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0143話 前途多難

 タラバ商会の本店へ行き、受付の女性に尋ねてみる。どうやら会議が早めに終わったらしく、セイボリーさんを呼んでくれることになった。しばらく待っていると、馬種(うましゅ)の従人マトリカリアを連れたセイボリーさんが、受付のあるフロアへ姿を表す。



「よおタクト、元気そうで何よりだ。色々噂は耳に入ってるぞ。ワカイネトコでも面倒なことに、首を突っ込んでたようじゃないか」


「時間より早く来てしまってすまない。そっちも出張が重なって、大変だったみたいだな」


「なーに、気にするな。それよりそっちにいるやつは誰だ? どこかで見たことある気がするぞ……」


「(ご主人さま。彼女は皇居にある奥の院ですれ違った少女です。恐らく……)」


「あー、あの時見かけたやつか。とりあえず中に入れ、話は奥で聞いてやる」



 流石というかなんというか、一発で身分がバレてしまったな。まあ黒髪が珍しいってこともあり、印象に残っていたんだろう。


 全員で階段を上がり、執務室の隣りにある部屋へ案内される。初めて入る場所だが、扉は金属製で窓すらない。こんな造りになっていたとは知らなかった。なるほど、密談をするにはピッタリの場所だ。



「で、タクトよ。なんで皇族なんか連れてきやがった」


「まあ成り行きだ」


「成り行きで皇族を連れ回すやつが、どこの世界にいる。俺を舐めるなよ」



 セイボリーさんの迫力に押されて、ベルガモットとマツリカが思わず腰を引く。あーこれ、怒ってるんじゃないぞ。単に楽しんでるだけだから安心しろ。


 いずれ話すつもりでいたから、冒険者カードを取り出し魔力を流す。



「ちょっと待て。お前、流星に上がったのか!」


「ワカイネトコでやった人助けの功績と、メドーセージ学園長の推薦で昇級できた」


「まったく、フラッと帰ってきやがったらこれだ。相変わらずお前は面白すぎだな」



 セイボリーさんは俺の冒険者カードを見て、クツクツと笑い出した。そんな姿のおかげで、ビビりまくっていた二人の緊張がとける。



「納得してもらえたところで頼みがある。アインパエ紙幣の両替を頼めないか?」


「別に構わんが、今はアインパエ紙幣の価値が暴落してるぞ。こっちの金が欲しいなら、魔道具でも売ったほうがマシだ」


(わらわ)が自由にできるのは、ここにあるへそくりだけなのじゃ。すまぬが、これでお願いするのじゃ」



 再びベルガモットが、マジックバッグから紙幣の束を取り出す。国から出た活動資金でなく、へそくりだったとは。きっとその手の金も、振り込まれてなかったんだろう。



「いくらタクトが連れてきたとはいえ、適正レートでしか両替せんぞ。それでもいいか?」


「構わんのじゃ」



 セイボリーさんに呼び出された商会の職員が、札束をトレーに乗せて運んでいった。貨幣価値の暴落ってことは、ハイパーインフレがおきてるのか。



「なんでまたそんなことに」


「先代の皇帝が紙幣を刷りまくったからだ。支配者気取りのクソ野郎でな、こっちの商売人を帝都(ドアッガ)まで呼び出して、金はいくらでも出すから手下になれとか抜かしやがった。皇帝の座と交換なら考えると言ってやったら、ブチ切れたがな……わははははは!」



 皇族を目の前にしてクソ野郎とか、セイボリーさんも怖いもの知らずだな。しかしベルガモットは目を伏せただけだし、マツリカも特に怒ってはいない。つまり当事者たちから見ても、ダメ人間だったってことになる。



「ベルガモットに見覚えがあると言ってたのは、その時に見かけたからか」


「叔父上殿の件では、大変な迷惑をかけたのじゃ」


「まあ詫びの品が届いてるし、園遊会の招待状も貰った。こうしてわざわざ皇女を派遣してきたくらいだ。今度の皇帝には期待しておこう」



 先々代であるベルガモットの父が崩御し、その弟が皇位を継いだらしい。しかし金遣いが荒く、国の統治もほったらかしで贅沢三昧。やがて犯罪が増え、国内が荒れていく。見るにみかねたベルガモットの母が、半ばクーデターのような形で立ち上がった。自ら皇帝の座につき、国内の大改革を始めているそうだ。


 それで犯罪者が一気にこの国へ流れてきたわけか。



「迷惑をかけてしもうたタウポートンとゴナンクへは、妾が直接謝罪をすることにしたのじゃ」


「なら俺はここからゴナンクを経由して、ワカイネトコへ着くまでの護衛をすれば、いいわけだな」


「構わぬか?」


「ロブスター商会へも寄りたいと思ってたから、問題ないぞ」



 ついでに、あそこの森も攻略しておきたい。そうすれば行動範囲が一段と広がる。どんなモフモフが管理しているのか、とても楽しみだ。



◇◆◇



 札の真贋を確かめるのに時間がかかるらしく、こっちの話を進めてしまうことに。皇族が偽札を持つなんてありえないだろうが、規則を曲げなければならないほど、急いでるわけでもない。なにせさっきからマトリカリアが、俺の膝を見ながらウズウズしている。あれはシナモンと話をしたいからだろう。そっちの時間も作ってやらねばならん。


 ってことで、マトリカリアとアイコンタクトを交わす。



「一段と可愛らしくなりましたね、シナモンさん」


「……うん、キラキラになった」


「出張のお土産があるのですが、食べますか?」


「……食べる!」



 パタパタと走っていったシナモンが、マトリカリアの腰へまとわりつく。箱に入ってるのはシガレットクッキーか? それをとてもいい笑顔で、シナモンへ差し出している。


 セイボリーさんから受け取った皿に乗ってるのは、薄い生地を丸めたお菓子だ。うん、サクサクとしていて旨いな。



「さてと、これがマノイワート学園との契約書だ。レシピや調味料のライセンス契約と、ロイヤリティーに関する書類が入っている。メドーセージ学園長にサインを貰ってきたから、確認してみてくれ」


「お前から連絡が来たときは驚いたぞ。学園にレシピを提供したいなんて、言うとは思わなかったしな」


「許可をもらって出した試供品は、かなり好評だった。それだけ人気が出るなら、学生時代に食べたハンバーガーの味が忘れられない者は、それなりの数になる。世界各国で活躍しているエリートたちが、こぞってセイボリーさんの店に来るんだ。面白いことになると思わないか?」


「まったく、中毒患者を作るみたいなこと言いやがって。だが俺としては、学園とのパイプができて万々歳だ。よくやったな、タクト」



 受け取った書類を確認したセイボリーさんが、笑顔を浮かべる。こんな表情を見たのは初めてだぞ。これだけ大きな商会にとっても、マノイワード学園とのパイプは重要なのか……



「それからこれが、穀物卸組合から貰ってきた覚書(おぼえがき)になる。細かい契約内容は当事者間で決めてくれ」



 ベニバナが自分のギフトを成長させていけば、ワカイネトコで作られる穀物に変化が訪れるだろう。もし生産量が大きく増加した時、あの国だけで処理するのは無理だ。売れ残りや廃棄品を極力出さず、ダブついた在庫を買い叩かれるのも防ぎたい。


 となれば商業国家である、マッセリカウモに任せるのが一番。セイボリーさんに音頭を取ってもらえば、不利な契約になることもないはず。



「行く先々で暗躍しやがって、ちったー自重しろ」


「俺だって、こんなことになるとは思ってなかったんだ。学園の室長に任命されたり、オレガノさんのお抱え冒険者になったり、大変だったんだぞ」


「その調子で皇室ともコネを作っておけよ。それで俺を儲けさせるがいい」



 ニヤニヤとこっちを見るな、他人事(ひとごと)だと思いやがって!


 セイボリーさんとそんな話をしていたら、両替の終わった金が運ばれてきた。

 それを確認して俺は驚く。



「あの札束が、たったこれだけにしかならないのか……」


「さっきも言ったが、これが今の為替相場だ」


「うぅっ……世知辛いのじゃ」


「これだと冒険者ギルドへ納める手数料だけで消えるな」



 つまり俺たちへ支払う依頼料が足りない。さて、どうしたものか。



「お前ら金には困ってないだろ。ボーナスを弾んでやるから、受けてやれよ」


「受けること自体はかまわないんだが、滞在場所とかどうするんだ。ここに大使館みたいな施設はあるのか?」


「そのようなものは、他国に存在せんのじゃ。宿の手配も冒険者に頼む手筈だったしの……」


「それなら俺のプライベートハウスを貸してやる。あそこは商会の私兵が常に巡回してるから、安全面でもこの街一番だぞ。港であったような騒動は、まず起こらん」



 知ってたのかよ、セイボリーさん。まあ商売人は独自の情報ネットワークを持ってる。しかもあれは物流拠点で発生した事件だ。すぐさま連絡が行ったに違いない。



「そんな場所があるなら、ありがたく貸してもらうよ。二人はそれでいいか?」


「ありがとうなのじゃ」


「私はベルガモット様に従います」


「なら、冒険者ギルドへ戻るぞ」


「……また負債が増えてしまったのじゃ」



 取り立ては無しにしてやるから落ち込むな。

 シナモンからマトリカリアを引き剥がし、再び冒険者ギルドへ向かう。本当に前途多難すぎる。


47話に出てきたプライベートハウスが、再び登場です。


再び舞台は冒険者ギルドへ。

契約を終え、シトラスたちの待つ借家へ向かう主人公たちだが……

「0144話 震える手」をお楽しみに。

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