0136話 尾ひれがつく噂
調薬用の機材が届くと学園から連絡があり、今日は全員で向かうことにした。ユーカリを紹介すると、ローズマリーに約束してるしな。それにしてもたった数日で機材一式が揃うとは、さすが世界最大の学府だ。
部屋のレイアウトをどうしようか考えながら歩いていると、先行していたシトラスがクルリと振り返る。
「キミって色々と安請け合いしすぎじゃないかな。この街に来た目的って覚えてる?」
「ちゃんと覚えているぞ。観光と美味いものを食べるためだ。どちらの目的も、しっかり果たせたと思うが?」
「確かにハンバーガーは美味しかったし、麺料理もいっぱい食べさせてもらったね」
「……焼きそば、また作って」
「重曹やパスタ麺は保存が効くから、いつでも作ってやる」
学園の食堂はベーキングパウダーを自作してるらしく、そこにあった重曹を分けてもらえた。パスタをアルカリ性の水で茹でると、中華麺っぽくなるのは有名な話。それで作ってみたのが焼きそばだ。今度はラーメンにも挑戦してみよう。
まあこんな事をやってたから、ベニバナのギフトが酸やアルカリに反応するんじゃないかって、あっさり閃いたんだよな……
「ご飯も美味しかったし紅葉もきれいだったけど、ボクが言いたいのはそんなことじゃないよ!」
「なにを怒ってるんだ、お前は。色々肩書は増えたが、行動を縛られないように気をつけてるぞ。これからも旅行や観光は、続けていくつもりだからな」
「怒ってなんかないったら。ただ色々と手を広げ過ぎなんじゃないのかって、思ってるだけさ」
「シトラスさんは旦那様が忙しくなりすぎて、倒れてしまわないか心配してるんです」
「この間ミントちゃんと学園に行ったときも、ずっと気にしてたものね」
あー、またシトラスに心配をかけていたのか。ユーカリとジャスミンの言葉で顔を赤くしたシトラスが、プイッと前を向く。しっぽの動きは羞恥と苛立ちが、ないまぜになった感じだ。
「すまんな、シトラス。自由な時間は少し減るが、負担にはなっていない。むしろちょっと楽しいと思ってるくらいだ。ある程度自由にできる研究室をもらえたし、みんなで過ごす時間も増やせると思う。これからは学園にも連れて行くから、俺が無理しないよう監視してくれ」
「……まぁ、それならいいんだけどさ」
しっぽがユルユルと左右に揺れだしたので、機嫌を直してくれたっぽい。なんだかんだで、俺のことを一番気にかけてくれるのが、シトラスだもんな。無駄に心配をかけないよう、もっと一緒にいる時間を増やしてやらねば……
「校門が見えてきたわよ」
「皆さんにお会いできるの、楽しみなのです」
短時間でマロウやルッコラと仲良くなっていたミントのコミュ力、恐ろしすぎる。是非ともあやかりたいものだ。その能力があれば、出会った従人を片っ端からモフりまくれるのに!
「お疲れ様です、タクトさん」
「今日は大勢で来てしまってすまない」
「むしろ皆が楽しみにしていたくらいですから、なんの問題もありません」
俺がまだ見ぬモフモフに思いを馳せていると、校門を担当している警備員に話しかけられた。いつもは詰め所にいる職員も表に来てるな。芸能人が来たんじゃないんだぞ、仕事しろ仕事。
心の中でツッコミを入れつつマジックバッグに手を伸ばし、新しく発行してもらった職員証に魔力を流す。
「へー、校舎についてるマークと一緒なんだね」
「あれがマノイワート学園の校章だからな」
「はい、問題ありません。どうぞお通り下さい」
カードの表面に浮かび上がった校章を確認し、警備員が通用門を開けてくれる。今日は校舎裏を通り、直接研究棟へ向かう。授業をサボっていたり、カツアゲしてるような生徒は、いないようだ。
「おい、あれ見ろよ。今日は全員で来てるぞ」
「仲介業者がやっ気になって探してるというレア従人が、あれか……」
「父上とロブスター商会に行ってきたんだけど、仕入れるのは無理だって言われちゃったよぉ」
ちょうど授業が終わったらしく、二階の窓際が一気に騒がしくなった。ロブスター商会には軽く事情を話してるからな。ちゃんとユニークカラーの毛色だと知っているぞ。
「あんな従人を引き連れて、自慢でもしに来たのか?」
「なんでも新しい研究室の室長になったらしい」
「マジか!? 俺らと変わらない歳だろ、あの男。なんで室長になれるんだよ」
「なんかさー、レアギフトの解明に貢献したんだってー」
「あっ私知ってる。あの特待生の子でしょ」
「友だちから聞いた噂だけど、なんかすごい力があるんだとか。ワカイネトコを牛耳れる……みたいな?」
「「「「「ヤバすぎだろっ!?」」」」」
どうやら色々と噂が飛び交ってるらしい。尾ひれはモリモリ生えているが!
みんな娯楽に飢えているんだろう、覗き込む生徒の数がどんどん増えてきた。いちいち反応するのも面倒だし、騒ぎが大きくなる前にここを離れるか。
◇◆◇
いつでも機材を搬入できるよう、研究室へ家具類を設置する。窓際にローズマリーが使う大きめの机を置き、残りの二つは棚と反対側の壁際に。三つとも天板にガラスを積層したやつだから、薬品類がこぼれても大丈夫だ。
中央には社長室にあるようなローテーブルを、少し離して二つ並べる。一方には従人用に背もたれ付きのベンチソファーを二脚、背もたれのないベンチソファーが一脚。もう片方はカウチソファーが一脚と、一人掛けソファーが三脚。これだけ用意しておけば、来客があっても大丈夫なはず。
入り口の近くには、素材の整理や一時的な置き場所に使える、横長のスタンディングテーブル。これはローズマリーからのリクエストだ。
あとは流し台の近くにカウンターテーブルを据え、湯沸かしの魔道具を乗せておく。食器の収納が可能な、キャスター付きワゴンも買ったので、好きな時に茶を楽しめるぞ。
「……あるじ様、ゴロゴロできる。これ快適」
「やっぱりこの椅子いいね。背もたれに隙間があるから、しっぽが窮屈にならないもん。家にもこれを置こうよ」
「借家の家具は大抵が備え付けだから、勝手に入れ替えはできんぞ」
カウチソファーに飛び乗ったシナモンが、シェーズロングの部分でだらけ始め、シトラスはベンチソファーに座り、しっぽを隙間から出してユラユラ揺らす。買うときにみんなの意見を取り入れただけあり、従人も過ごしやすい空間のできあがりだ。
「ここでお茶をお淹れするのが楽しみです。ベニバナ様やローズマリー様は、わたくしのお茶を受け入れてくださるでしょうか」
「先日の様子を見る限り、ベニバナは大丈夫だろ。それにローズマリーもユーカリなら、問題視しないと思うんだよなぁ……」
やたらユーカリに会いたがって、帰るまで何度も念を押された。あれは他人が使役する従人を欲しがる、といった感じとも違う。あそこまで従人に興味を示すんだから、なにか特別な意図なり思惑があるはず。
「タクトがここの支配者なんだし、黙って俺に従えー、みたいに言ったら良いんじゃないかしら」
「ただのお飾り室長が、暴君になってどうする。ここの主役はあくまでも、薬師のギフトを持ったローズマリーだからな」
「ミントはタクト様が主役だと思うです。ずっとギフトに振り回されていたベニバナ様をお救いし、材料がなくて困ってらしたローズマリー様もお助けになってるのです」
ミントの言うことも筋は通っているが、この研究室で出来ることといえば、素材集めくらいしかない。他には古文書の翻訳を手伝ったり、必要な資料を探すくらいか?
薬づくりに関して、異世界の知識は役に立たんだろうし……
「薬師のギフトってのは、かなり特殊でな。調合する割合や方法に、自動で補正がかかるんだ。普通の人がレシピ通りにやっても失敗するのに、なぜか薬師だと成功してしまう。横に並んで全く同じ作り方をしても、そうなってしまうらしいぞ」
「まあキミのことだから、作業を見ているうちに変な裏技とか、思いつくんじゃないかな?」
あっ、それはちょっと楽しみだったりする。なにせ薬師が実際に作業する現場を、間近で見られるんだからな。こんな機会、普通に暮らしていたら、まず訪れん。
ソファーに座ってそんな話をしている時、部屋にノックの音が響く。入ってきたのは、ここに所属する三人だ。
「すっかりくつろいでますね、兄さんたちは」
「授業は終わったのか?」
「新しい研究室のことで質問攻めにされましたが、なんとか逃げてきました」
教室の窓から大勢に見られているし、まあ仕方あるまい。研究棟まで野次馬が訪れるようなら、対策を考えてみよう。できるだけ穏便な方法で……
「機材の搬入までもうしばらく掛かるようだから、とりあえずみんな座れ」
「あのっ、タクト様! 狐種の子の隣、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わないぞ。シナモン、こっちに来い」
シェーズロングでゴロゴロしていたシナモンを手招きすると、靴を履いてトコトコとこちらに接近。そしていつものように、俺の膝へポスっと収まった。
「近くで見ると、一段と綺麗ですわね」
「ありがとうございます、ローズマリー様」
ローズマリーはユーカリより少し背が低いので、見上げるように熱い視線を送っている。うーん、やっぱり一般人の反応と違うな。美術品を鑑賞しているような感じでもないし、芸能人に熱を上げるミーハーっぽさとも別だ。もっとこう、無邪気な感じか?
俺はシナモンを抱っこしたまま立ち上がり、シトラスたちがくつろいでいるテーブルの方へ行く。
「ルッコラ、ちょっといいか?」
「なんでしょうか、タクト様」
「こっちへ来て座ってくれ」
「私たち従人が座っても、よろしいのですか?」
「今日設置したベンチソファーは、しっぽがあっても利用しやすい物を選んだ。この研究室では、シトラスたちと同じように過ごして構わない」
「ありがとうございます、タクト様」
「マロウも同じだ。ここでは自由にしていいからな」
「嬉しいです、親方!」
よし、これで全員が席についた。この後みんなでお茶を楽しむ予定だ。突っ立ってられると落ち着かん。
「ローズマリーって、普段からあんな感じなのか?」
「いえ、いつもはもう少し落ち着かれているのですが……」
怒涛の勢いでユーカリを質問攻めにしてるからな。好きな食べ物とか趣味とか、お見合いしてるんじゃないんだぞ。
「ユーカリの何が気に入ったんだ、あの子は」
「ローズマリーお嬢様は、昔から綺麗なものに目がないのです。幼少の頃は石とか昆虫の羽を、集めておられました。ですのでユーカリさんの毛色や容姿を、かなり気に入られてるのかと」
あー、何となくわかる。浜辺に打ち上げられたガラス片とか、セミの抜け殻とか集める子供、前世でも結構いた。そうした感性を持ち続けているから、自分の気に入ったものに偏見がないのか。これはまたユニークな人物と出会えたものだ。
「その基準でいくと、ルッコラもかなり気に入られてるんだよな?」
「プロシュット家に仕え始めた頃から、ローズマリーお嬢様には良くしていただいております」
普段はかなり自制しているが、ユーカリを見てから抑えきれなくなったらしい。そして俺が室長をやると決まり、ずいぶん張り切ってるそうだ。そうしたモチベーションはギフトにも影響するから、悪いことじゃないな、うん。
興奮するローズマリーを眺めつつ、ルッコラから話を聞いていく。
「するとルッコラに燕尾服を着せてるのも、間違いなくローズマリーの趣味だろ」
「はい、そうでございます」
「お前みたいな美人は、なにを着ても似合うからな。なかなかいいセンスしてるじゃないか」
あまり言われ慣れてないんだろう、ルッコラの頬がサッと赤く染まる。元日本人の俺からしてみれば、男装の麗人は鉄板ジャンル。しかも羊の執事とか、実に素晴らしい! ビバ、獣人種!!
「またキミはすぐそうやって、他人の従人を口説くんだから」
「俺は素直な感想を述べているだけだぞ、なにもやましい事なんてしてない」
「気をつけなよ。口ではこう言ってるけど、魔獣みたいにルッコラのしっぽを狙ってるからね」
背もたれの隙間から垂れ下がる太いしっぽを見れば、ブラッシングしたくなるのは自然の摂理じゃないか。無理やり触らない、俺の自制心を褒めろよ、シトラス。
とにかくローズマリーなら、ユーカリの淹れた茶を喜んで飲むはず。そろそろ学園長が来る時間だし、湯沸かしの魔道具を起動しておこう。
次回は「0137話 ティータイム」。
新しい研究室に手応えを感じる主人公。