0157話 内通者
ベルガモットに割り当てられた控室のドアノブを、そっと掴む。それを見たシトラスが、俺の横で臨戦態勢を取る。ミントに目配せすると、首を左右に振った。つまり中から物音は、しないということだ。
なるべく音をたてないよう、ゆっくりドアを開く。
「中には誰もいないね」
「荒らされた形跡もないということは、ここで拉致してどこかに運んだってことか」
「なに悠長なことを言っているのです! すぐベルガモット様を探さないと」
「落ち着けマツリカ。闇雲に探しても時間が無駄になる。まずは情報収集から始めるぞ」
時間的にまだ遠くまで行っていないとはいえ、港街タウポートンはかなり広い。もちろん建物の数も膨大だ。しっかり状況を把握して、証拠もできるだけ集めておかねばならん。敵が実行犯だけとは限らないのだから。
まずは冒険者たちの指揮で敷地内にいる支部長を呼び、経緯と状況を説明。手はず通り動いてもらうことに。むちゃくちゃ渋い顔をされたが、それが責任者の仕事だから諦めろ。
そして当主と執事、出入り口を警備していた私兵に加え、ベルガモットが消えた時点で、屋敷にいた者を全員集める。ジギタリスのやつ、やたらソワソワしやがって。何に気を取られてるのかは知らんが、屋内で菓子を食ってたお前も、当事者なんだぞ。
「大事な用事があるんだけど、ボクチンもいないとダメなのかなぁ」
「今は緊急事態だ。お前もそこにいなさい」
当主の言葉で、渋々食堂の椅子へ腰掛けた。でかい家だけあって、食堂もかなり広い。テーブルの両端に座ると、会話に支障が出るんじゃないか?
まあいい、とりあえず状況の確認をしよう。
「ベルガモットが屋敷に入ってから、外へ出た者は?」
「当家の使用人が三名だけです」
「正面玄関以外の出入り口はどうなっている?」
「そちらにも担当の者を付けています。施錠をしておりますし、人の出入りがあったとの報告も受けておりません」
「誰にも気づかれず、人を運び出すのは困難だ。つまり犯人は園遊会の前から屋敷に入り込み、今も潜伏している可能性があるってことか」
この警備体制で、そんな事ができるとは思えないが……
マジックバッグに生き物を収納することは不可能。死体にしてしまえば入るとはいえ、そこまで強い波動なら庭にいたコハクが必ず反応する。そもそも殺害が目的なら、部屋から連れ出す意味がない。
「……発言させていただいても、よろしいでしょうか」
俺があれこれ考えていると、年配のメイドが手を上げた。おや? ジギタリスが爪を噛みだしたぞ。なにイライラしてるんだ、こいつは。
当主がうなずくと、一礼して前に出る。
「屋敷内にいた者を集める際、すべての部屋を回っております。しかしジギタリスお坊ちゃまのお連れになったご友人が、どこにもいらっしゃいませんでした」
「どんな人物だった?」
「茶色い髪をした背の高い男性と、ちぢれ髪の男性です。二人ともあまり仕立ての良くない、濃紺のスーツを着ておりました」
「服装は使用人のものでしたが、私に話しかけてきたのは、間違いなくその二人です!」
メイドの答えを聞き、マツリカが勢いよく席を立つ。今日は他家の使用人も来ているし、着替えてしまえば目立ちにくくなる。これは園遊会の情報も漏れていたと考えて間違いない。やれやれ、情報管理がザルすぎだぞ。
確認のために聞いてみると、玄関を警備していた私兵は、そんな人物を通していないという。そして他の出入り口も同様だ。それなら可能性は一つ。
「歴史のある家には、有事の際に使う避難路があるものだ。この屋敷も例外じゃないよな?」
「当家にも同様のものがございます」
「そっちの警備は?」
「屋内ということもあり、そこには誰も……」
元実家のサーロイン家にも、隠し扉があったからな。俺が暮らしていた離れは、数代前まで本宅として使っていた場所だ。書庫にあった棚をずらすと、外へ通じる通路が現れた。こっそり居なくなるとミントに迷惑をかけるので、一度も使ってないが。
「そこへ通じる扉を開けられるのは、ご当主様とジギタリスお坊っちゃまだけですので……あっ!?」
「……っ!!」
メイドと私兵のリーダーが言葉をつまらせる。内通者がいれば警備なんて、なんの役にも立たないよな。しかし、当主の息子を利用するとか、犯人もなかなかやるじゃないか。
リーダーが部下の一人に指示を出し、隠し通路の確認へ行かせたが、鍵は開いていたとのこと。これは確定だな。立場上、俺が追求するしか無いだろう。
「ご子息に事情を伺ってもかまわないか?」
「許そう」
当主の許可が出たので、立ち上がってジギタリスの近くへ行く。貧乏ゆすりをするな、ガタガタうるさくてかなわん。
「チッ、チミは一体なんなんだよぉ。オークションにも参加してたし、今日だってボクちんの家にいるしさぁ。ここは田舎者が来ていい場所じゃないんだぞぉ」
「俺は流星ランクのタクト・コーサカ。そしてベルガモット皇女の守護者でもある」
マジックバッグから取り出した冒険者証に魔力を流し、胸から外した星章と一緒にテーブルへ並べる。当主の後ろに控えている執事、顔が真っ青じゃないか。心労で寿命がガリガリ削れてるっぽいぞ。このまま倒れるようなことはやめてくれよ。
「ただの冒険者じゃないかぁ。そんな身分でボクチンを睨むのは、やめてくれよぉ」
「すまないが、普段からこんな目つきだ。少し話をしたいだけだから、我慢してくれ」
「冒険者みたいな卑しい上人に、話すことなんて何も無いねぇ」
こいつにとってはシューティング・スターも、ただの冒険者扱いのようだ。それにガーディアンのことは、全く知らないらしい。皇族を招待するんだから、息子にもちゃんと教えておけよ。
まあいい。ジギタリスがどこで協力的になるか、少し試してみるとしよう。
「確かに根無し草と揶揄される、不安定な職業であることは間違いない。それでもパルミジャーノ骨董品店に、お抱えとして重用されているが」
「ちょっとだけ有名な個人商店じゃないかぁ。ボクチンの家に比べたら、まだまだだねぇ」
「そうした縁もあり、ワカイネトコ大図書館で黒の閲覧カードを発行してもらえた。そしてマノイワート学園にある、研究室を一つ任されている」
「チミに先生とか出来るのぉ? 向いてないんじゃないかなぁ」
パルミジャーノ骨董品店の徽章、そして黒の閲覧カードや職員証がテーブルの上に並ぶ。おっと、当主の顔色が変わってきたぞ。これはそっちにしか効かなかったか。
「タラバ商会の外部顧問として契約もしてるが、これでも質問を許可してもらえないか?」
「どこにでもある大きいだけの商会じゃないかぁ。あんなのボクチンのパパに頼めば、一発で潰れちゃうよぉ」
そのパパとやらは、首を横に振っているんだが?
今日の園遊会で出された料理、全てタラバ商会からなんだよな。俺が提供したレシピも、結構混ざっていた。来賓者たちに好評のようだったし、セイボリーさんの株も上がってることだろう。
「ロブスター商会の嘱託職員もやっているのだが、これに興味は?」
「なんでそれを先に言わないんだよぉ。胸の大きなレア従人を売ってくれたら、どんなことでも話してやるぞぉ」
こいつの手首にはモーターでも付いてそうだ。この見事な手のひら返しは、かえって清々しい。まったく、どこまでも巨乳好きな奴め。
ロブスター商会の身分証を見た途端、ジギタリスは気前よく経緯を話し出す。どうやら報酬に胸の大きな従人を渡すと言われ、見知らぬ男性二人を秘密の通路から招き入れたらしい。
「どんな従人が報酬だったんだ?」
「それがさぁ。頭からローブをかぶってて、顔はよく見えなかったんだよぉ。でも大人っぽい声で、胸がすごく大きかったなぁ」
「そこにいた女、間違いなく上人だぞ。なにせ従人は耳をなにかで覆ったり出来ないからな」
「えぇー!? あいつらボクチンを騙しやがって、絶対に許さないぞぉ」
それより自分の心配をしろ。当主がすごい顔で睨んでるのに、気づいてないのか?
まあここでブチ切れられても困る。屋敷の周囲を警戒している冒険者や警備兵、そして私兵や使用人たちに責任がないと、わかってもらえただけで十分だ。指輪の反応も止まったし、そろそろ種明かしをしよう。
「おーい。シトラス、ミント。入ってきていいぞ」
俺が部屋の外へ向かって声をかけると、少したってから扉が開く。さすがミントの聴力。ここからでもちゃんと聞こえたらしい。
「なっ!? ご無事だったのですか、ベルガモット様!!」
「うむ。妾はさらわれてなど、おらんからな」
「どういうことなのです。あの二人はベルガモット様を見つけられず、帰ってしまったのですか?」
「いや、本人たちは目的を果たせたから、撤退している。ただし、連れ去ったのはベルガモットに化けた、ユーカリだがな」
なにせ幻術で姿を変えてるんだ。犯人たちには、本人としか見えなかっただろう。スカートの広がったドレスを着ていたので、しっぽの存在もごまかせたはずだし。
「私たちを騙していたのですね」
「犯人たちを泳がせて、アジトを突き止めるためだ。なにせどのタイミングで襲われるかわからないうえ、計画が漏れてしまう可能性もある。だからマツリカにも内緒で進めていた」
「すまなんだのじゃ」
「いえ、ベルガモット様が謝ることではありません。悪いのは全てこの男です」
「それよりタウポートンの住宅地図みたいなものはないか?」
「それはワシが用意しよう」
当主に指示され、執事の男性が大きな紙を持ってきた。さすがタウポートンの大地主、かなり詳細な街の地図だ。それを見ながら、指輪が指す方向と距離を、地図上で追っていく。
「犯人はこのあたりに潜伏している。確か旧倉庫街だったか?」
「その区画はテッチリ家の私有地になる。今は再開発の準備で閉鎖しているはずだ」
「それなら多少破壊しても、文句は言われないな」
「テッチリ家の方には、ワシから話を通しておこう。きみの好きにしてもらって構わない」
良かったな、支部長。アンキモ家の言質を取ったから、責任を負わなくて済むぞ。
「タクトー。花火が上がったわよー」
ちょうどいいタイミングで、ジャスミンから声がかかる。窓を開けると、俺の胸に飛び込んできた。よしよし。ずっと一人で屋根の上にいて、大変だっただろ。羽をモフってやるからな。
「ゆっ、ゆっ、有翼種じゃないかぁー! 胸も大きいし、それをボクチンにくれるのぉ?」
「この子、なにを言ってるのかしら。私はタクトの従人よ。あなたに使役される気はないわ」
「とにかくシトラス。シナモンを連れて、ここに向かってくれ。俺もすぐ追いかける」
「わかったよ。行ってくるね」
窓から飛び出したシトラスが、シナモンに声をかけてから庭の端へ。そこにあった禿頭の石像を蹴って、大きくジャンプ。背の高い塀を軽々飛び越え、火柱の上がっている方へ姿を消す。歴代の当主像を足場にするのはどうかと思うが、室内からは見えてないのでセーフだ。
木の上にいたシナモンは、縮地で移動したらしい。一瞬で視界からいなくなった。
「コハクは少しの間、ベルガモットに付いていてくれるか?」
「キュッ!!」
左手を真っ直ぐ伸ばすと、コハクが腕を伝ってベルガモットの肩へ行く。やはり霊獣には特別な思い入れがあるのだろう。ベルガモットがとてもいい笑顔で、コハクの頭を撫でている。
「ジャスミンとミントは、このままベルガモットの護衛だ。いざという時は、本気を出しても構わない」
「この子がなにかしたら埋めるけど、いいのね」
「ミント頑張るです!」
「ちゃんと胸の大きな従人を、ボクチンに渡すんだぞぉ。約束を破ったら、パパに言いつけるからなぁ」
約束もなにも、俺がロブスター商会の関係者だとわかった途端、お前が勝手に喋りだしたんだろ。それに当主の顔が真っ赤になって、手がプルプル震えてるぞ。かなり怒ってるんじゃないか?
「予定通り会談の方は進めてくれ。ちゃっちゃと片付けて、すぐ戻る」
「そちらは妾に任せておくのじゃ」
一気に状況が動き、騒然としている部屋を飛び出す。とにかくここまでは計画通り。あとは犯人たちを締め上げて、洗いざらい吐かせるとしよう。
次回は視点が変わり、タクトが去ったあとのアンキモ家と、旧倉庫街のシーンをお送りします。
「0158話 自業自得」をお楽しみに。