0142話 修羅の国
黒髪おさげ頭の中学生に見える少女が、まさか皇族だったとは。まったく、とんでもないことに巻き込まれてしまったぞ。他国の陰謀やゴタゴタに首を突っ込むのは、正直なところ気が進まない。
とはいえ、秘密主義のアインパエについて、色々なことを知る切っ掛けになるかもしれん。魔道具の技術や独自の文化、それから皇族が保管する書物について。メドーセージ学園長によれば、南方大陸に現存しない古文書もあるとのこと。その一端にでも触れることができれば、シトラスたちに発現したスキルの活用や、さらなる発展に弾みがつく。
加えてベルガモット自体に興味がある。身の安全が気になってストレスを溜めるくらいなら、自分たちで保護してやるほうがマシだ。ここは腹をくくって協力してやろう。そして彼女のことをもっと知れば、きっと新しい何かを得られるはず。
「改めて自己紹介するのじゃ。妾の名はベルガモット・スコヴィル。この大陸へは親善を深めるためと、知見を広げるために渡ってきたのじゃ」
「もしかしてマノイワート学園へ短期留学に来る皇族って、ベルガモットだったのか?」
「知っていたとは驚いたのじゃ」
具体的な留学時期は聞いていなかったが、俺と入れ違いに到着してると思っていた。なにせニームにその話を聞いてから、結構な時間が経ってるし。
「知り合いに在学生がいるんだ。詳しいことはあとから話すが、よければ仲良くしてやってくれ」
「それは願ってもないことなのじゃ」
「事情を知ってるなら話が早い。ではここにいるタクト・コーサカへ、護衛の依頼を出されてはいかがでしょう」
「お待ち下さい。こんな若者に、姫殿下の護衛が務まるのでしょうか」
マツリカのやつ、やはり口を挟んできたな。俺としては断ってもらって、何ら問題ないぞ。だが、他に選択肢があるとは思えん。
「彼はこの街に滞在する、唯一の流星ランクでしてな。冒険者ギルドが定める国際法で、皇族や教皇の護衛を受けられるのは、流星ランクだけと決まっております。彼以外ということになると、護衛を諦めていただくか、数ヶ月お待ち頂くことになりますが」
「くっ……」
「その若さで流星ランクとは、すごいのじゃ。先程の一件もそうであったが、目つきの鋭さは伊達ではないということじゃな。良ければ冒険者カードを見せて欲しいのじゃ」
そんな基準で判断するな、冒険者ランクは目つきで決まったりせん。まあいい、カードくらいなら見せてやろう。俺はマジックバッグから冒険者カードを取り出し、そこへ魔力を流す。すると名前の横に刻まれた五つの星マークが、尾を引いた流星へと変化する。
「ただのハッタリではなかったとは」
「決めたのじゃ。タクトに依頼を出すことにするのじゃ」
「本当によろしいのですか? もしベルガモット様の御身に何かあれば、皇帝陛下に合わせる顔がありません」
「くどいぞ、マツリカ。妾が良いと言っておるのじゃ」
「では、こちらの書類に必要事項の記入と、依頼料の支払いをお願い致します」
「つかぬことを聞くのじゃが、アインパエから冒険者ギルドの方に振り込みは……」
「一切されておりませんな」
依頼が出されてなかったくらいだ、そんな金が振り込まれてないのは、ある意味当たり前。あっちでどんな手違いが、発生したんだろうな。仮にも皇女を海外へ派遣するというのに……
ベルガモットが自分のマジックバッグへ手を伸ばすも、出てくるのはアインパエで流通している紙幣のみ。南方大陸で使われる硬貨は一枚もない。
「すまぬが、これで支払いを」
「冒険者ギルドで使えるのは、現地の通貨のみです。どこかの商会で両替していただかないと、受け取ることが出来ません」
「うぅっ、世知辛いのじゃ……」
なんか前途多難だなあ。チェック体制の甘さや準備不足、そしてトラブル発生時の備えがお粗末すぎる。行き当たりばったりなのは、アインパエのお家芸なのか?
支部長もヤレヤレといった顔で俺を見てきた。仕方がない、どうせついでだ。そっちの方もなんとかしてやろう。
◇◆◇
契約をいったん保留にし、全員でタラバ商会へ向けて歩く。約束してる時間には少し早いが、とりあえず取り次ぎを頼んでみるか。出張から帰ってきたばかりだから、取り合ってもらえないかもしれないが……
「色々と手間をかけて、すまぬのじゃ」
「セイボリーさんに呼び出されたのはこっちだからな。気にしなくても構わんぞ」
「妾でも知っとる商会から呼び出しを受けるとは、お主はいったい何者なのじゃ?」
「色々と縁があって、協力関係にあるだけだ」
外部顧問といっても、かなり緩い契約だからな。今のところ自分の関わったことが、たまたまタラバ商会の利益に繋がったり、前世の知識が役に立つ程度でしかない。タラバ商会全体の商い量からすれば、俺の貢献なんて雀の涙ほど。偉そうに自慢するのは、いくらなんでも厚顔無恥すぎる。
「雇われ冒険者というわけでもないのじゃな?」
「この国でビジネスをしている大きな商会は、ほとんどの所が私兵を抱えている。冒険者に依頼を出すことは、あまりないんだ」
「立派なマジックバッグを持っておるから、船窓から見たときは商会の関係者か、高名な冒険者だと思っておったのじゃ」
「少し変わった形だが容量もそこそこだし、そこまで立派なものじゃないと思うが?」
この世界で流通しているマジックバッグは、袋型だったり横長のウエストポーチが多い。俺が持っているような縦長のベルトポーチは、あまり見ないんだよな。まあスマホサイズの大きさで色が黒いから、フォーマルな服装のときも目立たなくて重宝している。
「そんな事はないのじゃ。シンプルで控えめなデザインだが、作りは驚くほど丁寧なのじゃ」
「へー、そうなのか。ベルガモットが持っているものとは、比べ物にならないと思っていたけど、そんな見どころがあるんだな……」
「妾は魔道具を眺めるのが好きなのじゃ。できればそのマジックバッグを、よく見せてもらえぬか?」
「別にかまわないぞ。ほれ」
留め金を開いてベルトから外し、マジックバッグをベルガモットに手渡す。本当にこの手の道具が好きらしい。色々な角度から眺めては、ここの作りが良いとか、底の加工はどうなってるんだ、などとつぶやき出した。あんまり夢中になってると、人にぶつかるぞ。
「おーっとととと……」
「じっくり見たければまた貸してやる。今はしっかり前を向いて歩け。初めて来た場所なんだから、街並みでも楽しんだらどうだ。アインパエとはまったく違うだろ?」
左腕でシナモンを抱っこしたまま、段差に足を取られたベルガモットを右手で支える。身長はニームより少し低い百四十センチ後半で、十四歳の平均よりも小さい。軽く抱き寄せる体勢になってしまったが、なんだか妹が増えたみたいな気になるんだよな……
しかしこうして間近で見ると、ついつい日本人を思い起こしてしまう。黒い髪に黒い目はシナモンと同じなのに、不思議なこともあるものだ。やはりセーラー服を身に着けているからかもしれん。今度シナモンにも作ってやろう。ネコ耳セーラー服とか最高だし!
「うぅ……すまんのじゃ」
「お前! ベルガモット様に対して馴れ馴れしすぎる。それに口の聞き方も全くなってない。もっと敬意を持って接しろ」
「そっちこそ冒険者を執事か何かと勘違いしてないか? 俺の仕事はお前らの世話をすることじゃない、身の安全を守ることだ。契約すらしてないお前たちに付き合っているのは、サービスだということを忘れるな」
「マツリカよ、タクトの言う通りなのじゃ。港での一件や商会への取り成し、今の妾たちは負債を抱えた状態なのじゃ。もしここがアインパエなら、家のドアに張り紙をされたり、ラクガキされとったかもしれん。それに捕まったら最後。男は船に乗せられ、女は風呂に沈められるのじゃ」
「うっ……確かにそうなのですが」
アインパエでは闇金の取り立てみたいなことが横行してるのか?
とんだ修羅の国だな!
「それにの、妾はこういう兄が欲しかったのじゃ」
「ベルガモットの兄って、どんなやつなんだ?」
「怪しい実験を繰り返しては爆発させる変人の長兄と、引きこもりで一度も会ったことのない次兄がおるのじゃ」
おいおい、なんだそりゃ。爆発オチのマッドサイエンティストと、妹にすら顔を見せない兄とか、アインパエの未来が暗すぎる。今の皇帝で滅ぶとかないよな?
知らなくてもいい事実を聞いてしまい、俺は思わず肩を落とす。それに気づいたシナモンが、そっと頭を撫でてくれた。それにコハクも俺の頬をペロペロしてくれる。よし、元気が出てきたぞ!
他国のことなんてどうでもいい、とっととタラバ商会に向かおう。
タラバ商会についた主人公たちだが、いきなりセイボリーに凄まれてしまう。
次回「0143話 前途多難」をお楽しみに。