0147話 暖炉の魔力
誤字報告ありがとうございました!
原文が日本語的におかしかったので146話の79行目は、「需要を賄う」から「需要を満たす」に変えました。
伐採の依頼で集めた端材を使い、四角い台座を錬金術で大量に作ってもらった。それを暖炉の前へ並べ、小上がりにする。上にフワフワのラグを敷き、クッションもいくつか置いておく。
「……あるじ様、これいい。ずっとここにいたい」
「すごく優しいぬくもりね。タクトの胸元に入っている時と違う幸福感を味わえるわ」
「キュゥゥゥーイ」
シナモンは俺の膝を枕にしてグテーっと寝そべり、ジャスミンとコハクは暖炉の前に置いたクッションに埋まってしまう。コハクが俺から離れて、ここまでくつろぐのは珍しい。さすが暖炉の魔力といったところか。遠赤外線と輻射熱は伊達じゃないな……
「ここでブラッシングしたら、きっと気持ちいいぞ」
「……あるじ様、やって」
シナモンがしっぽを器用に動かし、俺の眼前へ差し出す。それを受け取って、ゆっくりブラシを通していく。軽く温風を当ててみるが、やはりいつもより乾きが早い。しかも髪やしっぽのサラサラ感が増してるぞ。きっと遠赤外線効果で、毛根のある真皮や皮下組織が温まっている影響だろう。
これはドライヤー魔法に組み込まなければ……
「可視光線にならないよう、周波数をテラヘルツまで上げれば、再現できたはず」
「……あるじ様、どうしたの?」
「あー、すまん。ちょっと考え事をしてただけだ。いつもやっているドライヤー魔法に、暖炉の効果を足せないかと思ってな」
「あら、それはいいわね」
「キュッ!」
前世でも遠赤外線の出るドライヤーとか売っていた。俺は髪を短くしていたので興味なかったが、あれにはちゃんと意味があったわけだ。こんな日常の出来事で、魔法が進化するのは面白い。習うは一生なんて言葉のとおり、転生してからも学ぶことはたくさんある。
そんなことを考えつつ、三人のブラッシングをしていたら、シトラスがリビングに入ってきた。しっとり濡れたしっぽを揺らしながら、ラグの上に腰を下ろす。
「なんかシナモンが溶けかかってないかい?」
「……暖炉いい、最高」
「シトラスもこっちに来い。暖炉の前でやるブラッシングは、いつもより気持ちいいぞ」
「へー、それはちょっと興味あるかも」
俺の前に座り直したシトラスのしっぽを手にし、弱い風を当てていく。進化して輝きを増した毛は、今日もきれいだ。
「あれ? いつもと違って、しっぽの中から温かくなってきた。これが暖炉の効果なのかい?」
「それもあるが、新開発の魔法を試している」
「ちょっ!? ボクを実験台にしないでよ!」
「大丈夫だ。まずは俺の体で試してみたからな」
「それなら……いいんだけど。危ない魔法じゃないよね?」
「前世でもよく使われていた技術だから、危険性はないぞ」
「ふーん。気持ちいいから、まあいっか」
やはり遠赤外線ドライヤーは、ボリュームのある毛だと特に効果が高いな。この実用性に今まで気づかなかったとは、このタクト二生目の不覚。
なにせ暖炉との相乗効果で、いつも以上にブラシが軽い。つまりこれは髪や毛のダメージが減らせているということ。特にモフ値の高いユーカリなら、効果抜群だろう。早く風呂から出てこないだろうか……
「そういえばあの二人、起きてきた?」
「いや、部屋からは出てないみたいだぞ」
「お菓子を少しつまんだだけで、よくお腹すかないよね」
茶をお代わりしてたくらいだし、体調が悪いということはないはず。それにユーカリと俺で作る料理を、拒否したとは考えづらい。きっと長旅で疲れていただけだ、茶の時も眠そうにしていたし。
「すぐに食べられるものを作ってある。なにか言ってくれば、それを出してやるさ」
「キミのご飯を食べて驚く顔が見たかったのに、残念だよ」
「うふふ。素直に心配だって言わないところが、シトラスちゃんらしいわね」
「こいつが妙にベルガモットのことを気にかけてたから、ボクも釣られただけさ」
まあ、あの数値を見てしまったからには、気になるのは当然だろ。あれこれ世話を焼いているのも、それが大きな理由だ。できれば護衛任務中に、その謎を解き明かしてみたい。
俺がそんなことを考えていたら、ミントとユーカリが部屋に来た。待っていたぞお前たち。新魔法の威力、思う存分味わってもらおう!
「あの、タクト様……」
「どうしたミント、早くこっちに来い」
「ちょっと気になることがあるのです」
俺のお楽しみタイムを邪魔するとはナニゴトだ……と言いたいところだが、二人ともかなり真剣な顔つきをしている。これはちゃんと話を聞いてやるしかあるまい。
「お風呂上がりに皆さんの汚れ物をまとめて、ミントさんと一緒に二階へ移動させておきました」
「その時、ベルガモット様たちがお泊りになっている部屋の方から、苦しげな息遣いが聞こえてきたのです」
「わたくし達だけで部屋へ行くのは失礼にあたりますので、旦那様に確認していただけないかと」
それはちょっと放っておけないな。もし金銭的な理由で遠慮してるのなら、無理にでも治癒師を呼ばねばならん。怪我や状態異常ならミントでも治療できるし、様子を見に行ってこよう。
「わかった、俺が容態を聞いてくる。すまんがシトラス、一緒に来てくれるか?」
「もう髪も乾いたからいいよ」
シトラスと二人で階段を登り、月明かりに照らされた廊下を歩く。今日は照明の魔道具を使わなくても、十分明るいな。この辺りに高い建物はないから、月もよく見える。
――コンコン
『……誰ですか?』
「その声はマツリカか。少し気になることがあって、様子を見に来た」
『ベルガモット様はお休み中です。今日はお引取り下さい』
「ドアの外まで喘鳴が聞こえているのに、寝ているというのは無理があるぞ」
ドアの向こうから聞こえるのは、ヒューヒューという喘息のような呼吸音。さすがにこれを目の当たりにして、ハイそうですかと帰るわけにはいかん。その苦しみは、俺もよく知ってるからだ。
『朝になれば回復しますので、ご心配は無用です』
「つまり一晩中苦しんでいるわけだな?」
『そっ、それは……』
「一つ確認しておきたいのだが、ベルガモットの体調不良に、支配値が関係してないか?」
『……っ!?』
どうやら図星だったらしい。扉越しにはっきりと息を呑む音が聞こえた。
「ねぇ、もしかして、アレ?」
「あぁ、お前の想像通りだシトラス。ベルガモットの支配値は二百五十五ある」
「だけどあの子って上人だよね?」
「俺もそれが不思議だったんだ。しかしさっき窓から月を見てピンときた」
「満月となにか関係あるの?」
「月の光には不思議な力があると言われていてな。満月の夜は感情が高ぶりやすくなるとか、月の光を浴びると心と体が浄化される、なんて俗説もある。そして血に含まれる因子を活性化させるのが、満月の光だと考えられてるんだ」
「じゃあ昼間は人の姿でも、夜になったら……」
満月の夜に生き物が変身するってのは、どんな世界でもお約束な伝承。この世界にも月に二度、スライムが人の姿になって、上人を誘惑するという物語がある。
それに俺のギフトで上人の下位四ビットを立てると、みるみるうちに獣の姿へ変化していった。同じことがベルガモットの身に起きていても、なんら不思議なことではない。
〔そこまで知って……(カヒュッ)……おるなら、仕方ないのじゃ。マツリカよ……タクトを……(ヒュー)入れてもよいのじゃ〕
『わっ、わかりました、ベルガモット様』
ドアがゆっくり開き、悔しそうな顔をしたマツリカが、廊下に顔を出す。そして俺たちが二人だけなのを確認し、中へ入れてくれた。
そこから見えるのは、苦しそうにベッドの上にうずくまる黒い影。そのシルエットは完全な動物ではなく、人の体型を保ったまま全身が毛で覆われた姿に近い。いわゆるワーウルフといった感じだ。
よく見ると毛はツートンカラーで耳は丸く、しっぽは短め。これは日本でも大人気のアレじゃないか! やばい、超モフりたいぞっ!!
果たして、ベルガモットの姿とは?
次回「0148話 車やスニーカーもそう呼ばれる」をお楽しみに!