0120話 ツインドリル
誤字報告、ありがとうございました!
まだ新しい環境に慣れてないので、細かいミスが増えるかもしれません。
俺は黒いスーツに着替え、下襟の穴にラペルピンを通す。チェーンの先についた小さな宝石を、少し離れた場所に刺せば完了だ。
「うーん……なんだかいつも以上に兄さんが厳つく見えます」
「フォーマルな格好ってのは、どうしても威圧的な雰囲気が出てしまう。それくらいじゃないと、社交界ではナメられるからな」
「今から行くのは学園ですよ? 生徒たちを脅してどうするんですか」
一晩たって、ニームもだいぶ調子を取り戻した。ぐっすり眠れたおかげだろう。多少は回復してくれんと、抱きまくらにされた俺の苦労が無駄になる。まったく、足まで絡めてきやがって……
とりあえずステビアに見つかったのが、ニームを引き剥がしたあとで良かった。俺のベッドで寝たと知り、微妙に機嫌が悪かったからな。どれだけニームのことが好きなんだ。
「とにかくそろそろ出るぞ」
「じゃあ行ってくるわね」
「キュキューイ」
俺はジャスミンとコハクを肩に乗せて家を出る。ニームと同行するのは、ステビアとローリエ。冒険者ギルドへ行くことになれば、残りの四人には付き合ってもらう。
「少しは自重というものを覚えてくれたようで、私は嬉しいですよ」
「さすがに大人数でゾロゾロ行っても迷惑だしな。それにあの四人が学園なんかに入ってみろ、男従人をまとめて虜にしかねん」
「ちょっと自信過剰すぎませんか……なんて言えない所が恐ろしいです。兄さんの従人は、学園でもかなり噂になってましたので」
とはいえ、有翼種と霊獣がいる時点で、確実に騒がれる。学園生たちの目をうまく躱せればいいのだが、校舎の構造上それは難しい。なにせ学園長室があるのは、最上階なのだから。
「この世界にもエレベーターがあれば……」
「なにか言いましたか、兄さん」
「ただの独り言だ」
「そろそろ人が増えてきたので、シャキッとして下さい。周りには通学生もいるんですよ」
さっきから注目されまくってるので、もちろん知っている。それにヒソヒソ話す声も、耳に届いてるぞ。まあ学年の主席が男を連れて歩いてるんだ。噂されるのは当然だろう。
そんな視線を受け流しながら、並んで街を歩く。ニームの姿勢って本当にいいよな。背筋がピンと伸びて、真っ直ぐ前を見つめている。昨夜ベッドの上で見せた姿とは大違いだ。
「そろそろ門が見えてきます。兄さんも準備して下さい」
「わかった」
ニームは腰のポーチから学生証を取り出し、俺はマジックバッグから冒険者証を出しておく。
「おはようございます。第三百八十四期生ニーム・サーロインです」
「俺はパルミジャーノ骨董品店から派遣された、冒険者のタクトだ」
それぞれのカードに魔力を流すと、俺の方は冒険者ギルドの紋章が、そしてニームの方は校章が浮かび上がる。警備員はそれを確認したあと、服の襟につけた徽章を見て、挙手注目の敬礼をしてきた。
ちょっと大げさすぎないか? 周りの生徒や研究者らしき大人がざわついてるぞ。
「オレガノ・パルミジャーノ様の懐剣と名高いタクト様ですね。お会いできて光栄です」
ちょっと待て。お抱え冒険者になっておくとは言ったが、いつの間にそんな肩書がついた。そもそもその話が出たのは昨日なのに、どうして巷で話題の有名人みたいな扱いになってる。一体どんな書簡を送ったんだ、オレガノさんは。
「最強の従人を連れたオレガノ様が冒険者を雇うって、なにかの間違いじゃないのか?」
「胸の徽章を見てみろよ。あれは間違いなくパルミジャーノ骨董品店の紋章だ」
「あの青年、よく店に出入りしていたぞ」
「なら本物なのか……」
周りに人だかりが出来てきたじゃないか。どうするんだこれ。
「ニーム様とどういったご関係なのかしら」
「ちょっと距離が近いのではなくて?」
「憧れのニーム様が、あんな男と……」
さすがに人気者だな。ニームが自分のイメージを大切にしてる気持ち、少しだけわかる。
「あの肩に乗ってる人形って、もしかして有翼種?」
「ホントだ、動いてる!」
「首にいる白い動物も生きてるぞ」
「毛皮じゃなかったのか」
やばいな、これ。このままだと押しつぶされかねん。敷地内に一つしかない門は、学生だけでなく職員や研究者も通る。そのせいで門の周囲は大渋滞。
警備員の一人が通用門を閉めてくれたが、時すでに遅し。これは強引にでも抜け出したほうが良さそうだ。
「従人と使役獣がいるのだが、このまま入っても問題ないか?」
「よろしくね」
「キュイッ」
「はい。タクト様に同伴してきた者は全員お通しするよう、学園長から仰せつかっております」
よし! 入場許可の言質は取った。あとはこの人だかりを突破するだけ。
俺は自分の足元に魔法をセットする。
「ニームはステビアの手をしっかり握っておけ。ローリエは俺と手をつなぐぞ」
「うん!」
「そんな場所に魔力を収束させて、なにをするつもりなんですか」
「目くらましの魔法を発動する。合図と同時に走るから、そのつもりでいろ」
ニームとローリエの手を握り、設置し終わった魔法に点火。すると白いスモークが一気に吹き出す。
「校舎まで走れ!」
「なっ、なんだ、この煙は」
「前がまったく見えん」
「なにか燃えてるの!?」
「違う、これは魔法だ!」
さすがエリート校、すぐに魔法だと気づくヤツがいた。無害なスモーク魔法だから安心しろ。放っておけばすぐ晴れる。
……って誰だ、風魔法を発動したのは。そんな場所で上昇気流は悪手にしかならん。
「「「きゃぁーーー」」」
ほらな。女生徒のスカートが大変なことになってやがる。まあ混乱に拍車がかかったし、よしとしておこう。とにかくこの機に乗じておさらばだ。
◇◆◇
校舎の中に入って、やっと落ち着いた。遠巻きに様子をうかがう学園生はいるが、話しかけてはこない。このまま最上階まで無事にたどり着けるか、と思ったら階段の踊り場にいる不審人物。
すごいな、あのドリルツインテール。伸ばしたら膝のあたりまで、届くんじゃないか?
話しかけるタイミングを図っているらしく、手すりの後ろからチラチラこっちを見ている。あれは頭隠してツインテ隠さず、なんて言うのかもしれん。
「そこに見えるのはなんだ?」
「一応お友達みたいな?」
「なんで疑問系なんだよ」
おっ? どうやら射程距離に入ったらしい。さも、偶然上から降りてきたと言わんばかりに歩いてきた。あれは索敵範囲内に入ったら襲ってくる、アクティブ系モンスターと行動パターンが一緒だ。
「ごきげんよう、ニームさん。寮に戻ってこられないので、心配しましたわ」
「おはようございます、ローズマリーさん」
「森で遭難したと聞きましたが、お怪我はありませんか? これ、私が調合した傷薬です。それから疲れに効く回復薬。あと、毒消しや熱冷ましも作ってきました」
ローズマリーという生徒が、腰のマジックバッグから次々ビンを取り出す。
「あの……怪我もしてませんし、昨日もよく眠れました。体調に問題はありませんので」
「今は平気でも万が一という事がありますから、これは持っておいて下さいな」
「なんだ、いい友人じゃないか」
「えっと……ここまで心配をかけていたとは、思いませんでした」
どうやら今の会話で、やっと俺の存在に気づいたらしい。慌ててスカートの端をつまむと、俺に向かってカーテシーを決める。あのツインテール、どうやって形を整えてるんだ? 頭を下げる動作に合わせて、バネのようにビヨンビヨン伸び縮みしてるぞ。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私、ニームさんの学友ローズマリー・プロシュットと申します」
「俺はパルミジャーノ骨董品店から派遣された、冒険者のタクトという。よろしく頼む」
家名がプロシュットということは、スタイーン国出身だな。あの家は元実家のサーロイン家より歴史を持つ。確か親父がやたら目の敵にしてたはず。
それにしても彼女は今、薬を調合したと言った。この学園に留学するほどのギフトということは、薬師あたりか。もしそうなら、将来食いっぱぐれることは絶対にない。
「……あの。失礼ですが、ニーム様とはどのようなご関係なのでしょうか?」
ローズマリーの視線は、俺とニームの中間に注がれている。そういえば手を繋ぎっぱなしだったな。混乱から逃れることに集中していて、すっかり忘れてしまってたじゃないか。
「そうでした。兄さんはいつまで私の手を握ってるつもりなんです?」
「えっ、お兄様!? しかしお名前がボリジ様とは違ってましたけど……」
「……あっ」
俺の手を振りほどいたニームが、バツの悪そうな顔で下を向く。まあ呼び方をいきなり変えろってのも無理な話だ。ここは俺に任せておけ。
「実家がサーロイン家と近くて、子供の頃からよく会っていたんだ。俺のほうが少しだけ誕生日が早いので、兄のように思ってくれていた。その癖でこう呼んでしまう」
「でしたらタクト様も家名をお持ちなのですね」
「俺の家は父親が五つ星冒険者で、一代限りの家名しか持てない。家を出て独立した俺は、ただのタクトという名前になる」
「なるほど、そういうことでしたか。こうして一緒に学園へ来られたということは、森でニームさんを保護した冒険者というのが、貴方様で間違いございませんか?」
「その通りだ」
「本当にありがとうございました。ニームさんを救っていただいたこと、心より感謝申し上げます」
「心配をかけてしまったようで申し訳ない。大事を取って一晩保護したが、もう大丈夫なので安心してくれ」
きっちり調べれば嘘だとバレるが、言い訳としてはこれで十分だろう。
しかしニームもいい学友に恵まれている。ここまで心配してくれる友達は、大切にしろよ。
「これから学園長と面会する予定なんだ。申し訳ないが、そろそろ行かせてもらって構わないか?」
「大変失礼いたしました。こんなところで足止めしてしまい、申し訳ございません」
「気にしないでくれ。これからもニームの良き友人で、いてやってほしい」
ローズマリーとお供の従人が、お辞儀と同時に道を開けてくれる。癖の強い毛と横に伸びた耳、そしてストンと垂れ下がった太めのしっぽ。いいなぁ……羊種の従人。くそー、超モフりたいぞ!
こらニーム、引っ張るんじゃない。なんでお前もシトラスみたいなことをするんだよ。
次回は「0121話 コハクの能力」をお送りします。
コハク→学園長→ローリエと1話毎に、各々の力が判明していきます。
どうぞお楽しみに!
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繁忙期に入るため、週3回の更新が困難になります。
年明けしばらく経つまで週1、時々プラスαの投稿とさせていただきます。