0139話 シナモンとデート
新章の開始です。
シナモンを抱っこしながら、以前ピクニックをした岬までやってきた。かなり高い位置にあるので、遠くの海までバッチリ見える。こうして水平線を眺めていると、ここは丸い星なんだということが一目瞭然だ。
「……すごく高い。ちょっと寒いけど、気持ちいい」
「キューイ!」
シナモンはタウポートンへ来るのが初めてだし、コハクは見るもの全てが新鮮に映るもんな。ジャスミンも連れてきたかったが、今日はタラバ商会の直営店で服の採寸中。なにせ彼女は冬服を持ってない。胸元に潜り込んでこられると、とてつもなく幸せな気分になれるのだが、さすがに四六時中というのは困る。俺にだってプライベートな時間は必要だ。
「よし、この辺で弁当を食べよう」
「……あるじ様。寒いから、くっついていい?」
「ああ、いいぞ。遠慮なく膝に座れ」
レジャーシートを広げてあぐらをかくと、シナモンがそこにぽすんと腰を下ろす。この体勢で飯を食うのは、少し行儀が悪い。でもまあ今日くらいはいいだろう。ネコミミ少女に甘えられて、嬉しくない男なんていないからな!
「……ヒゲナガフライ入ってる。焼きそばも。あるじ様、好き」
「こっちはソテーした白身魚に、野菜たっぷりのマリネをかけてある。おにぎりは貝の炊き込みご飯だぞ」
「……あーん」
どうやら待ちきれなくなったらしい。餌を待つ雛鳥のように、口を開けて俺をじっと見上げてくる。そこにエビフライを突っ込んでやると、幸せそうな笑顔に変わった。
「タルタルソースを付けたやつも食べるか?」
「……あーん」
「ウスターソースはどうだ?」
「……あーん」
「オーロラソースも意外に合うんだぞ」
「……あーん」
コハクがいるとはいえ、こうして二人だけで出かけるのは、実質初めてだ。そのせいか、いつも以上にベタベタ甘えてくるぞ。なにかを口にするたび、しっぽがユラユラ揺れて、ちょっとくすぐったい。俺の魔力を吸収してるコハクも、今日は一段とごきげんの様子。やはり景色のいい場所で食べる弁当は格別だな。
時々自分の分をつまみながら、俺はシナモンの口へ次々食べ物を運ぶ。やがて人心地ついたんだろう、ポタージュスープを美味しそうに飲み始めた。
「……はふぅ。みんな、なにしてるかな」
「デザイン画をいくつか渡してるから、どれがジャスミンに似合うかで盛り上がってるんじゃないか?」
「……ワカイネトコは?」
「そういえば研究室にみんな集まって、お昼を食べるようになったとか言ってたな」
人目を気にせず従人と食事できる場所なので、ニームがやたら喜んでいたっけ。魔毒症の緩和剤づくりも順調だし、教職員からの覚えがいい。薬師の力を遺憾なく発揮しているローズマリー、ワカイネトコに変革をもたらすと注目を浴びるベニバナ、そんな二人をサポートするニーム。
学園のみならず街でもちょっとした有名人扱いされ、追加の予算まで出てしまった。新設の研究室としては順風満帆といえる。次にみんなと会えた時、どれだけ品質を上げられているか、とても楽しみだ。
「……あの部屋、すごく好き」
「誰にも邪魔されずにのんびり出来るから、確かに居心地がいいよな」
「……あんな場所、他にもほしい」
「世界中を旅したあと、どこかに拠点を作ってみるか。今はワカイネトコとタウポートンのみだが、あちこちの聖域を訪問しておけば、いつでも帰ってこられるし」
「キュイッ!」
海産物の豊富な、ここタウポートン。オレガノさんやメドーセージ学園長のいるワカイネトコ。温暖で海水浴の楽しめるゴナンクもいい。まだまだ行ってない街は多いし、その辺りはゆっくり決めよう。ただしスタイーン国、お前はダメだ。あそこは従人の扱いがなってない。
「……タウポートンのにゅるにゅる、可愛かった」
「俺はいきなり巻き付かれて、ヒヤッとしたぞ」
危害を加えないとわかっていても、相手は体長三メートルを超える白蛇だからな。足元からぐるぐる巻きにされれば、さすがに驚く。慣れてしまえば可愛いものだが、ヘビだけあって手触りはツルツルだ。モフ値ゼロなのが残念でならん。
まさかハク以外の霊獣も、魔力を食べるなんて知らなかった。あれはコハクの治療をするため、俺の魔力を流し込んだ影響だと思ってたし……
まあ霊格の高い動物に好かれて、悪いことなんてないはず。次に会う霊獣は、モフ値が高いことに期待しよう。
「……あるじ様、お茶飲みたい」
「少し待ってろ、すぐ淹れてやる」
おにぎりを食べていたシナモンから、最近ハマっている飲み物の注文だ。やっぱりおにぎりには、お茶だもんな。米が主食な俺の従人は、その辺りよくわかってる。
ジャスミンが作ってくれた茶こしをセットし、魔法で沸騰させたお湯をティーポットへ注ぐ。軽く揺らしながらしっかり抽出させると、お茶特有の香りがあたりに漂う。
「……いい匂いする」
やはり穀物を取り扱っている関係者と、知り合えたのは大きい。そこのツテで生産者から直接、摘みたての茶葉を買えるようになった。ならば元日本人として、作るしかないだろ……日本茶を!
というわけで意気揚々と茶葉を蒸し、揉んで乾燥させて緑茶を自作。しかし飲めるのは、俺とユーカリだけという結果に。みんな独特の苦味と渋みが、苦手だったんだよな……
そんなことを回想していたら、お茶がいい感じになってきた。マグカップに飴色の液体を、最後の一滴まで注ぐ。
「ほら、熱いから気をつけろよ」
「……ふぅ、ふぅ。……美味しい」
俺もマグカップを傾けると、ほうじ茶特有の優しい香りと味が、口いっぱいに広がる。焙煎するだけでみんなが飲めるようになるのだから、日本茶というのもなかなか不思議だ。
「旅や森の探索も楽しいが、こうしてのんびり過ごすのもいいな」
「……あるじ様と一緒、幸せ」
足の間でグテーっとしやがって、まったくうい奴め。ほれほれ、顎の下を撫でてやろう。
「……うにゃー」
猫化していくシナモンを見て和んでいると、遠くの方から近づいてくる船を見つけた。
「おっ、あそこを見ろ、シナモン。珍しい船が走ってるぞ」
「……クルクルしてる」
海峡の方から入港してきたのは、両舷に水車の付いた外輪船だ。サイドホイーラー型は、船尾に収納スペースが確保できるから、大きな荷物でも運んできたんだろうか? マジックバッグのある世界で、あんな船を使うってのも珍しい。
「右側から来たということは、アインパエの船かもしれないな」
「……近くで見たい、ダメ?」
「俺もあんな外輪船を見るのは初めてだし、港に行ってみるか」
残っていたお茶を飲み干し、弁当箱やレジャーシートを片付ける。そして食後の運動がてら、シナモンとランニングしながら港へ向かう。あの形状でどうやって接岸するのか、ちょっと楽しみだ。
◇◆◇
二つある岸壁の間にバックで入り、両方に舫い綱を渡すわけか。転回して入港する辺り、後ろから乗り降りするカーフェリーと似ている。
「……後ろ側、パカって開いた。面白い」
「貨物室に入っているのは檻か?」
「……中に動物いる。美味しいやつ」
「確かにブラウンムームーのミルクは旨い。なるほど……生きている動物だから、マジックバッグで運べなかったんだな」
船員たちの手で檻が開けられ、中から茶色い牛がぞろぞろと出てきた。作業している従人たちの話し方が特徴的だし、間違いなくアインパエからの荷物だろう。しかし魔道具以外にも輸出するものがあったとは、ちょっと驚いた。
「……船で運ぶの、大変そう」
「ここまで臭いが漂ってくるくらいだから、密閉された船内はかなりきつかったに違いない」
「……シトラス、耐えられないかも」
「あいつは匂いに敏感だし、確かに音を上げていたかもしれんな」
俺とシナモンがそんな話をしていた時、家畜運搬船には似つかわしくない人物が降りてくる。歳は十三歳くらいだろうか、肩に少しかかる長さの髪は、どことなく古風なおさげ三つ編み。それにしても、上人で黒髪とは珍しい。
しかも着ているのがセーラーカラーの長袖ブラウスと、膝丈のプリーツスカート。どちらも色は紺で、白リボンに白いライン。どう見てもクラシカルでオーソドックスなセーラー服だぞ、あれ。
「やれやれ、やっと開放されたのじゃ」
「無事に到着できて何よりです」
「まったくなのじゃ。ムームーと一緒の船旅が、これほど大変だとは思わなかったのじゃ」
ライトブラウンの髪をした女性は、二十歳を少し超えたくらいだ。パンツスタイルのボレロスーツを着て、腰にナイフを帯びている。先に降りてきた彼女の護衛ってところか……
「クゥッ! キシュゥゥーー!!」
二人の様子を観察していた時、コハクが最大級の警戒を告げてきた。
「シナモン、これは殺気だ。周囲を警戒しろ」
「……わかった」
指で印を結んだシナモンが、俺と背中合わせの位置に移動し、いつでも動ける体勢で待機する。俺はすぐに拳銃を取り出せるよう、マジックバッグに手を伸ばす。
このタイミングで発生した殺気だ、ターゲットは間違いなくあの二人だろう。助けてやる義理はないが、これでも俺は流星ランク。黙って見過ごしたとあっては、国際問題になりかねん。相手は上人だが仕方あるまい、形だけでも義務くらいは果たさねば。
次回は「0140話 襲撃」です。
襲いかかる従人、その時主人公とシナモンは……