0134話 そういう事情、ちょっとは隠せ!
明日の更新が難しいかもしれないので!
昨日の実験で余分に採取しておいた土を使い、同じように上澄み液を抽出。そして出かける前に作り直した試薬へ垂らしていく。色が変化したものを、再びローリエに並べ替えてもらった。
「ほほう。これは面白いの」
「色の変化がどれだけ陰と陽に傾いているか、それを示している。この紫からわずかに赤みが付く程度なら、体調は良い方へ変化していく。しかし赤くなってくると、陽の力が強すぎて逆に体調を崩す」
なにせ性的興奮状態に、陥ってしまうほど。発情して間違いが起きる前に対策を講じてやらねば、ベニバナの人生が狂いかねん。
「そして若干青くなる程度なら、倦怠感や軽い頭痛くらいですむ。しかし緑になってくると顔から血の気が引いて、立つのもつらい状態になってしまう」
「自分の体調が色分けできるなんて、思ってもみなかったよ」
「そしてここからが重要だ。小麦なんかは赤紫色の土地でよく育つ。自分のギフトを鍛え、その変化を敏感に感じ取れるようになったら、何がおきると思う?」
「あっ、そうか! 私の体調を基準にして小麦のよく育つ畑にしたり、栽培に適した場所を特定できたりするんだ」
「こうやって試薬を作ったり、土を採取して成分を抽出するのは、時間と手間がかかる。それをベニバナは、自分のギフトで計測できるんだ。これがどれだけ凄いことか、わかるだろ?」
「うん。昨日教えてもらったときはピンとこなかったけど、仕事や家業に役立つよ」
俺の話を真剣に聞いていたベニバナの顔が、パッと明るくなる。なにせ実家は穀物を扱っている組合だ。生育が良くなって収穫量が増えれば、利益へとつながっていく。
育てる作物によって、最適な土壌酸度は違う。その辺りは時間をかけて探っていけばいい。いずれ最適解を導き出すことが可能だ。
「いやはや。陰陽のギフトにこんな価値を見い出したのは、恐らくタクト君が初めてじゃぞ」
「道具や技術でも一緒だが、要は使い方次第ってことだ。普段から固定概念にとらわれず、柔軟な発想を心がけていれば、思わぬ使い道を思いつくことがある」
なにせ俺の論理演算師だってそうだからな。数字が見られるだけのハズレギフトだからと、鍛えるやつもいなかったんだろう。だからどういった成長を遂げるか、まったく資料が残されていなかった。ニームのレベル上げ中に発現した、演算子以外の力にも必ず使い所がある。それを探るのも人生の楽しみだ。
「それで兄さん。ベニバナさんの体調変化を抑える方法について、なにかわかったのですか?」
「それなんだが、古文書に気になる記述があった。発症の条件こそ違うが、体に与える影響が近いんだ。学園長にも見てもらおうと思って、特別に貸出許可をもらってある」
俺は手提げかばんから、古い手記がまとめられた紙束を取り出し、テーブルの上へ置く。野人が太古の力を失う前、乾地は彼らが支配していた。その頃は上人の数も少なく、魔法はまだまだ未発達。そのせいで世界にはマナが満ち溢れ、今では見られない病を引き起こす。
――その名も〝魔毒症〟
これは病気の撲滅に生涯をかけた、とある野人の治癒術師が残した記録。そこには様々な症例と、それを抑えるために行った治験が、綴られている。
「なるほど。タクト君は魔毒症に目をつけたのか」
「薬とか効かなかったんだけど、私の体調不良って病気なの?」
「いや。ベニバナの体調不良は、状態異常や疾病の類ではない。魔力の乱れが体に影響し、それが自覚症状として現れている」
魔毒症とは体の一部に、魔力の淀みができてしまう状態。つまりうっ血のようなもの。
健常者は魔力が血液のように、全身を循環している。しかし濃密なマナを取り込みすぎ、流れが悪くなることが極稀に起きてしまう。それが手足なら痛みや腫れ、腹部だと消化不良や便秘など、部位や程度によって様々だ。
この症状が出た患者は、通常の治療や薬が効かなかったらしい。
「それでここを見てくれ。頭に魔力の淀みができた場合、度合いによって大きく体調が変化する。その症状がベニバナとよく似てるんだ」
「確かにそうじゃな。しかしこの儂でも見落としていたことに、よく気づけたものじゃ」
「うなじの辺りで魔力が乱れていると、ニームが教えてくれたからな。そのヒントを元に、参考になりそうな文献を当たってみた」
脊髄は中枢神経が走っているし脳にも近い。そこで発生した魔力の乱れが、自律神経やホルモンバランスに影響することは、十分考えられる。
「緩和剤を作るとして、材料を集めるのに骨が折れそうじゃな」
「それは問題ない。ギルドに買い取り拒否されたドロップアイテムが、マジックバッグの中に溜まってるんだ。無料でいいから引き取ってもらえれば、俺としても助かる」
俺は材料になるアイテムをいくつか取り出し、テーブルの上へ並べていく。タウポートンで売ってもよいが、他国から持ち込んだアイテムは、あまりいい顔をされない。それならここで使ってもらった方が、マジックバッグの空きも増えて万々歳だ。
「ただこの緩和剤を作るには、薬師のギフトが必要らしい。街の調薬師に依頼してもいいんだが、ギフト持ちを探すのも面倒だ。学園の関係者か研究員に誰かいないか?」
「この街に薬師のギフト持ちはおらんな。マハラガタカに一人おったはずじゃが」
「あっ、治療に行ったとき診てもらったよ。すごく綺麗な女の人だった」
そんなに少なかったのか。
在野で活動しているのが一人だけなんて思わなかった。
「教員や研究員には?」
「研究所づとめに二人おるんじゃが、契約の関係があっての。気安く依頼するわけにはいかんのじゃ」
あー、これはどこかの商会から出資を受けてるとか、スケジュールを押さえられてるって辺りだな。金を積めばなんとかなるかもしれんが、スポンサーの顔を潰す訳にはいかないだろうし……
しかも今は森の異変が収束したばかりで、滞っていた流通も再開している。きっと寝る間もないくらい忙しいはず。
「学園長先生、よろしいでしょうか」
「なんじゃね、ニーム君」
「ローズマリーさんにお願いするのはダメなんでしょうか」
「この資料を見る限り副作用の心配もなさそうじゃから、腕を磨くよい機会になるかもしれんの」
「素材は豊富にあるし、足りなくなれば調達しに行ってもいい」
「なんとも頼もしい限りじゃ。じゃが、まずはローズマリー君の意思を確認しよう」
塗り薬だから、そうそう大変なことにもなるまい。気をつけるのは、かぶれたりすることくらいか?
とにかく薬師の彼女が協力してくれるのなら、余計な出費を気にしないですむ。
◇◆◇
しばらく待っているとノックの音が響き、プラチナブロンドの縦ロールお嬢様が入ってきた。今日のドリルツインテールも、実に活きが良い。
「不思議な髪型をしてらっしゃるです」
「キュイッ」
「あの……タクト様までいらしゃるなんて、これはなんの集まりなのでしょう。私なにか粗相でもしましたでしょうか?」
「わざわざ足を運んでもらってすまんの。実はローズマリー君に相談があるのじゃ」
「私に相談……ですか」
頭の上にハテナマークを浮かべるローズマリーにも座ってもらい、これまでの経緯を説明する。素材は好きなだけ提供するから、なんど失敗しても構わない。協力してもらえるなら、手持ちの素材はすべて渡す。他の薬を作るなり、自由に活用してくれ。そんな条件を提示していく。
「正直とてもありがたい申し出ですわ。森の異変で材料が手に入らず、とても困っておりましたの」
「それなら協力してくれるってことで、かまわないか?」
「えぇ、もちろんですわ。是非やらせてくださいませ」
「話はまとまったようじゃな。では研究室の新設をするのじゃ」
立ち上がった学園長が、執務机から一枚の紙を取り出し、テーブルの上へ置く。
「どうして研究室を新しく作る必要があるんだ? 薬は部屋や教室でも調合できるだろ」
「この緩和剤は上級に分類される製法じゃ。それを調合するには、決められた場所が必要になる。幸い部屋はいくつも余っとるから、その一つを割り当てる手続きじゃ」
「そんな決まりがあったのか……」
やはり本の知識だけじゃダメだな。現場のルールとか仕組みまでは学べない。もっと経験を積まないといけないってことだ。
紙には研究の目的や理由、場所や責任者を記入する欄がある。学園のトップが決めたことだから、あっさり項目が埋まっていく。
「室長にはタクト君を任命したいのじゃが、構わんかの」
「は? どうして俺なんだ、普通は教職員がなるものだろ。ただの冒険者に指導や監督は無理だぞ」
「あいにく皆、なにかしらの研究室を監督しておってな、兼任はさせないルールなんじゃよ」
「常駐できない室長なんか置いたら、問題になると思うんだが?」
「我が校にはそんな研究室、ごまんとあるぞ。これは学外で活動している優秀な者を、囲い込む制度でもあるのでな。総責任者はこの儂じゃし、なんの問題にもならんよ」
そういう事情、ちょっとは隠せ!
「あら、いいじゃありませんか。学園長先生に認められたのですから、名誉なことですわよ」
「タクト君が室長をやってくれるのなら、安心かな。気軽に通えそうだしね」
「面白そうな研究室ですね。私も所属したいのですが、よろしいですか?」
「ニーム君なら大歓迎じゃ」
こら、勝手に決めるな。
「ミント、お部屋のお掃除がんばるです」
「調薬に使う機材は高いんだ。壊すと大変だからやめておけ」
「もータクト様、ひどいのです」
ポカポカ叩くのをやめろ。俺たちのことをよく知らないローズマリーが、驚いてるじゃないか。
「どうしてもやらないとダメか?」
「ギフトの詳細を突き止め、対策のヒントまで発見した。そこまでお膳立てしておいて、途中で投げ出したりせんじゃろ、タクト君は」
まあ確かに緩和剤の効能は気になるし、陰陽のギフトについてもっと知りたい。しかし研究室の室長なんて、俺のガラじゃないんだよな。なにせそこには上人しかいないんだし……
あっ!
ローズマリーと交流を続けていけば、羊種の従人をモフらせてもらえるかも。ちょっとやってみようかって気になってきたぞ。
「タクト様、葛藤されてるです」
「さすがミント。兄さんの表情を見抜くことにかけては、右に出る者がいませんね」
「わかったわかった。室長に就任してやる。しかし籍を置くだけだから、あまり期待しないでくれよ」
学園長がニコニコ顔で、俺に書類を差し出してきた。なんかはめられた気分を感じつつ、そこに自分のサインをする。ニームの実績作りにもなると言ってるし、まあ名前くらいは貸してやろう。
こうして俺はコーサカ研究室の室長として、学園に所属することとなった。
策士、メドーセージ(笑)
次回「0135話 嘘も方便」
ドリルツインテお嬢様、ローズマリーの疑問に主人公が……