0154話 三人組
ベルガモットたちが港へ到着し、セイボリーの別荘に引っ越しをした時点まで、時間が戻ります。
タウポートンの外れに位置する旧倉庫街。いくつも立ち並ぶ古い建物の一つに、三人の男女が集まっていた。入り口の近くには、茶色の猫種と黒い狼種、そして赤橙色をした虎種が立っている。
「くそっ! あんな護衛がつくなんて聞いてないぞ」
「あの黒いメス猫、軽々と攻撃を受け止めやがった。こいつのレベルは六十だぞ、一等級のレベル百程度なら相手にもなんねぇのに……」
伸ばした髪を後ろで結んでいる男が、猫種の従人を指差す。小心者の彼らは、今まで格上の相手を襲ったことがなかった。レベル六十六のシナモンとは、数字自体に大きな違いはない。しかし二等級と四等級では、ステータスに四倍の開きが出るのだ。絶望的なまでに違う実力差を、彼らはまったく見抜けていないのである。
「離れた場所で見張ってても、正確に石をぶつけてくるし、只者じゃない感じだよね」
「青い髪のガキは、いったい何者なんだ。愛玩用ばかり連れてるってことは、商会の私兵とは違うよな。孤立したターゲットを襲うだけって話は嘘だったのか? せっかく他の連中を出し抜いて請け負ったのに、まったく忌々しいっ」
背の高い男が近くにあった箱を、乱暴に蹴りつけた。長年使われていなかった倉庫には、ホコリが降り積もっており、衝撃であたり一面に白い粉を撒き散らす。
「ごほっ、ごほっ……八つ当たりはやめなよ、みっともない」
「ガキを一人始末するだけの仕事に、時間をかけるわけにもいかねぇぜ。俺たちが殺れねぇってコトになれば、独占契約を破棄されちまう」
「始末ってあんた、私たちの依頼は拉致だよ。殺しちゃダメじゃないの」
「あん? そうだったっけ」
「お前……また適当に話を聞き流してたな」
長髪の男が、悪びれた様子もなく頭を掻く。クライアントの話を聞かないこの男は、よく依頼内容を間違える。港で襲撃した際も、自分の従人にベルガモットの殺害を命じていた。もし依頼通り拉致を指示していたなら、コハクがあれほど強い警報を発することは、なかったであろう。
「まあ、いいじゃねぇか。次に間違わなきゃ問題ねぇだろ」
「連絡員と会うのは明日だっけ?」
「あぁ、商業区で待ち合わせしている」
「なら今日はもう帰ろうぜ。ガキがどこに行ったかも、わからねぇんだしよ」
三人はそれぞれ自分の従人を連れ、古い建物から出ていく。足取りの軽い契約主とは異なり、従人たちはみな複雑な表情をしていた。猫種の男はシナモンが発した絶対強者の気迫に飲まれ、なかなか動悸が収まらない。狼種の男は耳の中に投げ込まれた小石の違和感が、いまだに抜けないまま。そして虎種の男は屋根から見た光景と、真横に着弾した石の衝撃を何度も思い返す。
できれば自分たちだけでやって欲しい、そんな気持ちで一致していた。
―――――・―――――・―――――
連絡員からタクトたちの滞在場所を聞いた三人が、闇に紛れながら西区を歩いている。従人を連れていると目立つため、三人だけで行動中だ。使用人の格好をしているのは、私兵や警備隊に見つかったときのため。懐には港で使った煙幕を忍ばせ、人通りが消えた深夜の道を足早に進む。
「しかし、なんで滞在先を襲撃するのは、やめておけとか言ったんだ?」
「ほら、さっきもいたじゃない。私兵とか警備兵がやたら警戒してるからでしょ」
髪を伸ばした男の疑問に、胸の大きな女が答える。西区の高級住宅街は、大手の商人や元貴族が居を構える場所。治安に関していえば、マッセリカウモ国で最も優れた地区だ。しかし守っているのが人である以上、どうしても穴はできてしまう。
彼らもそうした抜け道を使い、西区へ侵入することができた。とはいえ内部でことを起こせるほど、ザルではないのだが……
「タラバ商会の所有する建物だったから、怖気づいただけだ。なにも心配することなんてない」
「あはは。あんなチビ親父、怖くないって」
背の高い男が楽観論を述べ、セイボリーの怖さを知らない女は、手をパタパタ振りながら笑う。彼らには流星ランクが護衛しているとは、伝わっていない。もちろん家の周囲を精霊たちが警護しているなんて、想像の埒外である。
「そこの緑地から近づくぞ」
背の高い男を先頭にし、胸の大きな女、そして長髪の男が並んで緑地を進む。視界がひらけた場所で一度止まり、セイボリーの別荘を確かめようと木の後ろから覗き込む。そんな時、女は自分の体に違和感を覚えた。
「ちょっと、お尻を触らないでったら。今はそんな場合じゃないでしょ」
「俺は触ってねぇぞ」
「俺もだ」
長髪とのっぽが同時に答えるが、女の体から違和感は抜けない。こうしている間も、ずっと何かが当たっているからだ。
「なに言ってんのよ、今だってほら――」
女が違和感を確かめようと視線を下げた瞬間、言葉に詰まる。自分の体を触っているのが、人の手でなく木の枝だったのだから……
「なっ、どうなってやがる!?」
「待て、周りの木もおかしい!」
こっそり忍び込もうとしていることも忘れ、長髪の男が大声を出す。そして背の高い男は、周囲の異変に気づく。風もないのにユラユラ揺らめく、枝、枝、枝。まるで意思を持ったかのように、自分たちの方へその枝を伸ばしていた。
慌てて逃げようとする三人だったが、足をガッチリ固定されその場を動けない。
「ひぃぃー、地面から手が生えてる!? なんなのよ、これ」
土で出来た手が地面から伸び、三人の足首をがっちり掴む。その数は数本というレベルではない。視界を埋め尽くす無数の手が、地面から生えていたのである。
「おい! こんな時間にそこで何をしている」
騒ぎを聞きつけた警備兵が二人、緑地の方へ入ってきた。それに気づいた三人は、強引に土の手を振りほどき、その場から脱兎のごとく逃げ出す。
精霊たちのおかげで、タクトたちの平穏は守られたのだ。
◇◆◇
なんとか追跡をかわした三人は、アジトにしている借家へ這々の体でたどり着く。逃げている途中に街路樹が襲ってくるのではないか、また道から手が生えはしないかという恐怖で、ずっと落ち着かない。家に入ると鎧戸を片っ端から閉めて回り、扉や窓の鍵を全て確認する。それを終わらせて、やっと一息つくことができた。
「くそっ、なんだったんだよ、アレ」
「俺たちは夢を見てたんじゃないよな?」
「私の足首に手の跡が残ってるもん、絶対に夢じゃないって」
ソックスをずらした女の足首には、くっきり残された手形のアザ。そしてそれは男たちも同じだ。霊的な概念が存在しない、この世界では決して見られない怪現象に、ブルッと身震いする三人。そして恐怖を紛らわすため、酒をビンのままあおる。
物置小屋で生活している三人の従人にも、部屋で繰り広げられる会話は聞こえていた。しかしそんなことは、まったく気にしていない。契約主を心配したところで、生意気だと罵られるだけ。下手に様子を見に行けば、八つ当たりされてしまう。触らぬ神に祟りなしなのだ。
それに彼らの心は、別のものに支配されている。猫種の男は港で対峙した時に見た、三白眼の瞳が脳裏から離れない。強者の威圧に当てられ激しくなっていた動悸が、いつしか恋をした時のような胸の高鳴りに変化していた。
狼種の男は、遠目で見たシトラスの姿を脳内でリピート再生中だ。白銀に輝くサラサラの髪、そして蠱惑的に揺れるしっぽ。どんな声をしているのか、あれだけ綺麗な身なりをしていたら、きっと良い匂いがするに違いない。そんなことを考えるたび、胸の奥が熱くなっていく。
一方、虎種の男は窓から外をボーッと眺める。彼が見ている少し欠けた月に、写っているのはミントの笑顔。契約主と手をつなぎながら、仲良く歩く愛らしい姿。そしてピコピコと揺れるピンクの耳。すべてが自分のストライクゾーンだ。タクトの姿を自分と置き換えるたび、どんどん目尻が下がっていく。そう、彼は幼い従人が好きだったのである。
「あんな仕掛けがあったなんて驚いたぜ」
「だから滞在先に近づくなと、言っていたのかもしれないな」
酔いが回っていくうちに、怪現象のことはどうでも良くなっていった。よく言えば前向き、しかしその実態は失敗を活かせないだけ。それが理由で、彼らは一流になれないのだ。
「とにかく、もうあそこを襲うのはやめようよ。園遊会に紛れ込むほうが楽だしさ」
「招待客でもない俺たちに、入る方法はあるのか?」
「あそこの息子がかなり間抜けでね、しかも無類の巨乳好きなんだって。だから私が従人のふりをして――」
三人は再び襲撃プランを練り始める。
彼らにとって最悪の日が、近づいているとも知らず……
果たして3人組の運命は?
次回は視点が戻り園遊会の場面に。
「0155話 似たもの主従」をお楽しみに。