0113話 兄さんに常識を求めるのは、間違ってましたね
複数の方から囮役の少女がどうなったのか、心配する感想をいただきました。
0111話の119行目に、状況説明を1行追加しています。
あとがきに履歴を載せてますので、よろしければご確認を!
名前は115話に出てきますのでー
ニームの前にしゃがみ込むと、恐る恐るといった感じで体重を預けてくる。俺とニームの身長差は二十センチ程度だが、こうして背負ってみると数字以上に小さく感じてしまう。
「重くないですか?」
「全く負担にならんぞ。さっきも言ったが、俺のレベルは七十一だ。多少鍛えた程度の男より、力と持久力がある」
「それなら、遠慮なく背負われてあげるとします。ただし変な所に触ったら、ちょん切りますからね」
「俺の紳士力を信じろ」
下腹部がヒュンとしてしまったではないか!
魔導士のギフトを持つニームが本気を出せば、下着を一切傷つけずに切り落とすことだって可能だろう。そんな危ない橋、渡るわけにはいかん。
俺とニームがくだらないやり取りをしていると、着替え終わったステビアが帰ってきた。
「ニーム様!? どこかお怪我をされたのですか?」
「ミントが治して差し上げるですよ」
「ちょっと歩き疲れただけで、どこも怪我なんてしてません。これは兄さんが妹に甘えたいと頼んできたから、仕方なく付き合ってあげてるだけです」
「逆だろ!」
「背負わせてくださいとお願いしたのは、兄さんじゃないですか」
お前がそう言えといったんだろうが。付き合ってるのは、こっちの方だ。
「でしたら私がニーム様をお運びします」
「大きな怪我が治ったばかりなんですから、無理をしてはダメですよ。もしステビアに余力があるのなら、あの子を運んであげて下さい。手を差し伸べた者の責務として、最後まで面倒を見てあげなければいけません」
「……わかりました、ニーム様」
恨めしそうな目でこっちを見るな。そんなにニームをおんぶしたかったのか?
「ところでニーム。魔素の流れはわかるか?」
「圧力みたいなものは感じますが、流れまではちょっと。そもそも兄さんの魔力が膨大過ぎて、魔素なんかかき消えてますよ」
それは感度を上げすぎだ。しかもフィルタリングを一切やってないな。俺も理屈ではわかるんだが、どう説明してやればいいものか……
「魔力と魔素、それにマナは、それぞれ違う周波数を持っている」
「しゅうはすう……ですか?」
「水の上に何かが落ちた時、表面が乱れるだろ。そうやって出来た波には、高い部分と低い部分がある。その間隔が広ければ周波数は低い、逆に詰まっていると周波数が高いと呼ばれる」
「なるほど。兄さんの言いたいこと、なんとなくイメージできます」
「声や音も同じでな、要は振動だ。低い音は波の間隔が広い、つまりゆっくり揺れている」
俺は前世の知識を持っているから、超音波魔法や電子レンジ魔法を生み出すことが出来た。音にしろ光にしろ、全ては波だ。振動媒体を揺らせば音波になり、電磁界を揺らせば電波になる。電波は横波、音波は縦波って違いもあるが。
とにかく無駄な部分は省きながら、ニームがギフトで得た感覚器官を使い、自分が望む周波数だけ拾えるよう、アドバイスをしていく。
街にあふれる喧騒の中で、自分の注目している声だけ聞こえるカクテルパーティー効果。誰かと話している時に近くで別の音が鳴ると、声が聞こえなくなってしまうマスキング効果。そんな話も交えつつ……
森を歩きながら語る内容を、背中にいるニームは熱心に聞いている。
「感覚が掴みにくければ、味や食感に置き換えてみるのもいい。色々な材料を使った料理でも、中に入っている野菜や肉を、個別に感じ取ることが出来るだろ?」
「味……食感……音……振動……周波数」
こらシトラス。お昼の時間はまだ先だぞ。さっきおやつを食べたのに、もうお腹が空いたのか?
「あっ!?」
「出来るようになったか?」
「はいっ! 魔力と魔素、ぜんぜん違うものです。それに私と兄さんの魔力も、微妙に異なりますね」
「魔力も個人差があるからな。それが感じられるようになったのなら、ニームは魔導士として大きく成長したってことだ」
さすがだな、ニーム。流れだけでも感じられるようになればと思っていたが、その先にまで進んでしまったのか。
「あとは魔法の出力を調整する要領でギフトの力を絞ってやれば、感度の調節ができる。慣れればピンポイントで、必要な波だけ取り出すことも出来ると思うぞ」
「凄い、凄いですよ兄さん。ギフトの力って、こんな感じに使うんですね!」
「興奮する気持ちはわかるが、背中で暴れるな。視界がぶれるから危なくてかなわん」
それだけ元気なら、もう歩けるだろ。まあ降りようとしない限り、このまま運んでやるけどな。
「見直しましたよ、兄さん。学園の先生たちより、よっぽどわかりやすいじゃないですか。そんな才能を持っているのなら、教師を目指してみませんか?」
「わたくしも旦那様から色々学んでいますが、すごく丁寧にわかりやすく教えて下さいます」
「……あるじ様の話、面白い」
「今は自分と従人のことで精一杯なのに、他人の面倒まで見ることはできん。それに俺はニームと同い年だぞ。そんな奴が教師になっても、生徒たちは納得せんだろ」
ニームは「残念です」と言いながら、俺の背中で大人しくなる。降りる気は全く無いようだ。とりあえず、俺の株が少し上がったってことで、良しとしておこう。
「それが出来るようになれば、流れもわかるんじゃないか? 魔素がどの方向から来るか教えてくれ」
「えっと……あっちですね」
「その方向にも聖域になりそうな場所はあるわね。一つに絞れるなんて凄いわ、ニームちゃん」
「これでかなりの時間短縮が出来る。よし、このまま進もう」
ニームが協力してくれなければ、聖域が存在しそうな場所をしらみつぶしに当たらなければならなかった。森で野営なんてやってられんから、正直とても助かる。
ジャスミンが持つ森の構造把握と、ニームの魔素感知で聖域へ向かって進む。このペースで行けば、お昼までに着けそうだ。
◇◆◇
目の前に木の密集地が現れた。いくつもの大木が隙間なく重なり合い、先へ進むことができない。こんな風景、見たのは初めてだ。
「この先って進めそうもないんだけど……」
「木がいっぱい生えてるです」
「立派な木ですし、切り倒して進むのは可哀想ですね」
「……登ってみる?」
「ニーム様はなにか感じますか?」
「奥から魔素が流れてきてるのは、間違いありません。この向こう側に、必ずなにかあります」
「私の出番ね!」
まあ聖域っていうくらいだから、簡単に入り込めるようでは困る。俺はニームを背中から降ろし、手のひらを上にして前方へ伸ばす。
なんで残念そうな顔で俺を見るんだ。目的地に着いたんだから、もういいじゃないか。
「それじゃあ、始めるわ」
パンと柏手を打ったジャスミンが、手の上でクルクルと踊りだした。その姿は、まるでバレリーナのよう。クラシックチュチュが、よく似合うかもしれん。
「突然踊りだすなんて、一体どうしたんです?」
「これは舞の奉納だ。精霊を呼び出す儀式になっている」
「精霊って……」
だからジト目で見るんじゃない。ちゃんと精霊学ってものがあるだろ。マノイワート学園なら、研究者もいるはずだぞ。
「……そうでした。兄さんに常識を求めるのは、間違ってましたね」
ジャスミンの持つ召喚術は、呼び出した精霊を楽しませて対価を得る。どうやら精霊はお祭りが好きらしく、踊りを見るととても喜ぶ。今も一緒になって楽しんでいるんだろう。小さな光の粒子たちが、動きに合わせて集まったり離れたりを繰り返す。
自然界の力を借りるユーカリの魔術、そして精霊の力を借りるジャスミンの召喚術。言い換えれば、これは精霊魔法と呼べるかもしれん。
「みんな、この先に進みたいの。協力してもらえないかしら」
踊りを堪能し終わった精霊たちが、行く手を阻む木へ群がる。するとまるで意思を持ったかのように、左右へ分かれていった。そうして出来たドーム状の通路を進むと、太い木のそばにうずくまる真っ白の動物。
――これが森の守護者と呼ばれる霊獣か。
霊獣が体調不良になった原因とは?
次回の「0114話 ビットローテート」をお楽しみに!
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来週から最長で1週間ほど、ネットもパソコンも使えなくなります。
火曜日と木曜日の更新は無理かもしれません。