0126話 パワーレベリング終了
ここ数日ですっかり見慣れてしまった森の中を、ミントの索敵とジャスミンの構造把握を駆使しながら進む。大きな岩に囲まれた袋小路や所々にある洞窟、そして小さな川が流れる渓谷。普段ならあまり行かない場所も、しらみつぶしに回ってみた。
「キュキュイッ!」
「この先にある岩場で、マザースライムが生まれたみたい。森の様子が少し騒がしいし、すぐに分化が始まると思うわ」
俺には森の変化なんてさっぱりわからんが、さすがジャスミンの感覚は鋭い。それにマザースライムの誕生を感知できてしまうコハクの力も最高だ。森の民である有翼種と、森の調律師である霊獣のコンビは最強すぎる。
「この先で大きな物音が三つするです。二本足で歩く音なので、人型の魔物だと思うです」
「ボクが行ってくるよ」
「……私も行く」
「私も行ってまいります、ニーム様」
「頼みましたよ、ステビア」
シトラスとシナモン、そしてステビアが森の奥へ入っていく。あの三人なら、キングオーガクラスの難敵が混ざっていても、切り抜けられるだろう。
「あっ!? 後ろからなにか飛んでくるです」
「兄さん、ここは私が」
マジックバッグから拳銃を取り出そうとした時、ニームがすっと俺の前に立つ。たった数日ですっかり頼もしくなったな。背中から伝わってくる気配は、中堅クラスの冒険者と変わらん。
ジャスミンの近くには土の精霊たちが待機しているし、守りの面でも不安はない。ここはお手並み拝見といくか。
「ストーン・ニードル」
あえて魔法名を口にしたニームが、万年筆ほどの太さがある石針を作り出す。森の奥から飛んでくるのは、赤茶色の体をしたレッドカイト。肉が固くて食用にならない魔獣だ。
翼幅一メートルを超える巨体のくせに、木々の隙間を縫うように飛び回る機動力がかなり曲者で、上位探索者でも相性次第で手こずってしまう。
「あれは私たちの天敵ね。すごく執念深くて、どこまでも追ってくるの。岩の隙間に隠れても、半日以上近くで見張ってるから、たまらないわ」
「ニームの魔法なら確実に仕留めてくれるだろう。なにせ避けようとしても無駄だからな」
真っすぐ飛んでいく石の針に気づいたレッドカイトが、急旋回しながら回避行動を取る。しかし魔法に特化したギフトを持つニームの前で、そんなものは無意味。石の針が軌道を変え、逃げていくレッドカイトを追い回す。そして二度攻撃をかわしたあと、頭を撃ち抜かれて絶命した。
「やりましたよ、兄さん」
「魔法で誘導弾を作り出すとか、本当にすごいな」
「ふふーん、どうです。私だって成長してるんですから」
ドヤ顔を決めながら近づいてきたので、赤くてきれいな頭に手をポンと乗せる。仮にも成人女性の頭を撫でるのは、いかがなものかと思う。だけどニームは嫌がらないんだよな。むしろ撫でて欲しそうに、頭を差し出してくるくらいだし……
シナモンやミントに、影響されたのかもしれん。まあ俺の方も撫で慣れてるから、全く問題ないのだが。
「ニーム様。頭でしたら、私が撫でて差し上げます」
「あたしも撫でてあげます、ニーム様」
「二人のナデナデも気持ちいいです」
戻ってきたステビアに、ニームを取られてしまった。俺にライバル心を燃すステビアは、相変わらず微笑ましい。それに普段はおとなしいローリエも、ステビアと一緒なら遠慮がなくなる。見ていて実にほっこりする光景ではないか。善き哉、善き哉。
「さて、明日から授業が始まるし、次のマザースライムを倒したら帰ろう」
「えー、もう終わりなの? まだ暴れ足りないのに……」
「……あるじ様、私の頭も撫でて」
「そろそろハクの体調も戻ってるようだし、これ以上は効率が悪くなる。〝ひのきのぼう〟を渡すから準備しろ。サクッと終わらせるぞ」
シナモンの頭を撫でながら、マジックバッグに手を当てて木の棒を取り出す。当初の計画はすでにクリアしているので、あまり無理をする必要はない。それより頑張ったみんなを目一杯労ってやる方が重要だ。
一度くらいステビアのブラッシングもしてみたいんだが、ニームもドライヤー魔法をマスターしたし、やらせてはもらえんだろう。今日の誘導弾といい、ニームの才能が恨めしいぞ。まあローリエは俺にも甘えてくれるので、シナモンとダブルでブラッシングしてやるか。
とにかく最後まで気を抜かず、怪我の無いようにしなければ。帰るまでがパワーレベリングだからな。
◇◆◇
品種の違う小麦粉に塩を加え、熱湯を注ぎ入れながらよく混ぜる。生地がボロボロと固まってきたら、体重をかけながらこねていく。しばらく寝かせたあとに再度こね、棒状に生地を伸ばす。もう一度寝かせたあとに、風の刃で均等にカット。白イモ粉をまぶして、麺棒を転がしながら丸くて薄い形へ。そうやって餃子の皮を、どんどん量産する。
「餡の準備はどうだ?」
「先ほど保冷庫から取り出しておきました。味も十分馴染んでると思います」
さすがユーカリだ。次にやりたい手順を先読みして、しっかり準備を整えていた。ふとシンクの方を見ると、サラダに使う野菜も全てカット済み。特に指示しなくてもやってくれるのは、とてもありがたい。
「それなら皮に包んでいこう。まずは俺がやってみるから、よく見ていてくれ」
皮の表面に薄く水をつけ、真ん中に餡を乗せる。二つ折りにして中央をしっかり圧着させ、ヒダを作りながら餃子の形に。
「これなら私にも手伝えそうです」
「形にはあまりこだわらなくていいからな。両方の皮がしっかりくっついてさえいればオーケーだ」
「タクト様、私も挑戦してみます」
「あたしもやってみる」
熱心に見ていたニームが声を上げ、ステビアとローリエも手伝いを申し出てくれた。ユーカリも入れて五人でやれば、あっという間に終わるだろう。精白をやってるシトラスたちは、間違いなく腹を空かせているし、短時間で終わるに越したことはない。
「兄さんは事もなげに作ってましたが、実際にやってみると、なかなか難しいものですね」
「ヒダの大きさがばらばらになってしまいます」
「タクト様ー、これでいい?」
「おっ! ローリエは上手だな。これならお店に出しても恥ずかしくないぞ」
瞬間記憶の能力ってのは、こういった部分にも発揮されるのか? 形の再現度が半端ない。しかも二個目や三個目も、ほぼ同一の形状だ。
餃子製造マシーンと化したローリエの活躍で、完成品が次々バットへ並んでいく。このペースなら、すぐにでも焼き始められる。
鉄板に油を引き餃子を並べて起動。蓋をしてしばらく焼いたあと、水を注いで蒸し焼きに。油を回し入れ、パリッとした焼き目がつけば完成だ。香ばしい匂いにつられて、シトラスたちが食堂へ集まってきた。
「すごくいい匂いがするけど、もうご飯食べられる?」
「見たことない形の料理なのです」
「……ヒダヒダ付いてて可愛い」
「ふふふ、きょうの料理はどんな味なのかしら。楽しみね」
「キューイ」
コハクは俺の魔力を吸収しているが、どうやら食べた物によって質が微妙に変わるらしい。それを味みたいに感じられるそうだ。餃子は喜んでもらえるだろうか。
「そろそろ餃子パーティーを始めるぞ。みんな席につけ」
酸味のよく効いたものや辛めの味付け、他には柑橘系と和風のタレ、そして黒たまりの煮汁とマヨネーズで作ったものを配り、みんなで席に着く。これだけあれば飽きずに食べられるはず。
「ふわっ、お肉がいっふぁい入ってておいふぃー」
「こらシトラス、口に入れたまま喋るんじゃない」
「美味しすぎて言葉が出ちゃうんだよー」
肉の量や質、そして味付けで変わるしっぽの動きだが、餃子はかなり気に入ってもらえたらしい。色々なタレを付けて口に入れるたび、しっぽが左右にワッサワッサと揺れている。
「……あふい、けどおいひい」
「火傷してないか? ちょっと舌を出してみろ」
「……んっ」
わずかに赤くなっているが、これくらいなら大丈夫だろう。餃子は中の肉汁が冷めにくいから、猫舌のシナモンにはちょっと食べづらいか。まあ餃子と水麦を口に入れ、天使の微笑みを浮かべているから平気だな。
「兄さん、兄さん」
「どうした、ニーム」
「学園を卒業して独立したら、料理人として兄さんを雇ってあげます」
「なにを言ってるんだ、お前は。以前オレガノさんから専属料理人にと言われて断ってるんだぞ。俺が腕を振るうのは自分の従人を幸せにするためであって、上人が喜ぶのはあくまでもオマケ。その信念はなにがあっても曲がったりはせん」
「筋金入りの従人信奉者なのはわかっていますが、私は上人とは異なる妹という存在です。別枠で尽くしたくなったりしませんか?」
「ならんわ!」
下位四ビットを全て一にして、動物っぽくなるのなら考えなくもないぞ。犯罪組織のボスにビット操作した時はキモいだけだったが、ニームなら可愛く変身できるかもしれんしな。
「将来有望な妹と、従人が二人もついてきて、とてもお得だと思うんですけどね」
「いくらセット販売にしたって、俺は釣られたりせん」
「三人まとめて幸せにしてくれるなら、時々ステビアのブラッシングもさせてあげたのに、残念です」
「なにっ!?」
俺は思わず椅子から立ち上がりかけ、慌てて動きを止める。
「――って、いやいや、ダメだ」
いかん、いかん。極上の餌がついた針に、思わず食いつくところだった。
「危なかったわね、タクト」
「キュイッ!」
「さすがニーム様です。旦那様のことに関して、一番の理解者かもしれません」
「仲良しさんなのです」
図書館で再会した頃に比べて、俺に対する当たりが柔らかくなってきたし、少しは認めてくれたってことだろう。魔法制御に関して、師弟っぽい関係にもなったしな。まあギフトの補正があるニームには、すぐ追い抜かれるだろうが……
向こうがどう思っていようと、こうやって軽口を言い合える距離感が、俺にとっては一番心地いい。なにせニームの立ち位置は、数少ない同年代の友人ポジションだ。それに互いの秘密を共有した、運命共同体でもある。非常識な力を持ってしまった者同士、うまく折り合いをつけながら付き合っていかねばならん。時間をかけて落とし所を探っていこう。
そんなことを考えながら、新しい餃子を焼いていく。
楽しい夕食の時間は、こうして過ぎていった。
次はリザルト回。
レベルの上がった妹が兄に挑んだのだが……
「0127話 やっぱり兄さんには勝てそうもありません」をお楽しみに!