0116話 裏切られた気分です
飯を腹いっぱい食べ、ローリエの様子もだいぶ落ち着いてきた。今もステビアの膝に座って甘えている。なんか本当の姉妹みたいで良いものだ。
「さて、そろそろ戻らねばいかんな」
「名残惜しいけどお別れね」
こら、あまりペロペロ舐めるんじゃない。まだ魔力を食い足りないのか。コハクのおかげで、聖域間を渡れるようになったんだ。また別の森へ入った時に聖域が見つかったら、遊びに来てやる。
「ところでニーム。ローリエはどうするんだ?」
「野良になってしまいましたし、このままだと可哀想ですよね。どうしましょう……」
俺たちの会話を聞いて、ローリエが体をビクリと震わせた。レアな毛色なら、まだ希望はあったかもしれない。しかし残念ながらローリエは、どこにでもいる錆色の毛並み。そんな子供がこの年齢で中古になってしまうと、なかなか買い手が付かないからな。彼女自身、その辺の事情を知ってるのかもしれん。
「ローリエはどうしたい?」
「あたし、お父さんもお母さんもいない。それに上人と契約しちゃったから、元の場所には帰れない。だから……ひっく……お姉ちゃんの側にいたい」
俺の質問に答えたあと、ローリエはステビアの胸にすがりつき、声を震わせながら泣いてしまう。そんなローリエの頭を、ステビアは優しく撫でる。
食事中もその後も、ずっと世話を焼いたり元気づけたりしていた。ステビアもかなり情が移ってるんだろう。その態度から、ローリエを慈しむ気持ちがあふれている。
「ニーム様。この子の面倒は私が見ます。どうか契約をお願いできないでしょうか」
「ステビア一人に責任を押し付けたりしません。二人でしっかり面倒を見て、ローリエを幸せにしてあげましょう」
「学園側での手続きもあるだろうから、しばらくは俺が預かってもいい。とにかくそうと決まれば、使役契約をやってしまうぞ」
「ここで契約なんて、冗談はやめて下さい。いくら兄さんでも、そんな事はできないでしょ?」
「これがあるから問題ないぞ」
俺はマジックバッグから魔道具を取り出し、ニームの前に掲げてやった。ジャスミンの使役契約をした時といい、立て続けに使うことになるとは。ローゼルさんはここまで予想してたんだろうか?
「支配値を持たない兄さんが従人と契約できたこと、ずっと不思議に思ってました。やっぱり違法な魔道具だったんですね。さすがにこれを見なかったことには出来ません。少しだけ兄さんのことを見直していましたが、裏切られた気分です。街に帰ったら自首して下さい」
「なんで事あるたびに、俺を犯罪者にしたがるんだ。古い型だが、これは正規品だからな。証明書だってあるし、身分証も持ってる」
俺はロブスター商会の身分証と、使役契約取扱い資格の証明書を並べて差し出す。
「タクト様はロブスター商会の関係者だったのですか?」
「ただの嘱託だから、正規の従業員というわけではない。しかしこの魔道具はローゼルさんから託されたんだ」
「黒の閲覧カードを持ってることといい、兄さんのことがますます解らなくなってきました。家を出てから、一体なにがあったんですか……」
まだタラバ商会の身分証もあるが、それを見せたらどんな反応が返ってくるだろう。
まあいい、とにかくまずは使役契約だ。
「最後に確認するぞ。ローリエはここにいるニーム・サーロインと使役契約をし、ステビアと二人で仕えていく。それでいいんだな?」
「うん! お姉ちゃんと一緒に、ニーム様にお仕えする」
「よし、言葉遣いもしっかりしてて偉いぞ」
俺はローリエの頭をそっと撫で、契約の魔道具を起動する。それを受け取ったニームがローリエに近づき、目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「あなたはまだ幼いですから、身の回りの世話をお願いします。掃除や着替えの準備、それに学園内での雑用が主な仕事です。しっかり働いてくださいね」
「はい! あたし頑張る」
ニームが魔道具を首の従印に当てると、閂がスライドして開放された。俺はニームから預かった指輪を魔道具にセットし、閂を元の位置に戻す。するとローリエの従印が、赤から黒へ変化する。これで使役契約の成立だ。
「よし、無事に契約も終わったし、そろそろ出発しよう」
俺たちは聖域を離れ、街に向かって森を進む。初めて見る世界が珍しいのだろう、俺の肩にぶら下がっているコハクは興奮してる様子。ジャスミンと楽しそうに会話してる。
さて、帰ってからもやることは多い。一つ一つ片付けていくとするか。
◇◆◇
ローリエの所有者変更もすませ、全員で街の中を歩く。俺は左腕でシナモンを抱っこし、右手をミントと繋ぎながら通りを進む。肩にはジャスミンが座っているし、今日から真っ白のコハクも増えた。やはり注目されてしまうな。
ステビアは森の中から、ずっとローリエを抱っこしっぱなしだ。今はミントの服を着せているが、一式揃えてやらねばいかん。森で収穫したドロップ品の一部をニームに渡し、購入資金に当ててもらおう。
「冒険者ギルドを通り過ぎてしまいましたが、どうしてですか?」
「先に寄るところがある。このままギルドに報告したのでは、大騒ぎになるからな」
あまり頼りっぱなしなのは申し訳ないが、今回ばかりは力を貸してもらうしかない。俺の社会的地位がいくら上昇しても、権力とはまだまだ無縁だ。自分一人でニームを守れないのは、やはり力不足を実感してしまう。
力に力で対抗しないといけない場面は必ず出てくる。そんな時に若輩者の俺は、年長者を頼ることしかできない。そんな繋がりを持てたこと自体、かなりの幸運ではあるのだが……
「旦那様、到着しましたよ」
「おっと、少しボーッとしていた」
考え事をしていたので、周りのことを全く見ていなかった。いつの間にか、すっかり見慣れた店の前に立っている。
「こっ、ここってパルミジャーノ骨董品店じゃないですか。だめですよ兄さん。このお店は私たちのような学生が、入っていい場所ではありません」
「問題ない。扉を開けてくれ、ミント」
「はいです」
ミントの小さな手が木製の扉を開けると、いつもの澄んだ音がチリンと店内に響く。今日もオレガノさんはカウンターに座り、セルバチコは店内の掃除をしていた。
「いらっしゃいませ、タクト様」
「おお、よう来たの。また面白い話でも聞かせてくれるのか?」
「土産話は後でするよ。今日は紹介したい者がいるんだ」
俺は緊張してガチガチに固まっているニームを、店内へ招き入れる。こいつがここまで緊張するとは。学園生にとってオレガノさんは、そこまで大きな存在なのか?
「はっ、初めまして、オレガノ・パルミジャーノ様。私はマノイワート学園、第三百八十四期生ニーム・サーロインと申します」
「サーロインということは、タクトの関係者か。学園生が来てくれるとは、ありがたい。そんな所に立っとらんで、遠慮せず入れ入れ」
「あの……では、お言葉に甘えて」
右手と右足が同時に動いてるぞ。まあオレガノさんの人柄を知れば、すぐいつもの調子に戻るはず。ニームのこんな姿は貴重だし、面白いからしばらく眺めていよう。
「セルバチコ、茶の用意を頼む」
「畏まりました、旦那様」
「お手伝いします、セルバチコさん」
「ありがとうございます、ユーカリさん。では私は、お茶請けの用意を」
おお、シナモンの目がキラキラしだした。ここで出してくれる茶菓子って、美味しいもんな。きっと高級店のものなんだろう。
「(兄さん、兄さん。オレガノ様と知り合いだなんて、聞いてませんよ!)」
「この前お茶した時、話してないからな。だが、これで俺が黒の閲覧カードを持ってた理由、わかっただろ?」
「(まったくもー、本当になんなんですか、兄さんは……)」
ニームが小声でプリプリ怒りながら、こっちを見上げてきた。だからジト目で睨むのはやめろ。遠くの方に変な扉が見え始めたじゃないか……
学園から信頼を得る方法とは?
次回「0117話 オレガノの提案」をお楽しみに!