0151話 和食
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目を覚ますと、ベルガモットの顔が間近に迫っていた。日が上ると大丈夫だと言っていたし、もうギフトを切ってもいいだろう。
さて、朝食のメニューを考えねば。まずは水麦を口にしてもらう必要があるから、それ自体で完結している方がいい。さすがに朝からチャーハンというわけにもいかないので、ここは炊き込みご飯だな。
コッコ鳥の肉を多めにして、昨日使いきれなかった棒茸も入れよう。あとは黒根と赤根、それに黄ネギを少し。これで赤根の匂いも緩和される。具材を細かく切っておけば、ベルガモットも食べられるはず。
付け合せのおかずを何にしようか考えていると、腕枕してる頭が左右に動く。どうやら目を覚ましたらしい。
「うぅ……ここは、どこなのじゃ」
「おはよう、ベルガモットちゃん。まだちょっと寝ぼけてるかしら」
「よく眠れたか、ベルガモット。それと、おはようジャスミン」
胸元から這い出てきたジャスミンが、いつものように頬へキスしてきた。それを寝ぼけ眼でベルガモットは見つめている。しかし次の瞬間、頬を染めながら一気に覚醒した。
「あっ……朝からチューするなど、破廉恥なのじゃ!」
「これくらい、普通の挨拶だと思うのだけど?」
「ダメなのじゃ、ダメなのじゃ。チューしたら子供ができてしまうのじゃ!」
おい、皇室の性教育は、一体どうなってるんだ。子供はコウノトリが運んでくるとか、キャベツ畑で生まれるなんて教えてないよな?
「キスで子供はできたりせん。そもそも俺たちと獣人種の間で、子供はできないだろ」
「そんな事はないのじゃ。初代様は霊獣や従人の間に子を成したと、記録に残っておるのじゃ。妾が獣の姿になるのは、その血が原因だと診断結果に出たのじゃぞ」
「ベルガモット様。その方法、教えていただけないでしょうか!」
おお、ユーカリが思いっきり食いついてきたぞ。それにコハク、お前もなのか?
「キュキュ、キュイー!」
「コハクちゃんも知りたいんだって。もちろん私も興味あるわよ」
「ミントも知りたいのです」
「……あるじ様、子作りする?」
ベルガモットが大騒ぎするから、みんな起きてしまった。
それにしても、初代にそんなエピソードがあったとは初耳だ。世の中に知られていない事実は、いくらでもあるってことか。アインパエ帝国の成り立ちには興味が尽きない。本当に初代皇帝とは、どんな人物だったのだろう……
とにかくそれが事実なら、考えられることは一つ。先祖返りのように因子が強く出ると、下位四ビットにフラグの立った子孫が生まれる。代々受け継がれてきた血が原因だというのは、確かに納得のできる話だ。ここに生きた証人がいるし。
「みんな一度落ち着いたほうが、いいと思うよ。そこに怖い顔をした人が立ってるからさ」
シトラスが指差す先に見えるのは、いつの間にか開いていたドア。そこに立つマツリカが、鬼の形相で剣に手をかける。早まるなよ、まだ未遂だからな。
……いや、手を出すつもりはないが。
とにかく剣を納めろ。話はそれからだ。
◇◆◇
やれやれ、朝っぱらから酷い目にあった。すぐ斬りかかってくるあの性格、危なっかしくてかなわん。シトラスが剣を取り上げてくれなければ、拳銃で応戦していただろう。
命拾いしたな、マツリカ!
「さっさと機嫌を直せ。仏頂面で食うと、せっかくの飯が不味くなるぞ」
「私は元々こんな顔です」
「それより、見たことないものばかり、並んでおるのじゃ」
「これは炊き込みご飯、こっちはだし巻き卵。あとは魚の照り焼きと、すまし汁だ」
これぞ日本の朝食ってメニューだから、見たことないのも当たり前。皇家の食事事情は知らないが、この大陸と変わらないのなら、パンとスクランブルエッグや焼いたハム、それにスープと温野菜みたいな感じのはず。
「この茶色いツブツブはなんなのじゃ?」
「それは水麦を具材と一緒に、味をつけて炊いたもの。これが俺たちの主食になる」
「貴様、ベルガモット様に家畜の餌を――」
「――それ以上言ったら、この家から叩き出す。お前は契約時に交わした約束も守れんのか」
「……くっ」
「この食事はな、ベルガモットの姉でも食べられるよう、小麦に由来するものを一切使っていない。まずは偏見を捨てて、口をつけてみろ。もし美味しく食べられるなら、ナスタチウムの不自由を減らせるかもしれんぞ」
「姉上のためになるなら、妾はなんでもやるのじゃ!」
昨日も感じたが、ベルガモットは本当に家族思いだ。俺が家から出るため捨てたものを、この子はたくさん持っている。その気持は大切にしてやりたい。
「はふはふ……おいひー、おかわり!」
「もうちょっと味わって食べないとだめですよ、シトラスさん」
「二杯目はそうするって。だからおかわり」
シトラスのやつ、俺が真面目に考えている雰囲気をぶち壊しやがって。まあ、そのしっぽに免じて許してやろう。今日の炊き込みご飯は、肉がたっぷり入ってるしな。多めに炊いてるから、腹いっぱい食えよ。
「ほっ、本当に美味しいのじゃ。それに今日の赤根も、嫌な匂いがせんのじゃ」
「黒根や黄ネギの風味で、隠れてしまうからな。料理というのは工夫すれば、どんなものでも美味しく食べられる」
恐る恐る炊き込みご飯に手を付けたベルガモットだが、口に入れた瞬間大きく目を見開く。飲み込み終わってから喋るあたり、マナーはしっかり身についている模様。どっかの誰かとは、大違いだ。
そして他の料理にも次々手を伸ばす。
「こっちの卵も、妾たちが食べていたものとは、ぜんぜん違うのじゃ。魚も臭みがないし、スープは薄味なのに、水っぽく感じんのじゃ」
「それが出汁や旨味の力だ。魚も調理前に少し塩を振ってやると、臭みが抜ける」
「この食事、姉上にも食べさせてやりたいのじゃ……」
「色々と条件を飲んでもらうことになるが、それさえクリアできたら作り方を教えてやるぞ」
「どんな無理難題でも聞くから、お願いするのじゃ」
そんなに軽々しく約束していいのか?
口約束でも契約は成立するんだからな。
まあ、それだけ姉のことが大切だってことにしておこう。
「あとは少量ずつ食べてもらい、本当に安全かを確かめなければならない。水麦で体調を崩す人も、ゼロではないからな」
「本当にタクトは、色々なことを知っておるのじゃ。今のアインパエに一番必要なのは、タクトのような人物かもしれんのじゃ」
「俺を政権に引き込むのは勘弁してくれ。今はまず自分の目標に向かって、進んでいくと決めてる」
とりあえず俺とシトラスたちのレベル上げが最優先。論理演算師の可能性、そして従人がどこまで強くなれるのか、それを確かめなければならん。政治なんぞにうつつを抜かしている暇、これっぽっちもない。
「それで、マツリカはどうだ?」
「……先程の非礼をお詫びします。あれは失言でした」
「気に入ってもらえたのなら問題ないぞ。いつまでも引きずってないで、飯は楽しく食え」
よし、これで食事の問題は片が付いた。お昼からは思いっきり腕をふるえるってものだ。さて、なにを作ろう。天ぷらや唐揚げなどの揚げ物でもいいし、ハンバーグとかカレーもありだな。時間はたっぷりあるから、みんなの意見も聞きつつ考えることにするか。
ベルガモットに発現したスキルが判明する。
次回「0152話 竹取物語」をお楽しみに。