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0012話 服を買おう

 意識が覚醒してくると、頬にくすぐったい刺激を感じる。これはシトラスのケモミミだな。朝からこのモフモフを堪能できるとは、実に素晴らしい。最高の目覚めだ。今度はしっぽ枕で眠らせてくれないだろうか……



「ん……ふぁ」


「おはようシトラス」


「あれ……ボク」



 まだ覚醒しきってない青い瞳が、俺をぼーっと見つめてきた。



「よく眠れたか?」


「あっ、そうか。一晩中ボクのしっぽを離さない変態と、契約させられたんだった。おかげで夜中に目が覚めちゃったじゃないか」


「俺が朝までぐっすり眠れたのは、シトラスのおかげだったんだな。感謝するぞ」


「そんな感謝なんて欲しくないよ!」



 起き抜けなのに元気だな、シトラスは。まあそうさせているのは、俺が原因なんだが。なにせ契約主である俺に対して、遠慮なく言葉をぶつけてくる。やはりパートナーというのは、こうでなければダメだ。なんでも言うことを聞く奴隷なんて、まっぴらごめんだしな。



「着替える前に髪としっぽをブラッシングするから、後ろを向いて座るんだ。ちょっと下がってしまったモフ値を、回復させるぞ」


「キミがベタベタ触らなければ、そんなことしなくても良くなるのに……」


「目の前にモフモフがあるのに触らないなんて、そんな失礼なこと出来るわけ無いだろ」


「遠慮なく触るほうが失礼なんだって、どうして気づかないのかな!?」



 この様子じゃ、まだ俺のモフモフ愛を理解できていないのか。昨夜の考えは撤回せねばなるまい。わかり合うためには、さらなるスキンシップが必要だ。


 ということでシトラスを座らせ、ブラッシングを開始する。まだ気づいてないと思うが、制約はほとんど解除しているからな。そうやって受け入れてるのは、お前の意思なんだぞ?


 少しだけ素直になったシトラスの態度にほくそ笑みながら、ブラシで丁寧に整えていく。空気を含んでふんわりするしっぽを見てるだけで、俺は幸せになれる。この世界に転生できて、本当によかった。



◇◆◇



 サンドイッチと昨日のスープで朝食をすませ、二人で街へ繰り出す。初めて食べたパンにシトラスは感動し、追加で作ったのは言うまでもない。これだけ食欲があれば、痩せてしまった体もすぐ元に戻るだろう。そうすれば抱き枕としての性能も、上がること間違いなし。



「それで今日は服を買いに行くんだっけ?」


「なにせシトラスの服は一着しかないからな。しかもそんなダサい格好で俺の隣に立つなど、天地がひっくり返っても許されることではない」


「あそこの女の人が着てるような、ヒラヒラしたのは苦手だからね」


「スカートは履きたくないのか?」


「あれ、スースーして落ち着かないんだよ。それに動き回ると脱げちゃうじゃないか」



 くるりと回転した時、スカートの裾がふわりと持ち上がる光景も捨てがたいが、ここはシトラスの要望を聞いておこう。



「今日は冒険者登録もして、いずれ依頼を受けることになる。手っ取り早く金を稼ぐには、それが一番だからな。なので動きやすい服を選ぶことに異論はない」


「それを聞いて安心したよ。キミのことだから、また自分の趣味を押し付けてくるのかと思った」


「勘違いするなよ、シトラス。スカートを履かせないと、約束したわけじゃないぞ」


「うわっ、やっぱり安定の性悪さだ」



 俺の同伴でドレスコードのある場所に行けば、それ相応の格好をしなくてはいけない。まあ、社交界からドロップアウトした俺に、そんな機会が訪れるかは不明だが。


 互いに軽口を叩きつつ、目的の店を目指す。そして周りより少しだけ上等な造りをした店舗を見つけ、そちらへ近づいていく。



「あのさ、ここなの?」


「ああ、もちろん」


「なんか入りづらいんだけど」


「高級服飾店ではないから大丈夫だ。値段だって雑貨屋で売ってる服の倍もしないしな。それに下層街で一番、従人用の品ぞろえがいい」



 入るのをためらっているようだが、ここを譲るわけにはいかん。なにせ雑貨屋で売っている服は、ファッション性が皆無だ。しかも従人用になると、品質や機能性が数段落ちる。服の種類だって色違い程度しかなく、個性なんて望むべくもない。


 それでは従人の持つ魅力を、一パーセントも引き出せないことは自明。そんなもったいなことが、許されると思うか? 否、断じて否である。



「魔物と戦ったら汚れたり破れたりするんだし、もったいないよ」


「それこそ、この店を選ぶ理由になる。雑貨屋の服などただの布切れだ。耐久性はないし汚れも落ちにくい。しかしここで取り扱っている服は、丈夫で長持ちする上に軽装備と同等の防御力を持つ。すぐボロボロにして何度も買い換えるくらいなら、最初からケチらずここで揃えておくほうが、結局は安上がりになるってわけだ」


「いちおう筋は通ってるみたいだけど、ホントかなぁ……」


「店の前に突っ立ってても仕方ない、とにかく入るぞ」



 店へ続く扉を開けるとチリンと澄んだ音が鳴り、三十代くらいの女性店員が出迎えてくれた。俺の後ろをちらっと見て、うやうやしく頭を下げる。



「いらっしゃいませ」



 下層では一番格式の高い店だから、薄汚れた従人は入れてもらえない。こうして挨拶をしてくれたということは、シトラスの身なりが合格した(あかし)。風呂場とベッドで磨いた成果だな。



「こいつの服を一通り揃えたい。それから下着の上下も複数頼む」


「この体型ですと上は必要ないと思いますが、よろしいですか?」



 こらこら、そんなに悔しそうな顔をするな。しっかり確認したわけではないが、お前はきれいな()乳だぞ。希少価値なら巨乳より上だ。



「鎧の下につけるインナーがあるだろ。ああいったタイプのものでいい」


「かしこまりました」



 店員が商品を取りに奥へ消え、シトラスが小声で話しかけてくる。



「上の下着なんて使ったことないんだけど、本当に必要なのかな」


「魔物と戦闘をしたり激しく動き回ると、乳首が擦れ赤くなったり出血してしまうこともある。そうなると俺が優しく丁寧に、薬を塗って差し上げなければならない。それは嫌だろ?」


「当たり前だよ! 本当にキミはくだらないことばかり、よく知ってるよね」



 まあ前世の知識があるから、一種の知識チートかもしれない。なにせマラソン選手は、男性でも乳首にニップレスを貼る。前衛で動き回るシトラスには必須だし、普段からノーブラで街を歩かせるわけにもいかん。



「お客様、こちらの商品でよろしいでしょうか」



 ブラジャーの必要性を脳内で宣言していると、店員が下着一式を持ってきてくれた。動きを阻害しないパンツと、スポーツブラに似た下着だ。さすがこちらの意図をよくわかっている。



「問題ない。あとは外出着と部屋着だな」



 そのままシトラスも交え、三人で必要なものを選んでいく。外出着は丈夫なシャツとショートパンツ。そして足の防御が心もとないから、オーバーニーソックスを履かせることに。これからどんどん暖かくなる季節だが、ジャケットも購入しておこう。部屋着は肌触りのいいシャツとハーフパンツだ。



「靴は耐水性のあるこれでいいな。俺はいったん支払いを済ませるから、シトラスは向こうの試着室で着替えてこい。なんなら俺が手伝ってやろうか?」


「一人で出来るよ!」



 ポンと頭に乗せた俺の手を払い除け、シトラスが試着室へ消えていく。次々服を買っていく俺を見てオロオロしていたが、これでちゃんと着てくれるだろう。さて、支払いを済ませてしまうか。



「あの、お客様」


「ん? なんだ」



 レジの前に立った俺に、店員の女性が遠慮がちに話しかけてきた。



「差し出がましいようですが、ペットの躾と制約はしっかりされた方が、いいと思います」


「ああ、俺の手を払い除けたあれか。他人を害することはさせないようにしてるから、大丈夫だ」



 なんだかんだで分別のしっかりしたやつだし、無闇に暴力を振るうことはないと信じている。制約でなく信頼関係で繋がっておかないと、息苦しくなるだけだしな。



「ですが、ペットの従人に手を噛まれることは、よくあるのですよ」


「今はレベルゼロだから負けることはないが、アイツが強くなったら押し倒されるかもしれんな」


「反応が薄いからと制約を緩めたとたん、愛玩用のペットに殺されたって話もありますからね」


「それは普段から、ひどい扱いをしていたんだろう……」


「とにかくお気をつけください。基本的に従人は動物と変わらない存在です。いつ本能のままに牙をむくか、わかりませんので」


「忠告ありがとう。肝に銘じておくよ」



 普段から多くの従人を相手にしてる店員ですら、彼らに対する認識はこんなものか。元の家に大勢いた従人たちやシトラスを見ていても、思考や倫理観は人と変わらない。それを歪めてしまう原因は、上人(じょうじん)が彼らに対して向ける行為だ。


 こうした意識を変えようというのは、生半可なことでは無理だろう。ラノベに出てくる転生者なら、国興しや武装蜂起で守ってやれるかもしれない。しかしただモフモフを()でたいだけの俺は、そんな力も権威もないからな。


 分不相応な野望を持ったところで、ろくな結果を生み出せないのが現実だ。自分の気に入ったモフモフたちと旅でもしながら、特殊な配列を持った仲間を探す。当面の目標はこれでいい。


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