0128話 俺のことを独裁者とでも思ってるのか
待ち合わせ場所の広場に着いたが、まだニームたちは来ていないようだ。確かにこの場所なら遠くからでも見つけやすい。あまり土地勘のない俺たちでも、迷わずたどり着けたくらいだしな。しかしこのオブジェ、目立つ以外の目的でもあるんだろうか?
もしかすると、ただのアート作品かもしれない。
「……あるじ様、登っていい?」
「かなり頑丈な素材でできているし、基礎部分は地中に埋まってる感じだな。特に注意書きはしていないが、気をつけて登れよ」
広場にあるのは四角い柱頭の付いた、エンタシス状の丸い柱。柱頭や柱の外周には装飾が施され、地球にあった巨大神殿を彷彿とさせる。しかし上に建造物が乗っているわけではなく、高低さまざまな柱がいくつも立てられているだけ。一番高いもので、十階建てのビルほどだ。
低い円柱の上で子供が遊んでいたり、カップルで腰掛けてるやつも居るから、登って怒られることもないだろう。
「……行ってくる」
俺の腕から降りたシナモンが、低いものから順番に飛び移っていく。柱の間は結構離れているのに、助走もなしによく届くもんだ。
「シナモンさん、すごいのです」
「あのジャンプ力があるから、枝から枝へ渡っていけるんだろう」
「ボクも挑戦してみるよ」
そう言ったシトラスが、俺より背の高い柱に飛び乗る。こいつのジャンプ力も負けてない。
「なんだか二人とも、気持ちよさそうですね。あそこからはどんな景色が見られるのでしょう」
「ミントは半分くらいの高さでも、怖くなってしまいそうなのです」
「二人ともスカートなんだから、登ったらダメだぞ」
ミントはレベル六十七で、ユーカリはレベル六十二。どちらも身体能力だけなら、一等級のレベル五百程度。その気になったら登ってしまえるからな。まあミントは途中で足を踏み外しかねんが……
「私は飛んでいってみるわ」
ジャスミンが羽を大きく広げ、一気に上昇していく。最初はパタパタ飛び回るだけだったのに、今ではそこらの鳥よりスピードが速い。あの速度なら、スカートの中を見られることもないだろう。
「……やっぱりジャスミンに、勝てない」
「いくらレベルが上っても、ボクたちは飛べないしね」
「うふふ。タクトと出会えなかったら、ここまで飛ぶことなんて出来なかったわよ」
どうやらこれまで、一番高い柱まで登ることの出来るやつは、居なかったようだ。シナモンたちを眺めていたギャラリーが沸いている。
「なにか面白いものでも見えるかー?」
「大通りの交差点にー、ニームちゃんの姿が見えるわー。一緒にいる子ー、ちょっと固い表情だけどー、緊張してるのかしらー」
ここから顔まで判別できるとは、さすがジャスミン。レベルの上昇で、更に視力が良くなってるのかもしれん。ともかく大通りまで来てるのなら、じきに合流できる。俺の知識がどこまで役に立つかわからないが、出来るだけのことをしてみよう。レア従人を連れてくるって話だし!
◇◆◇
遊歩道の方からニームが歩いてきた。蒲公英色をした髪の女子学生も一緒だ。彼女がベニバナ・モッツァレラという、珍しいギフトの持ち主か。ジャスミンが言ったとおり、ちょっと緊張している感じに見える。
それはさておき、連れている従人のなんと素晴らしいこと!
丸みを帯びた三角の耳。かなり量のある髪は、もみあげ部分が特にボリューミー。青年期になると男は例外なく、あごヒゲが生えてくるんだよな……
胸や背中まで毛深くなる男は、従人としては敬遠されがち。女もきつめの顔立ちが多く、市場にはほとんど出回らない。しかし獅子種の真骨頂は別の部分にある。
あの細くてしなやかなしっぽを見ろ!
先の方についた小さな房が、とてもキュートではないか。
ここを語らずして獅子種の価値を決めるなど、愚か者の極み!!
世の上人たちは、まったく見る目がないな。
「相変わらず兄さんの従人は、みな自由ですね」
「うわー、一番高い柱に登ってるの、初めて見た……」
「猫種は高い場所が好きだからな」
「どうやって登ったんですか?」
「普通に柱から柱へジャンプしながら登っていったぞ」
「柱の間隔がかなり開いてるので、みんな途中で諦めちゃうんです。無理やり登らせて、落ちた従人もいますし」
さすが地元出身者、街の事情をよく知ってる。制約で無理やり行動させても、恐怖心は消えない。そんな状態では身体能力を十全に発揮できん。シナモンやシトラスみたいに、楽しめないと無理ってことだ。
とりあえず全員揃ったし、そろそろ呼び戻そう。俺は柱の近くに移動し、上へ向かって声をかけた。
「おーい、早速はじめるから降りてこーい」
「わかったー」
「すぐ行くわー」
「……とぉーっ!」
「えっ、あの子飛び降りちゃったよ!?」
シナモンが柱の上から、バンザイをするように飛び出す。仮面をつけたバイク乗りのジャンプと一緒だぞ、あれ。今度はキックも教えてやろう。
落下しながらクルクルと回転し、シュタッと地面に降り立つ。すると広場のあちこちから、拍手の音が聞こえてくる。これはシナモンにしか出来ないから、良い子は真似するなよ!
「降りるのはシナモンちゃんが一等賞ね」
「ボクも飛び降りてみればよかったなぁ」
「怪我はしないだろうが、シナモンのように音もなく着地するのは無理だろ。石畳を壊すとあとが面倒だから、やめておけ」
いつもの三白眼で腕を伸ばしてきたシナモンを抱き上げ、ニームたちの近くまで行く。ベニバナという女生徒は、まだ唖然としたままだ。
「驚かせて悪かったな。見ての通り怪我なんかしてないから安心してくれ」
「あの高さから飛び降りて無事なのは、きっと兄さんの従人だけですよ」
「シナモンさんの身軽さには、誰も勝てません」
「すごいね、シナモンちゃん!」
「……えっへん」
ステビアとローリエに褒められ、シナモンは得意そうに胸を反らす。いつもの無表情だが、仕草はとてつもなく可愛い。よしよし、顎の下を撫でてやろう。
「……うにゃー。あるじ様、もっと」
「いちゃついてないで自己紹介してください。ベニバナさんが困ってるじゃないですか」
おっと、すっかり自分たちの世界に入ってしまっていた。連れている獅子種を紹介してもらわねばならん。微妙に気後れしている感じのベニバナに、シトラスたちを紹介していく。
「えーっと、あの、はじめまして。ニームちゃ……さんのクラスメイトで、ベニバナ・モッツアレラといいます。こっちの従人はチャイブです。今日は……じゃなかった、本日はお忙しいなか貴重な時間を割いちぇ――あうっ」
「あー、変にかしこまらなくてもいいぞ。歳は俺よりひとつ上だと聞いてるしな。シナモンたちを見ていた時のように、気さくに話してくれ」
両親は穀物を取り扱ってる組合の幹部って話だったな。同じ家名持ちでも、冒険者上がりの俺とは格が違いすぎる。それにこっちは珍しい従人が見られるってことに加え、食材に関する地元の有力者と縁ができるという、下心満載で依頼を受けたんだぞ。舌を噛んでしまうような言葉遣い、無理にする必要はない。
「……いいの?」
「もちろんだ」
「ゲートキーパーに粛清されたり、ハンターが暗殺に来たりしない?」
「ちょっと待て。俺のことを独裁者とでも思ってるのか」
どうしてここでアインパエ帝国が出てくる。秘密警察と従人部隊の指揮官なんて、まったく縁がないぞ俺は。
「兄さんはアインパエから来た皇族だって噂があるんです。なにせ短期間とはいえ、学園生の下宿があっさり認められましたし、連れている従人がレアすぎるので」
「それにね、ニームちゃんの下宿先になってた場所って、身元のしっかりした人しか借りられない地区なんだ」
「オレガノさんとメドーセージ学園長の紹介状があったからな。俺自身はつい最近五つ星になったばかりの、成り上がりだぞ」
「ニームちゃんと同い年で五つ星って、普通は無理だと思うんだけど。それにオレガノ様のお抱え冒険者なんでしょ?」
「とにかく俺はスタイーン国の出身者で、アインパエとはなんの関係もない。それにオレガノさんのお抱えになったのは、あの人と気が合ったからだ」
いくらなんでも皇族とか飛躍しすぎだろ。仮にそれが事実だとして、ニームを預かった時点で大事になってしまう。なにせ中央図書館へアクセスするための鍵は、アインパエ帝国の皇帝が管理している。他国からの干渉や流出を防ぐため、皇族は自由恋愛なんてできなかったはず。
まあニームが皇子に見初められたなんて事になれば、親父のヤツは喜ぶだろうな……
とにかくこの機会に、そんな噂も払拭してしまおう。
次回、いきなり無茶振りする主人公。
「0129話 いきなりすぎて、それどころじゃないよっ!」をお楽しみに!