0155話 似たもの主従
軽食やお菓子、そして飲み物が置かれた場所を避け、ベルガモットの様子を見守る。あまり物欲しそうな顔をするなよ、シトラス。今日の仕事が終われば、肉をたらふく食わせてやるから、それまで我慢しろ。
「ベルガモット様、とてもご立派なのです。あんな大勢に囲まれたら、ミントはお話とかできないですよ」
「著名人が大勢いるのに、全く臆してない風に見えるのは立派だな」
「もしかしてベルガモット、かなり無理してる?」
一緒に暮らしてみてわかったが、ベルガモットは使命で自分を殺せるやつだ。公の場なら、それだって立派な処世術になる。しかし普段の生活でも同じことを続けていれば、いつか自我が壊れてしまう。十四歳という多感な年頃なだけあって、なおのこと危なっかしい。守護者として選ばれたからには、そのあたりも守ってやらねば……
まずは姉たちの抱えている問題を解決し、役割分担ができるようにする。そうすれば単純計算で、負担が三分の一に。できれば兄たちも使えればよいが、そっちは困難を極めるだろう。
「あの姿は皇帝の名代として、責務を果たそうとしている覚悟だ。今は見守ってやるしかない」
俺たちがそんな話をしているところに、マトリカリアが近づいてきた。セイボリーさんの側に控えられないのが、ちょっと不安な様子。まあ屋敷の周りには、街の警備兵とギルドの冒険者たちがいる。加えて、使用人の数もかなり多い。
有力者が雇う使用人は、武術の心得がある者も大勢いるからな。この場に乱入してくる愚か者はいないはず。
「先程は、とてもお見事でした。さすがタクト様です」
「以前セイボリーさんに、あしらい方を教えてもらったおかげだ」
当主の息子として、近くに控えているべきだと思うのだが、ジギタリスのやつはどこに行ったんだ? 忙しいなんて理由でこの場にいないとか、家名を継ぐ者なのにダメダメすぎるだろ。
「守護者がエスコートしているのに、まさかあのような行動に出るとは思いませんでした」
「俺は田舎の家名持ちって自己紹介をしてたからな、近くに皇女がいるなんて思わなかったんじゃないか?」
「あのまま焼き払っても、アンキモ家は文句を言えないはずです。ご主人さまも、タクト様の味方に回るでしょうし」
マトリカリアもジギタリスのこと、かなり嫌ってるんだな。まあ従人の扱いがアレでは、仕方あるまい。
「待て待て、そんな理由で園遊会を台無しにする訳にはいかん。あれだけベルガモットが頑張ってるのに、こっちの都合でぶち壊すのは、もってのほかだ」
「確かにそうですね。大変失礼いたしました」
「殺る時はボクにも声をかけてよ。なんかすごく失礼な目で見られた気がするからさ」
「ミントのこともエッチな目で見てきたのです」
さっきの視線を思い出したのか、ミントがブルっと身震いする。シトラスに向けられた視線は、きっとあれだろう。珍しい毛色の従人に目を引かれたが、胸の大きさでガッカリした。この理由しか考えられん。
「キミもなんか失礼なこと、考えてないかい?」
「また俺の可愛いシトラスやミントに同じことをしたら、閃光魔法でも喰らわせようと思ってただけだぞ」
「ホントかなぁ……」
妙なところで察しのいい奴め。とりあえず耳をモフって、ごまかしておくか。
「あうー、急に触らないでくださいです」
「気が散るからやめてったら」
「同性の私が見惚れるほどの変貌を遂げたのに、皆さんは本当に以前と同じなんですね」
「外見の変化や新たな力という要素が加わっても、中身が変わったわけじゃない。俺たちの取るべきスタンス、そして目指す方向は最初から決まっている。色々と抱えるものは増えてしまったが、道を見失わないようにやっているだけだ」
なにせ自分の大切な従人たちと、幸せに暮らしていくのが俺の夢。前世で果たせなかった、モフモフたちとのふれあいに、人生をかけると誓っている。とはいえ最近になって、ニームやベルガモットという、大切な者も増えてしまった。まさかこの俺が上人に対して、そんな気持を持つことになるとは。人生なにがあるかわからない……
「守護者に任命されるには、武力以外にも必要なものがあると聞きます。やはりタクト様が選ばれたのは、そうやって筋を通せるからでしょうか」
「そういえば、選考基準を聞いてなかった」
そんな顔するなよ、マトリカリア。恐らく俺が持つ論理演算師のギフト、それに惚れ込んでくれたからだろう。なにせ一時的にとはいえ、ベルガモットが抱えてきた問題を、解決してしまったからな。それに姉たちのことだってある。その約束を果たしてもらうため、俺に手綱をかけたってところか。
「挨拶が終わったみたいだね」
「これから個別に歓談する時間が始まる。変な動きをするやつがいたら、即座に取り押さえるぞ」
「ミントもしっかり見張るです」
木の上にいるシナモンに視線を送ると、ぐっと親指を立てたあとに印を結ぶ。太い枝の上で小さく座っている姿、本物のネコっぽくて愛らしい。マトリカリアの目尻も、下がりまくってるじゃないか。なかなか見られない表情をゲットしたぜ。
「よお、さっきは災難だったな」
「俺もあそこでやらかしてくるとは、思ってなかった」
「ユーカリに頼んで、焼いても良かったんだぞ。ここにいる連中のほとんどは、お前の味方をしてくれる」
主従そろって同じこというなよ。本当にセイボリーさんとマトリカリアは、お似合いだ。
「ユーカリには別の役目がある。あんな些事に付き合わせられん」
「なにを企んでるのかは知らんが、程々にしておけよ。お前が本気を出すと、タウポートンが海に沈むからな」
精霊たちに頼めばできなくもないが、いたずら程度の力しか行使してもらわないと、決めているぞ。平穏な世界を望んでいる彼らに、血なまぐさいことはさせられん。仮にそんな事があるとすれば、俺とジャスミンが世界そのものに絶望したときだ。
「それより、ベルガモットと話さなくていいのか? 他の商会に出し抜かれるぞ」
「なに言ってやがる。こっちにゃ、お前がいるんだ。守護者より強いコネなんて、あるわけ無いだろ」
「まあ期待するのは勝手だが、結果を出せなくても文句いうなよ」
「はんっ! お前は好き勝手やってりゃいい。どうせ俺の望む方に傾くだろうさ」
そんな成り行き任せでいいのか?
まあ不利益にならないよう気をつけるけど……
「子供も結構来てるよね、あれはなんで?」
「男の人ばっかりなのです」
「あれはベルガモットに気に入られて、あわよくば皇族の末席に……、なんて思ってるからだ」
なにかを渡そうとして、マツリカに止められてるやつもいる。宝石や貴金属を贈っても無駄だぞ。今のベルガモットたちは、そんな物を望んでない。ぶっちゃけ一番喜ばれるのは現ナマだ。増え続ける借金に、戦々恐々としてるのだから。
そもそも他国、しかも有力者の息子を身内に迎え入れるとか、まず無いだろう。そんなことをすれば、秘匿技術の漏洩や癒着なんていう、痛くもない腹を探られる。よっぽどのことがない限り、アインパエ帝国にとって利益が薄すぎるからな。
「ふーん。やっぱり面倒くさいね、国っていうのは」
「ベルガモット様がタクト様以外に、興味をお示しになるとは思えないのです」
「待てミント、それはいくらなんでも飛躍しすぎだ。いまは協力関係にあるだけだぞ」
なにせベルガモットとは、共通の祖父を持つ。従妹と恋人関係になるなど、いくらなんでも血が近すぎだ。元の世界でも国によっては、結婚できなかったんだぞ。少なくともこの大陸に限っていえば、いとこ同士の結婚とか、あまり聞いたことがない。
「はぁー。まったくキミって、その辺がダメダメだよね」
「ベルガモット様が穏やかに暮らされているのは、タクト様がこんな感じだからなのです」
「くっくっくっ。せいぜい頑張りやがれ、タクト」
ベルガモットから、ある程度の親愛を得られているのはわかっている。しかしそれは、兄妹に近いものだろ。なにせ本人も、俺のような兄がほしいと言っていた。だから俺だって満月の夜以降、同じベッドで寝ることを許可したんだ。
「タクト様。ベルガモット様が屋敷へ戻られるようです。護衛につかなくても良いのですか?」
マトリカリアの言葉で思考を戻す。ここで退席するのは、休憩と化粧直しのため。そっちはマツリカの担当だ。男の俺が着替えには付き合えん。
「屋敷の出入りは、アンキモ家に監視されている。それに剣の心得があるマツリカもついてるんだ、過剰に警戒するとアンキモ家のメンツを潰してしまう」
「タクトの言うとおりだぞ、マトリカリア。元貴族家ってのは、その辺が自信過剰すぎでな。下手に口出しすると、反発しやがる。好きにやらせとくのが一番だ」
「なにかあっても向こうの責任になるんだし、いいんじゃないかな?」
「ジャスミンさんやシナモンさんも見てくれてますし、きっと大丈夫なのです」
アンキモ家は貴族制度が失われたあとも、大地主として君臨し続けている。それだけ歴史と政治力のある名家が、半端なことをするはずがない。それこそシトラスが言う通り、下手を打てば家名に大きな傷がつく。かなり気合も入っていることだろう。
「マツリカ様がこちらに走ってきますね。何かあったのではないでしょうか?」
「なにをやってるんだ、あいつは。問題が起きたのなら俺じゃなく、アンキモ家の者にまず報告すべきだろ」
「ボクにはなにも聞こえなかったけど、ミントはなにか気づいたかい?」
「ここからだと、家の中で何かあったかはわからないです。でも変な物音とかはしてないですよ」
「当主や執事も動いていないし、まずはマツリカの話を聞いてみよう」
息を切らせたマツリカが、俺たちの元へ走り込んできた。足りないものでもあったのか?
「ハァハァ……こんな時に呼び出すなんて、なにを考えてるんですか」
「俺はそんな指示を出してないぞ」
「歓談が始まってから、タクトはここを動いてない。話をしたのも、俺やマトリカリアだけだ」
「ご主人さまのおっしゃるとおりです。アンキモ家の誰かと接触したり、どなたかに伝言を託される様なことは、ありませんでした」
「では、どうしてあのような指示が……」
ベルガモットに渡し忘れたものがあるので、至急取りに来いと伝えられたらしい。控室には予備も含めて、必要なものは全て置いてある。最終確認はユーカリも参加して、ベルガモットと三人でやってるんだ。そもそもマジックバッグを持っているのに、俺を頼る必要なんてありえん。
「それをお前に告げたのは誰だ?」
「胸に塔のピンズを刺した、二人組の使用人です。私が部屋の外で応対したところ、次の会談に必要なものだからすぐ取りに来いと」
「そんな紋章を使っている家、タウポートンにはないぞ」
セイボリーさんがこう言ってるんだし、その二人組みは外部から紛れ込んだ間者だろう。どうやら部屋の見張りも、その二人組に任せてきたらしい。
「これはしてやられたな。反省や後悔はあとだ、すぐ部屋へ向かおう」
出入り口の監視をしている私兵に事情を説明し、シトラスとミントも一緒に屋敷の中へ入る。急いで割り当てられていた控室に向かうが、開け放たれた扉の向こうに誰もいない。ベルガモットは既に、連れ去られたあとだった。
次回は視点が変わり、時間が戻ります。
「0156話 誘拐」をお楽しみに。
崩壊への序曲。