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0150話 二人の姉

 俺に皇帝の血が流れている?

 考えられるのは母親だが、喋り方は普通だった。もしかして母方の両親に皇族がいたとか……



「俺はスタイーン国にいる才人(さいじん)と、一般庶民だった母から生まれた子だぞ。何かの間違いじゃないか?」


「いや、それはありえんのじゃ。もう一度タクトのマジックバッグを、見せてもらえぬか?」



 腰につけていたマジックバッグの留め金を外し、再びベルガモットへ預ける。彼女はそれを上下逆さまにし、底の部分を見えるように俺へ差し出す。



「ここに刻印があるじゃろ」


「工房のロゴマークだよな。他の魔道具でも見たことがあるぞ」


「一番外側の線をよく見るのじゃ。二重になっておるじゃろ」



 マジックバッグの底には丸いマークが刻まれており、中に描かれている意匠は(つち)金床(かなどこ)。老舗の工房ではあるが、高級ブランド品とは違う。



「確かに細い線が二本引かれているな」


「ここは皇室御用達の工房でな、特別な技術を持っておるのじゃ」


「特別?」


「血統による利用制限をかけられるのじゃよ」



 ベルガモットが見せてくれた自分のマジックバッグにも、同じ工房のロゴが刻印されている。そして外側の線は二重だ。



「つまり、ロゴに二重の線が入っている魔道具は、特定の人物にしか扱えないと……」


「このマークを入れて作るのは、皇家が発注したものだけなのじゃ」


「だから俺に皇帝の血が流れていると、わかったわけか」


「その通りなのじゃ」



 物理的な証拠が揃っているなら、確信できるよな。このマジックバッグがサーロイン家に取り上げられなかったのは、母親と俺にしか使えないことが伝わっていたからだろう。なんか色々と納得できることだらけで、この話を信じるしかなくなってきた。



「だとすれば当然、俺の母親が皇族の血を引いていたってことだよな」


「もしかしてタクトの母君は、カモミール様ではなかったか?」


「ああ、その通りだ」


「やはり行方不明になったと言われとる、お方だったのじゃ。カモミール様は祖父殿と側室の間に生まれた、三人目の娘なのじゃ」


「ということは、ベルガモットの叔母に当たる人が、俺の母親だったと」


「そうなのじゃ」



 中央図書館セントラル・ライブラリーへアクセスする鍵という、国家の最高機密を握っている皇族は、情報流出を避けるため自由な恋愛が出来ない。それなのに他国へ渡り、一般人として暮らしていたとか、普通はありえないはず。俺の母親に、いったい何があったんだ……



「否定できる内容は一つもないが、皇族が他国の人間と結婚するとか、ちょっと信じられないな」


「カモミール様は、どうしておるのじゃ?」


「ああ、母は俺が五歳の時に、病気で旅立った」


「そうだったのか。それはすまんことを聞いてしもうたのじゃ」


「もう十年以上前のことだから、気にしなくていい。しかし中途半端に自分の出自がわかって、ちょっとモヤモヤするぞ」


「母上殿がカモミール様と、仲が良かったらしいのじゃ。詳しいことは母上殿に聞くか、カモミール様の実母である、カラミンサお祖母様(ばあさま)に会ってみると良いのじゃ」



 ベルガモットの祖父母だった、三代前の皇帝と本妻はすでに亡くなっている。存命なのは側室であったカラミンサと、その子供である三男と次女のみ。本妻の次男だった叔父と違い、二人とも政治の舞台には絶対立たないと、明言しているらしい。それでベルガモットの母であるアンゼリカが、皇帝に即位したわけか。



「これはアインパエにも、行ってみる必要が出てきたな。どちらにせよ、旅行の目的地だったし」


「それなら(わらわ)が帰国するとき、一緒に行かぬか?」


「報酬の件もあるし、良いかもしれない。考えておこう」


「母上殿には事情を説明するが、報酬の請求はお手柔らかに頼むのじゃ」



 珍しい本を読ませろってくらいで、金銭を要求するつもりはない。あとはどこかの温泉を貸し切れるよう、手を回してもらうくらいか? なにせさっきからユーカリが、俺の方に熱い視線を向けている。アインパエへ行けたら、あの時の約束をしっかり果たしてやろう。



◇◆◇



 シナモンがウトウトしだしたので、ベッドルームへ移動することに。俺が皇族の血筋だったこと、マツリカにとってはショックだったらしい。トボトボと自分の部屋へ戻っていった。一晩中監視されるのは勘弁してほしいので、このままそっとしておこう。



「しかし俗物まみれのキミが、皇帝の血を引いてるなんてねぇ……」


「タクト様は、これからどうされるおつもりなのです?」


「皇位継承権なんてないだろうし、今まで通り自由気ままに生きて行くだけだ。そもそもそんな権力など、これっぽっちも興味がない」


「タクトなら良い指導者になれると思うのじゃが」


「なんでこの俺が、上人(じょうじん)のために力を尽くさねばならん。そんな面倒事は、直系の皇族でなんとかしろ」



 個人的にベルガモットの力になるくらいは構わない。しかし国全体となれば話は別。そもそも傍系(ぼうけい)の俺が出しゃばったところで、国民の反感を買うだけだ。



「タクトが国を支配したら、野人(やじん)従人(じゅうじん)は住みやすくなるでしょうけどね」


「旦那様が統治される国も、見てみたいです」


「妾たちは追い出されてしまいそうなのじゃ」



 パンダの姿になれるベルガモットを追い出すとか、絶対にしないから安心していいぞ。腕の中に収まっている小さな体を抱き寄せ、頭をサワサワと撫でてやる。しかし、こうして俺のパーソナルスペースに入ってきた上人は、ニームに次いで二人目か……



「第三皇女ってことは、上に姉が二人いるんだよな。そいつらは何をしてるんだ?」


「一番上の姉は、食べられるものに制限があるのじゃ。とてもではないが、他国へ旅などさせられんのじゃ」


「どんな食事制限をしているか教えてくれ」


「パンや麺類、それにお菓子も口にできんのじゃ。豆ばかり食べさせられて、とても不憫なのじゃ」



 あー、これは小麦アレルギーだな。この世界の食事事情だと、かなりのものが制限されてしまう。俺ならなんとかできるが、そのへんは実際に会ってみてからだ。水麦(みずむぎ)のレシピを、そう簡単に渡すことはできん。



「なら二番目は?」


「幼い頃、皇居の二階から転落して、頭に大きな怪我を負ってしまったのじゃ。それ以降、喋ることができんのじゃ」


「あの……タクト様」



 小声で話しかけてきたミントに、そっと目配せする。脳外傷性の失語症なら、治癒術で改善するかもしれない。ただし脳という特別な器官に対して、どこまで有効かはまだ未知数。もし効果がない場合は、ミントのレベルを上げる、もしくは時間をかけて何度もスキルを使う、そんな手段を試す必要があるだろう。



「ベルガモットが派遣されたのは、それが理由だったわけか」


「二人の兄も人前には出せぬし、即位したばかりの母上殿が、国を空けるわけにはいかんのじゃ。母上殿と姉上たちには、かなり心配されてしもうたが、これは妾にしか出来ぬ役目なのじゃ」


「他国で爆発騒ぎは致命的だし、引きこもりを無理やり連れ出しても、ろくな外交はできんな」



 跡継ぎ不足という事情もあって、国を叔父に任せたらこのざまだ。他の親族は政治にかかわるのを拒否しているし、残る手段は皇室へ嫁入りしたベルガモットの母が、立ち上がるしかなかったと……



「とにかくベルガモットは、今回の外遊を成功させろ。ちゃんと終わらせたら二人の姉にも、できる限り力を貸してやる」


「嬉しいのじゃ、タクト。妾、頑張るのじゃ!」


「よし、そうと決まれば今日は寝るぞ。まずは園遊会までに、英気を養っておかねばならんからな」



 寝ている間に離さないよう、もう一度ベルガモットを抱き寄せる。俺の胸元から見上げてくる顔は、とても可愛らしいものだった。力になると決めた相手だ、この笑顔を曇らせないために、精一杯のことをやろう。


初代皇帝の秘密がまたひとつ判明する。

次回「0151話 和食」をお楽しみに!


●家系図

挿絵(By みてみん)


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 何かこう迷走してるような気がする。現代人だった記憶だったりビットを扱えるだったり。
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