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0141話 拒否権はない

 成り行きで関わってしまったが、とりあえず冒険者ギルドへ向かおう。なんだシナモン、抱っこしてほしいのか? さっきは大活躍だったし、俺のことを守ろうとしてくれたもんな。遠慮なく甘えてくるがいい。



「一つ確認しておきたいんだが、かまわないか?」


「なんなのじゃ?」


「二人はアインパエから来たんだよな?」


「その通りなのじゃ」


「そっちの女。南方大陸の言葉が、かなり上手だよな」



 文化や政治の大きく違う南北大陸だが、人類のルーツは同じだとのこと。だから顔だけで出身地を判別するのは困難だ。強いて言えば、色白でスッキリした顔立ちが多いくらいか。


 政治的な交流があまり無いとはいえ、物流や人の行き来はそれなりにある。それぞれの大陸で独自の進化を遂げるなんてことは、おきなかったのだろう。



「マツリカはワカイネトコの生まれなのじゃ。かれこれ十年ほど前にアインパエに来ての、それからずっとこっちで働いておるのじゃ」


「なるほど、そうだったのか」


「ちっ……ベルガモット様に無礼な口の聞き方を。これだから冒険者は……」



 視線に気づいたマツリカが、俺に向かって悪態をつく。そっちこそいきなり剣を突きつけやがって、無礼なのはお前だろ。



「おっと、自己紹介がまだだったな。俺の名前はタクト、この子はシナモンで、肩に乗ってるのはコハクだ」


「……よろしく」


「キューイ」


従人(じゅうじん)を抱っこしたり、霊獣と行動を共にしていたり、タクトはなかなか面白いやつなのじゃ。(わらわ)の名はベルガモット、付き人はマツリカなのじゃ。よろしく頼むのじゃ」


「マツリカ……です」



 ベルガモットに視線で促され、マツリカが渋々といった感じで小さく頭を下げる。そんなに俺たちのことが気に入らないのか? 冒険者に悪感情を持っていると、護衛任務にも影響が出るぞ。



「それにしてもコハクが霊獣だって、よくわかったな。もしかして身内に霊獣と関わり合いのある人でも、いるのか?」


「いっ……いや、そんな事はないのじゃ。その……本……、そう! 古い本で霊獣と行動をともにした、英雄の物語を読んだことがあるのじゃ」


「あー、確か霊獣を連れて大陸を行脚(あんぎゃ)し、各地に点在する氏族(しぞく)をまとめ上げたのが、初代アインパエ皇帝だったな」


「お主よく知っておるな! そうなのじゃ、初代様はとても立派なお方だったのじゃ」



 少しカマをかけてみたものの、はぐらかされてしまった。興味はあるが、深く追求しないでおく。下手に突っ込むと、泥沼にハマりかねん。


 アインパエで暮らす住民にとって、初代皇帝というのはまさに英雄なんだろう。ベルガモットは楽しそうに、彼の武勇伝を語ってくれる。たった一晩で数百キロの距離を移動できたというのは、聖域渡りのことだろう。そして悪人を決して見逃さなかったのは、悪意に敏感な霊獣のおかげだ。


 荒唐無稽な逸話もあるが、真実もちゃんと伝わってるらしい。どんな人だったんだろうな、アインパエの初代皇帝とやらは。俺みたいなモフリストだったりして……



「冒険者ギルドに着いたぞ。ここに来るまで怪しい気配はなかったが、くれぐれも気をつけろよ」


「今日は危ないところを助けてもらい、感謝するのじゃ。このお礼は必ずさせてもらうのじゃ」


「たまたま現場に居合わせただけだから、礼なんて気にする必要はない。とりあえず俺の役目はここまでだ、あとは雇った冒険者とうまくやってくれ」



 ベルガモットはもう一度俺にお礼を言い、建物の中へ入っていった。小さく会釈するマツリカの顔にも、安堵の表情が見える。それはここまで無事にたどり着けたからなのか、あるいはどこの馬の骨とも知れない奴から離れられ、ホッとしたからなのか……


 まあいい、こっちは自分の仕事をしよう。



「……あるじ様、平気?」


「ん? マツリカのことか?」


「……うん、そう」


「快く思われてはいないが、悪意はなかったからな。あんな態度を一々気にするのは、時間と気力の無駄だ。俺はシナモンたち従人や霊獣、そして野人(やじん)にさえ嫌われなければ、それでいい」


「……あるじ様、好き」


「キューン」



 どんなに心がささくれ立とうと、こうしてケモミミに甘えられるだけで、穏やかな気持になれる。俺にとってモフモフの存在が全てで、上人(じょうじん)に嫌われようが無視されようが、なんのダメージにもならん。


 スリスリこすり付けてくるシナモンのネコ耳と、マフラーみたいに巻きつけてくれたコハクのしっぽを堪能しつつ、俺も建物の中へ入ることにした。



◇◆◇



 ギルドの一角にあるパーティションへ入り、港で発生した襲撃事件をギルド職員と常駐の警備兵へ伝える。もっとも使役者は不明だし、従人の方もこれといった特徴がなかった。とりあえず人相書きを渡しておいたが、捕まえられるかは微妙だな。


 一通りの報告を終えたあと、少しだけ寄り道をすることに。

 ベルガモットの護衛には、一体どんなやつがつくんだろう。そう思いながら受付フロアを覗いてみると、端っこの窓口で対応してもらっている二人を発見。しかしなにやら様子がおかしい。トラブルでも発生したのか?



「依頼が出ておらぬとは、どういうことなのじゃ」


「アインパエのギルドから届いた書類を、再度チェックしてみましたが、護衛の依頼は一件もありませんでした。中央本部や他の街にも、届いていないということです」


「申し訳ありませんベルガモット様。私の方で直接確認をしておけば……」


「いや、これは部下に任せきりだった妾の責任なのじゃ」



 どうやら情報伝達か依頼の交付あたりで、行き違いがあったようだ。ギルドはその辺り、かなり念入りに多重チェックをしているはず。だとすればベルガモット側のミスである可能性が高い。



「大至急冒険者の手配をする事はできますか?」


「大変申し上げにくいのですが、ベルガモット様の護衛を任せられる冒険者は、限られております。そう都合よくスケジュールが空いている者はさすがに……」



 おいこら受付嬢、なぜ俺の方を見る。五つ星冒険者は他にも大勢いるだろ。

 って、奥からここの支部長が来やがった。くそっ、嫌な予感しかしないじゃないか!



「少し付き合ってもらうぞ、タクト・コーサカ」


「拒否権は?」


「残念ながら無い」



 ギルドの連中は、俺がどこに滞在してるか知ってるからな。逃げても必ず呼び出される。ここは大人しく付いていくしかない。まったく、とんだ面倒に巻き込まれそうだ。


 どことなく嬉しそうなベルガモットと、途端に機嫌が悪くなったマツリカを連れ、支部長の執務室へ通された。ここまでされれば嫌でもわかる、ベルガモットは政治的な重要人物だと。


 俺の感覚だと黒いお下げ髪で、セーラー服を着た中学生にしか見えない。しかしその身分は国から派遣された、大使あたりと考えるのが妥当か。さっきの襲撃は、南方大陸との関係強化を阻止しようと企む、対立組織の犯行だったり?



「で、ベルガモットの正体は?」


「彼女はアインパエ帝国の第三皇女様だ」


「よりにもよって、皇族かよ……」


「……あるじ様、偉い人?」


「政権交代後の皇室がどうなってるのか、他国にはあまり伝わっていないんだ。しかし一番偉い人の娘であることは間違いない」



 そんな人物が、どうして家畜運搬船で来たんだよ。それに到着そうそう襲われるとか、情報がダダ漏れじゃないか。内乱でも起きてるんじゃないよな、今のアインパエ帝国……


次回、アインパエ帝国の実情が少しだけ垣間見えたのだが……

「0142話 修羅の国」をお楽しみに。

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