0014話 最適な依頼
十分な食事と睡眠のおかげで、シトラスの健康状態は大きく改善した。全身に残っていた傷跡もすっかり癒え、しっぽや髪の艶も見違えるほど増している。やっと目標である八十モフを達成できて、俺は大満足だ。
「よーし、朝飯が出来たぞー」
「今日のご飯はなに?」
「今朝は腸詰め肉の炊き込みご飯に、卵と野菜のスープを作ってみた」
ベッドの上で水麦の精白をしていたシトラスが、待ちきれないといった感じでテーブルに付く。今朝のしっぽも大変元気でよろしい。
「水麦が茶色くなってるけど、これも黒たまりの煮汁を使ったのかな?」
「味付けには黒たまりの煮汁とバターを使っている。具は腸詰め肉と丸ネギ、それから赤根に棒茸だ。腸詰め肉を炊くといい出汁がでるから、食べてみろ」
「うん!」
スプーンを持ったシトラスは、美味しい美味しいと言いながら、炊き込みご飯をどんどん食べすすめる。その見事な食べっぷりに、思わず頬が緩む。
森で採取できる黒たまりの実を煮詰めて濾すと、醤油そっくりの調味料になると本で知った。あれを書いたやつ、絶対に俺と同じ転生者か異世界転移者に違いない。
おかげで料理のバリエーションは増えたものの、やはり足りないのは出汁になる食材だ。カツオや昆布はぜひとも使いたい。
俺たちが暮らしているスタイーン国は大陸の東方にあり、海からかなり離れた内陸部に位置している。乾物くらい扱ってても良さそうなものだが、市場で見かけることはないんだよな。やはり海に面した西国にある、商業の国マッセリカウモに行くしかないか。
しかし本格的に旅をするには、十分な金が必要だ。それに護衛をシトラス一人に任せるのは、負担が大きすぎる。当面は依頼をこなしつつ金を稼ぎ、懐と相談しながら新しい従人を探してみよう。
「今日から本格的に依頼をこなしていく。魔物の討伐もやってもらうから、よろしく頼むぞ」
「やっとボクのレベル上げに、協力してくれるんだね。このまま水麦を棒で突く日が続くのかと思って、ちょっと不安になってたんだ」
「そんな訳あるか。お前には強くなってもらわないと、俺が困る」
「だけど四等級のボクって、一等級より二百五十六倍も経験値がいるんだよね。本当にレベルは上がるのかな……」
こればっかりは体験してもらうしかないからな。口で説明したとしても、ビット操作なんて理解できないはずだ。
「シトラスは従人の経験値やレベルに関して、なにか知ってることはあるか?」
「えっと、上人に使役されないと取得できないとか、レベルが高くなると強い魔物を倒しても、上がりにくくなるとかかな」
「従人の経験値は上人が取得したものから、常に一定量が譲渡されるんだ。つまり最弱のスライムを倒しても、伝説の竜を倒しても、もらえる経験値は一緒なんだぞ」
「え!? じゃあボクはスライムばっかり倒してても、いいってこと?」
「安全にレベルを上げるには、それも方法の一つではある。実際、ひたすらスライムを倒し続けて、レベルマックスになった魔法使いもいるって話だしな……」
不老不死だからできた方法らしいが。
「それなら湿地にいるスライムを倒しまくるよ!」
「別にそれでも構わないが、四等級のレベルを限界まで上げるには、どれだけ倒せばいいか知ってるか?」
「えーっと、いっぱい?」
「具体的には千六百七十七万七千二百十六匹だ」
二十四ビットフルカラーと同じ数だぞ。
「数が大きすぎて全然わからない!」
「指は十本しかないんだ、無駄なことはやめておけ。具体的な数字を出してやるとすれば、百四十六匹のスライムを毎日倒していくと、二百九十九年と九十七日でレベルがカンストする」
「そんなに生きられるわけないじゃないか!!」
体が丈夫な野人でも、寿命はそれほど変わらないからな。むしろ栄養や衛生状態が悪いせいで、俺たちより短かったりする。仮に元気に活動できるのが二十年とすれば、毎日二千二百匹ほど倒さなければならない。そんなもの、寝る時間を削っても不可能なこと。
「ちなみに一等級は六万五千五百三十六匹でレベルマックスだ。毎日五十七匹倒していけば、三年ほどで達成できるな」
「やっぱり四等級のボクを、護衛にしようっていうのは間違いなんだ。ご飯が食べられなくなるのは辛いけど、契約解除してもいいよ」
「バカなことを言うな。今さらお前を捨てられるわけ無いだろ。とにかく出かける準備をするぞ、シトラスもさっさと着替えてこい」
すっかり気落ちしてしまったシトラスを追い立て、後片付けを終わらせたあと家を出る。垂れ下がったしっぽから、哀愁がにじみ出ているぞ。もっとシャキっとしないか。俺が考えなしにお前と契約なんてするはずないだろ。
なかなかその辺を理解してもらえないが、こればっかりは今回の依頼で実践するほかない。
とにかく冒険者ギルドに行って、依頼を物色しよう。
◇◆◇
少し出遅れたのでギルドの中は空いていた。張り紙が斑になったボードを眺めていると、おあつらえ向きの依頼を発見。これなら安全かつ一気にレベルを上げられる。
「よし、この依頼にする」
「えっと……、スライムが、変? 発生したから倒してほしい……かな」
「だいぶ文字も読めるようになったな。湿地でスライムが異常発生してるから、その討伐を依頼するものだ」
「でもこれ、すごく金額が低いよ」
「まあ街に影響が出るわけでもないし、困るのは近くで暮らす野人だけ。しかも相手は子供でも倒せる水スライムときた。もちろん獲得できる経験値は微々たるもの。そんな案件にわざわざ冒険者を向かわせなくても、現地の野人たちに任せておけば済む」
「ならどうして依頼が出てるの?」
「魔晶核すら落とさない最弱の生き物だが、分類上はスライムも魔物になる。それが異常発生したとなれば、街として動かざるを得ない。そうしないと統治者としての評価を落とすからな。仕事やってますよってポーズのために出された依頼だから、達成報酬も最低料金ってわけだ」
「ふーん、それなのにキミはこれを受けるんだ」
「ちょうど水麦の芽が出る時期だから、水スライムに荒らされて相当被害が出るだろう。上人にはどうでもいいことだが、俺にとってそれは死活問題だ。しかもこの手の異常は、いったん収まっても再発する。この依頼票もかなり使い込まれてるのがわかるだろ?」
「その原因をキミは知ってるの?」
「知識だけで実際に探すのは初めてだが、まあなんとかしてみせる。最悪スライムを倒しきっておけば、しばらく発生しないしな」
「そういうことならボクも頑張って協力するよ」
野人のためになるということで、シトラスのやる気も回復した。ボードから剥ぎ取った依頼票を持って、受付の女性へ渡す。
「スライム討伐の依頼、こちらでよろしいですか?」
「ああ、それを受ける」
「盾にする従人を育てるのには、丁度いい依頼ですね。ご健闘をお祈りしております」
シトラスが一等級か二等級なら、その認識でも間違いではない。これほど最適な依頼はないしな。チョーカーで従印は隠してあるし、好きに言わせておこう。
冒険者カードをカウンターに置き、依頼受理手続きを完了させる。さて、ここからが俺の本領発揮だ。論理演算師が持つ本当の力、たっぷり味わってもらうとするか。