0114話 ビットローテート
横たわっている霊獣は、イタチのような体つきだ。ただ普通の動物と明らかに違うのは、そのサイズ。体長が二メートル近くあり、全身を覆っているのは汚れ一つない真っ白の毛。そして一メートル以上ある、フワッフワの尻尾!!
太さといい、長さといい、抱きまくらにピッタリではないか!
あとで絶対モフらせてもらおう。
以前シトラスとの会話で話題になったが、やはり数値を持っているんだな。目の前にいる霊獣をギフトの力で見ると、野人の持つ数値と同じものが浮かび上がった。慣れ親しんだ言い方だと、三等級の品質十三番になる。
「みんなはちょっと待っててね、私が話してみるから」
俺から離れていったジャスミンが、横たわる霊獣の近くへ飛んでいく。有翼種は霊獣と簡単な意思疎通が出来るって話だから、ここは任せよう。
「大勢で聖域に踏み込んじゃって、ごめんなさい。森の様子がおかしいから、守護者であるあなたの体調が心配で見に来たの」
かなり調子が悪いんだろう、ジャスミンの呼びかけにも頭を少し動かすだけしか反応しない。
「霊獣なんて子供の頃に聞かせてもらった、おとぎ話の存在だと思ってました」
「森で暮らす有翼種でも、招かれないと入れない場所が聖域だからな。俺たちには存在自体を確認するすべがない。今回は強引に踏み込んでしまったし、気を悪くしないでくれると助かるんだが……」
話が終わったらしく、ジャスミンが俺の肩に戻ってきた。どうやら少し驚かせてしまったものの、怒ってはいないようだ。俺たちは霊獣の近くまで行き、簡単な挨拶だけすませる。
とりあえずジャスミンを介して、霊獣の抱えている問題をなんとかしてみよう。
「お腹にいる仔を産み落とすことが出来ないのか?」
俺の言葉に霊獣がピクリと反応した。こっちの言葉が通じるなら、色々と手間が省ける。
「この霊獣って、妊娠してるの?」
「ああ、子供が一人お腹にいる」
「前ボクに話してくれたよね、聖獣や霊獣なら数字を持ってるんじゃないかって。キミにはそれが見えてるから、わかったんだね」
「よく憶えていたな、シトラス。その通りだ」
「じゃあもしかして、ジャスミンみたいな感じ?」
さすがシトラス、察しがいい。俺たちのやり取りを聞いて、他の四人も体調不良の原因に気づいたようだ。母親の数値は正常だが、お腹にいる仔がおかしなことになっている。数値こそ十五ではあるものの、俺のギフトで映し出されるのは〝1 111〟という二進数。
一つの数値が一ビットと三ビットに分割されてるなんて、一体なにがあったのか。とにかくそんな仔を体内に宿していたら、体調に影響するのは必然。ここ数年続いている森の異常は、間違いなくこれが原因だろう。
「兄さんとシトラスは、さっきから何を話してるんですか?」
「ニームは俺のギフトを知ってるな?」
「支配値や品質がわかる能力を持った、論理演算師というギフトですよね。それが原因で家を追い出されたんですから」
この世界で基準になってる規模の、属性魔法が使えないのも原因だがな。火種を作ったり、飲み水を出せる程度の事象改変では、魔法として認めてはもらえん。ハッタリでいいから直径一メートル程度の火球を出せて、やっと一人前だ。
「霊獣は野人と同じように、一から十五の数値を持っている。あとで詳しく説明してやるが、俺はその数値を人類が使うものと、別の数字として扱えるんだ。そちらで見た時に、お腹にいる仔の異常に気づいた」
「つまりそんな子供を身ごもっているから、母親の体調が悪くなっていると……」
やはり自分も子を宿すことが出来るからだろう、ニームとステビアの顔が暗くなる。俺を除けば、ここにいるのは女性ばかり。なんとかしてやりたいと願う気持ちは、俺以上に強いはず。
「そういうわけなんだ。俺ならお腹の仔を救ってやれるかもしれん。母体にも負担をかけることになるが、こうして苦しみ続けるよりきっとマシだと思う」
「タクトに任せておけば大丈夫よ。だって私もその力で、今の姿になれたんだもの。長い時を生きてるあなたなら、私がどういう存在かわかるでしょ?」
なにせ太古の有翼種は、霊獣の巫覡として身の回りの世話をしていた、そんな伝承があるからな。有翼種が霊獣と意思疎通できるのは、そうした力の名残だろう。
「お願いするって言ってるわ」
「わかった。俺に任せておけ」
霊獣の近くにしゃがみ、一言断ってからお腹を触る。うおー……手入れもしてないのに、このフカフカした毛並みはなんだ! きっと汚れとか付かないんだろうな。
シトラスが呆れ顔で見てるので、さっさと始めるか。ちょっとくらいいいだろ、モフモフを堪能しても。魔力が馴染んでない相手だと、俺の負担も凄いんだぞ。
とりあえず母体を経由して、お腹の仔にパスを繋げる。この現象はビットが途中で分割されたのではなく、空白がずれてしまってるんだ。なら〝ローテート〟で左に一ビット回してやれば、〝1_111〟が〝_1111〟に変わるはず。お腹の仔は四ビットしか持ってないので、押し出された空白は消えてしまうだろう。
とにかくゆっくり力を加えながら、やってみるしかない。
「始めるぞ」
森の中でジャスミンにシフトをかけた時のように、魔力をどんどん高めていく。やがてジリジリと数値が動き出す。
「ちょっ!? 兄さんの放出してる魔力、とんでもないことになってますよ」
「まだまだ増えていくから、ギフトの感度を絞っておけ」
「本当に化け物ですね、兄さんは」
自分の体を経由して魔力が流れてるから、かなり辛いんだろう。霊獣の息が荒くなってきた。これはあまり時間をかけられんな。
「もう少し辛抱してくれ。このまま一気にやってしまう」
途中までずれた数値を見る限り、俺の予想は当たっている。これなら一ビット回しきって問題ない。
元の状態に戻ろうという抵抗を無理やりねじ伏せ、一気に魔力を高めていく。ニームは顔を青くしているが、今は構ってられん。
「キュ……キュゥゥゥゥゥゥーン!!」
霊獣の体がビクリと跳ね、すぐに弛緩する。魔力をゆっくり抜いていくが、お腹の仔は〝1111〟で安定していた。これならもう大丈夫だろう。
「あっ! 子供がお腹から出てきたよ」
「ふわっ!? ちっちゃくて可愛いのです」
「生まれるというより、飛び出してきた感じですね」
「……ちゃんと息、してる?」
羊水で濡れてないし、へその緒もついてない。これは出産というより、分化みたいだ。生まれた仔は真っ白で、母親とは少し体型が違う。母親はイタチに似ているが、子供はオコジョっぽいな。成長するにつれ、姿が変わっていくんだろうか?
体長こそ十五センチ程度だが、尻尾は十センチくらいある。俺は我慢できずに、その小さな霊獣に触ってみた。ちゃんと体温はあるし、呼吸も正常だ。
霊獣が増える瞬間なんて、見たやつはいないだろう。貴重な現場に立ち会えて嬉しいぞ。
「あっ、目が開きましたよ、兄さん」
「タクト様の手をペロペロ舐めてますね」
「キュゥー」
俺と視線の合った子供が小さく鳴く。やばい、やばすぎる。なんて可愛いんだ!! そのままトコトコ歩いてきて、俺の足に体を擦り付けてきやがった。もしかして、これは刷り込み?
最初に見た俺を、親だと思い込んでるのかもしれん。
俺の頬を一筋の汗が流れる。霊獣に親認定されるとか、あまりよろしくない状況なのでは……
霊獣にインプリンティングしてしまった主人公。
伝説の人になってしまう?
そして囮の少女が目を覚ます。
次回「0115話 コハク」をお楽しみに!