0133話 学園長に報告
誤字報告、ありがとうございました!
授業が終わる頃を見計らい、大図書館を出て二手に分かれる。俺はミントとコハクを連れ学園に、他のメンバーは買い出しだ。
「お屋敷より大きなお家に入るのは、初めてなのです」
「なにせ中に収容する人数が桁違いだからな。ここに通うような生徒は、従人を一か二人は連れているし、加えて教員や事務員もいる。個人の家では勝ち目がない」
「お掃除が大変そうなのですよ」
まず掃除の心配をするあたり、ずっと下働きをしていたミントならではか。
サーロイン家でも屋敷内に常駐しているのは、家族を含めて百人に届かない。ここは学園関係者だけでも百人以上いるはず。そこに生徒や従人を加えると、確実に千人を超えるだろう。
「前にいた世界では生徒に掃除を割り振っていたが、ここはどうなってるんだろうな」
「お勉強をして掃除もするなんて大変そうなのです」
「今度ニームにでも聞いてみるか」
そんな話をしながら校門で入場チェックを受ける。何度も通ってるので、警備員とも顔見知りになってしまった。簡単なチェックだけで、すぐに通用門が開く。
ん? 俺の方を微笑ましい目で見つめてきたぞ。ずっと手を握っているミントの様子に、ほっこりしてるってところか……
「近くで見ると、すごい迫力なのです」
「迷子にならないよう、手を離すんじゃないぞ」
「はいです。気をつけるです」
ミントが俺の手を、ギュッと握りしめる。こら、あまり力を入れすぎるな。お前は一等級換算でレベル五百三十六のパワーがあるんだ。少しは手加減しろ、痛くてかなわん。
「あうー、急にお耳を触ったりすると、びっくりするです」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。そもそもミントが学園に行ってみたいと、言い出したんだろ」
「ニーム様がどんな場所でお勉強してるのか、見てみたかったのです」
「授業が終わるまで時間があるし、ちょっと教室を覗いてみるか」
ニームの教室まで行き、後方にある扉の小窓からそっと顔を出す。一番低い場所に教壇があり、そこから階段状に長机と椅子が並べられている。作りとしては大学の教室に近い。
ニームは……っと、あそこか。紅赤の髪はよく目立つので、簡単に見つけられた。左右にステビアとローリエを座らせ、ノートへなにか書き写している。
ざっと教室を見回すと、従人を壁際に立たせている者が多いな。近くに座らせてるヤツは代筆させてるのか? 自分でノートを取らないと、しっかり覚えられないぞ。
「ニーム様、いましたです?」
「おっと。ミントの背だと、中が見られないか」
俺はミントを抱き上げ、再び小窓から中を覗く。どうやらローリエが俺たちに気づいたらしい。小さく手を振ってきた。
「皆さん、真剣にお話を聞いてるです」
「ここに通う生徒は、将来を期待されたヤツばかりだ。しっかり結果を残そうと必死なんだろう」
「あっ、ニーム様がこっちを見てるです」
「ニームにも気づかれてしまったか。じっと見ていたら怒られそうだし、そろそろ退散するぞ」
抱いていたミントを床におろし、再び手をつないで学園長室を目指す。それにしてもこいつ、また成長しているな。一体どこまで大きくなるんだ……
◇◆◇
入室の挨拶を告げ部屋に入ると、メドーセージ学園長が出迎えてくれた。今日は左右で違う色のスーツか。上着とズボン、どちらも真ん中できっちり分かれてやがる。向かって左が紺の生地に白い星模様、向かって右が紅白の横縞。アメリカの国旗かよ!
「おぉ、待っとったぞ。二人とも遠慮なくソファーへ座れ」
「失礼しますです」
さすが庇護欲をそそるミントだ。学園長はなんの躊躇いもなく、ソファーを勧めてくれた。
「今日のスーツは一段と派手だな」
「よくお似合いなのです」
「これの素晴らしさがわかるとは、さすがタクト君の連れとる従人は優秀じゃ」
社交辞令だろう……と言いたいところだが、ミントはそこまで計算高くない。こういう素直な所が、人から好かれるんだよな。おかげで初見の人物がいる場合、ミントが一緒だとかなり助かる。
「とりあえず本人が来る前に、ギフトの仔細について伝えておくよ」
「まさか半日で突き止めるとはの……」
「俺の従人たちが付き合ってくれたのと、魔力の流れを感じ取れるニームがいたからだ。さすがにノーヒントだと無理だっただろう」
俺は酸やアルカリという概念、それを司る化学式やイオンについて伝えていく。この世界では異質の知識だが、賢者のギフトを持った学園長なら問題ない。不明な点があれば、こちらの知識を引き出すように、話を誘導してくれる。
「確かにそれなら陰陽のギフトが反応するじゃろう」
「本人の資質なのかギフトの特性なのか、感度の調節や発動停止ができないらしい。現状では対処療法で乗り切るしかないんだ」
「ギフトの制御に関しては、こちらも苦慮しておってな。こればかりは本人のやる気も絡むので、一筋縄ではいかんのじゃよ」
「やる気に関してなら、今日から変わるかもしれんぞ」
「それは楽しみじゃ」
昨日の様子だと、自分に発現したギフトの価値を、まだ理解できてない感じだった。まあ色々と負荷をかけたあとなので仕方あるまい。一晩休んで落ち着いただろうし、改めて説明してやれば気づくはず。
「それと体調不良が起きた際、ミントにこっそり治癒術と神聖術を使ってもらった」
「ミントの力ではベニバナ様を治すことが、できなかったのです」
怪我や状態異常を治す術といっても、それは万能じゃないからな。得手不得手ってものは、どうしても出来てしまう。だから落ち込まなくてもいいぞ。
「あぅ。タクト様のなでなで、気持ちいいです」
「彼女の体調が変化するのは、体や心のバランスを保つ仕組みが、機能不全を起こした状態になっているから。前にいた世界では躁鬱とか、パニック障害なんて病気が知られている。なんの前触れもなく気持ちが高ぶることや、逆に落ち込んだりすること。突然不安に襲われて動悸や息切れがおきたり、発汗や手足の震えなんて発作を引き起こすこともあるんだ」
「つまり既存の薬は効かんということじゃな。これはかなり有用な情報じゃ」
「それがわかったのは、ミントのおかげなんだぞ」
「皆さんのお役に立てて、ミント嬉しいのです」
笑顔を取り戻したミントのうさ耳を、ふにふにとモフってやる。やはりこのフワフワの毛は最高だ。一日中モフっていられるな。
学園長は考え込みながら、ここまでの話を整理しているようだし、俺はミントの耳とコハクのしっぽを愛で続けるとしよう。
――コンコン
『第三百八十四期生ニーム・サーロインです。学園長先生はいらっしゃいますか?』
おっと、もう授業が終わったのか。チャイムの音がないので、わかりづらい。名残惜しいが耳としっぽから手を離す。ミントは少し残念そうな顔になり、コハクは首筋に頭をこすり付けてくる。帰ったらモフってやるから我慢しろ。
学園長から入室の許可を告げられ、ニームとベニバナが入ってきた。学園には熊種の女従人を連れてきてるのか。ベニバナの支配値は二百四十だもんな。品質十一番のチャイブと、品質四番の熊種なら、同時に使役しても平気だ。
さすが力自慢の種族だけあり、しっかりとした体つきをしてる。うーむ、あのキュートな丸耳、思う存分モフりたい……
「昨日はありがとう、タクト君。心配事が減って、すごくよく眠れたよ」
「兄さんに振り回されて疲れたせいでしょう。今朝は遅刻しそうでしたけどね」
「ちょっ!? 恥ずかしいから言わないでよ、ニームちゃん。学園長先生もいるんだしさ」
本当にこの二人、仲がいいな。ベニバナは他国の才人かつ、学年主席のニームに対して、変に萎縮したりしないからだろう。昨日も緊張していたのは最初だけだったし、とにかく付き合いやすい。
前に階段で遭遇したローズマリーといい、ニームは良い友人に恵まれている。
「二人ともいいタイミングで来たな。ちょうど話が一段落したところだったんだ。これから体調変化の対策について、話し合おうと思ってる。ベニバナのギフトが、この国にとって重要なことも含め、今から説明していく。一緒に聞いてくれ」
「国って、なんでそんな大きな事になってるの!?」
昨日は軽く流しただけだったからな。土壌酸度測定器なんてないこの世界だと、お前のギフトは計り知れない価値を持つ。それがわかれば、珍しいだけで使い所のないハズレギフト、なんて言われなくてすむ。
土壌酸度計は日本だと1,000円以下で買えたりします。
ベニバナ「私の価値って、それだけなの!?」
◇◆◇
次回は「0134話 そういう事情、ちょっとは隠せ!」
巻き込まれるローズマリー。
そして学園長の悪巧み。