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0138話 卒業証書

誤字報告ありがとうございました!


◇◆◇


この話で第9章が終了です。

 シナモンとジャスミンからテストの答案を受け取り、それの採点を進めていく。この街に来てから勉強を頑張っただけあり、二人とも読み書きは完璧になった。



「ジャスミンは百点だな、偉いぞ」


「うふふ。これで卒業かしら」


「ああ、卒業証書をやろう」



 俺はマジックバッグからハンコを取り出し、手の甲に軽く押し付ける。そこに転写されたのは、お湯で簡単に洗い流せる染料を使った、赤い桜の花。ジャスミンのサイズだと、手の甲いっぱいになってしまうな。



「シナモンは一問だけ間違っていた」


「……うにゃー。卒業、できない?」


「いや、これはうっかりミスだ。計算自体はちゃんと出来てるから、小数点さえ付け忘れなければいい」



 俺はシナモンの手にも、ハンコを押してやる。それを自慢気に掲げ、二ヘラと笑いかけてきた。うんうん、やっぱりシナモンの笑顔は、癒やし効果抜群だ。



「やったわね、シナモンちゃん」


「……頑張った」


「これだけしっかり計算できるようになったら、買い物だけじゃなくて商売にも手を出せるぞ」



 俺はバンザイをしながら喜ぶ、シナモンとジャスミンの頭へ手を伸ばす。さわさわと撫でてやったら、二人一緒に抱きついてくる。よしよし、そんなに嬉しいか。ご褒美に羽としっぽもモフってやろう。


 地頭(じあたま)がよく、乾いた砂が水を吸うように覚えていくシトラス。コツコツやるのが得意で、一歩ずつ前進していったミント。元から高い教養があり、応用にも長けているユーカリ。褒めるとグングン伸びていく、頑張り屋のシナモン。少し気分屋だが、やることは正確なジャスミン。


 基本的な読み書きに加え四則演算も出来るようになれば、生活していく上で困ることが無くなる。特に計算に関しては、そこらの上人(じょうじん)より出来るだろう。



「あのー、兄さん」


「どうした、ニーム」


「この子たちって、余りの出る除算も出来るんですか?」


「もちろん出来るぞ。なにせ小数の付いた四則演算を、マスターしてるからな」



 分数には手を出してないものの、正負の概念や四則混合算までは覚えさせた。なにせ俺が持つマイナス四千九十六(-4,096)という数字の意味や、品質の十六倍が必須になる支配値。そしてレベルアップに必要な、等差数列の和で増えていく経験値。これらを理解するには、そうした概念が不可欠だからな。


 俺の答えを聞いたニームが、隣りにいるベニバナをちらっと見る。



「私そこでつまづいて勉強が遅れたんだよ。もっと早くタクト君に会ってれば、落ちこぼれなくてすんだのにー」


「私たちはまだ入学初年なんです。ここからでも十分追いつきますよ」


「そうかもしれないけど、なんでローリエのほうが私より勉強できるのさー」


「んーと、覚えるのすごく楽しいから!」


「分けて、その才能分けてっ!!」



 十六歳のいい大人が、十歳の少女に泣きつくんじゃない。そもそもローリエは瞬間記憶の異能持ちなんだぞ。競う相手を間違ってる。


 そしてニームの言う通り、勉強の遅れくらいすぐ取り戻せるだろう。なにせ学年主席のニームと、学年三席のローズマリーがいるんだ。そんな二人から教えを受けるとか、これ以上ない英才教育だろ。



「完成しましたわ!」



 勉強の手を止めてそんな話をしていたら、ローズマリーが勢いよく椅子から立ち上がる。初見で完成させてしまえるんだから、薬師(くすし)のギフトってのは本当に凄い。



「出来はどうだ?」


「そうですわね。(わたくし)の練度が足りないこともあって、下の上といったところでしょうか」


「太古の製法を再現した上、いきなり完成品まで持っていけたんだ。成果としては上々だろ」


「何度か失敗しましたけど、タクト室長にそう言っていただけると、嬉しいですわ」



 ん? 俺の敬称が室長になってるぞ。まあ今日から本格的に活動開始だし、問題はないんだがな……



「どうするの、すぐ試す? 私はいつでも大丈夫だよ」


「できれば早いうちにお願いしたいですわね」



 微妙に元気を取り戻したのは、勉強から逃れるためか?

 ソワソワしだしたベニバナを、ニームが呆れ顔で見つめている。まあ初日から、あれこれ詰め込むこともあるまい。息抜きだって大切だ。



「この近くに(酸性)へ傾いた土地がある。そこに行ってみるか」


「うん、わかった」


「了解しましたわ」



 研究室を施錠し、学園長に一言告げてから、全員で外へ向かう。やはりこのメンバーで校内を歩くと、目立ってしまうな。特に男の従人(じゅうじん)は立ち止まったまま動けなくなり、リードで引っ張られるやつも出る始末。


 なにせシトラスがここに来るのは初めてだ。噂を聞いたり街で見かけたことがあったとしても、理解できているのは彼女のほんの一部だけ。この距離まで近寄られると嫌でも気づく。花のように爽やかな香油の匂いや、極上の糸すら霞んで見える美しい髪やしっぽに……


 学園内には犬種(いぬしゅ)狼種(おおかみしゅ)といった、護衛に向く従人を連れている学生が多い。耳には俺が贈った金色のイヤーカフをつけ、ブラッシングしたばかりのしっぽは、白銀に輝いている。あのセルバチコですら見とれてしまう魅力に、若い従人が反応しないなどありえん。



「うーん……以前、兄さんが言っていた通りになりましたね」


「俺たちは学園という閉鎖空間に入り込んだ、異物のようなもの。こうして過剰反応してしまうのは仕方がない」


「それにしても、みんなスキが多すぎじゃない? ボクたちに悪意があったら、大変なことになっちゃうよ」


「学生に使役されている従人は、どうしても経験不足になりがちだからな。実戦を積んできたお前たちと一緒にするのは、(こく)というものだぞ」



 俺たちの話を聞いていた連中に緊張が走る。ちょっと今のは刺激的すぎたか。警備体制がしっかりしているだけあって、学園のある敷地は特に安全性が高い。心配しなくても、ここでなにか起きる可能性は、かなり低いぞ。


 なにせ殺傷力の高い事象改変を霧散させる、結界が張られているくらいだ。しかも警備員が使役している従人は猛者揃い。シトラスやシナモンのように高い身体能力を持っていたり、魔術や精霊召喚という術理の異なる力を使われない限り、安全が脅かされることはないだろう。


 とにかく今のうちにここから離れようと、俺たちは校舎の外へ出る。目指すはワカイネトコ大図書館。道路を挟んだ向かい側だ。



「こんな近くに私の体調が変化する場所ってあったの!?」


「普通は入れない場所なんだが、図書館の裏に閉架書庫の建設予定地がある」


「あの高い塀で囲まれた場所ですわね」


「ジャスミンに上から覗いてもらったら、例の花が咲いていたんだ」


「黄色だったから、笑いがこみ上げてくる場所ね」


「事情をヒソップ館長に話して、中へ入る許可をもらっている。学園長にも確認したが、あの辺りに地下の構造物はない。ベニバナのギフトも、よく反応すると思う」



 この距離なら簡単に行き来できるから、その都度効果を確かめることも容易い。思い立ったらすぐ行動できるのは、モチベーションの維持につながる。考察が翌日に持ち越しなんてことになれば、気になって勉強が手につかなくなるかもしれないからな。


 そして効率的に試作を繰り返すことで、ローズマリーの練度も上がっていく。まずは学業に影響が出ない範囲でスタートダッシュを決め、俺たちがこの街を離れる前に、ある程度の目処を付けてほしい。


 そんな説明をしながら警備室の中に入れてもらい、事務室で待っていたヒソップ館長に挨拶する。部屋の奥にある扉を開いて階段を降りれば、建設予定地の空き地だ。



「ねえ、タクト君。きっとこんな場所は他にもいっぱいあると思うけど、特に気をつけないといけない所ってある?」


「例えば北方大陸にある火山地帯とか、温泉は気をつけないとだめだ。ああいった場所は、お湯の中に様々な成分が溶け込んでいる。岩をくり抜いただけとか、流れるお湯をせき止めて作った場所は、自然の状態に近いからな。完全に症状を抑え込める手段が確立するまで、近づかない方がいい」


「あの頃より薬学は進歩してるんですもの、もっと効果的な薬を必ず完成させてみせますわ」


「ありがとう、ローズマリーさん。期待してるね」



 扉を開けて外に出ると、図書館と同じ広さの更地が目に飛び込む。雑草があちこちに生え、ほとんど手入れがされていない。端っこに土管(ヒューム管)が置かれていたら、昭和のノスタルジーを感じられるかも……



「ベニバナさんの魔力が乱れてきましたね。体調はどうですか?」


「あっ、うん……えへへ。前と……ふふっ、おんなじ。意味もなく……うひっ……笑えてきた」


「なるほど、このような反応を示すわけですか。では、緩和剤の試作品を使ってみて下さいませ」


「私が塗ってあげます」



 ローズマリーから軟膏を受け取ったニームが、ベニバナの首筋に塗っていく。揮発性の材料を使っているのか、鼻の奥がスーッとするな。前世でアレルギー性鼻炎の時に使った、塗る風邪薬みたいな匂いだ。



「失敗はしていないと思いますけど、効果はいかがですか? ベニバナさん」


「あはっ……凄いよ、笑い転げちゃいそうな感じが……むふふ……ちょっとマシになった」


「とりあえずここを離れて学園長へ報告しよう。初日でこれだけの結果を残せるなら、研究室の存在意義を学園も認めてくれる。この調子で少しずつ、実績を積んでいけばいい」



 これはギフトの力だけでなく、ローズマリーの資質が優れているからだろう。過去の成功体験や、既存の正攻法にこだわらず、新しいことにチャレンジできる。そうした柔軟性を持っているから、太古の製法を再現できた。


 経験を積んで自分のやり方が確立してしまったような調薬師(ちょうやくし)だと、なんど作っても失敗していたかもしれん。まだ学生のローズマリーに頼んだのは、ベストな人選だったということか……


 今のうちにこうした挑戦を重ねておくと、この先きっと大成するはず。ニームやベニバナもそうだが、将来が楽しみな子に出会えたものだ。この調子なら、近いうちに今後の見通しが立つ。旅の準備を進めながら、ローズマリーの成長を見守っていこう。


次章から舞台は再びタウポートンへ。

また増えていく主人公の肩書、そしてあの人物が親子で登場。

さらに準レギュラーも!?

第10章「タダほど怖いものはない」を、お楽しみに!

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