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0137話 ティータイム

 出掛けに買ってきたバターサンドクッキーを取り出し、皿の上に並べていく。こっちを見ているシトラスのしっぽが、ちぎれんばかりに揺れているな。


 横を見るとローズマリーから開放されたユーカリが、俺に向かってふわりと微笑む。質問攻めから逃れられて、ホッとしたんだろう。見かねたルッコラが止めに入ったくらいだ、あれは我を忘れていたのかもしれない。そのうちボヘ顔が見られるようになったりして……



「おっ、みな揃っとるようじゃな」


「ちょうどいいタイミングで来たな。今から茶で一服するところだ、好きな場所に座ってくれ」


「セルバチコが絶賛したという、ユーカリの()れるお茶か。それは楽しみじゃ」



 ローズマリーはユーカリが淹れる茶ならと喜び、ベニバナも美味しいものが飲めるのなら、誰が作っても構わないと言っていた。学園長もあの調子だから、ここに来る主要メンバーは全員、ユーカリの茶が飲めるってことだ。これは思いの(ほか)、良い研究室になったじゃないか。



秋摘みの茶葉(オータムナル)が手に入りましたので、お砂糖なしでも美味しくお召し上がりいただけると思います」


「お茶請けはバターサンドクッキーだ。かなりボリュームがあるから程々にな。晩飯が食えなくなるぞ」



 特にシトラス。



「走ったらすぐお腹が空くから平気!」


「走るのなら運動場を使ってもかまわんぞ」


「……競争する?」


「お前たちがグラウンドを走ったら、砂埃が凄いことになりかねんぞ」



 シナモンに引っ張られたことを思い出したのだろう、ベニバナが全力で首を縦に振っ(ヘッドバンギングし)ている。ヘヴィーメタルのライブ会場にいる、ノリノリな観客のようだ。



「それにしても、本当に美味しいですわね。これって、お店を開けるレベルですわよ」


「試しに喫茶店を始めてみてもいいが、さすがにこの国でそこまでやると、ダエモン教が黙ってない気もするんだよなぁ……」


「わたくしは旦那様や皆様に、こうしてお茶を飲んでいただけるだけで幸せですから」



 本当にユーカリは控えめで可愛いやつだ。ほれほれ、そのキツネ耳をモフってやろう。

 ユーカリの頭に手を伸ばすと、気持ちよさそうにその身を委ねてくる。



「まあ飲食店には手を出さんほうが無難じゃな。競争の激しいワカイネトコでは、ライバルたちに密告されてしまうじゃろ」


「ユーカリ本人もこう言ってるし、この話はここまでにしよう」


「しかしまあ、かなり立派なものを揃えたではないか」


「本当ですわ。あの机なんて、天板にガラスをはめ込んでるのですもの。よく手に入りましたわね」


「きれいな机と椅子だよね。なんか勉強がはかどりそう」


「こんなオシャレなものに目をつけるとは、見直しましたよ兄さん」


「オレガノさんに協力してもらったからな。一番いいのを頼むと言ったら、これが出てきた」



 白い机と椅子なので汚れは目立つかもしれない。しかしそれ以上のメリットがあり、溶液や触媒の変化を確認することに適した、人気モデルだとのこと。俺が紫丸菜(キャベツ)の抽出液を使ったときもそうだったが、色の違いとかわかり易いもんな。


 木でも金属でも、ましてやプラスチックとも違う、衝撃に強い高強度な素材。その正体は魔道具にも使われている、特殊な熱硬化性樹脂だと言っていた。耐熱と耐薬品性に優れているので、この研究室に置く備品としては最適だ。



「おっと、機材が届いたようじゃな。ローズマリー君、指示を頼む」


「承知いたしました、学園長先生」



 警備員に付き添われた男性が、部屋の中に入ってくる。一瞬ギョッとしていたのは、室内がレア従人の見本市みたいになっているからだろう。


 恐る恐る部屋の奥まで歩いて来ると、マジックバッグから次々と物を取り出す。天秤や乳鉢、温度調節ができる保温器まであるな。調整範囲がかなり広いみたいだし、低温調理器の代わりにならないか? もう少し大きなサイズがないか、後で聞いてみなければ……


 俺がそんなことを考えているうちに、器具や容器類がどんどん並べられていく。



「見たことのない道具がいっぱいあるわ」


「調薬は料理と比べ物にならないほど、工程も多いし複雑なんだ。そして材料をすりつぶしたり撹拌(かくはん)するときも、肌感覚みたいなものが必要になる。すべてを手作業でやらなければいけないぶん、必要な道具も多岐にわたってしまう」


「魔法で粉にしたり、かき混ぜたり出来ないのね」


「乾燥なんかも条件を変えて複数回行うとか、とにかくあらゆる工程に手間と時間がかかる。料理とはまったく次元の違う、ややこしさがあるんだぞ」


「タクトがそう言うくらいなんだから、相当なんでしょうね」



 今の俺は魔法を併用する調理法に、すっかり慣れてしまったからな。前世でもチョッパーや、ハンドミキサーなんて道具を使っていたが、魔法のほうが遥かに効率的だ。今さら手作業で材料を加工するなんて、かったるくてやってられん。



「なんだかテンションが上ってきましたわー! 緩和剤を試作してみたいのですけど、よろしいかしら」


「えっ!? もう作れるの?」


「翻訳していただいたレシピを見たのですけど、いくつかの記述に曖昧な部分がありますの。(わたくし)の持つ薬師(くすし)のギフトが、そこにどう反応するのか、確かめておきたいのですわ」



 どうやら書かれている製法が、かなり古典的だとのこと。まずは試作で感覚を掴み、実際の効能を確かめておく。それを初めにやっておかないと、現代風の製法に置き換えたり、より効果を高める研究へ繋げられない。ローズマリーは今後の計画も含め、俺たちに説明をしてくれた。


 納品を終わらせた男性と学園長が退出したあと、早速ローズマリーは机に向かって作業を開始する。じっくり見ていたいところだが、今日はやめておこう。ベニバナとニームも勉強を始めたし、こっちは昨日の続きをやるか。



「せっかく学園に来たんだし、計算の訓練をしよう。学生気分を味わえるかもしれないぞ」


「……わかった」


「こんな場所で勉強できるなんて、ちょっと楽しみね」



 シナモンには普通サイズの紙とペンを、そしてジャスミンには小さな紙と錬金術で作った鉛筆を渡す。二人が集中しだしたのを確認し、俺はシトラスを呼ぶ。



「さっきしゃがんだ時、しっぽが床についてただろ。きれいにしてやるから、こっちに来い」


「そうだったっけ? 全然気づかなかったよ」



 隣に来たシトラスのしっぽを膝に置き、軽く汚れを落としたあとにブラシで()いていく。きれいな銀色の毛だから、土の汚れが目立つんだよな……


 学園に来る途中で、シトラスに色々手を広げ過ぎと言われた。ここのところ学園に行くことが多かったから、寂しい思いをさせていたんだろう。こうして素直にブラッシングさせてくれるのは、それを埋めるためなのかもしれない。


 そんなことを考えながら、丁寧にブラシを通す。しっぽの艶が増すにつれ、俺の心も満たされていく。



「へー、チャイブ姉さんの言ってたとおりだ。親方ってブラッシングが、すごく上手ですね」


「こうして従人の身だしなみを整えるのは、俺の生きがいだからな」


「半日触らないと禁断症状が出る病気だけどね。せっかくだから、ここで薬を作ってもらったらどうだい?」



 薬なんかで治るわけ無いだろ。これはモフモフ愛なんだぞ。俺が四十年近く抱えてきた愛の炎は、誰にも消すことなんてできん!



「そういえば最近のチャイブ姉さん、身だしなみに気を使いだしたんですよ。あれって親方の影響ですよね?」


「それはいい傾向じゃないか。少し手入れをするだけでも、ずいぶん違ってくるからな。良ければマロウもブラッシングしてやるぞ」


「うーん……今はお嬢のお世話で精一杯だから、自分のことはまだいいかな。お嬢が毎日一人で起きられるようになったら、お願いします」


「ちょっ、マロウ!?」


「よそ見はダメですよ、ベニバナさん。こっちに集中して下さい」



 この前ここで聞いた寝坊暴露の件もそうだが、ベニバナは朝に弱いのか。しかしこういった事を平気で言えるというのは、二人の関係が良好だという証拠。まだまだ絶対数は少ないものの、従人を道具扱いしない人物というのは、俺にとって大切な宝だ。


 ルッコラを助手にして調薬を進めるローズマリー、頭を抱えながらウンウン唸っているベニバナ、苦笑いを浮かべて懸命に説明しているニーム。研究室に所属する三人は、ギフトに宿った力の点で、絶大な影響力を持つ。きっとこれから先、どんどん名声を得ることになるだろう。


 そんな姿を見た学園生たちに、何かしらの影響を与える可能性は十分ある。コーサカ研究室を起点にして、そうした輪が広がっていけば、必ずどこかで芽吹くはず。成り行きで就任してしまった室長だが、これはこれで案外良かったかもしれない。


次回で第9章が終了となります。

「0138話 卒業証書」をお楽しみに!

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