0127話 やっぱり兄さんには勝てそうもありません
大晦日と今日で連投したかったのですが、忙しすぎて無理でした。
2023年もマイペースな更新になると思いますが、よろしくお願いします。
ブラッシングを終えたシナモンを膝の上に乗せ、しっとり湿ったシトラスのしっぽにドライヤー魔法を当てていく。進化してモフ値が上昇した銀色のしっぽは、今日も俺に幸せを運んでくれる。
「ねぇ、しばらく狩りは休みにするの?」
「森も落ち着いたし、ギルドに納品を止められたから、特別な用事でもない限り、もう入らないぞ」
「キューイ」
「……森、飽きた。別のとこ、行きたい」
「森の中は、だいたい回り尽くしたものね」
「ニームと出会って予定が変わってしまったが、この街に来たのは観光と美味い食事が目的だったしな」
乾燥途中のしっぽが、へニャリと垂れてしまう。最初の方こそ気前よくドロップアイテムを買い取ってくれていたギルドだが、森の異変で滞っていた供給量を越えた辺りでどんどん焦りだす。しまいには支部長から直接、もう買い取りはできないと通告されてしまった。
俺のマジックバッグは生もの以外の売れ残りで一杯だ。これ以上増えると、必要なものが入らなくなってしまう。
「狩りに行けないのは残念だけど納得してあげる。でもまたハンバーガー作ってよ。あれ、すごく美味しいからさ」
「……卵とベーコンの、また食べたい」
「キュキュー」
「コハクちゃんはチーズ入りが好きなんだって。私は断然ピクルスが入ったのね」
ミントはきんぴらライスバーガーで、ユーカリは赤玉や青菜のやつが好きとか言ってたな。ニームたちにも好評だったから二度ほど作ったが、紅葉狩りの時もハンバーガーにしてやるか。
「そろそろ紅葉が見頃の時期だから、遠足の時にハンバーガーを作ってやろう」
「やったー!」
「うふふ、楽しみね」
「あまり感情を爆発させるな。しっぽが動いてブラッシングができん」
揺れ動くしっぽに本能が刺激されてるのか、シナモンがウズウズしだしたぞ。しっぽの動きに合わせて、視線が忙しく動き回る。このままだと目を回してしまうんじゃないか?
気をそらせるために顎の下を撫でると、うにゃーと言いながら甘えだす。相変わらずうい奴め!
「……あるじ様。遠足のあと、なにするの?」
「とりあえず、タウポートンへ行こうと思う。シナモンは行ったことないだろ?」
「……うん、楽しみ」
お風呂上がり組でそんな話をしていると、ニームたちが部屋へ入ってきた。眠るまでの時間、大きなベッドの上に集まってみんなでブラッシング。いつの間にやら、すっかり日々の習慣だ。
「タクト様ー。今日もブラッシングして」
「おお、いいぞ。もうじきシトラスが終わるから、こっちで待ってろ」
「……あるじ様の膝、はんぶんこ」
「ありがとー、シナモンちゃん」
あぐらをかいた足の上に座っていたシナモンが体をずらすと、そこへローリエが滑り込んでくる。ニームのドライヤー魔法で乾かしてもらったんだろう、サラサラしたしっぽと髪の感触が気持ちいい。猫種の従人が二人一緒に膝の上なんて、幸せすぎて昇天してしまいそうになるぞ。
「まったく、仕方ないですね。ローリエのブラッシングは任せましたよ」
「なんならステビアも一緒にやってやろうか?」
「ステビアがそれを望まない限り、兄さんにやらせたりはしません」
「今夜もよろしくお願いします、ニーム様」
日を追うごとに、ニームとステビアはベッタリになっていくな。寮も大きな部屋へ移るとか言っていたし、これからはベッドを連結して三人で眠るんだろう。ステビアのやつ、ブラシが通るたび、幸せそうな顔しやがって。まあ邪魔するなんて無粋な真似、やめておこう。こっちはローリエのブラッシングに集中するか。
「それにしても……兄さんのおかげで、色々とおかしなことになってしまいましたよ。ステビアと契約した時にやったレベル上げと同じくらいの時間なのに、効率が違いすぎます。たった数日で中堅冒険者と変わらないレベルとか、常識ってどこに行ってしまったんでしょうね」
「タイミングが良かっただけだ。普通はこんな一気に上げられないぞ」
「いえいえ、待ってください。いくらタイミングが良くても、マザースライムの出現予想と位置の特定なんて、普通はできませんからね。兄さんはまず自分の常識を疑うことから始めてください」
「経験値が一割しかもらえないボクたちも結構上がったよね。一体どれくらい倒したの?」
「軽く二万匹は超えてるな」
俺の答えを聞いてニームがため息をつく。別にこれくらい、呆れることでもないだろ。マザースライムってのは、五百から八百匹前後の分体を生み出す。その集団を四十個ほど潰しただけだぞ。毎日五か所程度みつければ、これくらい上がってもおかしくない。
「……レベル五十九になった、うれしい」
「私なんて三十一から一気に五十七よ。飛べる時間がどんどん増えて幸せだわ」
「あたしは七十一になったよ。ありがとう、タクト様」
「一生懸命スライムを倒したからな。よく頑張ったぞ、ローリエ」
頭を撫でてやると、嬉しそうに体を預けてくる。ローリエは二等級の品質九番なので、一等級換算だとレベル百四十二。学生が使役している従人としては、破格のステータスを得た。二等級で品質五番のステビアも七十四まで上がっているから、一等級換算でレベル百四十八だ。この二人がいればセルバチコや、以前シトラスが地下酒場で倒したタンジーのような従人に襲われない限り、切り抜けることが出来るだろう。
「本当にありがとうございました、タクト様。ニーム様はしっかりとお守りいたしますので、ご安心ください」
「学園内は比較的安全だと思うが、外ではなにが起こるかわからん。いくら強くなったといっても、ステビアよりステータスの高い従人は大勢いる。油断と慢心だけはするなよ」
「以前のような真似、二度とやってはいけませんからね」
「はい、タクト様、ニーム様」
キングオーガ級の敵をソロで倒すのはまだ無理だが、攻撃をいなす位なら今のレベルでもなんとかなるはず。なにせステビアは機先を制する能力が高い。恐らく動作の起こりを見抜くことに、長けているんだろう。レベル二十にも関わらずキングオーガから致命傷をもらわなかったのは、それがあったからだ。もしかしたら、その時に開花したのかもしれん。
「私もレベル六十になってるんです。特に魔法に関してなら、遅れは取りません。ちゃんと私を頼りなさい」
「その力、悪用するんじゃないぞ」
「しませんよ、兄さんじゃあるまいし」
「兄の理性を信じろ」
「そうは言うけど、キミって以前ギフトの力で、とんでもないことやらかしてるからね。信用しろって方が、無理な話しさ」
あれはシナモンがひどい目にあったからだ!
私利私欲のために使ったわけじゃない。獣人種のためになるなら、どんな力でも躊躇なく使うがな。
「兄さんの小細工くらい、私が止めてあげますよ」
「ほう、言ったなニーム。なら世界の広さを教えてやる」
俺はよく見ておけと言いながらニームの前に右手を掲げ、指をパチンと鳴らす。同時に小規模な事象改変がシトラスの近くで発動し、首筋に一滴水を垂らした。
「ちょっ、なにするのさ! 冷たいじゃんか」
「えっ!? いつ魔法を発動したんですか?」
「確かにお前の持つ力と感覚は強力だが弱点も多い。例えばそれを十全に発揮するには、心構えと集中力が必要になるとかな。いま俺の行動を見て、指から魔法が発動すると思ってただろ。これはミスディレクションといって、相手の思い込みや指を鳴らす音で気をそらせ、魔法の発動を隠すテクニックだ」
「くっ……相変わらず兄さんは姑息ですね」
「学園でやる競技大会じゃないんだ、正々堂々と正面から戦う場面なんて、ほとんど無いぞ。もしそこに居たのがステビアで、殺傷力の高い魔法だったらどうする。お前は護衛を失って孤立無援になっていた。全方位に気を配り続けるなんて人には不可能だから、あまり力を過信しすぎるなよ」
「で、ボクへの謝罪はしてくれないのかい?」
「今夜はモフり倒しながら寝てやる。それでチャラにしてくれ」
「まったく謝罪になってないよ!」
確かに今のは人の心理をついた方法だったから、あまり納得していない感じだな。仕方がない、もう一つ見せてやるか。
「他にもこんな方法で、魔法の発動を隠すことが出来るぞ」
おっ、さっきより集中してこっちを見てる。不意を突かれたこと、かなり悔しかったらしい。しかし、いくら注視したって無駄だ。
俺が魔法を操作すると、弱い風がニームの髪を揺らす。
「……いまのも全然視えませんでした。一体何をしたんですか?」
「お前は俺のアドバイスで、魔力を波として捉えている。いまのは風を起こす魔力の流れに、逆相の波形を混ぜて発動した。そうすると波同士が打ち消しあい、平坦になってしまう。俺のように常に魔力を放出している相手だと、発動が完全にカモフラージュされてしまうんだ」
「波が平坦になっても、事象改変する力は残っているということですか。参りました、やっぱり兄さんには勝てそうもありません」
「恐らく学園長も同じことが出来るぞ。だからその力を争いに使うのはやめておけ。誰かの暴走を止めたり、研究に活用する方がいい」
「自ら進んで戦火に飛び込んだりしませんよ。自分と従人たちの身の安全を守るため、この力を使うと決めていますから」
権力欲や出世欲が低くて良かった。ある意味ニームは、上人の天敵だからな。俺はこうして裏をかくことも出来るが、初見ならまず間違いなく制圧されてしまう。メドーセージ学園長なら、膨大な魔力で力押しも可能だろうが……
「あっ、そうです。兄さんの無駄によく回る頭と、胡散臭い知識を見込んでお願いがあります。聞いてもらえませんか?」
「そんな言い方で人にものを頼むとは、いい度胸だな」
「いいじゃないですか。可愛い妹のお願いなんですから」
自分で可愛いとか言うな。どちらかと言えば、お前は美人の部類だろ。まだ少女らしさが残っているとはいえ、その辺の成人女性では太刀打ちできない魅力がある。なにせ年上の男性から、やたら注目されるしな。俺が何度、視線で退散させたことやら。
まあいい。なにを言ってくるのかわからんが、聞くだけ聞いてやろう。
妹ちゃんの頼みごととは?
次回「0128話 俺のことを独裁者とでも思ってるのか」をお楽しみに。