0109話 ニーム・サーロインの課外活動
・作品世界の暦
ひと月は32日
(8日ずつ4週に分かれている)
12ヶ月×32日=384日
1の月:冬
2の月:晩冬
3の月:初春
4の月:春
5の月:晩春
6の月:初夏
7の月:夏
8の月:晩夏
9の月:初秋
10の月:秋
11の月:晩秋
12の月:初冬
夜の月は16日周期で満ち欠け。
です。
ニーム・サーロインの申請が受理されてから半月近く経ち、やっと調査の許可が降りた。女生徒であるニームに配慮し、同性の冒険者を手配するのに手間どったからだ。ずっと浮足立っていたニームは従人のステビアを連れ、待ち合わせ場所へ足早に向かう。
街の出口にある広場へ行くと、イケメンな従人を連れた冒険者が、手を振りながら近づいてきた。
「えっと、あなたがニームちゃん?」
「はい、そうです。護衛をしてくださるラベージさんですよね」
「そうだよ、今日はよろしく。それにしても聞いてたとおり、美人さんだなー」
護衛対象である自分をちゃん付けで呼んだり、軽い言葉遣いにニームは若干の不安を覚える。確かにアラサーのラベージから見れば、自分はまだまだ子供かもしれない。それに冒険者の手配をしたのは、あくまでも研究所だ。
言ってみれば彼女は、依頼主から学生の世話を任されたにすぎない。だから私のことを子供扱いするんだろう。ニームはそう自分を納得させ、差し出された手を握る。
「本日はよろしくお願いします」
「うーん、なんか堅いなぁ。今日の調査って、森の浅い部分だけなんでしょ? もっと気楽にいこうよ」
確かに今日行うのは、予備調査だけだ。なので研究所のメンバーは誰も同行せず、調査地点も浅い場所の数カ所だけ。急げば二時間程度で終わってしまうだろう。
しかし自分にとっては、やっと巡ってきたチャンス。ギフトの力を使って結果を残せば、自立する足がかりになる。ニームは曖昧な笑みを浮かべながら意を決した。
――だから絶対に手を抜けないと。
「それより、気になることがあるのですが」
「なに?」
「そこにいる子供も連れて行くのですか?」
ニームが向けた視線の先にいるのは、みすぼらしい貫頭衣を着た猫種の小さな従人。制約で縛られているため声を出せず、涙を浮かべながら小刻みに震えている。
「あー、これね。万が一のときの餌だよ。別に今日の難易度なら要らないと思うんだけど、万全を期すようになんて言われちゃってさ。仲間の冒険者に聞いたら、森では一番効果的だなんて言うから、街の外で捕まえて契約してきたんだよ」
「他の冒険者から、アドバイスを受けたのですか? もしかしてラベージさんって、森に入ったこと――」
「平気、平気。護衛任務は私の得意分野だからさ。お姉さんに、どーんと任せときなって!」
かぶせ気味に迫ってきた態度に少し気圧されながら、ニームの中で不安がどんどん膨らんでいく。しかしここでゴネたら、調査が中止になってしまう。もしかすると、再度の申請は通らないかもしれない。それに学生の身で、国営の研究所が手配した人材に文句をいうのは、はばかられる。
だからこのまま出発するしかないと、森へ向かうことにした。
◇◆◇
ここ数年、ワカイネトコ近郊にある森の一つに、異変が発生している。周期的に魔物や魔獣の発生が、少なくなるのだ。いつしかその現象は海に例えられ、〝凪の時〟と呼ばれるようになった。
ひとたび凪の時に突入すると、一ヶ月近く魔物や魔獣の発生数が減ってしまう。凪の期間が始まってしまえば、狩りを生業とする冒険者たちは、少し離れた場所にある森へ足を運ぶしかない。
その周期は徐々に短くなっており、今がちょうどその時期に当たる。様々な調査が行われたものの原因はわからず、冒険者ギルドや研究所はさじを投げてしまった。
それを聞いたニームが、魔素の観点から調べてみたいと、学園へ申請を行う。異なる切り口で手がかりが掴めるのならと受理され、こうして事前調査が行われることになったのだ。
「その話、聞いたことあるよ。だからワカイネトコって、冒険者に人気ないんだよね。この依頼だって、受諾できる人が見つからないとか言ってたし」
「そんな依頼を受けていただき、本当に助かりました」
「いいって、いいって。ちょうど商隊の依頼がなくて暇だったしさ。それより、さっさと終わらせちゃお」
ラベージと犬種の男従人、そしてリードで無理やり引っ張られる猫種の少女を先頭にし、ニームたちは森の中へ進む。
魔導士のギフトを持つニームは、森に漂う魔素を感じられる。そこから引き出される情報は、あまりにも薄すぎる濃度。しかも異質なのは、まるで呼吸でもするかのように、濃度が変化していること。
ニームはステビアのレベル上げをするため、サーロイン家の私兵と何度か森へ入った。その時に感じた濃度との違いを、肌感覚で数値化していく。この現象はなにが原因で発生しているのか、それを自分の手で突き止めたい。そんな事を考えながら……
「しかし、本当になにも出ないね。ちょっと薄気味悪い感じがするよ。それで、なにかわかったの?」
「研究所との契約上、詳しいことは言えません。ですが魔物や魔獣が活動しにくい環境に、なっているのは確かです」
「ふーん……。レアギフト持ちのエリートさんだとは聞いてたけど、そんな事がわかるなんて凄いじゃない」
「いえ。私にわかるのは状況だけで、この現象を解決することは出来ませんので……」
「原因がはっきりしなきゃ、対処のしようもないんだしさ。もっと自信を持ちなって。ニームちゃんは十分やってるよ」
「ありがとうございます。そうですね……私は自分のできることを、精一杯やり遂げないと」
残る調査地点はあと一か所だと告げ、再び森の中を歩き出す。たまに出てくる小型の魔獣は、ラベージの使役する従人が軽々と対処する。さすがに四つ星冒険者の持っている従人は強い、なら同じ等級の兄が使役する子たちはどうなんだろう? ニームがそんな事を考えながら斜め後ろに視線を向けると、油断なく周囲を警戒しているステビアと目が合った。
「そんな難しい顔をして、どうかしました?」
「あまりにも静かすぎるので少し……」
「確かに鳥や動物の数も少ないですね。この森には、あまり生息していないんでしょうか」
「心配しなくても大丈夫だよ。いざとなったら餌をまいて逃げるから」
そう言いながらラベージがリードを強く引っ張る。制約で会話を封じられている猫種の子供は、「あぅっ」と小さなうめき声をあげながら、体をこわばらせてしまう。
「この依頼が終わったら、その子はどうなるのですか?」
「そんなの、契約解除して終わりさ。最初っから使い捨てにする予定だったからね。適当に拾ってきた野人だから、使い道なんて他にないよ」
さも当然というふうに話すラベージを見て、ニームの心がチクリと痛む。冒険者としては、これが正しいのかもしれない。なにせ最優先にすべきは、護衛対象と自分の安全確保なのだから。
しかし幼い頃から兄を見ていたニームには、どうしても受け入れがたかった。たとえ道具だとしても、契約の枷で縛られている者を、なぜ大切にできないのか。特に再会した兄と従人たちの姿を見てから、その気持がどんどん膨らんでいる。
(次に同じような調査をする時は、兄さんに相談してみましょう)
そんな事を考えていたニームは、突然襲ってきた感覚に驚く。それはあの日、大図書館へ足を踏み入れた時と、よく似た衝撃。例えるなら、嵐のようなもの。だが兄の放出する魔力は、激しいながらも温かかった。しかしこれは身を切り裂くような暴風だ。
ニームは冬の冷たい風を全身で受けたかのように、思わず身をすくませる。
「ニーム様、大丈夫ですか?」
「ラベージさん、調査は中止です。すぐ森を出ましょう」
「えっ!? どういうこと? まさか依頼失敗なんてことじゃ……」
「森の様子が急変しました。このままではきっと良くないことが起きます。依頼達成の報告はちゃんとしますから急ぎましょう」
「まぁニームちゃんがそう言うなら、問題ないかな。じゃあ戻ろっか」
魔素を感知できないラベージに、森の異変はわからない。これまでと同じ軽い口調で方針を決めた時、出口の方向からソレは現れた。
窮地に陥るニームたち。
その時ステビアは……
次回「0110話 ステビアの想い」をお楽しみに!