつもグテーっとなるからな。その姿が実に可愛らしいのだが。

 一方ユーカリの表情は、(とろ)け顔とでも言えば良いのだろうか。色っぽいというより、幸せそうに見える。だらしない(アヘ)顔でダブルピースをしていたり、背景が虹色(ヘブン状態)になってないから、全然セーフだ。俺は全年齢な男。自分の可愛い従人たちに、そんな表情はさせない。


 そもそも前世では、そうした表現を苦手にしていた。ラフやデッサンならまだしも、肌色成分が多いイラストを、ネットにアップしたことすらない。プクシブ(puxiv)で公開してたのも、健全絵ばっかりだったし!


 久しぶりに前世の趣味を思い出していたら、風呂上がりのベルガモットがリビングに入ってきた。



「マツリカはどうしたんだ?」


「今日はもう休むと言って、部屋へ戻っていったのじゃ」


「あいつ、まだ今日のことを気にしてるのか……」


「マツリカは一人で抱え込む、悪い癖があるのじゃ。あやつの両親はもう死んでおってな、年の離れた妹にずっと仕送りをしておるのじゃ。今はかなり苦しいはずなのじゃが、なんど聞いても大丈夫ですとしか、言わんのじゃよ」



 昔のアインパエ通貨は、安定した価値を維持していたが、ここにきて大暴落してる。今のレートで両替してるのなら、大幅に目減りしてることだろう。



「そんな事情があったとは知らなかった」


「マノイワート学園へ短期留学を決めたのも、マツリカが現状を打ち明けてくれるキッカケに、したかったからなのじゃ」


「いい主人を持って幸せなやつだ。無理に聞き出そうとしても(かたく)なになるだけだろうし、ワカイネトコへ着いたら少し話をしてみよう。あそこは相談できる人物が多いからな」


「さすがタクトは頼りになるのじゃ」



 皇居で働く者は、魔道具技師と並ぶ高給取り。その割にマツリカの服装は質素だし、従人(じゅうじん)すら連れていない。護衛任務につくなら、従人と一緒のほうが断然有利にも関わらず……


 支配値は三十二しかないが、一等級を買う収入くらいあるだろう。ということはアインパエで働き出した頃から、ほぼ全てを仕送りに使ってるってことか?

 まあ貯金をしている可能性も考えられる。しかしそんな物があれば、マツリカの性格的に生活費くらいは、自分で出すはず。


 色々と気になることが出来てしまった。しかし今の関係から進展しなければ、理由を聞き出すことは難しい。


 一旦考えを放棄し、ベルガモットの髪を乾かす。名残惜しそうに膝から離れたユーカリは、後ろに回ってそっと抱きついてきた。本当に今日は甘えまくってくるな。まったく、可愛い奴め。普段からそれくらいやっても、いいんだぞ。お前はシナモンやミントに遠慮しすぎだ。



「タクトの生活魔法は、本当に面白いのじゃ」


「俺にはこれしか使えないから、色々工夫してるんだ」



 前世の知識を使って!

 普段から三つ編みにしているせいで、少し癖がついた髪をブラシで整えていく。遠赤外線を照射するドライヤー魔法は、リラックス効果も高いのだろう。膝の上に座ったベルガモットが、俺に体重をかけてくる。



「少し聞きたいことがあるのじゃか、構わんか?」


「ああ、別にいいぞ」


「どうしてあの場で、犯人探しをしたのじゃ?」


「指輪の反応が止まるまで、時間稼ぎしたかったのが一つ。そしてあの場でなにか起こすなら、内部の人間が関わると考えていたからな」


「しかし当主の部下を疑うなど、リスクが高すぎるじゃろ」


「もし誰がやったのかわからなければ、真っ先に責められるのは警備に関わった者たちだ。そうした連中は、必ず従人を使役している。落ち度がないのに怒られたら、その矛先が弱い立場の者へ向かいかねない。そんなの許せると思うか?」


「なんともまあ、タクトらしい理由なのじゃ」



 上人(じょうじん)が叱責されても、俺はなんとも思わない。しかしそれが理由で解雇でもされれば、従人を手放す者だって出てくる。なにせマッセリカウモ国は、従人一人あたりの税金が、かなり高額だからだ。そんな理由で不幸になる従人は、一人でも減らさねばならん。



「もしタクトが追求しておらなんだら、うやむやになっとったかもしれぬな」


「なにせ当主の息子が手引したんだからな」


「それゆえ、強く責められなんだのじゃな」


「別に誰がやっても責めるつもりはなかったぞ」


「どうしてなのじゃ。他国の要人である妾に危険が及んだのじゃ。一歩間違えば国際問題になるのじゃぞ」


「それを回避するためだ。もしマッセリカウモ国との関係が悪化すれば、困るのはアインパエ帝国だろ。結果的にベルガモットへの被害を防げたんだから、アンキモ家だけの問題にしてしまったほうが、得るものは大きい。なにせタウポートンで強い発言力を持つ家に、貸しを作れるんだぞ」


「妾やヘリオトロープ殿は、タクトに踊らされたわけじゃな。なんとも恐ろしい男なのじゃ」


「今回は思惑通りに状況が転がったから、うまくいっただけだということ、忘れるなよ。こんな賭けみたいな作戦、二度とやりたくない。だから今回つかみ取った成果を、存分に利用してくれ」



 従人を囮に使うなんて、俺の精神負荷が高すぎる。それにユーカリの甘えっぷり。彼女にも相当な負担を強いてしまった。こんなことを何度も繰り返せば、ストレスで禿げてしまいそうだ。護衛対象がベルガモットでなければ、絶対にやらなかっただろう。なにせこいつの体質も含めて、面倒を見ると決めてしまったのだから……


次回、ゴナンクへ移動を開始する主人公たち。

しかし出発直後に……


第11章(がーでぃあんのおしごと!)のファーストエピソード、「0161話 非道な仕打ち」をお楽しみに!

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