0149話 爆弾発言
ベルガモットを膝に乗せ、俺やシトラスの力について話をしていく。なんかマツリカの機嫌が悪いままだな。眉間にシワを寄せ続けてると、俺みたいに目つきが悪くなるぞ。
そもそもベルガモットがこうしたいと言ってるんだ。主人の希望くらい聞いてやれよ。
いつもの場所を奪われたシナモンは、特に気にしてない様子。今日は俺の膝を枕にして、だれきっている。なにせ液体かよってくらい、体が弛緩してるもんな。脇に手を入れて持ち上げたら、ビヨーンと伸びるかもしれん。
「情報が多すぎて、処理しきれんのじゃ」
「まあこれからしばらく行動を共にするんだ、ゆっくりと理解していけばいい」
「とにかくタクトには感謝の気持しかないのじゃ」
「論理演算師のギフトを極めようって物好き、今までいなかっただろうしな。こうして自分の従人たちを成長させたり、ベルガモットの体質を緩和できるんだ。本当に良かったと思っている」
パンダのままモフれないのは残念だが!
さすがにあんな苦しそうな姿は、見ていられないからな。
「そういえば、あれだけ症状が出ていたら、護衛の冒険者にもバレてたんじゃないか?」
「いや、いつもはもっとマシなのじゃ。さっきの発作は、今までで一番ひどかったのじゃ」
「きっと長旅の疲れや慣れない環境で、心と体に負担がかかってたからだろう。船の中で満月を迎えなくて何よりだ」
「天候のせいで予定が遅れとったからな。本当にギリギリだったのじゃ」
やはりマツリカ一人だけを連れて渡航してきたのは、満月の夜に姿が変わるためだったらしい。確かにこれは国家機密に相当する。なにせ魔法が使えない、ギフトを持たない、おまけに動物の姿になるなんて体質だ。変な形で騒がれでもすれば、皇室の一大スキャンダルになりかねん。
「しかしタクトは、本当に従人を大切にしておるのじゃな」
「ここにいるみんなは、俺にしか使役できない特別な存在だ。一生をかけて大切にしてやると、心に決めている。だから全員、俺の宝物と言っていい」
「その割にボクの扱いは、ぞんざいな気がするなぁ……」
「タクト様はシトラスさんのこと、一番信頼してるですよ」
「いいように使われてるだけの気がするけど?」
「……そんなことない。あるじ様、シトラスを頼りにしてる」
シトラスはみんなの言葉を一々否定するが、ちょっと押され気味だな。だんだん言葉に詰まりだした。ここは助け舟を出してやろう。
「ほらほら、あまりシトラスをいじめてやるな。俺はシトラスからどれだけ愛されてるか、ちゃんとわかってるぞ」
「ボクがキミを愛してるとか、ありえないんだけど。寝言は寝てから言ってもらえないかい?」
「なんだ、俺のことが嫌いなのか? シトラスから嫌われたら、俺はショックで死んでしまいそうだ」
「ちょっ!? 嫌いとか言ってないじゃん。なんで、そんなに極端なんだよ。ちゃんと感謝してるし、一緒にいるのが楽しいってば。なにせボクの大切な契約主なんだから」
シトラスの言葉で、俺の胸がジーンと熱くなる。本当にコイツは可愛すぎだ。このままではショック死でなく、萌死や尊死してしまう。
「やはり旦那様のほうが一枚上手ですね」
「シトラスちゃんらしくて素敵よ」
「キュイ」
「本当にお主たちは仲が良いのじゃ。この姿を指揮官や従人部隊に見せてやりたいのじゃ」
昔は家族のようだったと、ベルガモットは言っていた。もしその話が事実なら、当時ほうが精鋭揃いだったに違いない。伝え聞く限り今の従人部隊は、完全に軍隊って感じだしな。
俺がそんなことを考えていたら、真下から〝くぅ~〟という可愛い音が響く。
「なにか食べるか? 温めるだけだから、すぐに出せるぞ」
「うぅ……恥ずかしいのじゃ」
「そんなの気にするな。腹が減るというのは、健康だという証拠。悪いことじゃない」
「わっ、妾の頭を撫でないで欲しいのじゃ」
それくらいいじゃないか。ちょうどいい位置に頭があるから、ついつい構いたくなるんだよ。
とにかく今は飯の準備をしてやろう。腹が減っていると思考が鈍るし、気分も落ち込む。ユーカリに目配せすると、すぐ立ち上がって廊下の方へ消えていく。
「時間も遅いから、今日は煮込み料理だけで我慢してくれ。とはいえ、具がたくさん入ってボリューム満点だ。腹は十分膨れるはず」
「……ムームーのミルクたっぷり。とろとろで、ヒゲナガうまうまだった」
「それは楽しみなのじゃ」
「マツリカも食うだろ?」
「……いえ、私は」
「遠慮するな。お前だって晩飯を食ってないんだ、腹が減っていたら主人を守れんぞ」
「わかりました、そこまで言うのなら……」
従人と作った飯に抵抗があるのかもしれないが、ここは強引にでも食べてもらわねばならん。明日の朝食でゴネられたのでは、気持ちよく一日を過ごせないからな。まあ一口でも食えば、そんな偏見なんてあっさり瓦解するはず。
待ち時間を使い、ベルガモットに清浄魔法をかけ、髪もホットミストで洗っておく。さすがに一緒の風呂は無理だしな。仮にそんなことをしようとすれば、マツリカが本気で斬りに来る。というか、今もマツリカの視線が痛い。そんなプレッシャーに耐えつつ、ベルガモットの髪を梳かしていたら、ユーカリが戻ってきた。お椀を二つ持っているあたり、さすが俺の意図をしっかり汲んでくれている。
「こちらがヒゲナガと野菜のクリーム煮です」
「野菜は長菜と赤根、緑傘や白イモが入っている。あとは棒茸だな。鳥の骨でだしを作ってるから、旨いぞ」
「妾……赤根が苦手なのじゃが」
「好き嫌いしていると、健康になれん。つべこべ言わず食ってみろ。残したりしたら、お前にかけているギフトを解除するからな」
「うぅっ……タクトが母上殿みたいなのじゃ」
ヒゲナガや長菜と一緒に、赤根を一欠片スプーンですくい、少し冷ましてから口の中に入れた。目をつぶるほど嫌いなのかよ。こんなところは、まだまだ子供だな。
「……!? 独特な匂いがほとんどせんのじゃ。それに気持ち悪い甘さも、あまり感じぬのじゃ!」
「濃いめのだし汁でじっくり煮込んでるからだ。そしてこれは、さっきまで冷めた状態だった。完成してから冷ますことによって、他の野菜やヒゲナガの旨味が、芯まで染み込んでいる」
「美味しいのじゃ。これなら妾でも食べられるのじゃ」
牛乳は食材の臭みを消す効果が高い。もちろんこの世界で普及している、ムームーのミルクだって同じ。今日はクリーム煮にしておいて良かった。護衛期間中にベルガモットの、にんじん嫌いを克服してやろう。
「マツリカはどうだ、口に合うか?」
「悔しいですが、美味しいです」
「それは良かった。明日も旨いものを作るから、期待しておいてくれ」
そこは「くやしい……! でも、やめられない」くらい言って欲しいものだ。それはさておき、二人とも美味しそうに食べてくれているのが嬉しい。良ければおかわりもしろよ。
それとシトラス、物欲しそうな顔をするな。よだれが垂れそうになってるぞ。その顔を見て二人が遠慮したらどうする。まったく、仕方のないやつめ。
「うぅ……ぐすっ。満月の夜に、こうしてご飯が食べられたのは……、初めて……なのじゃ。妾は……妾は……」
「どうしたベルガモット。泣くほど旨かったのか?」
「泣いてなど……ひっく……ないのじゃ」
「空腹が落ち着いてきて、緊張感が途切れたんだろ。別に恥ずかしいことなんてない」
「頭を撫でないで……欲しいのじゃ」
なんか年の離れた妹を、あやしてる気分になってきた。実年齢は二歳ほどしか変わらないのだが……
「今夜は一緒に寝てやるから安心しろ。あんな苦しみ、もう味わう必要ない」
「本当か?」
「もちろんだ」
「いっ、いけませんベルガモット様。ご家族であるならまだしも、彼は一般人の男なのですよ。異性と共寝するなど、皇族にあるまじき行為です」
「確かに家族ではない、しかしタクトなら問題ないのじゃ。なにせこの者には、皇帝の血が流れておるからの」
「……えっ!?」
ベルガモットの言葉で、マツリカの動きが止まってしまう。そしてそれは俺たちも同じだった。
そんな話、親父からも聞いたことがない。そもそも俺に特別な血が流れているのなら、あの男が家から追い出すなどありえん。いくら無能でも、家名を売るために使われていたはず。
というか、ベルガモットはどうしてそれがわかるんだ?
皇族の血に、身内を判別する力でもあるのだろうか……
次回は主人公の出自、そしてベルガモットの姉たち。
「0150話 二人の姉」をお楽しみに。