0131話 ヒント
スツールに座ったベニバナが、両肘を膝においてガックリうなだれる。なんかアニメの最終回特集に出てくる、明日のボクサーみたいだ。口から半透明のものが出てないか?
「さて、簡単に試せることはすべて実行してみたわけだが……」
「新しい世界の扉を見た気がする」
「なにを大げさな。全部これまでやってきたことの延長じゃないか」
「あれは延長じゃないよ、別次元って言うんだよ! 従人の身体能力やタクト君の魔法、どっちも普通じゃないからね」
「まあ兄さんのやることですし」
たしかに神経を直接刺激するような魔法、普通は使ったりせんな。安全に発動できるようになったのは、野盗相手にあれこれ実験したおかげだ。魔法発展の礎になれた連中も、これで浮かばれただろう。
「相変わらずキミって、上人には容赦しないんだから」
「とってもスパルタなのです」
「これも旦那様が与えてくださる、愛の形なのでしょうか?」
「……あるじ様の魔法、すごい」
「タクトの魔法って、本当に面白いわね」
「キュゥーイ!」
「みんな毒されすぎてるっ!!」
重力に関する魔法がないから、物理の力は重要なんだぞ。加重や浮遊、そしてスピードなんかは、魔法だけで再現が難しい。精霊や仙術の力に加え、シトラスたちの身体能力がなければ、ここまで検証することは出来なかった。
「とりあえずわかったことが一つある」
「えっと……なにかな?」
「これまでの検査や試みで判別しなかったのは、体にかかる負荷が原因ではないってことだ!」
「今日やったこと、全部無駄だってことじゃないっ!!」
キレるなよ、ベニバナ。
気持ちは、わからんでもないが……
「そこでだ、ニーム」
「はいはい、わかってますよ」
「ハイは一回でいいぞ」
ステビアはシトラスへ敬意を払ってる感じだが、お前まで影響されてどうする。
「ずっとベニバナさんの魔力を視てましたが、何かしらのアクションで乱れることは、ほとんどありませんでした。つまり精神状態や体の負荷には、左右されないという事でしょう」
「なら環境はどうだ?」
「温度や湿度の変化、その他諸々もほとんど影響がないですね」
「そうなると別のアプローチが必要になってくるな」
元日本人の俺が、単語の直訳だけで推測するなら陰陽だが、この世界に霊的な現象は存在しない。レッツゴーな世の中ではないってことだ。そもそもベニバナに巫女服は似合わん。着せるならユーカリ一択だと、俺の魂が叫んでいる。
「まだ話の途中ですよ、兄さん。人工物が覆っている場所で変化はありませんでしたが、芝生の上や木の近くでわずかな乱れがあったんです。そこにヒントが眠ってるのではないかと」
「つまり自然に存在する何かから、影響を受けている可能性が高いってことか」
「もしかして、学園に入ってから調子がいいのは、そのせいなのかな……」
学園のある敷地は、地下がすべて人工物らしい。メドーセージ学園長の装備している指輪も、そこから出土したとのこと。地面の下に眠っている古代遺跡は、巨大建築物の地下部分とか言われている。大昔のワカイネトコには、ビルやショッピングモールみたいなものが、あったのかもしれん。
っと、いかんいかん。こうやって無駄に思考を巡らせていると、またニームに睨まれてしまうな。とにかく中庭や運動場も、純粋な自然ではないってことだ。
「ギフトの詳細を調べに、マハラガタカまで診察に行ったと聞いたが、そのとき体調はどうだった?」
「えーっと……関所を越えてから特に調子が悪くなって、みんなに心配かけちゃった。街についたら調子は戻ってきたけどね。結局、原因もわからないし、帰りも途中で調子が悪くなったりして、もう散々だったよ。マハラガタカへ家族で行くの、毎年の楽しみなのに」
俺は頭の中に、ワカイネトコからマハラガタカへ伸びる街道を思い浮かべる。あそこは山に囲まれた盆地になっており、関所は峠を超えた先に設けられていたはず。そうやって人の出入りを監視してるから、マハラガタカの治安はとても良い。
ギフトが自然界のなにかに反応するとして、体や病気の専門家にもわからない影響とは、一体なんなのか。学園長にすら突き止められないのだから、この世界では知られていない存在だろう。
「もう一つ聞くぞ。ベニバナの家は小麦も扱ってるそうだが、収穫にも関わってるんだよな?」
「最近は両親が心配するから、少ししか手伝えないけどね」
「その時に体調変化はあるか?」
「収穫って楽しいから、ハイテンションになることが多いよ」
「逆に体調が悪くなることは?」
「うーん……肥料とかあげる時かな」
なんとなくヒントが見えてきたぞ。この世界の生産者は、経験則だけでやっているはず。そこに存在する摂理がベニバナに影響しているのなら、天から授かった恩恵だ。それを確かめるには、あの場所が使える。
「市場に寄ってから、少し遠出をするぞ」
「おやつ買ってくれるの?」
「それはちゃんと用意してある。これから買いに行くのは実験材料だ」
こらこら、こんな事でしっぽを萎れさせるな。揺れるモフモフを見ながらじゃないと、移動が楽しくないだろ。
仕方ないので果物を買ってやると告げたら、途端に元気を取り戻す。まったく、安上がりなやつめ。
「お買い物のあとは、どこに行くです?」
「紅葉を見に行った場所の途中に、湖があっただろ。そこへ向かう」
「あそこは様々な色の花が咲いていて、きれいでしたね。もう一度見られるのは嬉しいです」
「あの……そこって私の体調に関係するの?」
「可能性はあるが、まだ断言できん。もし外れでも次を探すだけだから、まずは行ってみるぞ」
両腕を伸ばしてきたシナモンを抱き上げ、ミントと手をつなぎながら市場の方へ進む。そこで原因がわかったとして、ギフトの影響を抑える方策も考えてやらねば……
とりあえずいくつか試してみて、本格的にやるのは学園長と相談しながらにするか。
「やっぱりスタイーン国の上人って変わってるなぁ……」
「兄さんと一緒にしないで下さい、ベニバナさん。私は至って普通で真面目な学園生なんですから」
「ニームちゃんだってローリエと手を繋いでるじゃない。いくら幼い従人でも、普通はそんな事しないよ?」
「私はこの子の保護者ですから、当然のことをしているだけ。それに節度を持って付き合ってますし、主従関係の線引もしっかりあります。ですが兄さんはその辺りが全然で、お互いにやりたい放題なんですよ。大違いじゃないですか」
「確かにやりたい放題って部分は、同意できるかな。なにせ私が色々やらされるたびに、チャイブの髪がツヤツヤになっていくんだもん」
「あたいも、自分の毛がこんなにサラサラになるなんて、びっくりです」
言っただろ。従人ってのは、磨けば光るんだよ。チャイブも素材がいいんだから、これくらいは出来て当然。不思議なことなんて、何ひとつない。従人に手をかけず使役するってのは、宝石を無加工で身に着けるのと同じなんだぞ。
「ブラッシングって、そんなに楽しいことなの?」
「楽しいとは違うな。どちらかというと、心が満たされるという感じに近い」
「満足感を得られるってこと?」
「いい例えだな、ベニバナ。俺たち上人には、圧倒的に足りないものがある。それは、しっぽやケモミミに代表される、モフモフに他ならない。そうした心の隙間を埋めてくれるのが、従人という存在。つまりこうして触れ合うことによって、俺たちは更に高い地位へと進化するのだ」
「私たちが信仰してるダエモンとは、ずいぶん違うね」
宗教国家でもあるヨロズヤーオが崇めてるのは、従人たちが力を失ったあとに興されたもの。いわゆる新興宗教と言っていい。その教義が目指すところは、シトラスたちが使う術に近い力を、己の身に宿すこと。当時のことを知っていた開祖が、太古の力を欲したのかもしれない。
仮にそれを叶えるためには、魔法という力を捨てなくてはならないだろう。術のトリガーになるのは、間違いなく下位四ビット。上人がそこに何らかの影響を受けると、魔法が使えなくなってしまうのだから。
とはいえ論理演算師の力と異なる要因なら、どうなるかは俺にもわからん。だからその教えを否定したりする気は全くない。もし何らかの方法で上人も進化できるなら、面白そうだしな。
「なにがきっかけで俺たちが進化するのか、それは神にもわからないそうだ。ということは、科学や教養という要因以外で進化が訪れても、不思議ではないだろ?」
「たしかにそんな教え、聞いたことないね。みんな知ってるのは己を高めることと、慈悲を与えるってことだけだし」
そうした教えの元、この国は従人をファッションアイテムとみなす。人とは異なる存在を、自分の一部として扱うのは、施しの一環だ。俺にしてみれば慈悲などではなく、取り替え自由な道具扱いしてるとしか思えんが。
しかしベニバナたちの組合は違う。貴重な労働力として、長期雇用を保証している。冒険者にも出来ないことをやってるのは、この世界でも異端なんだからな。でなければ、今回の依頼を受けたりはせん。
実はお前自身、俺たちに近いんだぞ。
「それっぽい理屈を並べているように聞こえますが、単に自分の行為を正当化しようとしてるだけですからね。騙されてはダメですよ、ベニバナさん」
「筋金入りの従人信奉者だものね、タクトは」
「キュイッ!」
「いいじゃないか別に。ダエモンって宗教は、異端に寛容なんだ。これくらいで審問されたりはせん」
「それがダエモンのいい所ではあるんだけど、タクト君のは度を超えてる気もするなぁ……」
そもそも俺だって、人によってどこまで自分をさらけ出すか、ちゃんと考えているからな。ベニバナは一方的な偏見を持っていないし、従人の扱い方も及第点だ。もし今回のことがきっかけになり、ゴナンクと同じ変化がおきてみろ。アクセサリーのように使役されている従人に、変化が訪れるかもしれん。そうした種は、可能な限り蒔くことにしている。
幸せそうな従人を見れば俺の心は満たされるし、ベニバナのギフトが推測どおりなら、ワカイネトコは更に発展するはず。まさにウィン-ウインではないか!
そんな事を考えながら、市場へ向かって進んでいく。さて、異世界の知識を披露してやるとしよう。
ダエモン教:daemon→ダイモーン
(ダイモーン:人と神々の中間に位置する、超自然的存在)
主人公が気づいたこととは?
次回「0132話 どんな罰ゲームを想像してたんだ」をお楽しみに!