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0124話 大人たちの思惑

 ワカイネトコ冒険者ギルド支部長のパチョリは、タクトたちが退出したドアをじっと見つめる。これまで接してきた五つ星冒険者との違いに、まだ理解が追いついていなかった。


 貢献点だけで上がることのできる四つ星までとは違い、五つ星にはわかりやすい武力が必要だ。現役で活動している冒険者たちも、屈強な従人(じゅうじん)を軍隊のように従えていたり、本人も歴戦の戦士という風貌(ふうぼう)な場合が多い。


 しかしタクトはまったく違う。社交界でも通用するスーツを着こなし、連れているのはコンテスト入賞レベルの従人ばかり。しかも戦闘に向かない兎種(うさぎしゅ)狐種(きつねしゅ)、そして極めつけに有翼種(ゆうよくしゅ)である。どう考えてもこの成果を出せるようには思えないと、執務室の端に置かれた大きなコンテナを見てため息をつく。



「はぁ……。いくらオレガノ様のお抱えだと言っても、いまだに信じられません。本当に先生が討伐に手を貸したりしてないのですよね?」


「森を焼き払うレベルか地形を変える規模でやれるなら別じゃが、魔法耐性の高いキングオーガを含んだ集団と交戦するのは、さすがに儂でも困難じゃよ」


「先生から連絡をいただき、森へ遺体の回収に入らせましたが、現場は多少荒れていた程度だったそうです。そうなると、やはりあの青年しかありえないということですか……」


「実際に見た訳では無いが、タクト君とその従人なら可能じゃと思っとる。そうでなければ、いきなり流星に上げろなんて無茶は言わん」


「一体、彼の力は……っと、それを聞くのはルール違反でしたね」



 パチョリは思わず腰を上げかけ、慌てて椅子に座り直す。他人のギフトをむやみに詮索しない、それはこの世界におけるマナーだ。特に冒険者は自分のアドバンテージを維持するため、秘密にしている者が多い。



「冒険者は実績が全てじゃからな。タクト君は災害級の氾濫を、たった六名で収束させてみせた。ドロップしたてのアイテムや魔晶核(ましょうかく)が大量に積まれとる以上、それは揺るぎのない事実じゃ。学園の生徒を窮地から救った実績、そして彼が持つ能力の一端を見せられ、儂は流星ランクの適正があると確信しとる」


「確かにこれだけの魔物が一気に湧けば、先生に応援をお願いしていたかもしれません」


「さすがに儂も年じゃからな。駆り出されんで助かったよ」



 数年にわたって発生していた森の異変で、ワカイネトコを拠点にする高ランク冒険者が減っていた。もし今回の氾濫を、自分たちだけで凌ぐことになっていたとすれば……


 目の前にあるコンテナを見て、パチョリはブルッと身震いする。おそらく数多くの従人が死に、怪我人も大勢でたに違いない。そんな事になれば森の資源が手に入りにくくなり、市民生活にも影響が出てしまう。


 最高戦力の一人であるマノイワート学園の長、メドーセージ・ゴルゴンゾーラを動員しなければならないほどの異常事態。それを個人の冒険者が誰の手も借りず殲滅した。常識の枠に収まらない人物を、星の数だけで分類するのは不可能だ。流星ランクになったのは、ある意味必然だったのだろう。パチョリは改めて、そう自分を納得させた。


 と同時に、新たな疑念が湧いてくる。



「先生を疑うわけではありませんが、その……彼の人間性はどうなのでしょう。先ほど話をした限り、年齢の割に落ち着いていましたし、教育もしっかり受けている感じでした。権力を笠に着るような人物には、見えなかったのですが……」


「学生時分から達眼(たつがん)のパチョリと呼ばれとったじゃろ。そんなお前が最終的に許可を出したのじゃ。もっと自分の洞察力を信じぬか」


「そのあだ名はやめてくださいよ、あまりいい思い出はないんですから」



 困った顔で見つめる教え子の視線を、メドーセージは涼しい顔で受け流す。実際、パチョリの人を見る目は確かだ。それがあったため、冒険者ギルドの支部長まで上り詰めている。



「霊獣に(あるじ)と認められるような男じゃぞ。敵対する連中には容赦しないじゃろうが、無関係な人物に対して無法を働くことは、まず起こらんよ」


「霊獣が人に懐くなんて、普通はありえませんよね?」


「かつての有翼種(ゆうよくしゅ)は霊獣と交流を持っておったし、神代(かみよ)の時代には野人(やじん)と行動を共にする事もあったそうじゃ。上人(じょうじん)に対してという記録なら、アインパエ帝国の初代皇帝が連れとったらしいの」


「なんだかこの先、彼が大陸の覇権を握りそうなんですが……」


「そうなったら面白そうじゃの。ふぉーふぉっふぉ」



 愉快そうに笑うメドーセージを、パチョリは半眼で見つめた。そしてとりあえずタクトの人柄と、自分の判断を信じてみようと思い直す。なにせ流星ランクにふさわしくない人物だと判明したら、認可の取り消しはいつでもできる。


 特殊な技能を持った人物が、冒険者ギルドに籍を置いている、そちらの方が重要だ。高額な報酬を求めてどこかの私兵になったり、安定的な生活を得るため警備隊に所属したりされては、冒険者ギルド全体の損失になってしまう。それなら自分たちの手駒にしておいた方がいい。


 そう結論付けたのだった。



「先生って、やたら彼のことを買ってませんか?」


「タクト君のような面白い人物に会ったのは、久々じゃからな。なにせ目利きの達人であるパルミジャーノが、先手を打って囲い込んだくらいじゃぞ。あやつがそこまでやったということは、よほど彼のことを気に入っとるんじゃろ」


「レア種の従人と有翼種を連れているだけでも目立ってるのに、パルミジャーノ様のお抱え冒険者だったなんて事が知れ渡り、ギルドもその話題で持ちきりですよ。しかも霊獣まで連れてくるとか想定外です。いったい彼はどこへ向かってるんでしょうね」


「タクト君が切り開く未来も気になるのじゃが、どうにかして学園に在籍してほしいものじゃ。いっそ研究室でも用意してやるか?」



 転生者の知識に触れてしまったメドーセージは、ついついそんな言葉を漏らす。いくら本能を隠すすべが身についたとしても、賢者のギフトが持つ知識欲には(あらが)えないのだ。


 こうして本人のあずかり知らぬところで、タクト獲得へ動き出す人物が増えたのである。



◇◆◇



 冒険者ギルドを出たメドーセージは、学園を目指さず商業区へ向かう。アンティークな木製の扉を開くと、澄んだベルの音がチリンと鳴った。



「この時間に店へ来るとは珍しいの」


「いらっしゃいませ、メドーセージ様」


「冒険者ギルドからの帰りでな。報告がてら、ちと寄ってみたのじゃ」



 突然現れた有名人を見て、冷やかしに訪れていた男が、そそくさと立ち去っていく。客が一人もいなくなったのを確認したオレガノは、メドーセージを店内のテーブルへ案内する。



「客を追い出してしまったようで、申し訳ないの」


「構わん構わん。あの手の客は、よく来るんだ。いちいち気にしとったら、商売にならんよ」


「有名店ならではの顧客じゃな」



 パルミジャーノ骨董品店のお得意様になるというのは、この街で暮らす富裕層にとって一種のステータスだ。顔だけでも覚えてもらおうと、足繁(あししげ)く通う者もいる。もちろんオレガノはそうした下心を見抜いており、その手の客には当たり障りのない対応でやり過ごす。そして本当に気に入った上客にだけ、店内で茶を振る舞う。



「それより茶でも飲んでいけ。セルバチコの腕が更に上がっとるからな」


「ほう。セルバチコの技術は完成されとると思っておったが、まだ伸びしろがあったとは驚きじゃ。誰かの手ほどきでも受けたのか?」


「ポットに水を入れる段階から気配りが必要だと、ユーカリさんに様々なことを教えていただきました」


「ユーカリというと、タクト君が連れとった狐種(きつねしゅ)の従人じゃな。いやはや、本当に彼の周りには、優秀な者が揃っとるのぉ……」



 お茶が完成するまでの間、メドーセージは一連の出来事を語っていく。二度と同じような事故が起きないよう、学園と研究所が連携して体制の見直しをする。そしてニーム・サーロインが受けた心の傷は、学園が責任を持ってケアしていくと。



「ニーム嬢に関してなら、タクトがそばにいる間は大丈夫だろうて。心的外傷(トラウマ)を残さないため、何度か森へ入ってみると言っておったしな」


「それからタクト君を流星ランクに上げておいたのじゃ」


「やはりお前さんに頼んだのは正解だった。これであやつの力が外部に漏れる確率は、大きく減る。それに大手を振ってタクト・コーサカを名乗れるようになるしな」


「新しいカードを作った時、タクト君がとても喜んどると、ミントが言っておった。儂にはさっぱりわからなんだがの」


「お前さんは名字の由来を聞いておるか?」



 お茶が運ばれてきたため一旦話を中断し、今度はタクトのことで情報のすり合わせを始めた。そしてメドーセージに前世のことや自分のギフトについて話したと聞き、オレガノはそっと胸をなでおろす。


 なにせメドーセージは世界的な有名人、その影響力はアインパエ帝国にまで及ぶ。彼の後ろ盾を得ておくことは、これから旅を続けるタクトの力になるはず。オレガノはそこまで考えて、メドーセージに相談してみろと提案していたのだ。



「タクト君と話すのは本当に面白い。こんなに心が踊ったのは、若い頃に異世界からアインパエへ飛ばされたという、不思議な老人と話をして以来じゃ。できればマノイワートに入学させたいくらいじゃよ」



 しかも彼の様子を見る限り、かなり気に入られている。単に知識をひけらかしただけで、メドーセージはこんな反応をしない。この世界とはまったく異なる学識や知見を、うまく言語化出来ているからだろう。その点に関して、タクトの適性は非常に高い。なにせタクトの話は、きちんと教育を受けた自分だけでなく、彼が使役する従人たちにも理解できているのだから……


 オレガノはそんなことを考えつつ、楽しそうに話すメドーセージに相槌を打つ。こうしてお茶の時間は過ぎていくのであった。


主人公は研究室に所属することになるのか?


次回は「0125話 パワーレベリング開始」です。

主人公の用意したお弁当とは?

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