0132話 どんな罰ゲームを想像してたんだ
市場で仕入れた野菜を細く切り、水を通さない袋に詰める。それを魔法で凍らせたあと、水を加えて揉む。出てきた液体を口の細いビンに入れ、フタをしっかり閉めれば完成だ。
「それ、サラダに時々入ってるやつだよね。今夜のご飯に買ったんじゃないの?」
「少しもったいない使い方だが、これは色素を抽出するために買った。冷凍して細胞壁を壊したから食感が悪くなってるし、衛生面で不安もあるから、絞ったあとは廃棄する」
「キミが食べ物を無駄にするのって珍しいじゃん」
「まあこれは薬を作るために、必要な成分を抽出するようなものだ。そのへんは割り切ってしまうしかない」
「……紫、きれい」
なかなか上手に抽出できたらしく、覗き込むシナモンの顔がしっかり見えている。これなら試薬として十分使えるはず。
「あのー、タクト君」
「どうした?」
「それを鼻から飲めとか言ったり、紫色に染めた顔で踊れとか言ったりしない?」
「心配するな。これはベニバナに対しては使わん」
「よかったー。これ以上変な姿を見られたら、もう街を歩けなくなっちゃうよ」
どんな罰ゲームを想像してたんだ、こいつは。しかし今からやることは、今日一番つらいかもしれんぞ。ベニバナのギフトがあれに反応するなら、短時間で体調が乱高下するはずだしな。
自然を相手にしなければならない以上、発症を完全に抑えるのは難しい。しかし原因がわかっただけでも、スッキリするだろう。なにせ対策を立てやすくなる。とにかく今は現地へ向かおう。
◇◆◇
高原に向かって伸びる歩道をしばらく歩くと、徐々に視界が赤く染まりだす。以前はもっと高い場所まで行く必要があったが、今はこのあたりが見頃だ。
「前より赤がきれいなのです」
「高い場所にあった木とは、種類が違うからでしょうね。なんだかとても落ち着きます」
ユーカリって赤系の色が好きだよな。よし、いずれ緋袴をはかせてやろう。タウポートンへ戻ったら、巫女服のデザインでも考えてみるか。大幣を振らせたり、神楽鈴を持たせて舞を踊ってもらうのもいいな……
「こんな場所で本当にベニバナさんのギフトについてわかるのですか?」
「まだ歩道の上だからかもしれないけど、体調にあまり変化はないよ」
「これから道を外れて湖の方へ向かう。かなりきついと思うが我慢してくれ」
「えっと……よくわからないけど、わかった」
ここで育つ木は幹が細く、材木として利用できない。しかも土壌の関係で農地にも向かないんだろう。だから中に入っていこうとするモノ好きなんて、そうそういないはず。紅葉を楽しむというメンタルがなければ、なんの価値もない場所だしな。
しかし、この場所の持つ特異性が、今回の鍵だ。
「あっちにピンク色の花が見えるわ」
「さすがジャスミン。視力が良くて助かる」
この距離から小さな花を見つけられるのは、やはりすごい。ジャスミンの頭をそっと撫で、指差す方へ進んでいく。目的の場所へ近づくに連れ、ベニバナの顔色が悪くなってきた。
「大丈夫ですか、お嬢」
「体がだるくて、フラフラする。マハラガタカへ行った時より、つらいかも……」
「少し離れた場所で休んでいろ、ここから先は俺だけで行ってくる。あまりキツイようなら、チャイブに背負ってもらうといい。少しはマシになるはずだ」
「あたいに乗って下さい、お嬢。遊歩道の近くまでお運びしますので」
青い顔をして、冷や汗が滲み出したベニバナをチャイブに預け、俺は花の咲いた場所まで進む。そこの土を少し掘り起こしてビンに入れ、ベニバナの容態をメモして貼り付ける。
「次は花が濃い青になってる場所を探してくれ」
「わかったわ、タクト」
少し遠回りをしながらみんなのもとへ戻ると、ベニバナはだいぶ回復した様子。これは土壌の変化を、ギフトがダイレクトに感じ取ってるようだ。感度の調節ができないというのは、本人にとってキツイだろう。しかし、ここで手を緩めるわけにはいかん。
「次は恐らく逆の反応が出るはず。心して付いてこい」
「あの……ちょっと休ませて」
「そんな暇はない。そこに行けば回復する」
ただしプラスに振れ過ぎるかもしれんが!
「あれ? ほんとだ、すごく体が軽くなってきた」
「ここから、どんな体調の変化があるか、逐一報告してくれ」
「うん、わかったよ」
青い花のある場所へ近づくにつれ、ベニバナの様子が変化する。最初は楽しげにしている感じだったが、どんどん頬が上気していく。ちょっと内股になってきたのは、滾ってきたからだろうな。
「あの……タクト君。すごく体が熱くて、どうにかなっちゃいそう。これって、その……」
「このあたりが限界だな。チャイブに元に位置まで連れて行ってもらえ。俺は土壌の調査をしてすぐ戻る」
「うん……ハァハァ……そう、する」
真っ赤な顔になったベニバナが、チャイブに支えられながら街道の方へ戻っていく。本当に陰陽というギフトは厄介だ。地質の大きく異なる場所で試してみたが、ここまで影響力に振れ幅があるとは……
「ねえタクト、あれって」
「間違いなく性的に興奮していた。体調の変化を調べるとはいえ、悪いことをしてしまったな」
「多分だけど、許してもらえると思うわ。これが自分を知る手がかりになるんだもの。だって一番怖いのは、何もわからないって事だしね」
「そうかもしれないな。ありがとう、ジャスミン。ここまでやってしまったからには、しっかり結果を出すことにしよう」
再び周囲の土を採取し、ベニバナたちのもとへ戻る。頬の赤みも消え、調子を取り戻していたベニバナと一緒に、赤や黄色の花が咲く場所を回っていく。そして土壌の採取と体調の変化を記録していった。
◇◆◇
マジックバッグからテーブルを取り出し、白いカップをいくつも並べる。そこへさっき作った紫色の試薬を注ぐ。採取した土をきれいな水に入れ、魔法で不純物を沈殿。抽出した上澄み液を数滴たらす。
「あっ! 色が変わったよタクト様」
「これは不思議な光景ですね」
じっと見つめていたローリエとステビアが、感嘆の声をあげた。やたら体調が悪くなった場所は青緑に、そして興奮してしまった場所は赤っぽく変化する。
「出番だぞ、ローリエ。この原液を基準にして、赤が濃くなっていくのを左側、青から緑に変化していくのを右へ、順番に並べ替えてくれ」
「わかった! タクト様」
瞬間記憶の能力を持ったローリエは、微細な色の変化も見逃さない。俺にはほとんど変わらないように見える試薬を、一切迷うことなく並べ替えてくれた。
「ベニバナさんがあれだけ酷い目にあったのですから、そろそろ何をやっているのか教えてください」
「これは土壌の性質を調べてるんだ」
「性質ですか? 栄養が豊富に含まれているとか、水はけの良し悪しがベニバナさんの体調に関係するとでも?」
やはりニームでも、そこまでしか連想できないか。なにせこの世界に酸性やアルカリ性という概念がない。あるのはあくまでも経験則だ。
「あっ!? これって私の体調や気分が上がるのは左側で、調子が悪くなるのは右側だよ」
「よく気づいたな、ベニバナ。これは土の中に含まれている成分が、プラスとマイナスどちらに偏っているか、順番に並べた結果だ。所々に群生している花は少し特殊な性質があって、そのバランスで色が変化する。だからそれを目印にして、体調の変化を報告してもらった」
「それで少し移動すると、体が変になってたんだ……」
酸性とアルカリ性を司るのはイオンだ。酸は水溶液中に水素イオンが含まれ、アルカリは水酸化物イオンが含まれる。化学式のプラスとマイナスが示すとおり、これも陰陽と言っていい。
だから旅の途中や農作業中に、体調が変化しやすいんだろう。
「ニームに視てもらったおかげで、ベニバナのギフトは地面が露出した場所に反応するとわかった。恐らくだが、ある程度の広さと深さがなければ、その影響は弱くなるはず」
「兄さんの考察どおりなら、校庭や中庭が平気なのは、学園の地下が人工物だからですね」
つまりギフトで授かった感覚器官は、露出した大地のイオンバランスにのみ反応する、かなり珍しいものだということ。そうでなければ、果物を触ったり出来ん。
「畑とかで平気なのはどうして?」
「小麦なんかの農作物は、この色の土壌でよく育つ。なので体調にあまり影響がない。それに街道も周囲は湿地だから、畑の状態に近くなる」
多くの野菜や果実そして穀物は、中性から弱酸性の土壌を好む。水麦が育つような場所だと、水に満ちた土壌で暮らす微生物が酸素を消費し、中性へ近づける。
農作物が育つ段階で土の栄養分を使い、土壌は酸性へと傾いていく。雨が多い土地柄なことも、それに拍車をかける。沼地より微生物の働きがはるかに弱い乾地では、土壌を中和するため石灰などが入った肥料を使うしかない。そういえば稲は土が作り、麦は肥料が作るなんて、元の世界では言われてたっけ……
だから大量の肥料が小麦の栽培で必要になる。収穫のときにテンションが上がるのは、土の栄養分が少なくなっているから。そして施肥のときに体調が悪くなるのは、耕したり水をやる前の畑が、アルカリ性に傾きすぎているせいだろう。
「なら、マハラガタカへ行く途中の関所で、体調が悪くなったのは?」
「あの辺りは、カラッカラに乾いた土地だからな。そんな場所では土壌が青や緑の方へ傾く」
「うわー、そんな事までわかっちゃうんだ……」
マハラガタカのある場所は盆地特有の気候で、雨が非常に少ない。つまり土壌がアルカリ性に傾きやすいってことだ。寒暖差も大きいから、紫粒の栽培が盛んなんだよな。それもあってワインがマハラガタカの名産品だったりする。
「とにかく陰陽のギフトが、なにから影響を受けているかわかった。あとは学園長に相談して、その対策を考えてみよう」
「うん、本当にありがとう、タクト君。さすがニームちゃんが頼りにしてるだけはあるよ」
「上人を蔑ろにする兄さんも、これで少しは徳を積めたかもしれませんね」
「そんな徳など必要ない。今回のは貸しだからな。そのうちステビアをモフらせろ」
「私の紹介でチャイブに会えたんですよ。それでチャラでしょう」
「なに言ってやがる。チャイブ一人ではモフり足らんわ!」
日本の教育だと中学校で習うことだが、この世界には存在しない知識なんだぞ。もっと報酬を弾んでくれてもいいはずだ。
「この二人って、すごく仲がいいなぁ……」
「さっきも言ったが、ニームとはただの幼なじみ。それ以上でも以下でもない」
「それは私を女として見てないってことですよね。やっぱり兄さんは失礼な人です」
「そうは言ってないだろ」
怒った顔のニームが、掴みかからんばかりの勢いで、詰め寄ってくる。人のことを指差すんじゃない、そっちのほうが失礼じゃないか。それに胸が当たりそうな距離まで近づいてくるな。
ステビアの機嫌が悪くなるから、程々にしておけ。
「それに学園にいる時のニームちゃんとは大違いで、ちょっと驚いちゃった」
「学園では出してないみたいだけど、これがニームちゃんの素よ」
「それを引き出せるタクト君ってすごいね。やっぱりこの二人、お似合いだと思う」
俺の肩から飛び立ったジャスミンが、ベニバナの近くに行って話を始めた。とりあえずそっちは放置しておこう。それより俺は報酬について、じっくり議論せねばならん。二人でやいのやいのと盛り上がりながら、遊歩道を下っていく。
なんだかんだで前世の学生時代を思い出して楽しかったし、結果も出すことができて何よりだ。原因が土壌の性質とわかって、無駄に怯えなくても済むだろう。気をつけなければならない点はいくつもあるが、アレルギー体質なんかと同じで、徐々に避けるべきものがわかってくる。
あとはステロイド薬みたいなものを作り、発作が出たときに飲むなり塗るなりすればいい。その辺りは専門家と相談だな。まずは明日マノイワートへ行き、学園長に報告しよう。
次回は「0133話 学園長に報告」
ミントと一緒に学園へ行く主人公。
出迎えた学園長が着ているスーツは……?