0140話 襲撃
ざっと見渡してみた限り、不審な動きをしている人物はいない。しかしコハクは、まだ警戒したままだ。ターゲットと思われる二人は、船員となにやら話をしている様子。場所を変えたいが、ブラウンムームーのせいで近づけん。このタイミングで狙ってくるということは、用意周到に計画を進めていたはず。
シナモンだけ先行させようかと考えていた時、視界の端に不審な従人を発見した。うまく紛れ込んだつもりだろうが、俺の目はごまかされないぞ。近くで働いている従人は、全員が一等級だ。しかし、あいつだけ二等級だからな。
それにコハクもずっと、その方向を警戒している。殺気を放っているのは、あの従人で間違いないだろう。
「シナモン。俺の左方向にいる猫種の男従人、わかるか?」
「……茶色いの?」
「そうだ、恐らくあいつがなにかする。不審な動きをしたら、取り押さえろ」
「……わかった」
首にチョーカーをつけていないということは、使役者も近くに来ている可能性が高い。事を起こす前に取り押さえて、しらばっくれられると面倒だ。危険な賭けだが、シナモンの身体能力があれば、動き出してからでも間に合う。
タイミングを図っているのか、男はなかなか動かない。長旅でストレスが溜まっていたんだろう、ブラウンムームーがやたら動き回って俺たちの接近を阻みやがる。
そんな時、猫種の男従人が体をわずかに沈めた。
「シナモン!」
「……んっ」
一匹のブラウンムームーが突然走り出した瞬間、男が船の方向へ一気に飛び出す。近くにいる二人と船員は、ブラウンムームーに意識を奪われ、襲いかかる従人にまったく気づいていない。
しかし舫い綱を足場にしてジャンプしたシナモンが、襲撃者の間に割り込む。
――キィィィィーン
硬質な音が響き渡り、その場の時間が一瞬止まる。
「アイヤー、こんなところで喧嘩するのはやめるアル。そんな物を振り回すと、ムームーたちが怯えるアルヨ」
突然の光景に誰もが言葉を失う中、真っ先に声を上げたのが船員だった。それが呼び水になったのか、周りにいたブラウンムームーが一目散に逃げ出す。おっと、こっちにも向かってきたじゃないか……
「……ご飯が逃げる、やめて」
「・・・・・」
襲撃を防がれた従人が、シナモンから距離を取る。あの男、レベル的には五十前後……、いやもう少し上か? とはいえ少なくとも、同じ二等級のステビアより弱い。
制約でガチガチに縛られ、無理やりやらされているせいで、実力を出し切れていない感じだ。シナモンの問いにも反応を示さないってことは、会話も禁止されてるはず。このままだと使役者も尻尾を出さないだろうし、拘束して警備兵に引き渡すしかないな。
魔法で無力化するため近づこうとした時、倉庫の方から飛んでくる黒い玉。まさか爆弾? この場にいる全員をまとめて吹き飛ばすとか、荒っぽいにも程がある。こんな事で大切なシナモンを失ってたまるかっ!
「シナモン! 耳をふさいでその場に伏せろ!!」
俺はブラウンムームーを避けながら船の近くまで走り、マジックバッグから拳銃を取り出す。屋根の上から投げ込んだのか、まだかなりの高度だ。これなら……
――パン、パン、パン
――ボフッ!
ちっ、爆弾でなく煙幕かよ!
やられた、周りがまったく見えん。足元で圧縮空気を炸裂させたが、これくらいじゃ煙は晴れんな。規模の大きな事象改変が苦手な俺では、前に学園生がやったような上昇気流を生み出せない。この場にニームでもいてくれたら、こんな醜態をさらさず済んだのに。
海風のおかげで煙はすぐ薄くなったが、猫種の男従人は消えていた。コハクも警戒をといているし、ひとまず襲撃者は去ったってところか……
「そこを動くな!」
声のする方に視線を向けると、俺を睨むボレロスーツの女。その手にはエストックが握られ、切っ先がこちらを向いている。そんな長剣、どこに隠してたんだ?
「おい、お前。剣を向ける相手、間違えているぞ」
いやまて、腰に帯びていた剣がない。あの鞘、空間を拡張する系の魔道具なのか。魔工技師が着ていたマジックバッグ機能のついた服もそうだが、アインパエには面白いものが色々あるな。
「……あるじ様になにかしたら、斬る」
音もなく俺の前に移動してきたシナモンが、女を牽制しながら二本の短剣を腰から抜く。どうやら怪我もしていないし、煙のダメージもなさそうだ。
「やめるのじゃ、マツリカ。そやつの言う通り、剣を向ける相手は別なのじゃ」
「しかし、この男が怪しげな魔道具を操作したあと、あの煙が発生したのです。もしかするとこの混乱に乗じて、良からぬことをするやもしれません」
ブラウンムームーが逃げ出したせいで、周囲はドッタンバッタン大騒ぎだからな。確かに何か事を起こすなら、丁度よいタイミンではある。もっとも、今は二人とも警戒態勢になっているから、簡単にはいかないだろう。加えて一度失敗してるんだ。ここで再度仕掛けてくるのは、賢いやり方とは言えん。
それはそれとして、わざわざ海外から運んできた家畜だし、無事に全頭捕獲できると良いのだが……
「あれは不審なものが投げ入れられたから、それを排除しようとしただけだ。爆発物と勘違いして、煙幕をより広範囲に拡散させてしまったのは、俺のミスだった。実行犯も取り逃がしてしまったし」
「……あるじ様、捕まえられなくて、ごめんなさい」
「いや、襲撃を防げただけで上出来だ。シナモンは俺の指示に従っただけだから、なにも悪くない」
ペタンと寝てしまったネコ耳をそっとモフる。とにかくシナモンが無事で良かった。もしあれが爆弾だったらと思うと、背筋が寒くなってしまう。犯人に逃げられたのは痛いが、過ぎたことを悔やんでいてもしょうがない。いちばん大事なことは、五体満足でいられることなのだから。
「あの判断は最善だったのじゃ。さすがギルドが手配した冒険者は優秀なのじゃ」
「は? なにを言っている。俺たちは港に船を見学に来ただけだぞ」
「まことかっ!?」
ギルドにも何度か顔を出したが、そんな依頼はされなかった。誰と間違っているのかわからんが、流星ランクに依頼なんて無理だろ。護衛がついている辺り、それなりの地位にいる人物なのは間違いない。しかし乗ってきたのは家畜運搬船。考えられるのは商会や組合の令嬢とか、跡取りといった辺りか。
いくらなんでも流星ランクが駆り出されるような要人とは思えん。
「このような若者に、ボディーガードが務まるとは思えません。先程の言葉どおり、ただの通りすがりなんでしょう」
「まあそういう訳で、ギルドに行けばボディーガードとやらが、待ってるんじゃないか?」
「そちらの可愛い従人は良い動きをしておったし、霊獣まで連れておるのじゃ。妾の身を守りに来てくれたとばかり……」
ほほう。コハクが霊獣だと、ひと目で見抜くとは。まさかアレのせいか?
興味はあるが、なんか面倒の予感しかしないんだよな……
なにせ到着早々に襲われるようなやつだ。あくどい経営をしてライバルを潰していったとか、汚い裏取引で大儲けしているとか、そんな恨みを買っている組織だったなら、関わるのはリスキーすぎる。
「すぐ襲われることはないと思うが、しばらくは気をつけるんだぞ。冒険者ギルドと警備隊には報告しておくから、不安ならそっちで対処してもらえ」
あれだけ慎重に近づいて、じっとタイミングを図っていた。そんな連中が行き当たりばったりの襲撃はしないはず。なにせ引き際も見事だったからな。
「さあ、私たちも行きましょう。ムームーも全て捕獲できたようですから、あとは彼らに任せておけば問題ありません」
「うーむ、しかしのぉ……」
護衛の女性はやたら先を急いでいるが、少女の方は浮かない表情をしたまま。いきなり襲われた直後だし、不安になるのも仕方ないか。
「……あるじ様、どうする?」
「キュイッ?」
「あー、しょうがないな。冒険者ギルドまで付き合ってやる、それでいいか?」
「それはありがたいのじゃ! よろしく頼むのじゃ」
俺の言葉を聞き、少女の顔がパッと輝く。逆に護衛の方は、苦虫を噛み潰したような顔だ。大切な令嬢に男を近づけたくないのかもしれないが、仮にも主が望んだことだぞ。あからさまな態度に出すんじゃない。社交界でそれをやると、相手に付け込まれてしまうから気をつけろ。
とりあえず俺たちは、アインパエから来た二人組を冒険者ギルドまで送ることにした。
冒険者ギルドに向かう主人公たちだったが……
二人組の正体とは?
次回「0141話 拒否権はない」をお楽しみに!