0153話 守護者
動きやすい灰色のスーツに着替え、皇家の紋章が入った黒い星章を、胸ポケットの位置へつける。中心に刻まれているのは、初代皇帝が連れていたという、鳥の霊獣だ。羽角のある丸い顔だから、ミミズクなんだろう。
その霊獣は初代が崩御したあと、森へ帰っていったそうだ。もしかすると帝都の近くにある森から、子孫の行く末を見ていたりして……
「なかなか似合っておるのじゃ」
「俺はアインパエの住人じゃないが、本当に良かったのか?」
「妾の守護者は、タクト以外考えられんのじゃ」
守護者とは国に所属する官吏とは異なり、皇位継承権を持つ者が個人の裁量で決められる役職。いわば皇族から与えられる、信頼の証といって良い。
平時の護衛担当でなく、本人が求めた場合に出動するだけだから、俺でも一応務められる。とはいえ、一人しか任命できない名誉職だ。立場的には皇嗣の護衛と同格で、親衛隊より上だったはず。
「マツリカが大反対してただろ、どうするんだよ」
「代々守護者は同性が務めるという、古い慣習があったからじゃな。それでタクトの就任を、危惧しただけなのじゃ」
「それって本当はマツリカが、任命されたかったからじゃないのか?」
「あやつには無理なのじゃ。なにせマツリカは支配値が規定に足りておらん。それに手芸のギフトでは、周りが認めてくれぬのじゃ」
それを言ったら俺は、測定値がゼロになるし、ハズレギフト持ちなんだが……
しかしちょっと待て。いま聞き捨てならないことを言ったぞ。確かに戦闘向きのギフトじゃない。だがよりにもよって手芸だと?
「なんでそれを最初に教えなかったんだ!」
「タクトはなにを怒っておるのじゃ。妾がなにか悪いことをしたのか?」
「マツリカが手芸のスキル持ちだと知っていれば、シトラスたちの服をもっと可愛くできたんだぞっ!!」
「あー、なるほど。つけ襟や刺繍で、着飾ってやりたかったのじゃな」
みんなには園遊会に合わせて、フォーマルな服を新調した。しかし動きやすさ重視で、華やかさが犠牲になっている。流石にそこまで注文をつけられなかったからな。
しかし手芸のギフト持ちがいるなら、この程度は問題にすらならなかったのに……
まあ、あのマツリカが素直に協力してくれたとは思えんが。
「今回は諦めよう、主役はベルガモットなんだし」
「タクトの希望通り、裾の広がったスカートを選んでみたのじゃ。今日の妾はどうじゃ?」
「よく似合ってる。高貴な雰囲気も十分出ていて、とてもきらびやかだ」
「あっ、改めて言われると、照れてしまうのじゃ……」
純白のドレスに銀のティアラ、そしてユーカリに結ってもらった、ローシニヨンな髪型。手にブーケを持たせ、教会へ連れて行っても、まったく違和感がない。こうしてしっかりメイクした顔を見ると、カモミール母さんに負けない美少女だとよくわかる。将来がとても楽しみだ。
「そろそろ開始時間になる。外へ出よう」
「うむ、わかったのじゃ」
控室になっている部屋のドアを開け、花壇や噴水で彩られた庭園へ向かう。所々に立っている像は、歴代の当主なんだろうか。冴えないおっさんばかりで、目の保養にならん。
出口に設けられたデッキの上から周囲を見渡すと、シトラスとシナモンの姿が見えた。シナモンは見通しがいい木の上で息をひそめ、シトラスはベルガモットが挨拶をする場所へ続く、フラワーアーチのすぐ近く。ここから見えないジャスミンは、屋根の上で庭全体を見張っているだろう。
デッキの端で待機していたミントが、こちらへパタパタと走ってくる。預けていたコハクを受け取ると、頭をスリスリこすり付けてきた。うんうん、やっぱりコハクがここにいないと、俺もなんか落ち着かない。すっかり互いに依存しあう関係だ。
「今日はヒールの高い靴を履いている。段差に気をつけてくれ」
俺が手のひらを上に向けて差し出すと、ベルガモットが自分の手をそっと置く。そのままデッキを降りて、テーブルが並べられた場所へ進む。そこにいるマツリカへ引き渡せば、俺の役目は一旦終了。あとは近くに控えて、周囲を警戒するだけ。
「あれぇ? チミってどこかで見たことあるねぇ」
バカやろう、今日の主役が挨拶する前に、話しかけてくるんじゃない。場の空気が読めてないどころか、重大なマナー違反だぞ、ジギタリス。しかも公の場でピンク色のスーツとか、よく親が許してくれたな。どんだけ息子に対して甘いんだよ。
オークションで見かけた執事が、青い顔をしながらこっちを見ている。俺が胸につけている星章の意味を知っているんだろう。その目線は、なんとか丸く収めてほしい、そう懇願しているようだ。
「オークションのときに世話になった、タクト・コーサカだ」
「あぁー、あの時の田舎者かぁ」
おいおい、執事がダラダラと汗をかき始めたぞ。皇女の守護者を田舎者呼ばわりしたとか、国から正式な抗議が来てもおかしくない。
「こやつは誰なのじゃ?」
「彼はアンキモ家の長男だ。以前、別の場所で会ったことがあってな。それを覚えていてくれたらしい」
「それにしてもぉ……以前とは違う従人を連れてるんだねぇ。そんな毛色、見たことないよぉ。胸もそこそこ大きいし、けっこう可愛いじゃないかぁ」
「あっ、ありがとうございます……なのです」
俺の背中から半分だけ顔を出し、震えながら言葉を返す。わかるぞミント。この粘っこい視線、はっきり言ってキモいからな。
「今日はこんな立派な庭を使わせてもらい、感謝している」
「アインパエから偉い人が来るって言うから、ボクチンのパパが協力したんだぞぉ」
その偉い人が目の前にいるんだが、気づいてないのか?
主催の息子を押しのけて進むわけにはいかんし、アレで乗り切るとしよう。
「さすがタウポートンの大地主、アンキモ家だ。気になって調べてみたのだが、タウポートンに貴族制度が残っていた頃、公の爵位を持ていたらしいな。公爵といえば、五爵のトップ。これだけ広い土地を有しているのも、うなずける。タウポートンは所有する土地の広さや場所で、税金が指数関数的に上がっていく。しかもアンキモ家の持つ土地は、大部分が高級住宅街にあるというじゃないか。毎年の税額はいくら位になるんだ?」
「チッ、チミィ……。もっとわかりやすく話してくれないと、ボクチン困るよぉ」
「簡単に言うとだな、これだけ広い庭を持っているアンキモ家は、すごいということだ」
「そんなの当たり前だよぉ」
「この場を惜しげもなく提供してくれた当主に挨拶したいんだが、行かせてもらって構わないだろうか」
「チミみたいな田舎者に、会ってくれるかわからないけど、勝手にすればぁ。今日のボクチンは忙しいからねぇ」
「それは良かった。その心遣いに、感謝する」
やはり難解な話をするのが一番だな。こちらに興味をなくしたジギタリスが、屋敷の方へ去っていく。
〔(あれが跡取りで大丈夫なのか、不安になるのじゃ)〕
自覚したての感応術で、ベルガモットがボソッと呟いた。執事の男性はこちらへ大きく頭を下げたあと、会場の中心にいる男性へなにかを告げる。あれがここの当主だろう。息子の奇行を見ていたのなら止めろよ。ここに集まってる連中で、当主の息子に意見できるやつはいないんだぞ。
「とにかく進もう。みんな待ってるからな」
「わかったのじゃ」
再びベルガモットをエスコートし、パンツドレス姿のマツリカへ引き渡す。ここから先は、飲み物やお菓子のある場所。従人が入って行くことは許されない。俺はシトラスとミントを連れ、少し離れた場所から様子を見守る。さて、旧体制派の連中は仕掛けてくるだろうか……
次回は視点が変わり、時間軸も戻ります。
第3皇女を狙う人物たちとは……?
「0154話 三人組」をお楽しみに!