0122話 学園長の実力
学園長の計らいで、少し休憩を取ることになった。俺はマジックバッグからスツールを取り出し、ステビアとローリエを座らせる。果実水を渡してやると、ローリエがとても喜ぶ。きっと慣れない場所で緊張して、のどが渇いてたんだろう。
「学園長先生。少し気になることがあるのですが、よろしいでしょうか」
「なんじゃね、ニーム君」
「学園長先生って魔力量が多すぎるため、その大部分を自然放出してるんですよね?」
ニームはそれを感じていたから、学園長より俺の魔力量が多いって判断したんだよな。
「前にも説明したが、その通りじゃよ」
「あの……本当はかなり放出を抑えてませんか?」
「どうしてそう思ったんじゃ?」
「学園長先生のつけている指輪を中心に、魔力が循環しているんです。それに漏れている魔力がすごく濃密なんですよ。もしかすると放出される魔力を取り込みながら、濃縮してるんじゃないかと思いまして……」
げっ、そんな事ができるのか。ということはあの指輪、相当な希少品だぞ。なにせその技術が獣人種の叛心に火をつけたので、反乱が収束したあと神の手によって封印されたからな。目の前にある無骨な指輪は、失われた技術で作られた、太古の遺物ってわけだ。
「なんともはや。ニーム君はこの短時間で、その域まで達したというのか」
「つまり正解なんですね」
「ニーム君の言う通りじゃよ。儂はこの指輪で魔力を循環させておる」
「そうすることで、なにかメリットがあるのか?」
もし魔法の規模や効率に影響するなら、俺も試してみたい。今さら普通の属性魔法を使いたいとは思わないが、他にも色々と応用は利くだろう。
「もちろん効能はある。それは健康増進と、抜け毛予防じゃ」
「は?」
「健康増進と、抜け毛予防じゃ」
サンタになったのはそのせいか!
髪といいヒゲといい、フッサフサだもんな。
「まさかとは思うが……その指輪を取った途端、老け込んだり毛が抜けたりなんてことに?」
「そんな劇薬みたいなアイテム、怖くてつけられんわい」
学園長が指輪を外すと、その存在感が大きく膨れ上がった。どうやら認識阻害系の効果もついているようだ。徘徊老人と間違われるのは、指輪をつけているからっぽい。
それと同時に風が吹いたように服がはためき、体の周りにオーラのようなものが見え始める。魔力が可視化できるなんて、どんだけ放出してるんだよ……
「ちょ、これって!?」
「ステビア。ニームとローリエを連れて、俺の後ろに来い。それからギフトの発動は完全に止めておけ」
凄いな、まだまだ上がるぞ。これは俺なんか足元にも及ばない。賢者のギフト持ちは、ここまで規格外なのか。
「タクト君は本当に器用な魔力の使い方をするの」
「小細工だけは得意でな」
前方へ展開した別の流れに沿って、学園長の魔力が逸れていく。かなり薄い障壁なので、俺でも作り出すことができる。要は電子レンジ魔法で使う、電磁波シールドの応用だな。
ただし相手の魔力が膨大すぎて、反射させるのは不可能だが……
「学園長先生もすごいですが、兄さんも大概ですよ。ギフトの力なしで、どうしてそこまでできるんですか」
「言ったよな、年季の差だと。俺の教えるコツを身に着けていけば、ニームならすぐ追い越せる」
「もしかしてニーム君がギフトを使いこなせるようになったのは、タクト君が教えたからなのか?」
「俺は簡単なアドバイスをしただけだ。魔力の流れや密度、そして質感まで掴めるようになったのは、ニームの才能に拠る所が大きい」
学園長が指輪をつけ直したので、俺も魔法障壁を解いてソファーに座る。まったく、世の中にはまだまだ俺の知らないことが多い。人がここまでの魔力を内包できるとは。
「どのようなアドバイスをしたのか、よければ教えてもらえんじゃろうか」
「魔力を波に例えてみた。振幅が強さ、波長が質といった感じだ」
「魔力理論で、同じことを提唱する者がいた。君はその論文を読んだことがあるのかね?」
「それは初耳だ。その手の本は読んだことあるが、大抵は液体に例えられてるからな」
「ならタクト君は独学でそこに辿り着いたと……」
前世の知識だが、さすがにそこまで明かせるかは、まだ判断できん。
「液体という例えは、なんだかしっくり来なかったんです。でも兄さんから振動という捉え方を聞き、自分の中で何かがストンと噛み合いました」
「これは理論の再検証が必要かもしれんの」
「感じ方っていうのは人によって異なる。波という例えは、たまたまニーム向きだったのかもしれないぞ?」
「そうかも知れぬが、これまで長い時間をかけて魔導士がたどり着いた領域に、ニーム君は立っておる。その才能を開花させた助言、無碍にすることはできんじゃろ」
魔力の流れや質を感じられるのは、そこまで凄いことだったのか。これだけの逸材だと知れ渡れば、学会や研究所が放っては置かないだろう。家から独立したいというニームの願い、意外に早く叶うかもしれん。
そっと隣を見ると、かなり嬉しそうな顔が目に映る。俺もできるだけ手を貸してやるから、あの親父に負けないだけのコネを、学生時代に作っておくんだぞ。
◇◆◇
子供の従人を立たせておくのは外聞が悪いと学園長が言うので、ステビアとローリエはスツールに座らせたまま報告を再開する。今度は氾濫の詳細や霊獣についてだ。
「なんと、キングオーガまで……」
「さっきも言ったが、今回の氾濫は異例中の異例だ。こんな事をいちいち想定していたのでは、森に入るだけで軍隊を動かさなければならない」
「霊獣って、森の魔素に流れを作る役目があるの。淀みや空白地帯を無くすことで、森の均衡を保つってわけ。そして、まれに体調不良をおこすんだけど、私たちで言う頭痛や風邪と同じ感じね。原因は本人たちにもわからないみたい」
「キュ!」
「魔物や魔獣の配置が変わってしまうのは、どうやらそれが起きたときのようだ。つまり森に発生した病気を、霊獣が治療しているのかもしれない。そのバランスが崩れた時に、体調不良を引き起こすんだろう」
森だってある意味、一つの生命体と言える。何らかの原因でウイルスに感染したり、アレルギー反応が出てもおかしくない。そうした症状から森を守る、白血球のような存在が霊獣だ。色が白だけに!
そんな憶測も交えながら、学園長と話を進めていく。それにしても賢者ってギフトは本当にすごい。なるべくこの世界の学識に置き換えているが、俺が話す内容を即座に自分の智慧として昇華している。
賢者と言葉を交わすのは、こんなに楽しいことだったのか……
「兄さんと学園長先生の話、私にはついていけません」
「すまん。つい夢中になってしまった」
「タクト君とニーム君は幼馴染という話だったが、いつ頃知り合ったのかね?」
「家が近いということもあって、物心つく頃にはお互いの存在を知っていた」
「つまりタクト君が転移者の線は薄いということじゃな」
げっ!? ついつい語りすぎたのは失敗だった。これはもう誤魔化しようが、ないかもしれん。
「誰かの生まれ変わり……いや、タクト君の場合は、違う世界の記憶を持って生まれた、そうではないか?」
「その推論に至った根拠を聞かせてほしい」
「先程ニーム君に〝年季の差〟と言ったじゃろ。その言葉に違和感を感じて、タクト君の話を注意深く聞いとったんじゃ」
あー、やらかしてしまったな。俺に色々語らせたのも、それを確かめるためだったと……
「それにニーム君と同い年という割に、タクト君は老練しすぎとる。しかも知識体系が明らかに儂らとは違う。ならば結論は、自ずと絞られるじゃろ?」
「俺の失言もあったが、よくその答えにたどり着けたものだ。さすが賢者といったところか」
「それこそ年季の差じゃよ」
「まいったな、もう降参するしかない。俺が生まれたのは、この世界の母親からだ。しかし生を受けた瞬間から、別の世界で生きていた時の記憶を持っていた――」
こうして俺はメドーセージ学園長に、全てを話すことになる。論理演算師のギフトや、位取り記数法の知識。そしてその力によって蘇らせた、太古の力。
それを聞いた学園長から、記録に残されていない情報や噂を、教えてもらうのだった。
学園長「大切なことなので二度……」
◇◆◇
次回は「0123話 ローリエの才能」です。
第118話で出てきた二つ名に関する異能とは?
お楽しみに!