0152話 竹取物語
やはりチーズ入りのハンバーグは至高だ。そして半熟目玉焼きのコンボが最強すぎる。新鮮なコッコ鳥の卵を使い切ってしまったから、またセイボリーさんが使役する男従人に頼んでおこう。
「ロコモコ丼、美味しかったなー」
「……チーズとろとろ、卵とろとろ、うまうま」
「タクト様の作るハンバーグは、世界一なのです」
「ちょっと食べすぎちゃったから、飛ぶのがつらいわ」
「もう少ししたら、お茶を淹れますね」
どうやらコハクも満足できたらしい。俺の肩に乗ったまま、スヤスヤと寝息を立てている。ロコモコ丼もワンプレートで完結する料理だし、水麦初心者にはちょうど良いだろうと作ってみた。隣に座るベルガモットの姿を見る限り、その目論見は成功したようだ。
「水麦があれほど美味しく食べられるとは、思いもよらなんだのじゃ」
「水麦自体、あまり味はしない。その分、どんな料理とも相性が良くなる。それこそ塩を振るだけでも、美味しいんだぞ」
「それも食べてみたいのじゃ」
「今度は塩にぎりを作ってやろう」
「具はちゃんと入れてもらう方がいいよ。だって塩だけだと、寂しくなっちゃうんだもん」
「ミントはおかか入りのが好きです」
「……ツナマヨ、あれは最強」
「黒たまりの煮汁を塗った、焼きおにぎりも美味しいですよ」
「黒藻の佃煮が入ったのは、時間が経つとご飯に味がしみて絶品だわ」
「ボクは断然、肉巻きおにぎり!」
園遊会が終わればゴナンクへ向けて移動するし、その時に色々作ってやろう。とりあえず家でやるのは、様々な食べ方を体験させてやること。そうしてベルガモットとマツリカの水麦に対するイメージを、根本から書き換えてやる。
なにせ俺たちがいくら力説したところで、皇帝である母親やナスタチウム本人が、水麦を忌避するかもしれない。だが身内であるベルガモットと、その付き人が熱心に勧めたら、きっと試してみようって気になる。その時のために、しっかり仕込んでおくとしよう。
「おにぎりとやらは、色々な種類があるのじゃな」
「移動中はおにぎりを作ることが多い、その時を楽しみにしておいてくれ」
「しかし、どうしてこの食べ方が、普及しておらんのじゃろうな」
「まあ手間もかかるし、調理法もかなり特殊だ。そして精白した水麦には、致命的な欠点がある」
俺は栄養面の問題や、普及させる場合の障壁を語っていく。やはり為政者の家系だけあり、このあたりの理解度は恐ろしく高い。きっと帝王学みたいな教育を受けてるんだろう。
「従人を大切にしておる、タクトならではの気づかいじゃな」
「アインパエは独立した大陸を、一つの国家としてまとめている。他国の干渉を受けにくいから、野人や従人の地位向上と食文化の改革を、同時に進めてみてもいいんだがな」
「いやいや、待たんかタクト。妾たちの国を実験台にされても困るのじゃ」
「それが嫌なら、俺を政治の舞台に上げないことだ」
「くっ、そうきたか。なかなか強かなのじゃ、タクトは」
なんにせよ、まだナスタチウムにすら会ったことがない状態で、色々と計画を練っても無駄だ。まずは皇帝である母親や、皇居の人間たちと約束を交わす。その上で白米文化を伝えるところから、始めなければならん。そこで頓挫したら、計画そのものがパーだしな。
ただし皇族に対して、俺は強力な切り札を持っている。それは霊獣コハクの主という、初代皇帝の再現といえる立ち位置。なにせベルガモットに、初代様の生まれ変わりかと聞かれたほど。
そんな記憶は、まったく持ち合わせてない。生まれ変わりという点で正鵠を得ているが、俺は日本人だった香坂拓人という男。皇帝なんて地位には程遠い、平凡な家庭の生まれだ。
とにかくそれもあって、ベルガモットの信頼を得ることが出来た。この状況をうまく使えば、思った通りに事が進めやすいはず。まあアインパエに関しては、その時になったら考えるとして、マツリカが出かけているうちに、あのことを確かめておこう。
「ところでベルガモット。支配値が二百四十以上あるってことは、術が使えるよな?」
「〝すきる〟とはなんなのじゃ? お主も知っている通り、魔力を持たない妾は、ギフトも発現しないと言われておるのじゃ」
「もしかして、自覚してなかったのか? 昨日のお前、ベッドの上でスキルを使ってたぞ」
「なっ、なんじゃと!?」
地下酒場で倒したコンフリーがそうだったように、獣の姿に近くなると言葉をうまく話せなくなる。しかしベルガモットの声は、かなり明瞭だった。
「そういえば、直接頭に響いてくるような声だったよね」
「あれは間違いなく、発声という手段以外で言葉を伝えていた。考えられるのはスキルしかない」
「そんなことを言われても、心当たりはさっぱりなのじゃ」
「私が飛べるのを直感で理解できたみたいに、無意識に使ってるんだと思うわ」
ベルガモットは十四歳だから、ギフトに関する訓練なんて、したことがないはず。しかし無自覚にスキルを使っていたからには、単に見つけてないだけだ。言葉や意思を伝えるというギフトが存在しない以上、それはシトラスたちに発現した〝術〟と同じものだろう。
「まだ十三歳のミントやシナモンも、スキルを自覚することができた。きっとベルガモットにも、見つけられると思う。そんな訳で、みんな。どうやってスキルの扉を開いたか、ベルガモットに教えてやってくれ」
「ボクは真っ暗な場所で、光るお肉を見つけた」
「ミントは離れにあるタクト様の部屋が、頭に浮かんできたのです。そこにあった机の引き出しに、宝石が入ってたです」
「わたくしは大きな木が生えた場所で、金色の葉っぱを見つけました」
「……道にきれいな石、落ちてた」
「私は森でよく見かける木の洞に、蔦のカーテンが掛かってたわ。そこに入ったらスキルが流れ込んできたの」
「みんな自分に根ざしたものが、頭に浮かんできている。シトラスは肉が好きだし、ミントはずっと下働きをしていた。ユーカリは生家の庭にあった、大きな木が好きだったらしい。そしてシナモンは、何気ないものに価値を見いだす天才だ。ジャスミンは言うまでもなく、森で暮らす有翼種だからだろう」
天才と言われて嬉しかったらしい、膝に座っているシナモンが、俺を見上げながら甘えてくる。まったく、うい奴め。顎の下を撫でてやるぞ。
「妾は皇居にある池が大好きなのじゃ。落ち込んだり嫌なことがあった時は、いつもそこに行って水面を眺めておったのじゃ」
「それなら目をつぶって、池のあった場所を思い浮かべてみるんだ。そこになにか変わったものがないか?」
ベルガモットは目をつぶり、ゆっくりと頭を動かし始めた。皇居の池は相当な大きさがあるらしい。アインパエへ行った時に見せてもらおう。
おっと、動きが止まったぞ。
「池のほとりに、見たことない木が生えておるのじゃ。丸い積み木を縦に重ねたような幹に、船の形をした葉っぱが付いておる」
「それはきっと竹という木だろう」
やっぱりパンダに変身できるから?
なにせ好物だもんな。
しかし、この世界にも竹はあるのだろうか。もし見つけたら、タケノコを掘ってみたい。米ぬかは大量にあるから、アク抜きだってバッチリだ。
「積み木が一個、光っとるのじゃ!」
「中に小さな女の子が……じゃなかった。いまのは忘れてくれ」
「おぉっ、これは!?」
「なにか開いたか?」
「真ん中からパカッと割れて、妾の中に光が吸い込まれていったのじゃ」
「その光がスキルだ。もう頭の中に浮かんでくるだろ?」
「しばし待つのじゃ。うーむ、なになに……、[感応術]・[結界術]・[増幅術]の三つじゃな」
ジャスミンと同じ三種類とは。
種族固有の飛ぶという力、そして会話という人ならではの技能。やはり日常系のスキルは、別枠になっているのかもしれない。
「感応術が変身している時に、言葉を使えていた力だろう。結界術は魔晶核を触媒にして、防御フィールドを展開できる。魔晶核の品質や自分のレベルによって、大きさや強度が変わるらしい。すまんが増幅術に関しては勉強不足だ。またワカイネトコ大図書館で調べておく」
「なにを言うのじゃ、タクト。これがわかっただけでも大惨事じゃぞ」
惨事ってなんだよ、スキルは天災じゃないぞ。とにかく、ベルガモットに魔晶核をいくつか渡しておこう。発動自体は握って念じるだけだから、身の安全を守る強力な武器になる。
ついでに増幅術が肉体強化のたぐいなら、さらに安全性が増すんだが……
「一つだけ忠告しておく。ヨロズヤーオ国が信奉するダエモン教は、ベルガモットに発現したようなスキルを、その身に宿すことが教義になっている。メドーセージ学園長に会うまで、秘密にしておいた方がいい」
「それはマツリカに対してもか?」
「彼女もワカイネトコ出身者だ。信頼できる人間なのは理解できるが、幼い頃から刷り込まれた信念で、どんな行動を引き起こすかわからん。もし教皇や聖女に祭り上げられたら、アインパエとの関係悪化は避けられない。マノイワート学園へ着くまで、内緒にしておいてくれ」
「確かに皇族を他国の聖職につかせようなど、権力掌握と受け取られてもおかしくないのじゃ。マツリカに自慢できぬのは残念だが、タクトの指示に従うのじゃ」
俺一人では宗教という巨大な権力に、立ち向かうのは不可能だ。これに関しては、メドーセージ学園長を頼るしかない。
「魔力もなく従人も扱えず、叔父上殿から〝獣姫〟などと言われた妾に、こんな取り柄があったなんて感動なのじゃ」
「国内を不安定にし、アインパエそのものの価値を貶めた叔父は、よっぽど見る目がなかったんだろう。ベルガモットに発現したスキルは、ここまで育ててくれた家族のために、使うべきだと思う」
「タクトに出会えて、本当に良かったのじゃ。妾は幸せなのじゃ」
感極まったベルガモットが、俺に抱きついてきた。その小さな体を両腕で包み込み、頭を撫でてやる。しばらくそうしていたら、玄関の扉がガチャリと開く。どうやら日用品の買い出しに行っていた、マツリカが戻ってきたようだ。斬られる前に離すとしよう。
いよいよ園遊会が開催。
「0153話 守護者」をお楽しみに!