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0158話 自業自得

 この場でジギタリスを怒鳴りつけたい、そう強く思ってしまうヘリオトロープ・アンキモだった。しかし皇女の前ということもあり、その気持をぐっと抑え込む。仕方なく一言も喋るなと厳命し、会談が行われる場所へベルガモットを案内する。



「あの若者は優秀すぎる。さすが守護者(ガーディアン)といったところか」


(わらわ)の直感が選んだ男じゃからな。あやつはその期待に、しっかり応えてくれた」



 権力者であれば誰もが手に入れたいと願う、ワカイネトコ大図書館の黒い閲覧カード。それは金を積んでも決して届かない、最上のステータスだ。しかもマノイワート学園に、研究室を持っているという。つまり学問に関して、高い地位を得ていることになる。


 もしタクトが高齢者だったなら、まだ納得がいく。一生かけて実績を積み、世間から認められたのだろうと。


 しかし自分の息子より年下に見える男が、簡単に手に入らない地位をいくつも持っていた。冒険者の極点である流星ランクシューティング・スター、そして名高い商売人とのつながり。その証を次々見せられ、ヘリオトロープは戦慄に近い感情を覚えている。



「ワシの家は、彼に救われたのだろうな……」



 もし今回のことが(おおやけ)になれば、アンキモ家の名に大きな傷が付いてしまう。しかしあの場にいたのは、配下の私兵と使用人、そして自分と息子だけ。標的にされていたベルガモットは、こうして何事もなく会談へ向かっている。意図して公表しなければ、誰にも知られることはない。


 しかも立場上言い出せない者たちに代わり、タクトが追求役を買って出た。ジギタリスは問い詰めるとすぐヘソを曲げ、癇癪(かんしゃく)を起してしまう悪い癖を持つ。そんな息子をうまく誘導し、自ら自白させた手並みは見事だ。もしかすると、我が子が追い詰められる姿を見たくないという親心を、(おもんばか)ってくれたのだろうか?


 なにせ息子が手引したとわかっても糾弾(きゅうだん)すらせず、騙され利用された被害者にしてしまったのだから。


 もしその事実が判明していなければ、自分は警備兵や冒険者ギルドに対し、責任の追求をしていたかもしれない。そして私兵や使用人にも、罰を与えていただろう。


 それを回避してみせたタクトの手腕に、ヘリオトロープは深く感心していた。



「あやつは悪巧みが好きなのじゃ。それに乗ってしまった妾にも責任がある。こたびの事、すまなかったのじゃ」


「いや、謝罪すべきは我々の方だ。とにかく今回の件で、大きな借りができた。我がアンキモ家は、アインパエ現政権へ全面的な支援をすると、約束しよう」


「それはありがたいのじゃ」



 思わぬ成果に、ベルガモットの心が躍る。

 今回の皇室外交は、あくまでも顔つなぎのため。第三皇女であるベルガモットには、二つの使命が課せられていた。


 タウポートンの商売人を呼びつけ、数々の非礼を働いた叔父に代わり、皇帝の名代(みょうだい)として謝罪すること。そして国から逃げ出した犯罪者が密入国し、商業活動へダメージを与えてしまったゴナンクへ行き、お詫びの目録を手渡す。その後は実務者レベルで協議を進め、ゆっくりと関係改善を図っていく。


 まずは陳謝する機会を作ってもらうため、アンキモ家へ協力を仰いだ。皇位から一番遠い自分が、人身御供になる覚悟を持って……


 しかし当主の息子であるジギタリスを見て、ベルガモットの決心は大きく揺らぐ。品性の欠片も感じられない言動、そしてミントを見つめる卑俗(ひぞく)な眼差し。どちらも生理的な嫌悪感を覚えるものだった。


 もしこの男との縁談を迫られたらどうしよう。拒絶すればタウポートンで強い発言力を持つ、アンキモ家の協力を得られなくなるかもしれない。元老院が苦労してセッティングしたこの園遊会を、実りあるものにするのは自分の責務。公務に私情を挟むのは、最も愚かな行為だ。


 何度も自分に言い聞かせながら、なんとか笑顔で役目をこなしていった。そんな覚悟をあっさり吹き飛ばし、この場で支援の確約がもらえるなど、急展開にも程がある。



「今のアインパエを(うれ)いた初代様が、タクトと出会わせてくれたのじゃろうか」


「初代皇帝といえば、白い動物を連れていたと、噂に聞いたことがある。肩に乗っているのが、そうなのか?」


「初代様が連れとったのは、鳥の霊獣なのじゃ」


「この子はタクトに助けられた、霊獣のコハクちゃんよ」


「キュッ!」



 有翼種であるジャスミンから反応をもらい、さすがのヘリオトロープも緊張してしまう。タクトがタウポートンへ到着した当日、連れている従人(じゅうじん)の噂は自分の耳にも入ってきた。しかし何かの見間違いだろうと、思っていたのだ。仮に真実だったとしても、すぐ弱って死んでしまうだろうと。


 有翼種と使役契約できたとしても、なぜか強い制約で縛れない。そして契約主の言うことに全く耳を貸さず、すぐどこかに隠れてしまう。逃げ出さないよう檻に入れると、心を閉ざして話せなくなるのは、貴族家に伝わる有名な話。最後は食事も取ろうとせず命を落とす。実はアンキモ家にも、有翼種を飼っていたという、大きな鳥かごがある。



「きみもタクト君と契約してるのだな?」


「ええ、そうよ。タクトにお願いして、従人にしてもらったの」



 しかし眼の前にいるジャスミンを見て、その常識が音をたてて崩れてしまった。明るい表情で飛び回り、自ら進んで契約したという。しかも彼女の動きに合わせ、光の粒子(土の精霊たち)が周囲に舞い散る。実は天から神々しいものが降臨したのではないか、ヘリオトロープはそんな気持ちになっていく。



「タクト・コーサカ……か、実に興味深い人物だ。是非とも当家に迎え入れたい」



 こうしてタクトに関心を示す有力者が、また増えたのだった。




―――――・―――――・―――――




 立ち上がったベルガモットの姿が、輪郭から徐々にブレていく。やがてその姿は、金色の毛色をしたユーカリへと変わる。



「なっ!? 魔道具で化けてやがったのか!!」


「そんな物があるなんて、聞いてねぇぞ」


「あんな大きなしっぽがあるのに、あんたたちは気づかなかったのかい」


「仕方ねぇだろ、やたらデカいスカート穿()いてやがったんだしよ」


「強引に詰め込まれたので、あちこち乱れてしまいました。旦那様が手塩にかけて整えてくださる、しっぽや耳を台無しにした罪は重いです。絶対に許しません」



 手ぐしで髪としっぽをサッと整え、ユーカリが三人組を睨む。従人たちは彼女が発したプレッシャーを受け、完全に腰が引けていた。



「たかが従人の分際で、許さないとは面白いことを言う」


「愛玩用のくせに、粋がってるんじゃねぇぞ」


「どう許さないのか、聞かせてほしいもんだね」



 今すぐ燃やし尽くしたいと思ってしまうユーカリだったが、タクトとの約束を思い出しながら心を落ち着ける。そしてゆっくり深呼吸してから語りだす。



「旦那様はベルガモット様のことを、とても大切にしていらっしゃいます。出会ってからまだ日は浅いのに、本当の兄妹みたいなんですよ。そのような方を拉致したり、命まで奪おうとした。あなた達には生きていく価値すらありません」


「それが俺たちの仕事だからな」


「従人ごときにアレコレ言われる筋合いはねぇ」


「きれいな顔して怖いこと言っちゃって。あんたらメス従人は、男の上で腰でも振ってりゃいいのさ」


「助かりたいなら青髪の男へやっているように、はしたなく()びを売る姿で楽しませてみろ。その出来次第で使ってやる」


「あんなクソガキより、俺たちのほうが経験豊富だぜ。子供のお遊戯とは違う、本物ってやつを教えてやる」


「あんたの知らないメスの幸せってのを、味わえるかもよ?」



 ――ブチッ



「……旦那様のことをバカにしましたね?」



 ユーカリの怒りが頂点に達し、呪文もなしに多数の狐火が出現した。そして今の心情を反映するように、ユーカリの周囲をグルグルと飛び回る。



「こけおどしはやめておけ。どんな魔道具を持ってきたのかは知らんが、その規模だとすぐ魔力が切れるぞ」


「室内で火なんか出しやがって、危ないじゃねぇか」


「部屋が暑くなってきたじゃん。躾のなってないメスだね、まったく」


「こけおどしかどうか、その身で味わいなさい」



 ()わり目になったユーカリが、右腕をすっと前に伸ばす。



 〈罪深き者たちに業火の戒めを 渦巻け煉獄〉



 ――ゴゥッ!!



 ユーカリを中心に巨大な炎の壁が出現し、屋根を突き破って空へと伸びていく。熱に耐性を持つ建材が一瞬で燃え落ち、部屋には陽の光が差し込む。



「なっ、なにが起こった!?」


「くそっ! どこかに上人(じょうじん)が潜んでやがったな。炎で囲まれてるじゃねぇか」


「魔力の反応は私たち三人だけだよ。それにこの規模の魔法を出せるのは、メドーセージとかいう化け物くらいだってっ!」



 女が魔力探知の魔道具を確認したが、周囲の反応は三つだけしか無い。それは当然だ。ユーカリが使っているのは魔法でなく、自然の力を借りる魔術なのだから。



「おい! そいつを取り押さえて身ぐるみ剥がせ。どこかに魔道具を隠し持ってるはずだ」


「グズグズするな、あちぃんだよ」


「三人がかりでやっちまいな」



 制約の力で無理やり動かされ、三人の従人がユーカリに襲いかかる。しかし攻撃はかすりもしなかった。



「先ほどは言いつけだったので我慢しましたが、この体は髪の毛一本、爪の先まで全て旦那様のものです。あなた達の好きにはさせません」


「どうして攻撃が当たらないんだ」


「あの黒いメス猫といい、どうなってやがる」


「なにやってんのさ、相手は戦闘力のない狐種(きつねしゅ)だよ」


「三人とも動きが遅すぎて、あくびが出てしまいます。それではコッコ(ちょう)すら倒せませんね」



 まったく意に介さない態度を見て、三人の従人は悟ってしまう。天地がひっくり返っても敵わない相手だと。そして攻撃の手が途切れたタイミングを見計らい、ユーカリが再び三人を睨む。



「旦那様からは、容赦しなくていいと言われています。これまで味わったことのない苦しみを受けなさい」



 怪しく微笑んだユーカリが、今度は左手を前に伸ばす。



 〈覆いつくせ 幻焔(げんえん)



「なんだこの火は!? まとわりついてくるぞ」


「ぎゃー、あちぃ、あちぃよー」


「足が、手が燃えちゃう。助けて、早く助けてったら!」



 自分の従人に助けを()うが、目の前の光景を唖然と見つめるだけ。なにせ三人が見ているのは幻の炎。従人たちには、なにもないところでのたうち回っているようにしか見えない。



「ああなりたくなかったら、動いてはダメですよ」



 ユーカリの言葉に、全力で首を縦に振る従人たち。そんなタイミングでシナモンとシトラスが現場に来た。



「おーい、ユーカリー。入れないからこれ消してよ」


「……熱い」


「早かったですね、シトラスさん、シナモンさん」



 一瞬でいつもの調子に戻ったユーカリが、外周に展開していた火柱を消す。しかし彼女の怒りはまだ収まっておらず、三人にしか見えない幻の炎は残したままだ。



「それでアイツラ、なんで暴れてるの?」


「……捕れたての、魚みたい」


「ちょっとお仕置き中なので」


「あー、ユーカリを怒らせちゃったんだね」


「……自業自得」



 ギャーギャーうるさいなと思いつつ、シトラスは三人を意識の外へ追いやる。シナモンは近くに落ちていた棒を持ち、動き回るおもちゃで遊ぶように、ツンツンと(つつ)きだした。全身が火だるまになったと思いこんでいる三人は、そんな行為に気づきもしない。熱い、苦しい、助けてと叫びながら、火を消そうと必死にもがく。


 やがて精神のほうが耐えきれなくなり、そのまま意識を失うのだった。


次回は主人公視点に戻り「0159話 丸く収まったのか?」をお送りします。

とうとうジギタリスが……

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