0125話 パワーレベリング開始
新しい家で暮らし始めた翌日、ニームたちとハクの管理する森まで来た。学会開催中は授業がないので、この機会にパワーレベリングしようって寸法だ。新しい家のキッチンにあった設備で、ちょっと凝ったものを作ってみたから、お昼にはそれを楽しんでもらおう。
「どうだ、ニーム。息苦しくなったり、冷や汗が出たりしないか?」
「兄さんは心配しすぎです。私だってサーロイン家の一員なんですよ。あれくらいで心が折れるほど、弱くはありません」
「そうか。では予定通り始めるとしよう」
一度あんな姿を見てしまったし、心配くらいするだろ。まあ多少の虚勢はあったとしても、体が震えていたり顔色が悪くなってる様子もない。万が一フラッシュバックしても、俺が支えてやればすむ。ニームのレベルが上昇していけば、自信につながるだろうしな。
そんなことを考えながら、俺は冒険者ギルドで借りてきた魔道具を取り出す。
「それが分配器なんですか。初めて見ました」
「俺も使うのは初めてだ」
「さすがボッチですね」
うるさいぞ、ニーム。そもそもシトラスたちがいれば、他人とパーティーを組む必要はないんだよ。なにせミントでさえ、一等級換算でレベル三百七十六なんだぞ。ケモミミやしっぽを持たない人間に、どうしてこの俺が協力してやらねばならん。今回は特別なんだから、光栄に思っておけ。
「キミがその魔道具を借りた時、受付の人が変な目で見てなかった?」
「この魔道具は三種類あってな。最大人数に応じて二人のパートナー用、十六人がチーム用、六十四人でレギオン用と呼ばれている。これは二人用の魔道具だから、恋人同士とでも思われたんだろう」
「ちょっ!? なんてことしてくれるんですか! にっ、兄さんと、その……こっ、こっ、こっ、恋人同士だなんて、ありえません。噂になったらどう責任を取ってくれるんです」
「これくらいの事でいちいち騒ぐな。そもそも俺の家に居候してる時点で、噂になってると思うぞ」
「……ぐっ! そうでした。兄さんの口車に乗せられた挙げ句、私は取り返しの付かないことをしてしまったのですね」
「おいたわしや、ニーム様」
「元気だして下さい、ニーム様!」
はっはっはっ、口車とはなかなか言い得て妙ではないか。守ってやると言った以上、アフターケアをしっかりやってるだけだぞ?
まあ心配しすぎな気もするが、俺にとっては親心みたいなものだしな。人の噂なんぞ七十五日も経てば自然に収束していくもの。頑張って乗り切るがいい!
「タクト様はどうして二人用を選んだのです?」
「いい質問だ、ミント。二人用にだけ特別な機能があってな、経験値の分配率を変えられる。今回はニームたちのレベル上げが最優先だから、一対九の比率にしようと思う」
「その場合、わたくしたちの経験値はどうなるのでしょう?」
「すまないが、お前たちの分も減ってしまう。ステビアとローリエにはビット操作できないから、どちらも二等級の経験値が必要だ。それにニームのレベルも、できるだけ上げたいからな。これから数日は我慢してくれ」
二等級は初項が四で公差が八という、等差数列の和になる。もしレベル五十まで上げようとすれば、一万匹の魔物や魔獣を倒さねばならん。分配率は一対九が最大なので、一万千百十二匹必要だ。一等級換算でレベル百を超える力は身につけて欲しいから、まずはこの数を目標にしようと思う。
「……私たち、あるじ様がいれば、いつでも強くなれる。だから平気」
「よしよし、シナモンはいい子だな。ほれ、顎の下を撫でてやろう」
「……うにゃー。あるじ様、気持ちいい」
なんだニーム、お前もシナモンを愛でたいのか? ステビアのブラッシングをさせてくれるなら、シナモンを預けてやってもいいぞ。
「ハクちゃんの体調が戻っていく段階で、森スライムが大量発生するはずよ。場所の特定とタイミングは、私とコハクちゃんに任せておいて」
「キューイ!」
森で発生していた異常の終息宣言が発表されるまで、少なくとも数日のタイムラグがある。その間、俺たちが狩り場をほぼ独占できるわけだ。このアドバンテージを最大に生かさねばならない。こうしたケースは滅多に発生しないからな。
「俺たちが魔物や魔獣を間引くと、ハクの負担も軽くなる。準備をして森へ入るぞ」
ジュエリーケースに似た魔道具の上蓋を開け、そこに俺とニームの指輪を並べて差し込む。こういう作りになってるから、パートナー用を男女で使うと、いらぬ噂が立ってしまう。
だから恨めしそうな顔で見上げてくるなよ。お前たちが強くなるには、この方法が一番手っ取り早い。子供のままごとみたいに思っておけばいいだろ。どうせ数日で解消するコンビなんだし。
「この後の手順は覚えているな?」
「それ、本当にやらないとダメなんですか?」
「こっそりパーティーを組んで、経験値を搾取されないようにする為、こんな仕様になってるんだから諦めろ。文句はこれを開発したアインパエの技術者に言ってくれ」
「近々アインパエの皇女様が学園へ短期留学に来るらしいので、仲良くなれたら愚痴でも聞いてもらうことにしましょう」
ほう。皇族がわざわざ海を渡って、この国まで来るとは。さすがメドーセージさんがトップを務める、マノイワート学園ってところか。なにせあの人は皇族が保管してる資料を、見せてもらえるくらいだからな。かなり懇意な間柄ってことだ。
「とりあえずやるぞ」
「「エンゲージ」」
蓋についた二つの窪みにそれぞれの指を置き、同時に宣誓をする。すると真ん中に∞のマークが現れた。蓋を開けて指輪を装着すれば完了だ。リンク後のケースはマジックバッグに入れられないから、ニームに持っておいてもらおう。
さて、ガンガン稼ぐとするか!
◇◆◇
まだ少し時間は早いが、キリのいいところでお昼を取ることに。みんなよく動いたから、お腹が空いているだろう。森の開けた場所にレジャーシートを広げ、大きなバスケットを並べる。
「兄さん、熱湯が完成しましたよ」
「すまんな、助かるよ」
「まだ複合魔法はうまく使えませんが、これくらいなら私にも出来ます」
「加熱ってのは単純に見えて、意外に難しいんだぞ。下手くそなやつがやると、中の水を蒸発させてしまったり、容器に穴を開けたりするからな。複合魔法は最適化された制御の積み重ねだ。一つの魔法を無意識にコントロールできるようになれば、別の魔法に集中できる」
「そうやって雑談しながら魔力力場と電磁波を発生させて、ついでに清浄をやってる兄さんみたいになるには、一体どれほどの研鑽を積めばいいんですかね……」
こんなことで腐るんじゃない。シトラスのしっぽが千切れそうに揺れてるんだから、早く飯にしてやらないと可哀想だろ? だからニームにお湯を作ってもらったし、俺はおしぼりを温めつつ皆の清浄をやってるんだ。
あれこれ並行しながら準備を終わらせ、今日の弁当をお披露目する。バスケットのフタを開けると、そこに並んでいるのは耐油紙に包まれた丸い物体。
「今日はカレーの匂いがしてなかったけど、これなに?」
「これはハンバーガーという食べ物だ。今の家にはパン窯があるので、バンズを焼いてみた」
「……包み紙の色が違う、どうして?」
「これがレギュラータイプのハンバーガー。こっちはベーコンエッグバーガーと、竜田揚げバーガー。別のバスケットに入ってるのが、テリヤキバーガーと水麦を使ったライスバーガーだ。ライスバーガーはきんぴらと焼肉があるぞ」
「ミントは赤根と黒根の、きんぴらライスバーガーにするです!」
「こちらにはフライドポテトが入っていますので、自由にお取り下さい。ケチャップを付けて食べても美味しいですよ」
「細くて私にも食べやすそうね」
「ジャスミン用には、小さなハンバーガーを作ってるからな」
「嬉しいわ、タクト。大好きよ」
小さな包み紙を渡すと、ジャスミンが俺の頬にキスしてきた。毎日おはようとおやすみの挨拶にキスしてくるし、ジャスミンの愛情表現が一番情熱的かもしれん。まあサイズ的にも容姿的にも可愛いので、なにも問題ないが……
しかし、カレーパンを売り出す時に作った耐油紙が、意外なところで役に立ったな。色が数種類あり、テリヤキソースを通さない。湿ってもフニャッとしないから、ハンバーガーにも最適な紙だ。タウポートンへ戻ったら、余分に仕入れておこう。
「兄さん。この丸いパンの上に乗ってる、白い粒ってなんなのです?」
「これは白種だ」
「種って……食べ物ではないでしょ。鳥とは違うのですから」
「しっかり炒って食べると美味しいんだぞ。それに栄養価が高くて美容にもいい。このきんぴらにも使ってある」
まあこの白種、食料品店では手に入らないからな。俺が仕入れたのも雑貨屋だし。
だが美容と聞いて、ニームとステビアがピクリと反応した。やはり二人とも、気になるお年頃なのか……
「タクト様、すごく美味しい!」
「午後も動き回るから、しっかり食べておけよ」
「うん!」
ハンバーガーを一つ平らげ、ふうふう冷ましながら野菜ポタージュを飲んだローリエが、満面の笑みを浮かべながらライスバーガーを手にする。もりもり食べて、がっつりレベル上げして、ニームを守れるようになれよ。
「このタツタアゲバーガーというものが、とても美味しいです」
「ステビアお姉ちゃん、一口ちょうだい」
「いいですよ、ローリエ。はい、どうぞ」
「これを学食で出せば、人気メニューになるでしょうね」
「ライスバーガーはダメだが、バンズを使う方ならレシピを渡してもかまわないぞ。少々値は張るが、既存の調理法で作れる料理だからな。こんど学園長に相談してみるか」
あの人には流星ランクに上がる時、口添えしてもらっているから、少しは恩返ししておかねばならん。太古の力に関して、知恵を貸してもらうことがあるだろうし、こんど改めて挨拶に行こう。
「おーいシトラス。ほっぺたにテリヤキソースが付いてるぞ」
「えっ!? どこ、どこ?」
「俺が拭いてやるからじっとしてろ」
「うん、ありがとう」
本当にシトラスの食べっぷりは、見ていて気持ちがいい。ハムハムと頬張る姿が可愛いミント、天使の微笑みを浮かべながらかじりつくシナモン。唇についたソースをぺろりと舐め取る姿が、やたら色っぽいユーカリ。両手で持ったポテトフライと格闘するジャスミンは、ついついリスを思い浮かべてしまう。
こうやって幸せそうに食べる姿を見ているだけで、俺の心が満たされていく。
「なんだかもう、元の生活に戻れなくなりそうです。毎日の食事もそうですが、お弁当がこんなに美味しいなんて、驚きを通り越して呆れてしまうレベルじゃないですか」
「学生寮で自炊ができないのは、残念でなりません」
「今のお家にずっと住めないの?」
「あの家は借家だから、いずれ返却しないとダメなんだ。それに俺たちは世界中を旅する予定でな、秋の観光を終えたらタウポートンへ行こうと思ってる」
セイボリーさんとの契約があるから、そろそろ仕事をしておかねばならない。あとは各地の聖域を渡れるように、森の攻略も必要だ。できればアインパエにも行っておきたいが、冬の時期はちょっと難しいか。
「えー、タクト様とお別れするの、寂しい」
「俺もすごく寂しいぞ、ローリエ」
「あっ、そうだ! タクト様とニーム様が結婚したら、ずっと一緒にいられるよ」
「なっ、なっ、なんてこと言うんですか。兄妹で、その……結婚なんて、出来るわけ……」
「そうですよ、ローリエ。ニーム様には私がいます。他人が入り込む余地など、これっぽっちもありません」
なんかステビアの本音がダダ漏れだぞ。そういえば昨日はローリエと一緒に、ニームのベッドで寝たとか言ってたっけ。一軒家に住んでるからと変に暴走して、教育に悪いことをするなよ。
「ステビアって、もっとお堅いイメージがあったんだけど、すっかり変わっちゃったね」
「とても一途なのです」
「旦那様、今度はユリの花を教えてください。魔術で出してみたいです」
「……あるじ様、スープおかわり」
「ニームちゃんが来て、賑やかになったわね。すごく楽しいわ」
「キュイッ!」
俺たちはハンバーガーを頬張りながら、やいのやいの盛り上がるニームたちをそっと見守る。ユーカリにユリの花を教えたら、コミック本に出ていた背景を再現してくれそうだ。椿の花がポトリと落ちるような動きも教えてみるか?
しかしまあ、どちらかといえば、賑やかってより新鮮な気持ちのほうが大きい。まさか妹とこうやって過ごす日が来るなんて、事実は小説より奇なりとは、まさにこの事。しかも今は同棲してるんだもんな。
前世は一人っ子だったし、今世では家族と距離を取っていた。自分のパーソナルスペースに入れるのは、獣人種だけだと思っていたくらいだ。肌が触れ合う距離にまで近づかれてストレスを感じなかったのは、母親以外だとニームだけ。結婚云々はありえないとしても、気の合うパートナーとして良い関係を保っていきたい。
おっと、お湯が沸いたな。ほらシナモン、新しいスープが出来たぞ。
間はすっ飛ばして、次回は「0126話 パワーレベリング終了」をお送りします。
先の話へつながる仕込みと、今回同様後半は食事回。