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0145話 引っ越し

 ざっと確認した限り、追っ手は()けたはず。まあすぐ引っ越すから、この家はバレても良いんだがな。しかし少しでも危険を遠ざけるため、牽制しておくのは大事だろう。


 そんなことを考えながら家の門をくぐり、玄関のドアを開ける。



「おかえりタクトー。待ってたわよ」



 廊下の向こうから、恐ろしい勢いで飛んできたのはジャスミンだ。俺の胸めがけて、一直線に突っ込んできた。それをそっと受け止め、ついでに羽をモフっておく。



「それが新しい服か。暖かそうでいいな」


「そうなのよ。羽を出すところもピッタリのサイズだし、生地もフワフワで柔らかいの。靴下まで作ってもらえたわ」



 ジャスミンが身に着けているのは、タートルネックの長袖カットソーと、すっきりしたシルエットのロングスカート。どちらも暖かそうな、明るいベージュの生地でできている。どうやら羽を出す部分には、スナップボタンが付いてるらしい。ほとんど隙間ができないのは、さすが職人技だ。


 白い靴下は膝上まである、オーバーニーソックスか。それ以上スカートを上げなくてもいいぞ。パンツが見えてしまう。



「胸につける下着も作ってくれたんだけど、見る?」


「いや、今はいい。客が来てるからな」


「そうだったの、全然気づかなかったわ」



 まあ、あれだけ勢いよく飛び込んできたら無理もない。よほど新しい服を見せたかったんだな。まったく、可愛い奴め。



「どれどれ……って、上人のお客さんじゃない。珍しいこともあるものね。どこで拾ってきたの?」


「こらこら、野良従人(のらじゅうじん)みたいに言うな。この二人は借金のカタに連れてきただけだ」


「あらら。タクトに買われちゃうなんて大変ね。上人には容赦しない人だから、覚悟しておいた方がいいわよ」



 ちょっと脅しすぎたか。ベルガモットの足が、生まれたての小鹿(こじか)になっている。



「すまんな、ちょっと悪ノリしすぎた」


「うふふ。ふたりとも可愛い子ね、歓迎するわ」


「……一つ聞いてもよいか?」


「どうしたんだ、ベルガモット」


「なんでここに有翼種(ゆうよくしゅ)がおるのじゃ?」


「だって私はタクトにお願いして、従人にしてもらったんだもの。彼と離れて暮らすなんて、絶対に嫌よ」


「まあ、そういう訳だ。他の従人も紹介するから、とりあえず上がってくれ」



 唖然としてしまった二人を連れ、リビングルームへ向かう。玄関に出てこなかったみんなは、思い思いにくつろいでいた。来客がいるとわかり、待っててくれたんだな。



「見たことない毛色ばかり揃っとるのじゃ……」


「金色の狐種(きつねしゅ)に、銀色の狼種(おおかみしゅ)……」



 民間の商会やブリーダーが自由に売買できるこの大陸とは異なり、アインパエ帝国で従人を取り扱う業者は全て国営。国が情報を一括管理することで、優秀な人材の確保に余念がない。戦闘に長けていれば従人部隊(ハウンド)へ抜擢され、知力や容姿に秀でている者は、諜報部や女嬬(にょじゅ)に割り当てられる。


 そうした従人たちを、数多く見ているであろうアインパエの皇族でも、やはりこういう反応をしてしまうか。



「おかえりなさいませ、旦那様。こちらのお二人は?」


「色々あって護衛することになった、アインパエ帝国の第三皇女ベルガモットと、その付き人マツリカだ」


「お姫様なのです!」


「さっきキミは借金のカタとか言ってたけど、違うんだね」



 みんなには、これまでの事をかいつまんで説明しておく。港での襲撃事件や、連絡の行き違い、そして為替レートの暴落とか、色々あったからな。細かいことは落ち着いてからにしよう。



「一応、冒険者ギルドからの特別依頼になる。みんなには負担をかけるが、ワカイネトコへ着くまでよろしく頼む」


「まあ誰かが襲ってきたら、返り討ちにしてあげるよ。だけど勝手な行動や指図は、控えてもらえるかな。ボクたちが最優先にするのは、コイツの安全なんだ。言うことを聞かず危険な目にあっても、助けてあげられるか保証できないからね」


「わっ、わかったのじゃ」


「……従人が偉そうに」


「契約の前に言ったが、俺が使役する従人は、自分の意志で行動する。ここにいるのは軍人じゃなく、家族だからだ。急に受け入れるのは難しいだろうが、そっちの常識に合わせる気はない。徐々にでいいから俺たちのやり方に慣れろ」


「アインパエが建国された頃の従人部隊(ハウンド)指揮官(ハンター)は、みな家族のようだったと記録が残っておるのじゃ。(わらわ)も受け入れてみせるのじゃ」


「……ベルガモット様が、そうおっしゃるなら」


「まあ俺はなるべく、お前たちのそばを離れないようにする。降りかかる火の粉は、俺の従人たちが振り払ってくれるから、安心しておけ」



 みんなの力はあとから伝えると説明し、まずは引っ越しの準備を進める。ミントに気づかれず接近するのは難しいと思うが、どこで聞き耳を立てられるかわからんからな。まずは堅牢で防音のしっかりしている、セイボリーさんのプライベートハウスに行ってからだ。



◇◆◇



 不動産屋に事情を説明し、中途解約をしておいた。冒険者にはよくあることなので、特になにか言われることはない。先払いした家賃は戻ってこないが!



「ねえタクト。なんで二人とも、あまり元気がないの?」


「さっき不動産屋で、賃貸料の話が出ただろ。あれを今のアインパエ通貨に換算すると、とんでもない金額になるんだ。そしてこれから行くのは、高級住宅街にある大商人(おおあきんど)が所有する家。もしそこを借りようと思えば、数十倍の値段になってもおかしくない。そのあたりを想像してしまったんだと思うぞ」


「なんだか、大変ねー」


「まあ内政が安定したら、新しい通貨に切り替えるなり、単位を切り下げる(デノミネーション)なり、対策を打ってくると思う。なにせアインパエ帝国が崩壊したら、魔道具の流通に甚大な影響が出るからな。南方大陸の諸国、特にマッセリカウモは、水面下で色々動いているはず」


「その通りなのじゃ。タクトは本当に優秀な男なのじゃ。お主のような者が、国を支えてくれると助かるのじゃが……」


「一介の冒険者に、過度な期待をするんじゃない。素人に政治なんか任せたら、それこそ国が滅ぶぞ」


「それは身をもって体験したのじゃ」



 トップがダメでも、周りが優秀だったら、なんとかなったりもする。しかし全て自分の息がかかった者に入れ替えたら、腐敗していくのは当たり前だ。ベルガモットたち家族は、奥の院に半ば幽閉状態だったと言っていたし、手遅れになる寸前まで動けなかったのだろう。



「起きてしまったことを悔やんでも仕方がない。ベルガモットは今回の外遊を無事乗り切ることだけ、考えておけば大丈夫だ。そのために必要な力は、ちゃんと貸してやる」


「……あるじ様、やっぱり優しい」



 ベルガモットって、なんか庇護欲をそそるんだよな。自分が皇族であろうと、一生懸命に振る舞う姿は、とても健気に感じる。威厳はあまりないが……


 とにかくプライベートの時間くらいは地位や立場を忘れ、年相応の少女として過ごせるように、なってもらいたいものだ。こうして呼び捨てのタメ口を続けていけば、変わっていくキッカケになるかもしれん。



「ところでジャスミン。周りの様子はどうだ?」


「ざっと三人ってところかしら。黒い狼種(おおかみしゅ)と茶色の猫種(ねこしゅ)、それから赤っぽい色をした子は虎種(とらしゅ)ね」


「ふむ……恐らく二人はさっきの連中だろう。もう一人は新顔か」


「シナモンちゃんに撃ち落とされて、警戒してるみたい。かなり遠くから見張ってるわ」



 夕飯時が近づいていることもあり、街を歩く人の数も多い。そんな時間帯に大捕り物(おおとりもの)は避けたほうが無難だろう。下手に騒ぎを起こし、他国の要人がここにいるなんて、街中に知れ渡ったら厄介だ。



「ここは警告だけして引かせよう。当てなくてもいいから、近くに着弾させてくれ」


「……わかった」



 ジャスミンから詳しい位置を聞いたシナモンが、小石を全力投球する。ヒュンと風を切る音がした直後、遠くの方に小さな煙が上がった。硬い壁か屋根に当たり、石が砕けたんだろう。これなら周りに迷惑もかからない。



「うふふ。全員が青い顔をして逃げていくわ」


「よくやったなシナモン、偉いぞ」


「……えっへん」



 嬉しそうに抱きついて来やがって、相変わらずうい奴め。ネコ耳をモフりながら、(あご)の下も撫でてやる。ほれほれ、どうだ。



「……うにゃー」



 一等級換算でレベル五百十二(512)相当の全力は、スナイパーライフル並みの威力と精度になるな。



「こっ……この距離ですら当てられるとは」


「それにジャスミンの視力もすごいのじゃ。妾には人影すら見えてなかったのじゃ」


「今のは警告として、かなり効いたはず。向こうはこれまでより、もっと慎重になるだろう」



 こうやって撃退を繰り返すことで、襲われるシチュエーションが限定されていく。そうすれば、こっちも守りやすくなるってものだ。誘い込んで罠にはめるという作戦も、取りやすくなるし。


 今はとにかく拠点に籠城して、対策を練ることにしよう。


次回は土曜日更新予定です。


セイボリーのプライベートハウスに到着した主人公たち。

執拗に狙われる心当たりは……

「0146話 プライベートハウス」をお楽しみに。

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