0016話 魔力の糸
手のひらから魔力の糸を伸ばし、蜘蛛の巣のように広げていく。野人は魔力を持たないため、近くにいる子どもたちに糸を揺らすことはできない。俺と魔力的な繋がりがあるシトラスは、盛大に糸を揺らしてくるな。しばらく休ませてもいいが、楽しそうだし好きにさせておこう。
それ以外に微弱な反応があるのは水スライムだ。こうしてわずな魔力を持っている点や、倒しても死体を残さない点が、魔物の一種とされている理由だろう。そして森に生息する、もう一つの危険な存在。魔素で変質した魔獣と呼ばれる動物、そいつらもこの魔法に反応する。
一種の索敵魔法だが、集中力が必要だし動いている物体や、数が多いものは追いきれない。使い勝手が非常に悪いから、ほとんど普及してない生活魔法だ。ただ今回の場合には、最も適しているはず。
「この近くにあるはずなんだが……」
周りを見渡すが、目視で異常を見つけるのは不可能。そもそもそんな物が見えていれば、異常発生が長期化したりしない。
それにしても、シトラスのレベルがかなり上ったな。動きが格段に良くなってきている。これなら森で魔獣を相手にできるだろう。魔獣は魔物と違い、倒すと死体を残す。そこで取れる肉やアイテムは、冒険者の貴重な収入源だ。それに新鮮な肉がただで手に入るようになれば、食事のメニューが充実していく。今日の探しものが見つかれば、それを売って装備を整えるか。
頭の中で皮算用を繰り広げながら魔力の糸を広げていると、少し遠くに大きな反応が見つかった。
「おーい、シトラス! そろそろ切り上げて戻ってこい。あとは子どもたちだけで大丈夫だろ」
「うん、わかったー」
ぬかるみをものともせず全力で走ってきたが、かなり汚れてしまっているな。後で討伐に参加した子供と一緒に洗ってやろう。
「この先にある白い花が見えるか」
「湿地でよく見かける花だよね。あの葉っぱは食べるとお腹を壊すから、絶対口にしたらダメだって教えてもらった」
それは葉や茎の部分に毒があるからだぞ。冬眠明けのクマじゃないんだから……
「とにかくこの方向に、止まれと言うまで進んでくれ」
「そこに何かあるの?」
「異常発生の原因になってるものが、埋まってるはずだ。その棒で掘り返してみろ」
「わかった、行ってくるね」
言われたとおりに歩いていき、魔力反応があった場所に棒を突き刺す。何度かそれを繰り返すうち、なにかを見つけたようだ。
「なんか固いものが埋まってるよー」
「恐らくそれが今回の原因になってる。持ち帰れそうな大きさか?」
「そんなに重くないから平気」
形はいびつだが、ボーリングの玉より少し小さいくらいか。それをシトラスは軽々持ち上げる。レベルが上って、かなり力が付いてるな、あれは。
「これってなに?」
「これは魔鉱石と言って、魔力を含んだ鉱物の一種だ」
「ふーん、初めて見たよ、こんな石」
「本来なら山で採掘できるものなんだが、時々地上でも見つかる。高い山に住むと言われる竜が落としていく、なんて噂もあってな。別名〝竜のフン〟とも言う」
「うわっ、なんか汚いものに見えてきた。色も黒いし」
「まあ竜なんて、いるかいないかわからん生物だし、仮にこんな場所まで飛んできたら大騒ぎになるだろ。だから原因は他にあると思うぞ」
湿地の下に対流層があって、地下の深い部分から運ばれてくるなんて説もある。原因ははっきりしないが、こうやって極稀に地上へ現れ、何かしらの異常を引き起こす。それが魔鉱石という鉱物だ。水スライムたちは、ここから出ている魔力によって、異常発生したんだろう。
「これどうするの? 置いといたら、また水スライムが発生するよね」
「ギルドで買い取ってくれるから、持って帰る。この大きさなら、そこそこの値段がつくはずだ」
「もしかして、これが目当てで依頼を受けたの?」
「もちろん見つけるつもりで受けたが、一番の理由はシトラスのレベル上げだぞ」
「そういえばボクって、今いくつになった?」
「レベル十六だ。水スライムを二百五十六匹以上、倒した計算になる」
「もしキミがいなかったら、あれだけ倒してもレベル一にしかなれなかったのか……」
この短時間で魔物を乱獲できる機会なんて、めったに発生しない。本当に今日はラッキーだった。
「一等級だとレベル百二十八相当だからな。しばらく力加減に気をつけろよ」
「キミに変なことされそうになったら、簡単に反撃して逃げ出せそう」
「そんなことをしたら制約でガチガチに縛って、一晩中お前のしっぽを枕にして寝てやるから、覚悟しておけ」
「うわっ、さすがのボクもドン引きするくらいの変態っぷりだ」
しっぽ枕で眠らせてくれるのなら、変態の称号くらい喜んで受け入れるぞ。とにかく目的は達成できたし、水スライムもいなくなった。撤収の準備をしよう。
「それより泥だらけになった子どもたちを集めてくれ。討伐を手伝ってくれたお礼に、きれいにしといてやる」
「子供相手にエッチなことしたらダメだよ?」
「するか!」
しっぽはちょっとモフらせてもらうがな!
「おーい、みんなー。あそこにいる上人が泥汚れをきれいにしてくれるから、集まってきなよー」
「上人はわたしたちを、さらっていくって聞いたよ」
「近づくと食べられるから、逃げなさいってお母さんが」
「目付きが悪くてしっぽや耳に欲情する変態だけど、襲ってきたりしないって」
シトラス、お前あとでお仕置きな。
「にーちゃんは男だから平気なんだよ」
「そーだ、そーだ。男はどれーにして、女はしょーふにするって、とーちゃんが言ってたぞ」
「お兄ちゃんもどれーだから、言うこと聞かされてるんだろ?」
「ボク、これでも女なんだけどなぁ……」
「「「「「うっそだー!!!!!」」」」」」
まあ、あれだけ泥だらけになって暴れまわってたんじゃ、仕方ないか。上はきっちりインナーを身につけてるし、下だって半ズボンを履いている。子供の正直な感想というのは、どんな世界でも残酷ということだ。
少し離れた場所でやいのやいの盛り上がっていたが、なんとか連れてくることに成功したらしい。
「順番にきれいにしてやるから、一列に並んで待っていろ」
「変なことされそうになったらボクがやっつけてあげるから、心配いらないよ」
「叩いたり、怒鳴ったりしないよな?」
「汚れを落としてやるだけだから心配するな」
小学校低学年くらいの男の子が、おっかなびっくり俺の前に立つ。こいつは猫種の野人だな、長いしっぽがなかなか立派ではないか。恐らく子供グループのリーダーなんだろう。代表として矢面に立つあたり、いい心がけだ。
そんな行動に敬意を表しながら、生活魔法で温水のミストを発生させる。それで全身を洗い流し、脱水で水気を飛ばす。そのあと軽くブラシを通せば、すっかりきれいになった姿に生まれ変わる。
「うおー、なんだこれ。あったかい霧がすげー気持ちいいぞ。それに服や髪もすぐ乾いた!」
「痛くなかった?」
「しっぽを触られて少しくすぐったかったけど、全然痛くねーぞ」
「じゃあ次、わたしにやって」
「よし、そこに立って目をつぶっておけ」
少し小さな女の子は熊種か? 丸い耳がキュートで可愛い。
同じように温水ミストで全身を洗い、乾かした後に丸いしっぽをモフらせてもらう。そうやって次々洗浄とブラッシングをすませ、思う存分モフモフを堪能できた。
シトラスのレベルも上がったし、戦利品も手に入っている。まったく最高の依頼だったな!