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0121話 コハクの能力

 ステビアに小さな手提げかばんを渡し、ローズマリーにもらった薬を持ってもらう。やはり彼女は薬師(くすし)のギフト持ちだった。年齢的にまだ練度は低いと思うが、それでも市販の薬より効果は高い。しかもギフトの補正で品質は常に一定だ。



「女性というのは視線に敏感なんです。よその従人(じゅうじん)にいやらしい目を向けるのは、やめて下さい。なんですか、()か……じゃなくて、下の方ばかり見て」


「俺は神聖なものを崇めてるだけに過ぎん。いやらしいとは、なんたる冤罪。なにせそこにしっぽがあるんだ。見つめてしまうのは自然の摂理!」


「はぁ……。兄さんに自重を教( 駄目だこいつ… )える道は長(早くなんとか)そうです(しないと…)



 だからジト目で睨むなというのに。ここは学園の中なんだぞ、自分のイメージが崩れてもいいのか? それにまた変な扉が見えてしまっただろ。しかも今回は黒いノートを持った男まで現れたぞ。



「クゥクゥクゥ」


「ニーム、ストップだ」


「えっ!? 突然どうしたんです、兄さん」


「(コハクが警戒の鳴き声を上げた。誰かが俺たちに悪意を向けている)」



 俺はネクタイを直すふりをしながら、ニームとローリエをそっと壁際に寄せる。



「(そんなに強い感情じゃないみたいよ)」


「(ステビア、どこかに気になる人物はいるか?)」


「(ニーム様を何度もお茶に誘っていた男子生徒が、廊下の端からこちらを見ています)」



 それを聞いて俺は警戒を解く。今のはおそらく嫉妬の感情だな。コハクが警告したくらいなので、それなりに強い波動だったはず。しかし鳴いたのは一度だけだ。ニームが男と親しげに話してる姿を見て、一時的に火がついたってところか。


 とにかく男の嫉妬が、俺に向けられている限りは問題ない。それにステビアのレベルを上げまくる予定なので、校内や寮の安全も確保できるようになる。



「問題なさそうだから行こう」


「平気なんですか?」


「俺を襲ってきたら返り討ちにしてやるし、ニームになにかしたら死んだほうがマシって目に合わせてやる」


「兄さんが誰かに遅れを取るってビジョン、なぜか湧いてこないんですよね。生活魔法しか使えないくせに……」


「俺を倒すのは簡単だぞ」


「あるんですか? そんな方法」


「モフ値の高い従人に、襲わせるだけでいい。俺は無抵抗でその身を明け渡す」



 その場合、拘束してモフり倒してしまうかもしれんがな!

 呆れ顔のニームにエスコートされながら校内を進む。すると立派な観音開きの扉が見えてきた。あれが学園長室か。



◇◆◇



 入室の挨拶をして中に入ると、執務机の奥に座る赤いスーツの老人。サンタだ、サンタクロースが居やがる!


 白髪に白いヒゲ、そして襟や袖口(カフス)だけ白い赤スーツ。この人は狙ってやってるのか? 紅白のナイトキャップをプレゼントしたい……



「相変わらず派手な色の服を着てらっしゃいますね、学園長先生」


「ふぉっふぉっふぉっ。目立つ格好をしとらんと、学園に迷い込んだ老人と間違われるからの」



 待て待て。いくらなんでも学園のトップを、徘徊老人と間違ったりせんだろ。



「そういえば先日、研究棟の方へ連れて行かれそうになったとか」


「あの日は実験中に服を粉々にしてしまっての。仕方がないので白衣一枚で着替えを取りに行ったんじゃが、運悪く警備員に見つかってしまったのじゃ」



 どうやら臨床試験の被験体と間違われたらしい。服が粉々になる実験ってなんだ? それに全裸の老人を使うとか、なにを開発してるんだろうな、ここの研究所。


 てか、本当にこの人は服で身分を判断されてるらしい……



「そろそろ本題に入らせてもらっていいか?」


「おっと、これはすまんことをした。タクト君じゃったな。さっきの騒動、見とったよ。なかなか面白い魔法を使う」


「あれは保安上、問題があったと反省してる。ペナルティーは全て俺が受けるから、ニームはお咎めなしにして欲しい」


「あの程度なら構わんよ。想定しとる事態に比べたら、トラブルのうちにも入らんからの」



 門番が特に慌ててなかったのは、それが理由だったのか。どの程度の事態を想定してるのか、ちょっと興味がある。



「とりあえず自己紹介からじゃな。儂はマノイワート学園の(おさ)をやっとる、メドーセージ・ゴルゴンゾーラじゃ。このたびは当学園の生徒を保護していただき、感謝の念に耐えん」


「俺はパルミジャーノ骨董品店から派遣された、四つ星冒険者のタクト。肩に座っているのは有翼種のジャスミン。そしてもう一人は霊獣のコハク。ワカイネトコ最寄りの森で守護者をやっている霊獣の子供だが、(ゆえ)あって俺と魔力的な繋がりができてしまい、使役獣のような関係になっている」


「よろしくお願いするわね」


「キューン」


「いやはや。見目麗しい従人や有翼種を連れとるタクト君の噂は、儂の耳にも届いとった。まさか霊獣まで連れてくるとは想定外じゃったがの」



 とりあえずソファーを勧めてくれたので、ニームと並んで腰掛ける。さすがに従人を座らせてくれるようなことはないか。お茶を()れてくれたのも、学園長に呼び出された事務員っぽい女性だ。



「こちらが森で発生していた魔素(まそ)の異常のみを、まとめたレポートです。細かい経緯はまず口頭でお伝えし、学園長先生のご意見を踏まえた上で、成果物の形にしたいと考えています」


「この場に有翼種や霊獣を連れてきたことで察してもらえると思うが、今回の事案はこれまでの常識や研究を覆しかねない。学会を混乱させるなんて本意ではないので、騒ぎを引き起こさないための舵取りが必要になる」



 そんなことにでもなれば、困るのはこの学園だろう。なにせマノイワート学園は、研究所からの補助金や献金で、経営が成り立っている。その屋台骨が崩れでもしたら、学園も大ダメージだ。



「そして俺の大切な者たちが研究対象になったり、その能力を欲する連中から狙われるなんてことは、絶対に避けねばならん。そうならないために、学園長の知恵と力を貸して欲しい」


「タクト君は名声より平穏を望んでおる、という理解で構わんかな?」


「その通りだ。俺は自分の手が届く範囲にある大切なものを守りながら、のんびり楽しく暮らしていきたい」


「なるほどの。セルバチコから預かった手紙に書いとった通りの人物じゃな。パルミジャーノが気に入るわけじゃ」



 オレガノさんも親しい者だけで気ままな旅がしたいという理由で、商隊を組んだり護衛を雇ったりしないと明言していた。御用商人の地位もあまり重要視しておらず、それが紹介状を書かない理由の一つになっている。地位や栄誉にこだわりがない部分は、俺と似ているのかもしれない。


 とにかくまずは話を聞くということで、ニームが遭遇した森の異変に関する部分までを伝える。



「まさか、そこまで深刻じゃったとは……」


「さすがにこの事態を想定するのは不可能だ。森に異変がなければ、彼女でも十分に任務を遂行できたはず。今回の件は、ある意味運が悪かったと言える。相応の実力と冷静な判断力がなければ、切り抜けるのが困難なトラブルだったのだから」



 ニームのために、できるだけ等級の高い女性冒険者を探してくれたんだろう。それに護衛任務が得意という、自己申告も嘘じゃない。



「しかし研究所が冒険者を選定する際に、大きな見落としがあった。四つ星ってのは貢献点だけで上がれる等級なのは知ってると思う。どうやら今回の護衛は、野盗討伐だけでそこまで昇級したらしい。俺が見た現場の状況から判断すれば、森での護衛任務に関する適正はゼロだ」



 ラベージという冒険者は森にほとんど入ったことがなく、的確な状況判断を下せなかった。挙げ句にローリエを無駄死にさせようとしたり、ニームを捨てて逃げようとするなど、最悪の手段を取ってしまっている。



「あの、学園長先生。護衛の選定に関わった人を処罰するのは、やめていただけませんか?」


「当事者のニーム君がそう言うなら咎めたりはせぬが、選定基準の見直しは徹底させるぞ」


「はい、それで構いません」



 ニームはまだ心のどこかに、自分のわがままがこの結果へつながったという、罪悪感を抱えたままだな。これは時間が解決してくれるのを、待つしかないか……



「今から伝える詳しい内容で、森の異変はとても危険だという教訓にして欲しい」



 ここまで話をしてみた限り、メドーセージ学園長は変な詮索をしてこない。おそらく心の中では、霊獣のことを聞きたくてたまらないはず。なにせ貪欲に()を追い求めるのが、賢者というギフトを持った者の宿命だからだ。


 やはり学園の長に収まっていられるだけあり、かなり理知的なんだろう。これなら核心に近い部分まで話しても、問題なさそうだ。


次回は「0122話 学園長の実力」をお送りします。

うっかり相手のペースに乗せられる主人公。

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