0108話 神の干渉
ターキーはコッコ鳥よりあっさりしてるので、ついつい食べすぎてしまうな。クリームシチューを使ったパスタにしてみたが、ありえんほどの量を平らげてしまった。明日は野菜中心のメニューにしよう。
「……あるじ様、頭洗って」
「今日も一緒に入りましょ、タクト」
「別に構わんが、急に入ってくるな。こっちにも心の準備ってものがある」
最初こそおっかなびっくりだったらしいが、今ではジャスミンもすっかり風呂の虜だ。こうしてしょっちゅう二人で乱入してくる。
「だってタクトったら、いつの間にかお風呂に入ってるんだもの」
「……こっそりいなくなるの、ズルい」
別に隠れてるわけじゃないぞ。食後は後片付けや明日の仕込みがあるから、時間が合わないだけ。そもそも、お前たちを風呂に誘うわけにはいかんだろ。乱入してくるのは不可抗力だが……
「今日はシトラスと入らないのか?」
「……シトラス、私と入ったら、しっぽが元気なくなる。だから、あるじ様がいい」
「あの子って、自分の魅力に無頓着すぎるのよ。飛べるようになった私にしてみれば、理想的な体型なのに……」
そう言ってやるな、ジャスミン。スタイルの良い者がいくら力説しても、相手によっては逆効果になる。持たざる者にとってみれば、どうしても比べてしまう部分だからな。
「お前たちがそうしたいというのなら、好きにすればいいぞ。今夜もしっかり洗ってやるから、服を脱いでさっさと入れ」
「……ん。わかった」
「先に入ってるわよー」
バンザイしたシナモンの服を脱がせ、浴室へ飛んでいったジャスミンの後を追う。楽しそうに室内を飛び回るのはいいが、少し隠せ。ミントやユーカリを見習ったらどうだ、お前は致命的に恥じらいが足りん。
「お湯で汚れを落とすから、そこに座れ」
「……あるじ様、もっとくっついて」
「遠慮なくぶっかけていいわよ」
これはめんつゆじゃないぞ、ジャスミン。まぁお湯の節約になるし、膝に座ってきたシナモンと肩へ乗ってきたジャスミンを、まとめて洗い流す。改めて別のイスへ座らせ、シナモンを全身泡だらけにしたあと、ジャスミンに取り掛かる。
「うーん……やっぱりタクトの大きな手で洗ってもらうのが、一番気持ちいいわ」
「もう少し羽を広げてくれ、このままだと隅々まで洗えん」
「これでどうかしら」
大きく広がった翼をタオルで挟み、丁寧にこすっていく。石鹸が十分に行き渡れば次の工程へ。
柔らかい刷毛で、羽根の表裏を一本一本しっかり洗う。こうやって風呂へ入るようになってから、羽根のフワフワ感が増してるんだよな。根本にある産毛のような部分が、顕著に変わってきた。夕方に捌いたターキーとは、次元の違う柔らかさだ。
天使の羽に似た構造で浮力を得られるのは、やはり飛行術のおかげだろう。翼面積だって人の体を浮かべるためには、全く足りてないだろうし……
「なんだかそうやって洗ってもらうと、とても愛されてるって感じるわね。すごく幸せよ」
「……私もあるじ様に頭やしっぽ洗ってもらうの、幸せ」
「俺もモフモフを堪能できて幸せだぞ」
なにせ今の状況は、俺の理想を超えている。まさか異性の俺に対し、ここまで体を許してくれるなんて、想像してなかったからな。しっぽや羽の生え際を洗わせてもらえるとか、最高すぎるだろ!
「こうやって大切にしてもらえるなら制約なんて要らないのに、どうしてみんなタクトと同じようにしないのかしら。不思議でならないわ」
「……あるじ様みたいな人、みんな好きになる」
「古文書を読んでいて気づいたんだが、ある時期を境に価値観が急変してるんだ。おそらく最初は呪いのようなものだったんだと思う」
八ビット全てを使うことのできた獣人種は、自分たちが地上の支配者だと奢ってしまった挙げ句、世界を我が物にしようと神に反旗を翻した。それが上位四ビットを封印され、人に使役される存在へ堕とされた理由だ。
しかしそれまで下等とされていた俺たち上人が、急に支配者へと変わるのは難しい。いくら抑圧されてきた恨みがあったとしてもだ。ところが古文書を読み解いていくと、そんな価値観が一晩で変わってしまった。これは間違いなく、神がなんらかの干渉を行った証。
そんな呪いに近い精神汚染が、俺たちの祖先を蝕んでいく。だから上人は獣人種を下等な存在とみなしてしまい、奴隷や道具と同じ扱いをするようになる。それが当たり前になってしまえば、自分たちと異なる種族に親愛の情を抱くのは難しい。
神の手で刻まれた呪いは時代を経て、徐々に消えていっているはず。しかし一度根付いてしまった風習は、滅多なことでひっくり返ったりせん。従人を大切に扱う人物の少なさは、これが原因になっているのだろう。まったく、クソッタレな神だ。
「その呪いって、私たちにもかかってたのかも。だってタクトに会うまで、上人を好きになるなんて、考えたことすらなかったもの」
「……あるじ様のご飯食べるまで、ずっと怖い存在だった」
「野人たちが持ってる心の壁も、どんどん薄くなっていると思うぞ。なにせ俺たちの心がけ次第で、セルバチコやマトリカリアのように、忠誠を誓う相手として見てくれる。だからまず変わっていくべきは、上人の方だ」
ここでいったん話を切り、頭や体を洗ってしまう。涼しい季節になってきたから、早く湯船に浸かりたい。オレガノさんの紹介で借りた家は、風呂もなかなか立派だからな。
◇◆◇
お湯の中であぐらをかくと、シナモンがそこへ座りに来る。ジャスミンは揺れ動くシナモンのしっぽに掴まり、お風呂を満喫中だ。しばらくそうして遊んだあと、俺の膝に移ってきた。
「そういえば、ちょっと気になることがあるの」
「なんだ?」
「シトラスちゃんが言っていた、森のことよ」
ホワイト・ターキーが森の境界まで出てきたことの他に、ちょっと騒がしい気がしたなんて言ってたはず。どこかの探索者が暴れてるんだと思っていたが、なにか気になることでもあるんだろうか。
「ひょっとして異常でも起きてるのか?」
「私の思い過ごしならいいんだけど、以前暮らしていた森で同じようなことがあったの。もしかしたら、ここもそうなんじゃないかなって……」
ジャスミンは、過去に発生した状況を説明してくれる。確かに同じことが起きているなら、調べてみなければなるまい。もし出会えるなら、一度くらいは見てみたいし!
「明日ギルドで森の様子を聞いて、俺たちも入ってみるか」
「……楽しみ」
「森の民として見過ごせないし、よろしく頼むわね」
ちょうどいい機会だ。みんなの力を確かめつつ、森の調査をしてみよう。となれば皆の負担を減らす意味でも、アレを作ってもらわねばならん。今夜は忙しくなるぞ。
仕込みはオッケー。
次回からは二話続けて第三者視点でお送りします。
まずは「0109話 ニーム・サーロインの課外活動」をお送りします。
ワカイネトコ近郊の森で、一体なにが起きているのか……