0146話 プライベートハウス
思ったより大きな家で驚いた。地下にはカウンター付きのバーまであるぞ。ここでこの大きさなら、セイボリーさんの本宅がどれだけ立派なのか、想像もできん。
「キッチンもすごく広いですね、旦那様」
「置いてある什器も業務用だし、ここまで来ると厨房と呼ぶほうが、良いかもしれないな」
「ご飯には期待していいんだよね?」
「任せろシトラス。園遊会まではなるべく引きこもる予定だから、凝ったものを作ってやるぞ」
「やった!」
「水麦の精白、頑張るですよ」
「……いっぱいザクザクする」
「うふふ、楽しみね」
「キュイッ!」
風呂も広いし、リビングには暖炉まである。家の一部が倉庫になっており、ススや煙の出にくい燃料も大量に積まれていたので、今日から早速使わせてもらおう。
個室になっている二階も周り、一番大きな部屋にベッドを二つ運び込んでおく。家についてすぐ部屋に引きこもったベルガモットとマツリカは、もう片付け終わっただろうか。隣同士の小さな部屋を選んでいたが、マジックバッグなら物を取り出して並べるだけだし、そんなに時間はかからないはず。遠慮しないで大きな部屋を使っても良いんだがな。
外回りも一通り点検してリビングに戻ると、ベルガモットとマツリカが降りてきていた。なんで立ったまま待ってる、適当に座っていいんだぞ。
「ユーカリ、茶の用意を頼む」
「お二人とも緊張しておられるようですし、リラックス効果のあるハーブティーを、お淹れしますね」
「従人がお茶の用意をするのですか?」
「食事も俺とユーカリで作る、それが我が家のやり方だ」
「よいのじゃ、マツリカ。妾たちはタクトの方針に従うと、約束しておるのだからな」
「……わかりました」
「心配しなくても、そのへんの店より美味いものを、出してくれるぞ」
これまでの常識を捨てろと言ってるに等しいから、不安に襲われたり反感を買うのは仕方がない。今の段階では無理やり言うことを聞かせるしかないだろう。ベニバナやローズマリーのように、誰かの影響を受けずとも許容できた者だっている。そう心配することもないはず。
「さて。茶の用意ができるまでに、やってしまうか」
「わかったわ、ちょっと待ってね」
テーブルに降り立ったジャスミンが、柏手を打ったあとに踊りだす。今のスカートは、あまりヒラヒラしないな。とても似合っている服な反面、俺的に少し残念な部分ではある。
「ジャスミンは何をやっておるのじゃ?」
「これは精霊たちを呼び出す舞という儀式だ。家の守りを彼らにも手伝ってもらおうと思ってな」
「待つのじゃタクト。お主はいま、とんでもないことをサラリと言っておるぞ」
「隠密系のギフト持ちに侵入されるのは困るから、当然の対策だと思うが?」
「もしかして、妾の常識が間違っておるのか?」
「いえ、ベルガモット様は正常です。おかしいのは彼らですから」
淡く発光する粒子が、ジャスミンの近くに集まりだす。今日は今まで以上に数が多いため、これまでで最も幻想的な光景だ。ベルガモットたちも言葉を忘れ、見入ってしまった。
しばらく近くで遊んでいたが、ジャスミンのお願いで家の外へ散っていく。朝と昼そして晩の三回、こうして舞を奉納すれば、一日を通して家の周囲を監視してくれる。これで一安心ってとこだな。
「俺の従人たちには、こうした力がある。くれぐれも口外するなよ」
「いくらアインパエとて、冒険者ギルドを敵に回したりはせんのじゃ」
世界統一機構の冒険者ギルドは政治的に中立なぶん、どの国にも肩入れしてない。だから下手に敵対すると、国ごと捨てられてしまう。なにせ魔道具の基幹部品である魔晶核は、基本的に冒険者ギルドが管理している。その消費量が多いアインパエは、国内だけで需要を満たすのは不可能。ギルドが納品を拒否したら、それこそアインパエ崩壊だ。
つまり実質的に世界を牛耳ってるのは、冒険者ギルドかもしれん。だから俺が持つ流星ランクの地位は、とんでもない影響力があるんだよな……
「そういえば、元老院と冒険者ギルドって、仲が悪いと聞いたことがあるぞ」
「正確には元老院直属の指揮官たちと、冒険者ギルドが反目しておるのじゃ」
「縄張り争いみたいなものか?」
「悪いのは指揮官たちなのじゃ。あやつら、やたら冒険者を見下しおってな。評判が良くないのじゃよ」
なるほど。彼らが使役しているハウンドたちは、いわゆるエリート従人。そして本人たちも、支配値の高い者ばかり。そこからくる特権意識が、確執を生んでいるわけか。
「その辺りのいざこざで、連絡の行き違いを生んだんじゃないよな?」
「冒険者ギルドはいくら謗りを受けようと、しっかり職務を果たしてくれておるのじゃ。考えられるのは、叔父上殿が重用していた者たちじゃろうな」
「政権交代で一掃できなかったのか。その辺り、詳しく聞かせてくれ」
新しい皇帝が即位した際、叔父や側近たちは投獄、あるいは粛清された。しかし血縁者の一部が、追跡の手を逃れ逃走。どうやら秘密警察の幹部に、叔父を支持していた者がいたらしい。
人事を一新した上で捜査を進めているものの、旧体制派がどれだけ残っているのか、まだ完全に把握しきれていないとのこと。
「マツリカのように信頼できる者だけで、事を進められればよかったのじゃが、そうもいかなかったのじゃ」
「皇族が他国を訪問するんだ、多岐にわたる手続きを限られた人数で処理するのは、難しいだろ」
責任を感じているのか、隣で聞いているマツリカも目を伏せてしまった。
「そうした連中の目を欺くため、スケジュールをずらしたり、家畜運搬船を使ったりしたのじゃ。そこまでやったにも関わらず、襲われてしまったのじゃが……」
「まあ相手の方が一枚上手だっただけで、お前たちに落ち度はない。しかし北方大陸ならいざしらず、ここは俺たちのフィールドだ。そうそう好き勝手にやらせたりはせん」
おっと、どうやら茶の準備ができたようだ。茶請けにはマトリカリアに貰ったシガレットクッキーと、マシュマロっぽい菓子を出してやろう。夕飯前だから、あまり食べすぎるんじゃないぞ、シトラス。
「本当に美味しいお茶なのじゃ」
「……ワカイネトコのお店より上かもしれません。これは驚きました」
「気に入っていただけたようで、何よりです」
皇族と付き人を唸らせるとは、さすがはユーカリ。ご褒美に耳をモフってやる。
温かい茶で一服し、甘い菓子を食べたおかげだろう、ベルガモットの肩から力が抜けてきた。しかもちょっと眠たそうにしてるな。やはり長旅で疲れたか。
「家の外壁は生半可な魔法じゃ傷つかないし、精霊たちも協力してくれている。ここにいる間は、安心して過ごしてくれ」
「本当に助かったのじゃ。タクトと出会えて良かったのじゃ」
これで襲ってきた奴の目星もつく。略奪の罪が重いこの世界では、犯罪歴次第で従人の使役ができなくなる。つまりあいつらは野盗のたぐいじゃなく、金次第でなんでも請け負う連中とみて間違いない。
身内が捕まった腹いせに、ベルガモットを亡き者にしようとしているのか。あるいは拉致した上で、何らかの要求を飲ませるつもりかもしれん。
しかし目的がなんにせよ、俺たちのやることは一つだけ。そんなくだらん理由で従人たちを利用する愚か者へ、目にもの見せてやる。
暖炉をヒントに新魔法を編み出す主人公。
ユーカリたちのブラッシングに活かそうとするのだが……
「0147話 暖炉の魔力」をお楽しみに。